次話で決着&事件解決。次の次で後日談的なものをやってラストになります。
未だに一人が行方不明――
その情報が灰原さんからもたらされた時、私は嫌な胸騒ぎを覚えた。
行方不明という部分に引っ掛かったのではない。着目したのは、その人数。
一人
ダブルチェックも兼ねて、灰原さんが発掘した情報を一緒に確認していく。
一般大衆に向けた記事なのでそうそうなかったが、難解な専門用語が出たり理解が及ばない箇所があれば、灰原さんがその都度横から注釈を入れていった。
「ほうほう。相変わらずのものしり博士さんですなー」
「小さくなる前の私がどこで何をしていたか、興味はない?」
「キョーミない」
「闇の組織で女研究員をしていたのよ。一般人を適当にひっ捕らえて悪の怪人に改造して世に解き放ってたってわけ。あともう少しで正義の味方『4869』を倒せたのに、惜しいところだったわ」
「ふーん」
ツッコまんからな、絶対。
灰原さんが情報を吟味して価値あるものだけを選び抜いてくれたおかげで、作業自体は驚くほど手短に済んだ。
まとめると、こうだ。
遺体は骨まで灰になるほどの猛火で個人の判別が難しく、身元は現場に残されていた当人達の所持品から推定された。要は科学的照合が難しく、状況証拠から「高い確率でその人だろう」という判断がなされたということである。
そして例の火災以降、一人の使用人の姿が見えず、今なお行方が分かっていない――
私はふむ、と考えた。
念のために、また優秀な助手に尋ねてみた。
「やっぱり、そこまで遺体の損傷が激しいと特定は無理? 技術が進歩した現代でも難しい?」
連載当時の四年前と現在の四年前とでは天と地の差がある。先の通信技術がそうであったように。そこらへんの捜査方法も目覚ましい発展を遂げているのではないかと思っていた。だが、現実には身に付けていたであろう私物から火災に巻き込まれたと推定された、という記述がある。
そう、特定じゃなくて『推定』だ。
灰原さんがまた無知浅学な私のために説明した。
「やはり難航するでしょうね。まず骨まで灰化していると当然軟部組織はとっくに焼失しているし、DNAも核の部分は特別高温に強いわけじゃないから、そっちも徹底的に破壊される。遺灰のみから実用的なプロファイルを得るのは困難よ。情報源としてはあまりにも頼りなさすぎる」
「お、おう……」と青ざめた顔でカクカク頷いた。油の切れ掛かったブリキのおもちゃなら、首からキイキイと耳障りな音を立てていたに違いない。
嫌いな科目の先生の話を聞いているみたいで、頭が痛くなってきた。
「これぐらい辛抱なさい」というような目で頬杖を突きながら、灰原さんがもう片方の手で私のほっぺたをぷにぷに突っついてくる。
「得意科目はなんなのよ、あんた。やっぱり国語とか古文? バリバリの文系っぽいし」
「漏れなく全部苦手でございます! ベンキョーダイキライ」
「威張るんじゃないの。学生の本分を蔑ろにしてどうすんのよ」
堂々とサムズアップを決めて恥も外聞もなくそう言うと、今度は軽くペチンと横っ面を叩かれてしまう。痛い。
灰原さんは話を戻した。
「歯は比較的残りやすい部位だから、治療痕から身元の特定が進められるケースは多々あるけれど、警察も馬鹿じゃないから当然そっちが残っていればそっちをあてにするだろうしね」
身を起こして軽く手を振りながら、彼女は最後にこう言った。
「せめてある程度骨片が残っていればね。骨だけでも色々と分かるものなのよ。
ほう、そういうものなのか。灰原さんのおかげでまた色々と学びを得た。
頭の中でレベルアップの音がした。テレレレテッテテーン。HPが幾ばくかも残っていなくて、危うくゲームオーバーになるところだったけど。
よほど疲れた顔をしていたのか、灰原さんはクスリと笑った。
「最初は真面目な文学少女だと思ってたのに、日が経つにつれてどんどんあなたへの見方が変わっていく気がするわよ。中の人が工藤新一だと分かっててあんな過剰なスキンシップもするわけだしね。あなたの江戸川コナン愛も相当なもんよね」
「コナン君はコナン君だもーん。大体、今はどう思ってんのさ?」
「優れているのは容姿だけ。無知無学のおバカさん。基本だらしがない。かわいい男の子ならホイホイ取って食おうとするケダモノ女。頭のネジが四、五本はぶっ飛んでいる怪物。日の当たらないところで育ったのならもやしみたいになるはずなのになぜか瑞々しい野菜のように新鮮で実がぷりぷり詰まっているありえない意味わかんない羨ましいそれから……」
「も、もうやめて……」
たった今、ゼロになりました。デデーン。ゲームオーバー。
後半から一本調子の声になり出して、まるで呪詛を唱えているようだった。怖いよ。
またバカ話の方に脱線しそうだったので、私はすぐに頭を切り替えた。
長い講義を経た後で、また沈思黙考のフェーズに入る。
腕を組み、息を吐いて後ろに深くもたれた。足の先をぶらぶらさせて、天井から吊り下がる豪華な装飾の電灯をなんとなしに見つめながら口を開いた。
「その人だけ行方不明扱いってことは、現場から身元に繋がる品が一切出てこなかったってことか」
「でしょうね」
「ただその人も火事を境に姿が見えなくなったのなら、他の使用人同様、給仕の最中に巻き込まれて命を落としたっていうのが自然な見方か」
「でも、あなたにはそうは思えない?
