明日から仕事なんで、今までのようには更新は出来なくなりますね。
グッバイ正月休み、ありがとう正月休み。
それでは八夜目です、どうぞ。
「……嫌です」
三輪の投降の呼びかけをハルは拒否する。
都高専、皆で頑張っている最中自分だけ諦めて勝負を投げ出したくなかったからだ。
二対一。ハルに数的不利を覆す
前衛の三輪、後衛の西宮で畳みかけられたらなす術もなく負けるだろう。
泣きなくなるような絶望的な状況下でもハルは前を見据えて最善を尽くす気概を示した。
「……そう」
残念そうに言葉を漏らした三輪は両手を上げて構えを取る。
太刀が無ければ戦えない? そんなヤワな鍛え方はしていない。
同格の呪霊ならともかく格下の人間に負ける気はしない。
地面を踏みこみ、上半身を地面と水平に屈ませながら三輪はハルの間合いに飛び込んだ。
「っ!?」
突貫してきた三輪に表情を強張せながらもハルはまだ木刀を振らない。
先手を取ったら負ける。だから相手の動きを観察し、隙を突く。
徒手空拳相手なら何度も鍛錬で経験している。
そこには積み重ねた僅かな自信が見え隠れしていた。
三輪の重心や視線の向きから右こぶしによる正拳突きを予見して、突かれた拳を躱し迎撃する。
息を吐いて木刀を振ったハルは次の瞬間、宙に身体が投げ出されていた。
「 」
まともに受け身も取れず背中を地面に打ち付ける。
ハルの視界が真っ白に瞬いた。
「もーだから痛い目を見るって言ったのに」
痛みに悶えるハルの様子に西宮は呆れていた。
後の先。抜刀術によるカウンターも扱える三輪にとって付け焼き刃なハルのカウンターは児戯に等しい。積み重ねた経験の質も量も大き過ぎる差が開いてしまっていたのだ。
フェイントに釣られた甘い太刀筋を見切り、自分が真希にやられたように様に太刀取り。
ついでに足払いを掛ければ軽いハルの身体は簡単に浮いた。
「霞、数珠も取っておいて」
「はいよっ」
後ろで眺めていた西宮の言葉に頷き、隙だらけなハルを抑え込み、右手から数珠も奪い取る。
「っや! 返して!」
涙声で手を伸ばすハルだが身長も力も何もかもが足りない。
うわ、弟からお気に入りの玩具取り上げた時みたい。
ハルの頭に手を置いて、動きを固定した三輪は懐古に浸った。
「東堂君が迎えに来るまで待っててね」
三輪はそう言い残して籔林に消えていった。
警戒を解いた西宮も箒に跨り、上空へ消える。
至らない自分の弱さに涙をぽろぽろと零すハルは、どうすることも出来ずに俯くしかない。
その光景を枝に止まった烏が見つめていた。
「……アレ、どうするのよ」
烏の視覚情報をディスプレイに出力することで観覧席では試合内容を観戦することが出来る。
その内の一つ、ハルが映されたディスプレイを庵が指を指した。
「変なことするよねー、ハルちゃんをリタイヤさせるんじゃなくて無力化させるなんて」
問いかけられた五条は足を組みながら暢気に言葉を漏らす。
手を掛けて面倒を見ている生徒の窮地に焦る様子など一欠けらもなく、大変リラックスした状態だ。
「あの子、呪具失ったら一般人なんでしょ! 呪霊に襲われたらどうするのよ」
「敵方の生徒を気にしている場合かい? 歌姫。下手しなくても取り返しの付かないことになりかけてるのは
面を喰らったような表情を見せる歌姫には目もくれず、五条はわざとらしくあーあー、あんなにポロポロ泣いちゃって、かわいそー。なんて嘯く。
そんな五条の態度が気に食わないのか、さっさと情報を吐けと歌姫は怒気を強めて差し迫った。
「歌姫はハルの安否を気にしているけどそれこそ無用な心配さ、命の窮地に陥ってまでハルちゃんは鋏を出し惜しむことはないから」
「鋏なんて事前に持っていなかったじゃない」
「アレ、ハルちゃんにしか扱えない代わりに何処からでも取り出せるんだよねー」
シュレーディンガーの猫みたいなモノさ。
ハルちゃんの手には常に鋏が手元にあるという物理法則を無視した因果が付いてる。
そうやって涼し気に返す五条に溜飲を呑みこみ、歌姫は次に何故自分たちが窮地に陥ってるかを尋ねた。
そんなことも分らないのー? 焦らす五条に歌姫の拳はギリギリと音を立てる。
「集団戦という環境下で鋏を取り出したハルちゃんなんて爆薬以外のナニモノでもない。ハルちゃんが望まなくても敵意を向けてきた時点でアレは反応するだろうね」
君のところだと、東堂君以外対処出来ないんじゃないかな。
他の生徒は腕を切られて、呪術界からおさらばバイバイだね。
他人事だからとケラケラ笑う五条に歌姫の堪忍袋が切れ、怒声をあげたその時だった。
「っ!?」
