ボクっ娘幼馴染に配信チャンネル乗っ取られたらバズり倒した   作:世嗣

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お久しぶりです。

本日2022年11月6日13:00は原作『ソードアート・オンライン』において、SAOがサービス開始された、言わば『始まりの日』です。
きっと多分今ワクワクでキリトさんが「帰ってきた……!」とか言ってる。

なので、ボクっ娘は久々の更新となりますが、木綿季とヒロの始まりの出会いの物語をお届けします。
以前更新した「藍子とヒロ」の裏面のような話です。
二つを照らし合わせて、どちらがどういう順番で起きたのかを考えてみるのも面白いかもしれません。




幕間 木綿季とヒロ

 

 

 

 ボク/私にとって『諦め』は日常だった。

 

「お前らビョーキ? なんだろ、近くに寄んなよ!」

 

「ひっ、触らないで……」

 

「紺野菌タッチー! 早く消毒しろよー」

 

「……紺野さん、その、周りがみんな怖がっていますから、ね」

 

 ボク/私が悪いんじゃないと、お医者さんは言ってくれた。

 科学は進歩している。しっかり治療を続けていけば元の生活にだって戻れる、と。

 

 でも、治療は辛くて、日に日にやつれていくママを見るのが悲しくて涙を流してしまうこともあった。

 

 でもそんなときママはボク/私にきまってこう言った。

 

「神様は耐えることのできない試練をお与えにならないの。だから、いつかまた一緒に笑える日が来るわ」

 

 本当にそうだったらいいな、と私は思った。

 

 ママの言葉で話して欲しい、とボクは思った。

 

 また笑える日なんて来るのかな、とボク/私は思った。

 

 そんな都合のいいこと、あるとは思えなかったから。

 

 でも、そんなボク/私の元に「ヒーロー」はやって来た。

 

 彼は全然凄くなかったし、賢くもなかったし、口は悪かったし、それでいてとてもカッコ悪かったけど。

 

 それでも、やって来た。

 

 ボク/私を、もう一度笑顔にするために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「辛いときに助けてくれる都合のいいヒーローなんていねえよ。

 この世界は、そういう世界なんだよ。夢見てるんじゃねえよ」

 

 彼は、全てを諦めたようにそう言った。

 それがボクが初めて聞いた彼の―――ボクの幼なじみになる緋彩(ひいろ)英雄(ヒロ)の本音だった。

 

 

 

 

 ママがボクたちの傍からいなくなってしばらくして、ボクと双子の藍子(姉ちゃん)は転校して新しい学校に通うことになった。

 

「今日からこの3年1組に一人仲間が加わることになりました。紺野さん、みんなにあいさつして」

 

「は、はじめまして! 今日転校してきました紺野木綿季です! え、えと、よろしくお願いしますっ!」

 

 ボクがあいさつするとクラスの子たちはわいわいとたくさんの質問を投げかけてくる。

 

「はいはい、紺野さん得意な教科なに?」

 

「え、たぶん国語、かな。あ、でも体育も好きだよ」

 

「隣のクラスにも紺野って子が来てるけどそのことはどういう関係なのー?」

 

「あ、それはボクの双子の姉ちゃんで」

 

「そんなことより紺野さんって赤組だよな? いま一人人数少ないし。サッカー得意? いまウチ白に負けっぱなしでさぁ」

 

「じゃあさじゃあさ―――」

 

「わ、わわ……え、えーっと」

 

 どれに答えていいかわからずにとりあえず耳についてことから答えていると、先生がぱんぱんと手を鳴らした。

 

「はいはい、質問はそこまで。話したいことがあるなら授業が終わってから休み時間に一人ずつ話しなさいね。

 紺野さん、紺野さんの席は窓際の4列目のところね」

 

「あ、はい!」

 

 窓際の4列目……ここだ。

 えと、まずは教科書を整理して次の時間の……あれ、次の時間ってなんだっけ。ええと、時間割は……。

 

「次の時間は国語。教科書とノート、あ、いつもはじまりには漢字練習があるから漢字ドリルも用意しておくのがいいと思う」

 

「え?」

 

「時間割わからないんだろ? あ、もしかして教科書ねえのか? それなら俺が一緒に見せてやってもいいけど……」

 

「だ、だいじょうぶ! それはあるので。でも教えてくれてありがとう。ええと……」

 

 ええと、名前は……。隣だし、机とかに書いてないかな。

 だけど、ボクが名前を見つけるよりも早くとなりの席の男の子はいたずらっぽい笑顔を浮かべて、こちらに手を差し出した。

 

緋彩(ひいろ)英雄(ヒロ)。英雄って書いてヒロだ。ヘンな名前だろ」

 

「変だとは思わないけど……でも珍しい名前だね。ボクも割と珍しい名前だから、少し親近感わくよ」

 

「あはは、確かに君も珍しい名前だな。ま、とりあえずよろしくな、紺野」

 

