オーバーロード~狼(以下略)~その他まとめ   作:ぶーく・ぶくぶく

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風脈ガレオン船の影響・帝国編

 

 

/*/ バハルス帝国・帝都外縁――旧ワーカー宿舎群 /*/

 

 

風脈ガレオン船の就航は、空を繋いだだけではなかった。

それは地上の経済と、冒険者社会の構造そのものを静かに塗り替え始めていた。

 

帝都の西区に並ぶワーカー宿舎群――かつて冒険者崩れの労働者たちで賑わっていた建物群は、今や半ば廃墟と化している。

空に目を向ければ、定期航路を往来する青白い光――風脈ガレオンが、ゆるやかに帝都上空を横切っていった。

人々はその姿を見上げながら、羨望と焦燥をないまぜにした声を漏らす。

 

「……あの船に乗れりゃ、エ・ランテルまで一日だってよ」

「日雇いよりマシだろうな。こっちはもう仕事ねえ」

 

かつて帝国のワーカーたちは、戦場や遺跡調査、魔獣討伐――命を賭して働き、

その危険手当で生計を立てていた。

だが、風脈ガレオンの登場以降、状況は一変した。

 

魔導国が空路で冒険者と物資を迅速に送り込めるようになったことで、

帝国が誇った皇軍の即応性と討伐速度が異常なほど向上。

それに伴い、ワーカーたちが請け負っていた“高リスク案件”の多くは軍に吸収され、

彼らの仕事は激減した。

 

残されたのは――貴族たちの私的で、ろくでもない依頼ばかり。

 

「帝都郊外の“狩猟試験”に同行しろ、とか」

「誰が見ても魔獣じゃねえ“人狩り”だ」

「断れば“国家反逆”だとさ」

 

噂の絶えない糞貴族たちは、危険な遊興や実験の犠牲としてワーカーを“雇う”。

報酬は高いが、戻ってこられる保証はない。

そんな仕事ばかりが残った。

 

やがて、帝国中のワーカー宿舎には“ある流行り文句”が生まれた。

 

「――風脈に乗れば、仕事がある」

 

それは噂ではなく、希望だった。

 

魔導国・エ・ランテルでは、空路による物流と治安維持が進み、

冒険者制度が体系的に整備されていた。

その評判は風脈ガレオン船に乗って旅人や商人の口から帝国へ伝わり、

やがてワーカーたちの間で広まっていった。

 

――「魔導国の冒険者は、給料が出る」

――「訓練も装備も支給される」

――「死体を放置されない」

 

そうして今、帝国の各地から職を失ったワーカーや独立傭兵たちが、

空を渡って魔導国へ向かい始めていた。

 

 

/*/ 風脈ガレオン船・帝都発エ・ランテル行き /*/

 

 

灰色の制服に古びた装備を抱えた男たちが、貨客船のデッキに集まっている。

粗末な鎧、すり減った剣、そして焦げた盾――

だがその目には、久しく見なかった“期待”が宿っていた。

 

「帝国じゃもう使い捨てだ。あそこ(魔導国)なら、ちゃんと戦えるって話だ」

「冒険者登録すれば、命の値段が決まる。安売りはもうごめんだ」

 

ぐりもあが、整備員に混じってそれを見ていた。

風脈ガレオンの甲板から見下ろす帝都は、夕日に沈みながらもどこか薄暗い。

 

「……ジョンさんの狙い、当たりましたね」

 

航路を整備すれば、人と金と希望は自然と流れ込む。

風脈ガレオンはそれを体現していた。

 

やがて、鐘の音が響く。

船体が光に包まれ、ゆるやかに浮上する。

帝都の人々が見上げる中、

ワーカーたちを乗せた船は、エ・ランテルの方角へと滑り出していった。

 

 

/*/ 魔導国・エ・ランテル冒険者訓練所 /*/

 

 

到着した彼らを迎えたのは、訓練教官の怒号と整然とした魔導設備だった。

筋肉と魔力が入り混じった訓練場には、

各国から来た新人たちが汗を流し、教練を受けている。

 

「ワーカーだろうが、冒険者だろうが関係ない!」

「ここじゃ“命を預ける同士”だ!」

 

その声に応えるように、男たちは剣を構え、呪文を唱える。

帝国で“使い捨て”だった彼らは、今、

初めて“育てられる存在”として扱われていた。

 

風脈ガレオン船が運んだのは、物でも兵でもなく――

生きるチャンスそのものだった。

 

エ・ランテルの夜、酒場の明かりが港を照らす。

新入りの冒険者たちは杯を掲げ、誓いのように言う。

 

「もう誰にも使い捨てにされねえ。

 この空の下で、今度こそ“自分の名前”で生きてやる」

 

風脈は彼らの夢を運び、

新たな時代の風が――魔導国の空を満たしていた。

 

