カラオケボックスの一件以降もそこそこ多忙だった。
一つこなせば「ハイ、次」といったような調子で、また追加のおかわりがやって来る。
わんこそばみたいに。
今でも時々、こんな風に考えることがある。
どうして私は『私』の存在に気付いてしまったのだろう。
なぜ『私』は今になって意識を取り戻してしまったのだろう。
これは来るかもって思ったら、あとは毛先まで神経が行き届いたような感覚だった。
普段なら意識しないところにまで目が行ってしまう。
どんな些細なことも記憶に留めようとする。
結果としてどんどん情報が入り込んでくるから、それを精査するために自然と思索に耽る時間が追加される。さらに精神が摩耗する。
必要とあらば、コナン君にそれとなく情報を投げたりもした。カラオケボックスの時みたいに。
(一応、気にしといてくれる?)
(わかった)
半ばそれが合図のようになっていたから、言葉にせずともいつしかそんな風に通じ合うようになっていった。
私の異常なまでの察しの良さとか警戒の仕方とか、色々思うところはあるだろうに、コナン君はただ黙って私の要請に従ってくれた。
ただ、とてつもなく難易度が高いことだから、これだけ手を尽くしても
全てが全て、木村さんの時のようにうまく行くとは限らない――
最初のうちは、その瞬間を迎えた時の徒労感や喪失感が骨身にこたえた。
その場にへたり込むことはしなかったけど、不意に足元のバランスが崩れて引き摺り込まれるような感覚に襲われた。
今は――どうだろうね。
当初ほど極端ではないかもしれない。良い意味でも悪い意味でも慣れてしまった、と言えばいいのか。
過度な自責を防ぐには
でないと、心が壊れる。
ある程度視えているからこそ、
最善を尽くした、やれるだけのことはやった、仕方がなかった――
ある意味では自分の体裁を良くしたいだけの情けない言い訳に過ぎない。現状ではまだまだ虚しく響く、というのが本音だった。
いずれ、いや、既に人の命を軽んじるような冷血人間に成り下がっているんじゃないかって恐怖もある。
何が正解なのかはよくわからない。
詰まるところ、私と『私』はまだまだ道半ばだ。新しい生き方、在り方について試行錯誤を重ねている最中だった。
きっと、長い戦いになる――
焦らずゆっくりやっていこうじゃないかっていうのが正直なところだった。
★
ある事件を解決して、辺りもすっかり暗くなっていて――事情聴取はまた後日ということになった。解放された私達はようやく帰路に就いた。
「瑠璃ちゃん、大丈夫?」
「ったく、どこほっつき歩いてんのよ、あの推理オタクは!」
毎度毎度、一仕事終えてヘトヘトの私を心配そうに気遣ってくれるのが蘭で、こういうのはアンタの仕事でしょ、と誰かに憤っているのが園子だ。
すぐ近くで当の本人が聞き耳を立てているとは――まあ、夢にも思わないよね。
コナン君はばつが悪そうにぎこちない笑みを浮かべるしかないみたいで、それを見た私も苦笑いするしかなかった。
私が「そこらへん適当にぶらついてから帰るね」と三人に別れを告げて反対方向に歩こうとすると、コナン君は雛鳥のように後ろをちょこちょこと付いてきた。
「ボク、瑠璃姉ちゃんと一緒に行くね」
私は誰にも気付かれないように、顔の裏側でそっと渋い表情を浮かべた。
帰ればいいのに――
別にコナン君を邪魔に感じているとか、そういうことじゃなくて、純粋に蘭を思ってのことだった。
現にほら、蘭は「あっ」と小さく声を上げて、コナン君を引き止めようと軽く手を伸ばし掛ける。その姿勢のまま固まって、何かを言おうと口を上下にパクパク動かしているけれど、適当な言葉がどうしても見つからないみたい。
やがて、諦めたようにゆるゆるとその腕を下ろした。私達を交互に見比べて、どこか淋しそうに小さく笑った。
「じゃ、瑠璃ちゃんのことよろしくね、コナン君」
「? うん」
案の定、この朴念仁は何もわかっていないみたいで、不思議そうに蘭を見つめている。
顔の上半分を手で覆って、盛大に天を仰ぎたい気分だった。
そこに他意はなく完全に善意からの行動なんだけど、色々と迂闊なんだよね、コナン君。
いや、
度々こうした蘭の仕草や表情を目の当たりにしていると、大体のことは察せられるような気がした。彼女が今、何を考えていたか。どういう不安や懸念を抱いているか――諸々すべて。
迂闊だった。名探偵コナンガチ勢でもないから、すっかり失念していた。
そういえば、この時期の蘭は
ただでさえそんな状態だっていうのに、私の存在が余計に事態をややこしくさせるか――
これは望ましくない。掛け値無しにそう思った。
ある意味、私はお気楽な立場だ。
私ごとき異物が二人の仲に食い込んだところで、ひび一つ入らない。それが分かっているから安穏と、
この世界でも必ず二人は結ばれる。私自身は、そう確信が持てる。
だけど、蘭はどうだろう。
