『――かつて、我が同族は心を持ったゼットンを生み出そうとした』
朦朧とする意識が、不意にそんな声を拾った。だが、その声はおおよそ己の知るどの言語とも異なる、聞いた事も無いもの。にも関わらず、その言葉が何故か理解できてしまう。
そして、意識が表へと浮かび上がってくると同時に、徐々に意識が神経を通って全身に行き渡るかのような感覚を覚えた。
試しに、『あなた』は自らの身体を動かそうとしてみる。
頭は、動かせない。
身体も、動かせない。
眼球は、そもそも視界を写さない。
口も、どういうわけか全く開けない。
眼も、口も、足の指すらも、何もかも動かせない。
『ゼットン星人が直々に送り込んだ最初のゼットンは、見事にウルトラマンの命を、そして一つの物語を見事に終わらせた。結果、『ゼットンはウルトラマンに対する最も有効な怪獣兵器である』という認識が、光の国と敵対する宇宙人達の共通のものとなった』
何がどうなっているのか、わからない。視覚、嗅覚、味覚、触覚。それら四つの感覚がまるで働かない。
だが、耳だけは聞こえる。聴覚だけは機能している。
『しかし、その後幾度となくゼットンはウルトラマンと対峙したものの……勝利を収めたゼットンは数少ない。策も、性能も、時を経るにつれてその質は確実に、着実に上がっていたというのに』
言葉は分かる。だが、肝心の内容がまるで理解できない。ゼットン? ウルトラマン? 何の話をしているのだ?
『最もたる例は、我が同胞が生み出したハイパーゼットン、そしてゼットだ。その力は、多数のウルトラマンを相手取ってもなお強大。加えて、実際にその手でウルトラマンを倒してみせた』
内容は分からないが……その声の主が、怒りを抱いている事は解る。
『だというのに……だというのに! 奴らは何度でも蘇る! 倒したはずなのに、殺したはずなのに! そして最後は、奴らが勝利し、ゼットンは敗北する! 何故だ! どうしてことごとく負けるのだ!』
その怒りは、誰に向けられたものなのか。殺しても蘇り、ゼットンを滅ぼすというウルトラマンに対してなのか。そのウルトラマンを倒したというのに、最後は結局敗北を喫してしまうというゼットンに対してなのか。
……あるいは、いつまでたってもウルトラマンを完全に倒す事のできるゼットンを生み出せない自分達に、なのか。
『……ハイパーゼットンは、ゼットン史上稀にみる、恵まれた成育環境にあったが故に強かった。ゼットは、心を持つが故に強かった。それは認めよう』
そこに、新しい誰かの声が聞こえてきた。最初から聞こえていた声よりも、酷く落ち着いた声だ。
『しかし。所詮それは『ウルトラマンの持つ力』を考慮せず、ただひたすらにゼットンを強くしようと考えたお前達バット星人の、視野の狭さ、思慮の浅さが招いた結果でしかない』
『……分かっているとも。そうだ。怪獣はおろか、別の宇宙の生命体すらも取り込み、そして三人のウルトラマンを倒したとしても、ハイパーゼットンには決定的に足りないものがあった。いくら心を持ち、クローンゼットン以上の成長力を持っていたとしても、ゼットには決定的に足りないものがあった。そうだ。ウルトラマンにあって、我々には無いものが』
不意に、胸元を摩られるような感触が襲い掛かる。
しかし、くすぐったいと思う事は無かった。何と言えばいいのか、触られたのは分かるのだが、何も感じないという矛盾の感覚。
『それは、人だ。より細かく言えば、地球人。ウルトラマンと強い繋がりを持つ種族。彼らにこそ、ウルトラマンが強くなる秘密があるのだ。故に、素質ある地球人を見出し、そして――』
そこまで聞いた瞬間、唐突にけたたましい爆発音と空間の振動が聴覚を揺さぶる。
『……おのれ、宇宙警備隊め。ここを嗅ぎつけたか』
『……既に防衛にあたっていたこちらの戦力は軒並みやられたらしい。バット星人、お前の保有している怪獣戦力を投入せねばならんのではないかね』
『分かっている! お前は――』
『案ずるな。どの道、私ではウルトラマンには勝てない』
『……クッ』
そんなやり取りの後、最初に聞こえてきた声の主――恐らくバットセイジンなる存在――の気配らしきものが遠のいていくのが分かった。どうやら今の自分は、そういったものまで把握できる、らしい。知識はともかく、以前の自分の事はほとんど思い出せないので、比較にはならないが。
『緊急起動シーケンスへ移行』
次いで聞こえてきた声と共に、自分の身体が稲妻に貫かれたかのように震えた。痛みはない。寧ろ心地よく感じる程度だ。