「そうだね」
その別の可能性とやらに、灰原さんもいくらか考えが及んでいるようだった。
「そっちの方に軍配を上げる根拠は?」
「勘」
寸分の迷いもなく当然のように言い放つ私に対して、灰原さんは「あらまあ」というように大きく目を見張った。
捨て鉢な言い方でたった一言「勘」なんて、大抵の人は眉をひそめると思う。
だが、灰原さんは逆だった。驚きをあらわにしたのも一瞬のことで、すぐさま満足そうに口元を綻ばせた。その意気やよし、とでも言うように。
今回のエピソードの肝は、間違いなく先代が遺した宝とその行方。
ならば、こう考えた方が面白い。
人が大勢亡くなっているのに「面白い」とは不謹慎も甚だしいけど。
面従腹背の精神で表向きは間宮家に忠誠を誓い、裏ではその時を虎視眈々と狙っていたとしたら、どうだろう。
おそらく、火事にはもうひとつの目的があった。
自分以外のその他大勢を焼き払う。それだけじゃない。
その後はどうする。なんのためにそんな大掛かりなことをしたか。
城を離れる、なんてことはもちろんあり得ない。
その逆だ。財宝が目的なら、もっと近いところに潜り込もうとする。使用人では行動に制限が掛かるし、立場も弱い。宝を探る上では力不足だ。もっと強大なポストを得ようと画策するだろう。
間宮家当主という、並び立つ者のない最強の称号を奪取するために――
私は思い出していた。
あの老婆の老人らしからぬ挙動、態度。エネルギーに満ち溢れた相貌。
「殺した本人になりすまして、何食わぬ顔でその人自身の人生を歩み続ける。ミステリーの定番か」
また独り言のようにそう呟くと、灰原さんの眉尻がピクッと反応した。
彼女はやがて小さく笑いながら、しんなりと首を横に振った。
「使い古された手法、とも言えるわね」
「たしかに」
入れ替わる、取って代わる。
それ自体はさほど難しいことではない。
有希子さんや
大変なのは化けた後だ。
他人の人生をそのまま乗っ取って秘密裏に代行するわけだから、外見だけでなく内面も完璧に模倣する必要がある。行動や思考パターン、性格、クセ。どれも手抜かりがあってはいけない。
三人のような実力者であれば、ほぼ完璧に近い形でトレースすることはできる。だが、並以下の凡人ではそうもいかない。必ずボロが出る。
だから殺したのか――
被害者の共通点を見出せても、ずっと「なぜ?」の疑問が付いて回っていた。
だが、これならば納得がいく。関係の浅い者なら、多少のことは記憶が覚束ないフリでなんとかごまかせる。しかし、趣味嗜好など細かいデータまで熟知している実の娘や知己の場合はそうもいかない。
これから先、間宮マス代としての人生を歩んでゆくのであれば、どう考えても彼女達の存在は邪魔だ。障害でしかない。
だからまとめて焼き殺した。
自身の――いや、間宮マス代の誕生会を利用して。
そして、もうひとつ犯人にとって難儀なことが――
「このパターンで一番困るのが、
「どんな風に片付けると思う?」
「森の中に打ち捨てるのは、もちろん論外。土の中に埋めるのもできれば避けたい。何かの拍子に掘り返される可能性は十分にある。犯人にしてみれば、毎日気が気でないだろうね。枕を高くして寝ることができないんじゃないかな」
私は途中で脚を組み替えて、話を続けた。
「そういった犯人の心理を考えると、むしろ遠くに遺棄するより近くに置きたがるものなんじゃないかな。
犯人にとって都合の良い、そんな奇跡の場所が高い確率で存在する。そう言っているも同然な私の口振りに、灰原さんは驚いたみたいだった。しばらくの間、私の顔をしげしげと見つめた。
「……ひょっとして、雨谷さんにはもう目星が付いてたりする?」
「まあね。まだ確証はないけど」
人知れず火を着ける。密かに顔を変えてまたこの城に舞い戻る。死体を隠蔽する。
結局、犯人はそれら全てを事も無げに成し遂げている。
だんだんと現実味が増していくような気がした。前々から疑っていた
これまで数々の仮説や推察を列挙してきたわけだけど、そろそろそれらを立証するための確かな証拠が欲しい。
何でもいい。まずはその人が本当に整形をしたかどうか。その事実を明らかにするべきか。