試合会場内に放たれた呪霊全てが消滅した。
赤く燃えた呪符が都高専によるものと結果を示している。
しかし、先程まで遅々として進まなかった試合の状況が一変することなどあり得るだろうか。
「冥」
「生徒ではないかな。烏は生徒に張り付いてるから何かすれば分かる筈」
外部勢力の乱入。
不安要素を抱えた集団戦に波乱が起きようとしていた。
特級呪霊の乱入。
結界が張られた都高専の敷地内にどうして敵勢力が入ってこれたのか。
それを検証するほどの余裕はない。
狗巻、伏黒、加茂。両校のトップクラスの実力を持つ三人が集まってなお手に余る相手である。
自分の呪言で動きを制限し、他二名で攻撃をし、隙を見つつ五条のいるところまで撤退する。
厳しい撤退戦だ。
喉薬の在庫はまだあるが……一度、格上相手に痛い目を見ている狗巻はこの均衡がいつ崩れてもおかしくない状況にあると理解していた。
そして、その瞬間は想定していたよりも早く来てしまった。
「狗巻先輩っ!?」
喉に焼けるような痛みが走る。
多量の血が自身の口から溢れ出ている。限界が来てしまった。
その瞬間は敵方からすれば突いてくださいと言わんばかりの隙であった。
三人の刹那の意識の空白、そこに呪霊は付け込む。
重い一撃。
加茂が瓦屋根に叩きつけられ、その身体はバウンドして吹っ飛ぶ。
危うい撤退戦線は崩壊した。
このままではなす術もなくただ蹂躙され、弱者は強者に淘汰される。
そんな蹂躙劇を狗巻は受け入れられない。
最初は倒れた加茂を庇う伏黒。次に自分。その後は仲間達が手に掛かる。
それは、嫌だ。
これから行うのは初めての、結果も分らない賭けだ。
だが、縋るしかない。このままではただ惨めに死ぬだけなのだから。
「もう、いやだ」
殺される。
それが自然の摂理だと言わんばかりに。ただ踏みつぶされ、死ぬ。
加茂を庇ったは良い。が、次に繋がる手が伏黒の手になかった。
手段がないわけではない。
だが、それは此処にいる自分を含めた三人が死ぬであろう手札である。
呪霊に殺されるのか、それとも式神の暴走によって死ぬのか。
そこに活路への希望はない。
後方で呟かれた狗巻の呪言。否、それは弱音であった。
目の前の呪霊に関与する言葉ではない。
「……っ!? ハル……先輩?」
幻覚でも見ているのか。
伏黒は目を疑った。
自身と呪霊を隔てる僅かな空間。
先の一瞬まで何も存在しなかったその空間に少女が佇んでいる。
自分を庇うように呪霊と対峙している。
《新手、ですか》
先ほどまで自分たちを追い詰めていた呪霊が距離を置く様に後退し、警戒をしている。
伏黒もまた同様に倒れ伏した加茂を引きずるようにハルから距離を置いた。
満身創痍な狗巻の側まで行く余裕まであった。
「狗巻先輩、アレは……ハル先輩なんですか?」
「……しゃけ」
自分でもおかしな事を聞いていると自覚しながらも伏黒は尋ねずにはいられなかった。
寒気がし、冷や汗が止まらない。
以前のミーティングで見た比ではない。アレで抑えていたのか。
眼前のハルは先ほどからピクリとも身動きすることなく、呪霊を見据えている。
薄ら寒い風が肌を撫でた。
垂らされたお下げがゆらゆらと揺れる。
肘を曲げ、鋏の切っ先を呪霊に向けながらハルは佇んでいた。
紅い。
紅い。
目に焼き付くような紅い鋏がハルの手の内で日の光を受けて輝いていた。
赤頭巾さん、誤字報告ありがとうございます。
素人が木刀振ったて、獲物が日本刀のプロが徒手空拳だからって通用するか? って聞かれたら、当たり前だけど通用するわけありません。
これが道場だったら、三輪コーチによる特訓指導でハルは何度も畳の上をすってんころりんとしていたでしょう。
あ、保護者の方以外は出ていきましょう。
微笑ましくはありますが、見世物ではありません。
数珠も取ったのは西宮が詳細不明な攻撃を受けたことを警戒している為です。
楽厳寺学長の言葉が胡散臭くなったから、不安要素を取り除いておくに限ります。
……が、五条の指摘通り数珠を失ったハルちゃんは文字通り、最後の手段として鋏を出しざる得なくなるので、完全な無力化はタブー。
最適解は一発ノックアウトによる気絶。アフターケアを怠らなければ危険な保護者は出張ってきません。
次点、数珠を取ったら負ぶって行動。もしくは箒に乗せて上空拘束ですね。
後半はハルちゃんスイッチオンで参戦。
呪言使いである狗巻だから、召喚出来ました。
ちなみに歩の悪い賭けで、ハルと結ばれた縁を通して理様本体が顕現する可能性もありました。
……そしたらどうなるって? 大惨事大戦じゃないかな。