皆さまよいお年を!
「再起不能にするって……どうして分かるんですか、先輩」
ハルの言葉に疑問を呈したのはその場に出くわしていた伏黒である。
伏黒の目から見た東堂とハルのやり取りは、東堂の根負けであったように見えていたからだ。
「こんな事を言われても困ると思うんだけどね、人と人とを結ぶ縁、因果の糸を私は見ることが出来るの」
宙に手を泳がせて、何かを伝うような手つきで指を動かすハル。
呪力云々の領域の話ではない。
縁に纏わる神に深く触れてしまったからこそ、得た権能と呼ばれる第六感。
ハルが五条に相談した時も同級生に話した時も共感は得れなかった。
ごめんね、胡散臭いよね。
後輩二人の反応を見て、ハルは自嘲気味に笑みを浮かべる。
「仮にその縁がハル先輩に見えるとして、どう巡り合わせたら東堂が私たちをボコす話になるんです?」
私はあの筋肉に恨まれる事した覚えないけど。むしろ禪院真依なら大歓迎、バッチ来いや。
そう胸中に嘯くのは釘崎だ。
「東堂君は強い相手とプロレス染みた模擬戦をするのが好きで……いや、違うかな。
えーと、なんて言ったら良いんだろ。
アウトレイジ系の不良ドラマに出るようなお互いの拳と拳をぶつけ合って生傷が絶えないような行いに青春を見出しているって感じかな。
私の目の前で私以外の大事な人を虐めて、怒らせて本気を引き出そうって考えてるのかな。
それが悪縁という形で皆と繋がってるの」
「先輩、幾ら東堂が強いからって私や伏黒はともかく、他先輩方をまとめて相手してリンチ劇場開けるもんなんですか? 集団戦の話ですよね?」
ハルの言葉を腑に落ちないのか、釘崎は疑問をぶつける。
幾ら個が強かろうが囲んで叩けば、それに勝るモノはないと考えるのはオカシイ話ではない。
ハルの言葉ではまるで東堂とハル以外の五人が戦っても東堂が勝つと言う言い草だ。
だけど、そんな釘崎の言葉にハルは首を横に振った。
「東堂君に多数で囲んで叩くのは悪手なんだよね。
その上で今、正面から戦えるのは真希ちゃんかパンダ君しか居ない」
私や狗巻君、それに釘崎さんや伏黒くんも前衛特化というわけではないから。
各個撃破されてお仕舞だと私は考えてるよ。
対策が必要な危険戦力。そう考えてほしい。
と、言い残して難しそうな表情を浮かべるハル。
「その策は後で詰める。ハル、話を続けろ」
「うん。それで二人に明かさない私の事情で厄介事に巻き込まれるのは、不誠実かなって思って、この場を借りて謝ろうかと」
「分かりました。それでその東堂が拘るハル先輩の鋏ってなんですか?」
釘崎の言葉にハルがピシリと固まった。
表情が緊張で強張っている。
そんな表情されると私が悪モノみたいじゃん。触れては不味い話だったか。
だけど、話の核心に触れないという選択はない。
全ては東堂がハルの鋏に執着していることから始まった問題なのだから。
出してください。そんな熱い釘崎の視線に圧されたかのか、意を決したようにハルはポケットに手を突っ込んだ。
「理様は悪い神様じゃないから……怖がらないでね」
それは釘崎と伏黒、二人の後輩を慮っての言葉だったのだろうか。
ハルのポケットから血に染まった様な紅い裁ち鋏が見えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
呪霊!
少年院で会敵した特級と比べるのも馬鹿らしくなる程の圧だ。
二人は椅子を蹴り飛ばし、距離を取る。
「動くな」
無意識に構えを取ろうとした二人の耳に囁くように狗巻の言葉が伝わる。
ピシリと身体に金縛りが走った。
視線を背後に向けると壁際に立っていた筈の狗巻がすぐ近くで佇んでいる。
「初対面で敵意を向けるな。もっと面倒な事態になるからよ」
ハルと伏黒達の間に割り入るように立つ真希とパンダ。
その視線は無機質で冷ややかなモノへと転じている。
間違っても信頼のおける同級生へと向けるモノではない。
「
「アレも
信じられない。そんな釘崎に真希は答えた。
日向に居そうな、それこそ呪術高専に似つかわしくない少女。
それが釘崎から見たハルの人物像である。
それが今はどうだ。
肌に感じ取れる禍々しい呪力。表情が抜け落ち、商品棚を見るが如く向けられる冷たい視線。
詳細を知り得ないが間違いなく釘崎は断言出来る。
ハルは良くないモノに憑かれている。
「……」
そんな釘崎の内心を読み取ったのだろうか。
コツコツと靴音を嫌に響かせながらハルが歩み寄って来る。
真っ赤に染まった鋏がユラユラと揺れる。
真希の脇を通り過ぎ、目と鼻の先の距離で足を止めた。
ドッドッド……。
心臓の鼓動が煩い。
赤い鋏から視線が外せない。
鋭利な切っ先。先端恐怖症では無い筈なのにその切っ先に強い忌避感を覚える。
シャキシャキ。金属が擦り合わせる音が二、三度瞬かせて……フッと圧力が失せた。
「……っえ?」
戸惑いの声の主はかたまって動けない釘崎を見上げて首を傾げる。
視線を何度も鋏と釘崎へ交互に向けるモノだから、首の動きが忙しない。
事態をようやく呑みこめたのか、顔を青くしたハルが泡を食っている様子にあぁ、いつものハル先輩だ。と、釘崎は肩の力を抜いた。
「わ、私お茶買ってくる!」
「飲料はさっき買ったばっかりだろ!」
戦略的撤退!