さっきの治療痕のくだりを思い出して、私はハッとした。
何らかの行動を起こせば、その過程にはなにがしかの『跡』が残る。
「医療機関に掛かれば、当然記録が残るか」
「そうね。闇医者に頼っていなければの話だけど」
さすがにそこまでの伝手はないと思いたい。
調べようにも一介の学生に過ぎない私にそっち方面の人脈はなく、おそらくそれは灰原さんも同様。宮野さんやシェリーだったらあるのかもしれないけど。
頼るとしたら、やっぱりコナン君の方か。
灰原さんと同じ理由で、
「うぅ……」
さっさと相談すればいいのに、ちらちらと視線を送って困り顔でもじもじするしかなかった。偉そうに啖呵を切った手前、すぐさま哀願に転じるのは格好が付かないというか――む、むぐぐ。
謎解きに熱を上げていても同時にしっかり周囲を警戒しているせいか、コナン君はすぐ私の目配せに気付いた。この一瞬のうちに心の中まで全部見透かしたみたいで、露骨にニヤニヤしている。
「なんだよ?」
「い、いじわる……!」
はっきり「助けて」と言うまで、意地でも腰を上げないつもりか。性格悪いぞ。
「我らの姫様がお困りだそうよ?」
「はいはい」
灰原さんが間を取り持ってくれたおかげで、我々はようやく停戦、和解と相成った。しょうのないヤツだ、とでも言いたそうにぶらぶらとした足取りでこっちに近づいてくる。
やっぱり不甲斐ないアタシをお世話している時の方がよっぽど嬉しそうだし、楽しそうに見えるんだよね、コナン君。ふーんだ。また後で頬擦り&ぎゅうぎゅう抱き締めの刑に処しちゃお。
私は単刀直入に「整形外科医の知り合いはいないか?」と尋ねた。
こっちの窮状を察してか、コナン君はなんのためにそんなことを訊くのか、などつべこべ質問するようなことはせず、シンプルに答えのみを返してきた。
「それだったら、オレよりも博士に訊いてみた方がいいんじゃねーか? たしか整形外科のお偉いさんと一人、懇意の仲だったはずだから」
――なんですと?
聞き間違いかと思って、もう一度訊き返してしまった。意外な名前が出てきた。
「博士って、わりと各界に顔が利くんだよ。いろんなところに太いパイプで繋がってたりするんだ」
私はさっそく博士に掛け合ってみた。
部屋の隅でタヌキの置物みたいにぽつねんとしているところを捕まえて、頼み込んでみた。田畑さんはどこかに出払っているのか、姿が見当たらない。ちょうど良かった。
私の熱心な様子に感じるところがあったのか、博士は詳しいわけも聞かず、今から問い合わせてみると快く応じてくれた。彼はケータイを取り出しながら部屋を出て行った。
「ううーむ」
席に戻って吉報を待っている間も、気分は落ち着かなかった。テーブルの上で何度も手を組み替えたり、椅子の下で足をしきりに揺すったり。体全体が忙しなく動いている。
まずはすぐに連絡が付くか。そこが問題だ。
そこは博士にもしっかり釘を差された。即座に回答を得られるかどうかはわからない、と。
仮にあっさり繋がったとしても、名前やその他情報を割り出すまでどのくらい掛かるか。わざわざ老婆に顔を変えるなんて珍妙な客、すぐにでも学会や仲間内などで話が伝播しそうだからさほど苦労することもないと思いたいけど、それはあくまで私の希望的観測に過ぎない。
そもそも懇意の間柄とはいえ、患者の個人情報をすんなり渡してくれるか。何もかも不透明すぎて、さっぱりわからない。
アタシは今、絶賛気を揉んでいる最中である。むおーん。
「落ち着きなさいって。意味のないところで無駄にエネルギーを浪費したってなんにもならないわ。ダメならダメで次の手を考えるまでよ。今はどっしり構えておきましょ」
灰原さんがどうどう、と私の背中を擦る。
彼女がペース配分が巧みなベテランジョッキーなら、アタシはイレコミや発汗が目立つ経験の浅い若駒といったところか。
とにかく、最大級の幸運に恵まれることを祈るしか――
「おうい、瑠璃君! わかったぞ」
「早うくない!?」
恵まれた。博士が手を振りながらこの部屋に駆け込んできた。