そうして身体中を電流が流れたかと思うと、急に視界がはっきりとしだした。
その景色は、何とも奇妙だった。何とか残された記憶を弄って、その視界を形容する言葉を探すが、まるで見つからない。
雑に表すならば、『視界が広すぎる』。前方左右どころか、自分が寝ているであろう台の下、つまり後ろも把握できる。直接目で見ているわけではないのに、目で見たかのように鮮明に、手に取るようにわかる。
見える限りでは、ここは何らかの実験室のような、そんな印象を感じさせる無機質な部屋らしかった。
視界だけではない。身体も動く。
試しに上体を起こしてみれば――そこには、黒い体表の人影がいた。
……いや、影ではなく、人そのものなのだろう。ただし、朧気に覚えている『人』という概念に相応しい姿形からは明らかにかけ離れているが。
スーツを着ているところまでは、人間と変わらない。だが、決定的に違うのはその頭部。
例えるなら、陶芸家が怨念を込めて造った壺が妖怪になったような、そんな頭だ。横に亀裂が一本、そして側面にも縦に亀裂が一本走っており、正面に見える横の亀裂に据えられた一つ目が不気味に輝いている。
『……行きたまえ』
黒い怪人は、『あなた』を一瞥し、部屋の隅にあるよく分からない装置の元へと歩み寄り、何やら操作しだす。
すると、自分の身体が、上から降り注ぐ光に包まれていく。
『君はまだ、完成していない。だが、それでいい。完全なる存在とは、そうなった時点で終わりなのだ。だからこそ、ウルトラマンは……地球人はどこまでも強くなれる』
『だからこそ、地球人は始まりのゼットンを倒す事が出来たのだから』
そう『あなた』に告げながら、怪人は一通りの操作を終えたのか、手を一旦止め――
『地球人、■■■■■。君の可能性に、大いに期待している』
――そんな一言を聞いたのを最後に、『あなた』は自らの肉体と共に、意識を彼方へと飛ばした。
「う、うわぁぁ!? なッ、なんだコイツ!?」
「どっから出てきやがった!?」
「わ、分かんねぇよ!」
気付けば、何やら騒がしい場所に出ていた。
見渡してみれば、何処となく古めかしさを感じさせる市場らしい場所のようで、そこら中に人がいる。そのいずれもが、困惑、あるいは恐怖の感情を抱いているのが『あなた』には分かった。何故そんな感情を抱かれているのか、まるで理解できないが。
「も、モンスター、なのか?」
「でもこんなモンスター、見た事も聞いた事も……」
――……何やら、不穏な言葉を聞いたような気がする。いや、聞いた。
どうも聴覚が発達しているのか、小声らしいその言葉も耳に入ってしまう。
しかし、モンスター、と言われたのか。
『あなた』はそれを問いただそうと、声を出そうとし――そこで気づいた。
今の『あなた』には、口がない。
その代わりなのか、自分が意識して何かを言おうとすらしていない段階でありながら、自分の中から電子音めいたピポポポポという音が聞こえるのを自覚する。
声ではない、と思う。しかしそれが何かを明確に表せない。
いくら考えても、今のところ答えが出そうにない。そう考え、『あなた』はとりあえずその疑問を放置しておくことにした。
現状やるべきなのは、この場をどうするか。その一点であろう。
……そこでふと、脳裏に何かが浮かんできた。
それは、恐らく今の『あなた』に出来る……かもしれないもの。
確信は、ない。そもそも今の自分が如何なる存在となっているのかすらも分かっていないのだから、確信が無くて当たり前なのだ。
だというのに、『それが出来る』と、理解できてしまっている。
「兎にも角にも、この場から離れた方がいい」という理性の訴えに従い、『あなた』はそれ――瞬間移動を行う。
「き、消えた……!?」
「何なんだよ……何だったんだよアレは……!?」
『あなた』が消えた跡には、影も形も残っておらず。当然、図らずもそんな摩訶不思議な光景を目の当たりにしてしまった市民達は、衛兵がやって来るまでしばらく皆揃って混乱に陥った。
瞬間移動を行った際、『あなた』は乗り物酔いにも似た不思議な感覚に襲われていた。
さしずめ瞬間移動酔いとでも言うべきそれにより、『あなた』は精神的に気分が悪くなるだけでなく、脳やら内臓やらが一秒間に数百回も揺さぶられたかと思うほどの気持ち悪さが身体を走る。しかし、そもそも吐く為の口の無い今の『あなた』は、嘔吐するまではいかない。しかも、身体自体がそのように出来ているのか、程なくしてその不快な感覚が、潮が引くようにあっさりと消え去った。