もちろんそんなこと、知る由もないから――まだ工藤君の想いを知らないからあんな風に焦慮に駆られたりする。
いずれ蘭の方もなんとかしなきゃならないか――
いつの日か、きっと面と向かって相対する時がやって来る。
そんな予感がした。
★
しばらく適当にさまよい歩いた私は、どこか公共のベンチに腰を下ろして身を落ち着けた。
事件が終わった後はいつもこうしていた。
それなりに心身を擦り減らしているわけだから、ある意味では当然の処置なのかもしれない。蘭や園子と談笑するだけの気力や体力はとうに残されていないし、また、そういう気分でもなかった。
とにかく、一人になりたかった。正確には今、一人じゃないわけだけど。
行きずりの自販機で買ったコーヒーを口に含んでみる。
苦かった。無糖のブラックだから当然なのかもしれないけど、果たしてそれだけかなって思った。失われる命がなかった最良の結果であったとしても、舌の上にはこうしてピリッと苦い味がいつもこびり付いている。仮に甘いミルクを注ぎ込んだとしても、なかなか消えてはくれないだろう。
夜の帳が下りた空を漠然と見上げながら、ふうっと一つ息を吐いた。
特に深い意味があったわけじゃない。ただなんとなく、そうしただけだった。
だけど、隣の子はやや深刻に、真面目に受け取ったみたい。
軽く肩を揺さぶられるような衝撃を感じて横を振り向いてみると、コナン君が寄り掛かるようにして体をくっ付けて、私の腕に頭をもたせかけていた。唇を横一線に結んだまま、険しい相貌でちらっと横目に私を見上げている。
(大丈夫か?)
(お前が何もかも全部背負い込む必要はないんだよ――)
そう言われているような気がした。
私はそっと笑みを湛えた。
事件が起きると、ずっとそばに居てくれるんだよね、コナン君。
なにしろ、その時点でなかなか疲労困憊だ。
すでに頭を酷使しているし、精神的なプレッシャーに圧し込まれてもいる。犯人の凶行を許した時なんかは、尚更ダメージが大きい。
捜査を進めるのも、衆人環視の中で推理を披露するのもまだまだ不慣れで、探偵役が板に付いてきたとは言い難い。
あらゆる方面から負担が重く圧し掛かってくる。
無理をしないように、潰れてしまわないように、私を庇護の下に置いているのは明白だった。
それに、あちこち現場を駆けずり回るわけだから、ひょっとしたら
なんにせよ、私を守護する目的で傍らに立っているのだった。
この頼もしい小さな
全てが終結した後も私を護衛するという任務は続いているらしくて、こうして事件後の一服にも付き合ってくれる。
とにかく私を一人にさせたくないみたいだった。
少しでも目を離したら、どこかにふらりと消えてそのままいなくなってしまう。木枯らしにさらわれる一枚の葉のように。
そんな不安に駆られているのかもしれない。
私はまた静かに笑った。
コナン君が過保護なのか、それほどまでに私が頼りなく映っているのか――果たしてどちらだろう。
彼の頭の上に手を置いて、しばらく撫でてみた。安心させるように。
(そう心配しないの。意外に元気だし、アタシは大丈夫だよ)
(勝手にどこかにいなくなったりしないからさ)
私の意思が手のひらを通過して、そのままコナン君の脳の隅々にまで行き渡ったのかもしれない。伏し目がちに俯いたままではあったけど、一応は安堵したのか、強張った表情がわずかに緩んだように見えた。
この子もこの子で、なかなか歯痒い思いをしているんだね――
いや、
コナン君はやっぱり、二人きりの状況であっても何も訊いてこなかった。
探りを入れるのは悪手であり無粋で、余計に追い込むだけだと理解しているんだろう。実際その通りだったし、こうも的確に心の機微を捉えてくれるのは本当にありがたいことだった。
そのくせ、自分の恋愛事情や蘭のことになると呆れるくらい鈍くなるんだから――まったく、困ったもんだよね。
私は自分自身に活を入れるように膝の上をパンと叩いて、勢いよく立ち上がった。
努めて明るい声を出した。
「さ、もう帰ろっか! あまりコナン君を遅くまで連れ回してると、アタシが蘭に怒られちゃう」
「そだね」
コナン君は飛び降りるようにしてベンチから着地すると、何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。
「次の休日、空いてる? ちょっと付き合ってよ」
特に予定も無かったから一応は了承しつつも、肝心の何をするかを聞いていなかったから蘭や園子と一緒に四人でトロピカルランド辺りかな、と思って尋ねてみたら――彼はとんでもないことを言い出した。
「ううん、デート。二人でね。場所は喫茶ポアロだから。じゃ、いこっか」
平坦な声で、何でもないことのようにあっさり言う。頭の後ろに手を組みながら、先立ってスタスタと歩き出してしまった。
間抜け面してぽつんと立ち尽くす私が、ただ一人その場に取り残された。
はい? でえと?