これ以上ない結果になったのだから万々歳で喜べばいいのに、あまりにも早いせいでまずは芸人ばりの鋭いツッコミを入れてしまった。なにせ、まだ話を持ち掛けてから十分も経っていない。
「いや、ラッキーじゃった。あちらさん、ちょうど手が空いておっての。しかもやっぱり界隈では奇人という意味での有名な御仁だったみたいで、今でもはっきり名前を覚えていたんじゃ。特別に教えてくれたよ」
博士はこっそり私に耳打ちした。博士の口から私の耳へ、その名がはっきり伝えられる。
あとは確認か。
ちょうどいいタイミングで田畑さんが部屋の前を通り掛かった。彼はまだ容疑者の一人だが、犯人はほぼ一人に絞り込めているし、片棒を担いでいる可能性も低い。私は思い切って尋ねてみることにした。
伝言ゲームのように、今度は私の口から田畑さんの耳へ。
四年前の火事で行方不明になっている人は、こういう名前の方ですか、と。
その名が彼の鼓膜を揺さぶった瞬間、彼は私から反射的に顔を離した。まるで耳元で大声を出されたみたいに。ぎょろぎょろと目をひん剝いて私を見た。
「な、なんでそんなこと知ってんだ……!?」
やった、ビンゴだ。
ここまで来て同姓同名の別人なんてことはあるまい。
彼女はたしかに整形している。わざわざ経年劣化の激しい老婆の顔に。
だけど、まだだ。まだ決定打にはなり得ない。
あくまでその事実を示しているだけであって、それ以上でもそれ以下でもない。
放火の犯行を証明するものではなく、彼女を封じるだけの力がまだないのだ。
どうすればいい――
やはり秘密の通路の存在を明らかにすることか。可能性は非常に高いし、死体やその他証拠品が隠されているのなら、そちらの調査に踏み切る価値は十分にある。
しかし、入口を暴くまでにどれほどの時間を費やすことになるか。想像も付かない。年単位は確実だろう。それにひとたび不穏な動きを見せれば、あの老婆が即座に牙を剝いて襲い掛かってくる。
つまり、その手の調査なんて土台無理ですよって話だ。
いや、あるいはコナン君なら――
彼ほどの実力を持つ人なら、あっさり見つけてしまってもおかしくはない。
そうだ、何も私一人で思い悩むことはない。私には最強の二人がいる。
一度また招集を掛けて、両者から意見を募ると共に今後の方針と対策を――
そこまで考えた時だった。
「ちょっとー! 二人とも何やってんのよー! 落っこちちゃうよー!」
「えっ?」
歩美ちゃんが窓の向こうに身を乗り出して、隣の方を覗き見ながら絹を裂くような悲鳴を上げている。
そういえば、元太君と光彦君の姿が見当たらない。ついさっきまで三人で仲良くおしゃべりしたり、緑の広がる景観やチェスを眺めながらワイワイ騒いだりしていたはずなのに。今は歩美ちゃん一人だ。
二人がいつの間にか姿を消している。歩美ちゃんが何やら必死に隣の部屋へ呼び掛けている。
そして、落っこちちゃう――
点と点が結び付いて、私は総毛立った。
靴の裏にターボエンジンでも搭載しているようなスピードで隣室にすっ飛んでいった。押っ取り刀で駆け付けてみると、息を切らしながらサッシに手を掛けて
さすがにこればかりはいつもの調子でやんわり注意するわけにもいかない。ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら、しかし至って厳格に真面目に、決して手加減はせず私は声を張り上げて怒鳴り散らした。
「いいかげんにしなさい! 何度同じことを言わせるの。下手したら大ケガどころか命に関わるかもしれないんだよ。お母さんやお父さんを悲しませてどうするの。自分だけじゃなくて、大勢の人に心配や迷惑が掛かるってことを自覚しなさい!」
「は、はぁい……」
さすがに今回ばかりは自身の行いを猛省したようで、すっかりしょげ返っている。灸を据えた甲斐があった。
こっちは事件を追っている身だから、できれば博士に見張り役をお願いしたい。
――のだが、今の騒ぎが起きる前にまた田畑さんと二人でどこかに行ってしまった。
仲良きかな。
なるべくすぐ帰ってきてほしいんだけど――
反省会をしている二人をよそに後ろを振り返って――私はぎょっとした。
コナン君のとんでもない行動を目にしたからだ。