それから『あなた』は、自身の肉体の触れる範囲を、指が二つ――親指以外が全て連結している――手で触ってみたのだが、なんとも不思議な身体であるとしか言いようがない。外見上目立った筋肉があるわけではないその黒い身体は、しかし触れてみると確かな強靭さを持っている事が分かる。
それでいて、両胸が不気味に発光している寸動気味の胴は、触った感じでは脂肪が少ない……というより脂肪がないようだ。
頭部には銀色の触覚のようなものが生えており、更に触った感じだと、何やら目にあたる部分は顔の中心の凹んでいる部分にあるらしく、額から首元にかけて歪に隆起しているようだ。出っ張った部分こそあれど、さっきの市場の人々のような目や鼻といったものはまるでない。
加えて、今の身体になる以前の記憶の無い『あなた』だが、目にあたるであろう部分を触っても痛くないというのは妙な気分であった。
――そう言えば、何か忘れているような。
「どわぁぁ!? なんだなんだ!!!??」
男の情けない声で我に返った『あなた』が周囲をゆっくりと見渡してみれば、どうも『あなた』はさっきと同じように囲まれているようだった。
といっても、そこはさっきのような市場ではなく森近くの草原であり、よくよく見てみれば『あなた』を囲んでいる男達の手には、武器と思しき刃物が握られているという違いがあるのだが。
幸か不幸か、恐慌状態に陥っているのは市場の人々となんら変わりない。
とりあえずぐるりと見渡していると、丁度『あなた』の真後ろに大きな物体が鎮座し、その前に二人の男女が、同じく刃物を構えているのに気付く。二人とも、周りの男達と同様に『あなた』の事を警戒しているようだ。状況はよく分からないが、何となく心外だ、という思いが『あなた』の胸の内を過った。
そんな二人の後ろに鎮座している大きな物体は、自分の中にある知識が正しければ馬車と呼ばれる乗り物、のはずだ。その馬車を引く肝心の馬は、どういうわけかどこにも見当たらない。
もしや逃げたのだろうか。
「ち、畜生! どうすんだよこのモンスター! 見た事ねぇやつだぞ!?」
「か、構うもんかよ! 見慣れねぇモンスターなら、その手の連中に見せりゃあ高く売れんだろ! 一緒にたたんじまえ!」
何やら男達が物騒な事を言っている。そして、自分に向かって一斉に殺意を向けてくる――が、どういうわけか『あなた』は、その殺意がお粗末なもののように感じてならない。
男達の中に恐怖の感情が混じっているというのもあるだろうが、何か、もっと別な理由にあるような、そんな気がする。
そう考えていると、男の内一人が刃物を振り上げ、こちらを切りつけてこようとしているではないか。
――防がなくては。
そう考えた瞬間、『あなた』の前に半透明の壁が、先の瞬間移動と同様に何の予兆も前触れもなく現れた。
そして、男の刃物が壁にぶつかり――刃物はあっけなく折れた。
「……は?」
男は呆然とし、自分の手に握られた凶器だったものに目を落とす。そして、ゆっくりと『あなた』の方を見やり、再び折れた刃物へと目を向ける。そんな往復が次第に早くなったかと思うと、何か恐ろしいものでも見たかのような甲高い悲鳴を上げ、盛大に尻餅をつきながら後ずさった。
「チッ、なぁに得物が折れたぐれぇでビビってやがんだ! 俺がやってやる!」
そんな男に唾を吐きかけた別の男が、今度はそれなりの長さのある刃物――さっきの男のそれをナイフとすれば、こっちは真っ当な剣――で斬りかかって来る。
結果は、まぁ予想通りであった。半透明の壁にあえなく防がれ、逆に剣が折れてしまう。
「チィ! なんだコイツは!」
「どけ! スペルブックでなら!」
「おいバカ! そいつは貴重な――」
「うるせぇ! ンな事言ってる場合か!」
それを見ていた男達の仲間が、更にやいのやいのと言葉を交わし、最終的に三人目の男が懐から何かを取り出す。
見た目からして古めかしい本を取り出した男は、本を開いたかと思うと、おもむろにそのページの一枚を破り去る。
かと思えば、そのページだったものが淡い赤色に光り出すと、ページが炎に包まれた。
「くらえやぁ!」
男の手が振るわれ、炎が『あなた』に向かって飛んでくる。
中々のスピードだし、炎の大きさもそれなりだ。しかし――『それでは足りない』。
――炎。もっと強い、炎を。
その炎が、『あなた』の中の何かを刺激した。