空き教室から飛び出そうとしたハルの襟首を真希が取り押さえる光景に釘崎は先ほどの緊張感を引きずるのが馬鹿らしく思った。
「釘崎さん、怖がらせてごめんなさい」
「えぇー……、気にしなくて大丈夫です、先輩」
重く湿っぽい空気を下ろして、椅子の上で膝を抱えたハル。
鋏の切っ先を釘崎に向けていたことに大きなショックを受けてしまっていた。
そんなハルとは対照的に鋏を向けられる意味を知らない釘崎は軽傷である。
だからこそ、そんな釘崎に事情を説明するという責務がハルを追い詰めている。
具体的には自販機に逃げて一人反省会を開こうとするぐらいには追い詰められている。
暫く経って、姿勢を正したハルは机に置いた鋏を一瞥し、口を開いた。
「理様は故郷で信仰されていた土地神で、縁切りと縁結びの神様なの」
「それで鋏なんですね」
机に置かれた呪具を見て納得の表情を浮かべる伏黒。
どちらの側面が強いか、など説明する必要などない。火を見るよりも明らかだからだ。
縁結びの神として奉られていること自体、むしろ意外な話だ。
「
呪霊、呪物、呪具、呪詛師。あとは、呪力かな。
指を折りながらハルは説明を続ける。例外があることも付け加えて。
そして困ったように表情を曇らせて、根本的な問題点をあげた。
「私に出来るのは
理様に供物を用意して直接お願いしたわけではないからほんの少しだけ融通は利くんだけど、交流会でこの力を持ち出すと、京都校の生徒を再起不能にして呪術界に居場所がなくなる可能性があるの」
「ひょっとして先輩、さっき私を再起不能に仕掛けたって事ですか?」
「ごめんね! 謝ってなんとかなる話じゃないんだけど、稀に理様との境界があやふやになることがあって、何度もやり過ぎないように! とはお願いしてるんだけど……」
中々芳しくない状況なんです。
申し訳なさそうに頭を下げるハルに事態を思い返して冷や汗が流れ始める釘崎。
「まあ、あの状態ならこっちから気付を一発すればハルも起きるからな。問題はもう一段階ギアが上がると悟案件だ」
「交流会どころじゃなくなるんだよねー」
「しゃけ」
あれより一段階上があるのか。
真希、パンダの言葉に伏黒、釘崎は自分たちを取り巻く問題の全貌を掴むことが出来た。
交流会を台無しにし、皆を不幸に陥れかねない
その為には地雷を自ら踏みに行こうとする東堂への対策が必須であった。
「ってことで、作戦会議するぞ。
去年の交流会に参加した面子で残っているのはハルだけ。ハルが現場を共にした事もあって東堂の手札も割れている」
教壇に立ち、場を取り仕切る真希。
他の五人は思い思いに適当な椅子を見繕って座る。
「真希ちゃん、作戦案があります!」
交流会存続の核心を担うだけあって、やる気いっぱいなハルが挙手をした。
どこか嫌な予感を覚えつつも真希は聞くだけ聞いてみるかと続きを促す。
五条悟と親しくなろうとしているハルは、稀に五条に毒されているのではないかと思うような行動を取ることがある。
そんな予兆を二年生達は感じていた。
ハルが立ち上がる。
片手は高田ちゃんカバーシングルを強く握りしめ、視線は真希……ではなく、釘崎へ。
「釘崎さんが高田ちゃんのファンになって、東堂君に平和的解決をお願いするのはどうかなっ!」
名付けて
自信満々に胸を張るハルに教室の空気が凍る。
「先輩……いやです」
この時の釘崎野薔薇の笑顔はいっそ清々しい程に透き通っていた。
4話、5話と赤頭巾さん誤字報告ありがとうございます。
初対面ってこともあり、人間関係甘々なハルに代わって厳しめに理様は精査します。
釘崎に絡んだのはオォン!? なんや姐さん、我に文句でもあんのか?
って、クッソめんどくさい保護者ムーブ。
ちなみにハルのお友達作戦は釘崎が高田ちゃんの事を深く知ったうえで集団戦で、東堂と高田ちゃんを語り合おうって作戦です。
拗らせたドルオタに推しを語る機会を与えるというもの。
少ない戦力で簡単に長時間無力化することが出来るって戦法。なお、デメリットとして、今後呪術界に席を置いている間はずっとドルオタに絡まれます。