率直に言うと、まったくもってわけがわからなかった。
なぜ? なんのために?
意図も目的も不明瞭なだけに、その単語を広義的な意味で捉えるのが難しい。
言葉足らずにも程があるでしょ、いくらなんでも。彼のことだから何か狙いがあるんだろうけど。
「ちょ、ちょっと、コナン君!?」
私は慌ててコナン君の後を追い掛けた。
おかげで、当日を迎えるまでの数日はいくらか落ち着かない気分を味わう羽目になった。
★
その日のポアロは昼時のちょうどいい時間帯を過ぎていたせいか、わりと空いていた。
私達はすんなりテーブル席へ案内された。
一体どうしたいのかね、アタシは――
起床してから今に至るまで、私は黙々と沈思していた。
軽く自己嫌悪に陥りそうだった。
この前の付き添いにしろ今回のデートとやらにしろ、蘭のためを思うならその時点で断ることもできただろうに、結局それをしなかったのは
心の傷を癒したり、恐怖や不安、孤独感を和らげてくれるこの子を――
できる限り私のそばに居てほしかった。
私の苦悩を真に理解してくれる唯一の存在を、そう簡単に引き渡したくなかったんだ。
席に着くや否や、私はしかめっ面でポカポカと自分の頭を叩き始めた。
コナン君は目に見えてぎょっとした。
「る、瑠璃姉ちゃん?」
いきなり目の前でこんな奇行に走り出したわけだから、当然の反応だ。
あー、なんだか腹が立ってきた。
他にも色々問題を抱えてるってのに、どうしてこう――三角関係みたいなことで煩悶する羽目になっているんだろう。
ちょっとくらい独占したっていいじゃない――!
いずれ元の姿に戻ったら、すぐそっちに行っちゃうんだよ――!
そんな、大事な物盗られた、みたいに悲しそうな顔しなくたっていいじゃん、もおおぉ――!
意外に声に出さなくても、心の中で洗いざらいぶちまけるだけでスッキリするものだ。
『私』が「青春してんねぇ、若者よ」などとすっかり高見の見物を決め込んでいて、せいぜい足掻け、と思春期の女の子らしい悩みに振り回されている私をせせら笑っている。
ほんっと、ウザい。
そんなんだから婚期を逃すんだ、三十半ばのくたびれたババアめ。
ええい、クサクサするのはもうやめ!