己の内側で暴れ出した何かが生み出す衝動と、脳裏に閃く直感に身を任せ、『あなた』は壁を消し、頭部に力を込めた。
どうすればいいのか、知らないはずなのに、身体が理解している。瞬間移動を行った時や、半透明の壁を張った時と同じ感覚だ。
炎が手を伸ばせば届くぐらいの距離にまで迫る。だが、『あなた』に焦りはない。
身体中を熱が巡り、それが頭部に集中。
すると、目の前に光り輝く炎……否、小さな太陽が現れ――自分でも気づかない内に射出。
太陽が炎を消し飛ばすどころか、炎を巻き込んで飲み込み、炎が飛んできた際のそれを遥かに上回る速度で、男達に向かって飛んで行った。
男達が気が付いた時には、太陽は彼らに直撃することなく素通りし、背後の小さな丘の中ほどを抉り取っていた。
男がスペルブックによって炎を呼び出してからここまで、僅か5秒足らずの出来事であった。
「……逃げルルォォォォ!!!」
「いやだ……いやだぁぁぁ!!」
「ヤメロー! シニタクナーイ!」
そんな光景を揃って目にしてしまった男達は、やはりというか顔を青くし、手に持っていた何もかもをほっぽりだして、各々好き勝手に逃走を始めた。
『死にたくない』。ただそれだけを強く願いながら。
彼らは力をもって人を襲うような悪党には違いないが、より強い力の前には一般市民と何ら変わりなく怯えるような三下であった。
「……私達を、庇ってくれた?」
「姫様、お下がりください」
そんな光景を『あなた』の後ろから見ていた男女。男は姫と呼んだ彼女を庇う様に、油断なく剣の切先を『あなた』の背中へと向ける。
しかし、そんな彼の脳内は行動に反し、酷く後ろ向きで。
(……駄目だ。遭遇してほんの数十秒だというのに……いいや、違う。遭遇した瞬間から分かっていた)
――こいつには、勝てない。
男は、姫の守護者として相応に経験を積んだ、腕の立つ騎士である。これまでも、色んな敵と戦ったりした。人も、モンスターも問わず。
しかし、突如として現れた眼前の奇怪なモンスターは、それまで培ってきた経験の全てを無為にしてしまった。
魔の力を人の力で扱う為の技術、即ち魔術を極めた先に、魔を統べる
しかし、そんな彼らであってもできない事はある。
この正体不明のモンスターが行った三つの魔法としか思えない事象――瞬間移動、防護障壁、そして触れたものを瞬時に溶かす太陽の如き火球。
火球ならまだ力強い魔法使いなら誰でもやれそうであるし、防護障壁も――一切詠唱せず
だが、瞬間移動に関して言えば、魔法使いの中でも更に一握りの存在しかできないらしいというのは、他ならぬ魔法使いの一人から聞いた事があったのだ。
彼の知る魔法使いはそう多くはないが、少なくともその魔法使いはかなりの手練れである。そんな彼が言うには、瞬間移動は軽く行えるようなものではなく、緻密な計算が必要とされるもの、らしい。
後先考えずに飛んだ結果、地面や壁に埋まってしまうといった話を聞いた時は、酷い寒気を感じたものだ。
そんな上位魔法を扱うような魔物が相手なのだ。正直、自分では勝てる気がしない。
諦め半分で男は向き合うが……『あなた』はそれを意にも介さない。
背後から突き刺さる男の警戒心と怯えが混ざった視線を感じた『あなた』は、男がどうでるかを観察していた。勿論、さっきの男達と同様に襲い掛かって来たならば、相応の対応を取るつもりだ。
しかし、男は動かない。警戒しているのだろうか?
だが、襲ってこないのであれば、敵ではあるまい。『あなた』は至極単純にそう考えると、くるりと男に背を向け、そこから立ち去る事を考えた。
「ッ、ま、待ってください!」
「姫様!?」
不意に、『あなた』の背中に声が投げかけられた。
「あ、あの、お名前をお聞きしてよろしいでしょうか!?」
「姫様、魔物相手に何を!?」
「魔物が相手でも、命の恩人には変わりないのです! だから!」
そう声を掛けられ、『あなた』はようやく、自分が言葉を理解しているのに気づく。どうも、明らかに異邦の地にいるにも関わらず、何故か言語は理解できるらしかった。
しかし、名前。名前と聞かれても、『あなた』の記憶には自分の名前が存在しなかった。
『あなた』が困り果てていたその時――この地に降り立つ前、あの奇怪な怪人が言っていた名前を思い出す。
「ゼェットォン……」
「ゼッ、トン? ゼットンと言うのですね!」
……どうやら『あなた』は、あの電子音以外には「ゼットン」としか言えないらしかった。