 

/*/ バハルス帝国・帝都アーウィンタール 皇帝執務室 /*/

 

 

夕刻の陽が深紅のカーテンを透かし、執務室の床を黄金色に染めていた。

机上には山積みの文書、魔導通信の封蝋、そして皇帝ジルクニフの疲労が滲んでいる。

だがその瞳は、なおも燃えるように鋭い。

 

窓際には魔導国大使、ジョン・カルバイン。

長身の異形の男は、飄々とした笑みを浮かべ、

一方で執務机の脇には――

ジルクニフの秘書官、ロウネ・ヴァミリオネンが立っていた。

 

かつては絹のような黒髪を誇った男だが、

今ではその頭頂部にやや寂しさが訪れている。

もっとも、本人は気にする様子もなく、

「知恵の光が反射するのです」と冗談を言うのが常だった。

今日も額の汗を布で拭いながら、淡々と書類を整理している。

 

 

/*/

 

 

ジョンが椅子に腰かけたまま、軽い調子で口を開いた。

「……ワーカーや冒険者を、そちらから送り出してしまって良かったのか?

 帝国にとっては、戦力の一部でもあったろうに」

 

ジルクニフは羽ペンを置き、肩を回すようにして深く息を吐いた。

「戦力、か……」

 

彼の視線が窓外に向かう。

遠く、夕空を横切る風脈ガレオン船の白い船影。

かつては夢物語だった“空を渡る航路”が、今や国家間の血流になっている。

 

「カルバイン大使。

 帝国にもはや、ワーカーや冒険者などの――

 国に所属しない暴力装置は必要ない。

 皇軍の機動力はすでに十分、治安も統制されている。

 このまま仕事を失い、盗賊に堕ちるくらいなら……

 魔導国で引き取ってもらえる方が、はるかに建設的だ」

 

ロウネがうなずき、禿げた額を指で撫でながら、

記録用の羊皮紙を取り上げた。

 

「陛下のお言葉の通りでございます。

 風脈ガレオンの就航により、皇軍の即応時間は旧来の三分の一。

 討伐や救援は軍が直接行えます。

 ワーカーの出番は、もはやなくなりました。

 それに……頭の薄い私でも、彼らの使いどころを見失っているのが分かります」

 

ジョンは思わず笑いをこらえながらも、

ロウネの言葉の的確さに軽く顎を引いた。

 

「……なるほど。

 つまり、余剰人員を処理するついでに、魔導国に“貸し”を作るわけだ」

 

ジルクニフは薄く笑い、手元の地図を指でなぞる。

「貸し、か……そんな上等なものじゃない。

 流れを止められぬなら、せめて道を与えるだけだ。

 力を持つ者は行き場を失えば暴れる。

 ならば、その力を預けられる場所がある方が、

 我々にとっても安全というだけのことだ」

 

ロウネが羊皮紙の束を差し出す。

光を受けて、頭頂の一部が神々しく反射した。

 

「こちらが、魔導国行きを希望しているワーカーと冒険者の名簿です。

 すでに二千余名が風脈ガレオン便に搭乗、残りも出国待機中。

 ……なかには帝都の衛兵より戦闘経験豊富な者も多いとか」

 

ジョンはそれを受け取り、ざっと目を走らせる。

「……なかなかの顔ぶれだ。

 鍛えれば十分に“兵器”になる。

 ただ、こちらでは“命令”ではなく“教育”で扱うがな」

 

ジルクニフは頷き、瞼を伏せた。

「それができるのは魔導国くらいだ。

 あの国は、力を恐れず、利用する。

 ……この国は、恐れて、囲い込む。

 違いはそこだ」

 

ジョンは立ち上がり、礼をして言う。

「では、その力、預からせてもらう。

 いずれ、魔導国の名のもとで再び働く日もあるだろう」

 

ジルクニフは軽く笑みを返す。

「その時は、彼らの中に“帝国出身”と胸を張れる者が残っていれば良い。

 力を捨てたわけじゃない、預けたのだと――そう伝えておいてくれ」

 

ロウネが静かに一礼し、光る頭を下げる。

ジョンは思わず目を細め、くすりと笑った。

 

「……ロウネ殿。いい反射だ。

 その光、まるで新しい時代の夜明けみたいだな」

 

「恐れ入ります。最近、磨いておりますので」

 

ジルクニフが吹き出し、久しぶりに笑みを見せた。

「……お前たち、まったく場を選ばぬな」

 

だがその笑いの裏には、確かな安堵があった。

ワーカーたちが去っても、暴力が暴走しない未来。

その裏側に、確かな秩序と新たな風が吹いていた。

 

窓の外では、風脈ガレオン船がゆるやかに上昇していく。

その光が皇帝の机を横切り、

ロウネの頭頂を一瞬、神々しく照らし出した。

 

 

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