どこから失敬してきたのか、椅子の上に何冊もの本を積み上げて、さらにその上に自身が乗って、懸命に背を伸ばしながら壁に掛けてある時計の針をいじくり回している。
どうやらコナン君も騒ぎを聞き付けてここにやって来たみたい。
灰原さんはたぶん、あっちの部屋に一人残された歩美ちゃんのそばに付いているのだろう。
呆れたというより、唖然とした。
分別のあるいい大人が何やってんのよ。田畑さんに目撃されたら拳骨が飛んでくるに違いない。
「んもう、コナン君まで一体何をやって――」
とりあえずそこから抱き下ろそうとして背後に近付くと、長針と短針がちょうど『Ⅻ』に合わさった。
どこからかカチッと音がした。パズルの穴の空いた部分にピースがぴったり嵌ったような、そんな小気味良い音だった。
それから間を置かずに
当然、その壁に密着していたコナン君はその回転に巻き込まれることになる。不安定な足場の上だったから、抗う余裕すらもない。あっさりバランスを崩して、真っ暗闇の向こう側の世界へ引きずり込まれようとしていた。
「!? コナン君!」
よく反応できたものだと思う。普通に手を伸ばしていては到底間に合わなかったので、考えるまでもなく私は駆け出すと同時に飛び付いていた。
なんとかコナン君を捕まえて胸の中にしまい込んで、ダイブした格好のまま扉の向こう側に勢いよく倒れ込んだ。こういう駆け込み乗車をしたら、周りの乗客から白い目で見られるだろう。良い子は真似しないように。
「い、いたた……」
そこそこ危険な飛び込み方をしたので、私は身を横たえたまましばらく動くことができなかった。抱き込まれたままのコナン君が胸の中で心配の声を上げた。
「瑠璃、大丈夫か!?」
「うん、なんとか。コナン君は?」
「オレは無事だけど……」
上手い具合に私が肉のクッションとしての役割を果たしたようだ。
私はどうにかして上体を起こした。
すぐ先の見通しすら利かないほど目の前が黒一色に塗り潰されている。肩をしたたかに打ち付けた瞬間に電気が走ったような痛みを覚えたので脱臼を心配したけど、どうやら関節は正常な位置で繋がっているらしい。
「ほんとに大丈夫か?」と今なお心配するコナン君に、私は腕を回して健在ぶりをアピールしてみせた。まあコナン君には見えていないわけだから、全く以って意味のない動作なわけだけど。
「よっと……」
コナン君が私の胸から降りて、腕時計の明かりを点けた。博士の発明品だろう。
私はそんなもの譲り受けていないので、スマホのライト機能で代用した。
ざっと辺りを照らしてみた。
見たまんまの『通路』で、とにかく狭い。両サイドの壁がすぐ真横に迫っている。これから先はずっと下り階段になっているようだ。
「隠し通路、か……」
意味深に独りごちて、それから私はちょっとの間、口を利くことができなかった。
あるだろうとは思っていたけど、実際に現実として目の前に展開されるとなんとも言えない気分になる。
私はさっとすばやく考えた。
もしあの老婆がどこかで私を監視していたのなら、今のハプニングもしっかり視界に収めていたことだろう。笑い転げたに違いない。付け狙っていた獲物が自ら狩場の中に迷い込んでいったのだから。とんだ間抜け娘だ、と。
そもそも私に対する個人的な感情を抜きにしても、状況は非常に芳しくない。
この通路が露見した時点で、私達二人は抹殺の対象だ。すぐにでも実力行使に出るだろう。
物事はポジティブに捉えるしかない。ピンチはチャンス。決定的な証拠を欠いている私達にとって、今の状況はむしろ好機でもある。多分に強がりが含まれているとはいえ、ヤツが行動を起こしてくれるのなら、それこそ望むところだ。
たぶん、原作の世界ではもっとややこしいエピソードになっていたのだと思う。
だけど、こっちの世界にはアタシがいる。そして、アタシにはコナン君がいる。
私は彼に呼び掛けた。
「コナン君」
「うん?」
「……ちょっとアタシの話を聞いてくれる?」
こっちはもう何もかも知り尽くしている。
真相は暴いたも同然だ。これから相手がどう出るか、それも手に取るように分かっている。
万全の対策と準備をして迎え撃つ。
来るなら来い。
全面対決だ――