完全に吹っ切れた。
どうせ負け戦だ。だったら、もう遠慮はしない。自分のやりたいように、最後までみっともなく足掻いてみせようじゃないか。
私はぞんざいな手付きでメニュー表を拾い上げた。
たっぷりお世話する気満々で上機嫌にページを捲りながら、意気揚々と問い掛けた。
「コナン君、なに食べたい? お子様ランチ? 今月は懐によゆーがあるからね! お姉さんに何でも言ってみてごらんなさーい」
「何言ってるの? 瑠璃姉ちゃん」
コナン君は眉をひそめた。
さすがにお子様ランチは文句の一つも言いたくなるかって思っていたら、そうじゃなかった。
私が今回のデート費用を全額負担することに抗議しているのだった。それどころか、逆にコナン君が私の分の料金まで全て受け持つと言ってきた。
まったく、このおこちゃまは可愛げのないことを――
私は「えー!」と駄々をこねてまくし立てた。
「やだやだ、アタシの面目丸潰れじゃない! 背伸びしないの、小学生らしく素直にご馳走になっておきなさいって。お口に付いた食べカスフキフキしてあげるとか、せっかく今日のために細かなプラン立ててきたんだからさー。お姉さんにお姉さんらしいことさせてくれよぅ」
コナン君はホントに何を言ってるんだコイツは、とでも言いたそうに辟易した様子で口の端を引き攣らせた。
大体、どこにそんな金があるんだろう。蘭から毎月お小遣いは貰っているのかもしれないけど。
それにしたって年相応の額のはずだから、とても二人分の代金を支払えるとは思えない。そこそこ良心的な価格設定ではあるけれど、明らかに小学生の身の丈には合わないだろう。
それをストレートに指摘してみると――
「大丈夫だよ、蘭姉ちゃんから今回のお金貰ってきてあるから。瑠璃姉ちゃん、事件続きでだいぶ無理してるからどうしてあげたらいいかなって相談したら、食事に誘ってみたら?って快く出してくれたんだ」
私は素直に驚いた。蘭の発案だったのか、これ。
自分は参加しないってところに正直な感情が覗いているような、そうでもないような――
これをまた、どう捉えればいいんだろう。彼女の真情を測りかねた。
敵に塩を送るって意味合いなら、むしろすごく喜ばしいことだし安心するところでもあるんだけど、実際はどうか。
フィジカルについては文句無しなのにメンタル面は繊細もいいとこだから、変に遠慮していないか心配だ。
最終的には私を打倒して、コナン君をさらっていってくれないと困るんだから――!
また堂々巡りになりかねないので、ひとまずは全てを棚上げにして今はコナン君とのデートを思う存分満喫することにした。
料理に舌鼓を打っている間は、主に互いの学校のことで盛り上がった。
最近どんなことがあったか、何をしたか――
コナン君の場合は本来の学び舎が
大体は懐かしそうに頬を緩めて聞き入っていたけど、時折、どこか影が差したように
ちょっと胸が痛かったな、あの時のコナン君の姿は。
迂闊だったとはいえ、今の生活は彼が自ら望んで得たものではないから、できることならこっちに戻りたいっていうのが本心だろう。
話が一つ終わって少し間が空くと、コナン君は「そういえばさ――」と別の話題を持ち出してきた。驚くべきことに、彼はこの前と同じ質問をした。
「次の休日、空いてる?」
「なに、またデート? 二週連続で? コナン君って、ひょっとして意外とガッツリ系?」
「ちげーよ」
ほとんど素に近い口調で冷たくあしらわれる。
お姉さん、ちょっと悲しみ。
「そうじゃなくて、今度ボク達キャンプに行くんだけどさ。博士がもし良かったら瑠璃姉ちゃんも一緒にどう?って……」
付け合わせのニンジングラッセをフォークで突きながら、コナン君は反応を窺うようにちらりと私を見た。
私は純粋に訝った。
なんとなく察しが付いたような気がして、はっはあっと声を上げた。
「なんか怪しいなあ」
「どうして?」
コナン君は私の鋭い指摘を受けてもさして取り乱す様子もなく、首を傾げてニヤリと挑戦的な笑みを浮かべた。
小憎らしいなあ、相変わらず。
実に落ち着き払っている。お前に見破られることくらい想定済みだ、とばかりに。
単純に唐突だなって思った。今までその手の誘いを受けたことは一度もなかったから、何か裏があるな、とすぐに悟った。
どう考えても一緒にキャンプを楽しもうって腹じゃなさそうだ。それ以上に何か頼みたいことがある。そんなところじゃないかな。
問い質してみると実際その通りで、コナン君はあっさり白状した。
「一緒に引率を頼みたいんだってさ。
私は、ふうむと唸った。
なるほど、あのわんぱく坊主達のお世話はさぞ大変だろうと思う。
老体――というよりあの肥満体じゃ、はしゃぎ回るあの子達を追い掛けるのも一苦労だもんね。その負担の一部を私が担うのは一向に構わないことだった。
ところが、何でもないように「うんうん」と相槌を打ちながら話の続きを聞く一方で、私は内心苦い顔をした。コナン君に気付かれないように。
また
これまで幾度となく経験してきた予兆、嫌な予感。
フラグが盛大に立っているような気がしてならなかった。
少年探偵団のパターンは初めてか。
大方、車がエンストしたとか博士が必要な物をうっかり忘れたとか、そんなトラブルに見舞われて当初の予定がご破算。路線変更を余儀なくされて、仕方なく迷い込んだ先で事件に遭遇する。
何か起こるとしたら、大体そんな流れじゃないかな。容易に想像が付く。
私はため息をついて、なんとなく窓の外に視線を通した。
人通りはまばらだった。十四時前後というのは案外こんなものなのかもしれない。
「まあ、考えてみればアタシに白羽の矢が立つのは当然か。蘭や園子は色々忙しそうだし――他に頼れそうな人いないもんね」
二人はそれぞれ空手部とテニス部に所属している。滅多にないことだけど、休日に活動が入るかもしれない。
そうでなくても、二人には家の事情というものがある。蘭は家事のほとんど全てを切り盛りしていて、園子は行事に引っ張り出されることがあるかもしれない。気軽に誘えない、というのが本音だろう。
そもそも園子は暇を持て余していたとしても「ガキんちょのお守りなんてごめん!」と突っ撥ねそうではある。
その点、私はといえば――
「いっつも暇そうだもんね、瑠璃姉ちゃんって」
「やかましっ!」
「あうっ」
ニヤニヤとするコナン君の額の真ん中を、私は指先でピンと弾いた。
日がな一日、本とにらめっこしてるだけの文学女子って自覚はあるんだ。
はっきり言わないでよ。
私は傍らのスプーンを拾い上げて、ぷくっとむくれてみせた。
「ふーんだ、いいよ。博士の誘いに乗ってあげる。キミ達全員で暇人のアタシを思う存分こき使えばいいじゃない」
まあどの道、引き受けるつもりではいた。
子供好きの世話好きだから好んでやってるっていうのが本心なんだろうけど、責任者として色々心労が絶えないのはたしかだと思う。
そんな人の申し出をにべもなく撥ね付けるという行為は、どうしても私にはできなかった。たとえ事件が待ち構えていたとしても。
コナン君は、今度は困ったように笑った。優しく諭すように語り掛けてきた。
「拗ねないでよ。引率してほしいのはあくまでついでで、まず瑠璃姉ちゃんにキャンプを楽しんでもらいたいのが第一なんだと思うよ?」
一度グラスに入ったジュースを喉に流し込んだ後で、彼はまた続けた。
「一緒に来るってわかったら、あいつらも喜ぶんじゃないかな。灰原のヤツなんか、だいぶ瑠璃姉ちゃんのことが気になってるみたいだし。もちろん、参加してくれるならボクも嬉しいし、ね?」
窮屈そうに肩を狭くして、黙って拝聴するしかなかった。
こそばゆいというか、なんというか――
反応に困る。
口の先を尖らせて、料理の少なくなったプレートをコツコツとスプーンの先で叩いた。やり場のない気恥ずかしさをそこにぶつけるように。
コナン君が口八丁と言うより、アタシがただ単に乗せられやすいだけか――?
ちらっと上目遣いで彼を見ると、楽しそうに満面の笑みで「照れてる、照れてる」と言わんばかりだった。瞬間、顔全体が発火したように熱くなってしまった。
決めた、今日はもうこれ以上口利いてやんない。
なんか手玉に取られてるような気がして、全然おもしろくないんだもん。
仏頂面で残りの料理をせっせと掻き込む女子高生と、微笑ましそうにその様子を見守る小学生という妙な構図が出来上がったところで、その日はそのままお開きとなった。
この時点では、まだ小さな希望に縋り付いてはいた。
ただの警戒しすぎで結局取り越し苦労に終わった、肩透かしを食った、というケースは特段珍しいものではなかったから。この世界におわす意地悪な神様が、何かの気紛れで「たまには羽を伸ばしてこいよ」と本当に一日絶対安全のキャンプ体験ツアーを用意してくれたのかもしれない。
まあ、見事にそんなことはなかったわけだけど。
本当に、世の中というのは上手くいかないようにできている。
これ以上あの子を曇らせたくないと願っているのに、なまじ身を挺して守った結果、かえって顔面蒼白にさせてしまうという本末転倒の結果になってしまったのだから――