「あ、うんよろしくね、ヒロくん」

 

 名前を呼ぶとヒロくんがすごい苦々しい顔をした。

 まるで昨日カフェオレと間違ってパパ用の苦いコーヒーを飲んでしまった姉ちゃんみたいだった。

 

 な、なれなれしかったかな。

 

「あー、いやうん、ゴメン。君は悪くないよ。ただ緋彩って呼んでくれると嬉しいかな」

 

「じゃあ緋彩くん?」

 

「ん。それで。悪いね、あんま英雄(ヒロ)って名前好きじゃなくてさ。なんか、物々しいじゃん?」

 

「たしかに。あんまりするっとは読まれなさそうな名前だよね」

 

「そうなんだよなぁ。そう言う君も苦労してそうだな、紺野モメンキなんて……」

 

「ユウキだけど!? ボクの自己紹介聞いてた!?」

 

 ボクが声を上げると、彼は楽しそうにからからと笑った。

 なんとなく、その笑顔がとても印象に残って、少し心が揺れた。

 

 

 昼休みになってわかったことだったけど、緋色くんはクラスではけっこうな人気者だったみたい。

 

「うおーい、緋彩ーサッカー行くぞサッカー。あとついでにメンバー集めもしてくれ~」

 

「やりてえなら」

 

「あ、緋彩くーん、美化委員会の子が緋彩くんに頼みごとがあるって。なんかウサギ小屋の扉のところが壊れたとかで……」

 

「げ、またかよ。安藤先生がこの前治してたのに……。わーった、放課後にでも手伝うよ」

 

「緋彩どうしよう次の時間体育なのに体操服がない! どうしたらいい!?」

 

「知らーん! 自分でなんとかしろ! 職員室に行って頭下げたら予備のを一個かしてもらえるはずだから!」

 

 昼休みになれば彼に声を掛けに来る人はいつも彼の周囲に集まっていて、それに対して緋彩くんは文句を言いつつも、なんだかんだと手を貸してあげている。

 

「緋彩くん、人気者なんだね」

 

 ボクがつぶやくと、近くにいたサラちゃん(さっき友だちになった)がいやいや、と首を振った。

 

「あいつお人よしだから何でも断らないだけ。そのせいで図書委員会も美化委員会も飼育委員会もあいつに仕事押し付けるし、ほんと馬鹿なのよ馬鹿」

 

「ただやさしいだけな気もするけど……」

 

 ボクが時間割のことで困ってた時もすぐに気づいて教えてくれたし、面倒見がいいのかもしれない。

 

「うん?」

 

 そんなことを考えながら緋彩くんを見ていたら、ふと彼と目が合った。

 

 緋彩くんは周囲の人たちに「ちょっとワリ」と断ると、ずんずんとボクのもとまでやってきてよう、とボクの前の席に座ると、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「紺野、サッカー得意? ちょっと人数足りてないんだけど、付き合ってくれる気ない?」

 

「え、苦手ではない……と思う、けど」

 

「攻撃と守備どっちが好き?」

 

「攻撃?」

 

「じゃあ赤と白なら?」

 

「えーと、白?」

 

 ボクが答えると緋彩くんはにひっと笑うとボクの腕を掴んだ。

 

「うっしサッカーメンバーひとり確保。田山ー、白に一人加えるぞー」

 

「ちょっと、いまユウキちゃんとは私が話してたんだけど!」

 

「お、佐藤。ならお前も一緒に入るか。ディフェンダーでいいか?」

 

「まだやるなんで言ってないのだけれど!」

 

「やらないのか?」

 

「やるけど!」

 

「じゃあグラウンド集合な。あ、俺赤チームだから紺野負けても泣くなよ?」

 

 む、もう勝った気でいられるのはちょっと腹が立つかも。

 

「へえ、なら勝負するか? 負けた方は来週の冷凍みかんを勝者に渡すってことで」

 

「えっ、そ、それは……」

 

「なんだやっぱり負けるのは怖いか?」

 

「そんなことないもん!」

 

「なら俺と勝負だ! どっちがゴール数が多いかのな! 最終的に相手より多くシュートを決めた方が勝ちで!」

 

「の、望むところだよ!」

 

 売り言葉に買い言葉、言ってしまってからハッとする。

 だが、緋彩くんは既ににやっと笑って「その言葉忘れるなよ!」って言い残して走って行ってしまった。

 ちらっと隣にいるサラちゃんに目を向けると、深々としたため息が吐き出されているのが見えた。

 

「えーと、止めないの?」

 

「もう約束したものを何を止めろっていうのよ」

 

「う゛……そ、そうだよね……」

 

 うう、冷凍みかん……給食食べるのも久しぶりなのにすでに来週のデザートまで取られるかもしれないなんて憂鬱だよ……。

 

「まあ、でもユウキちゃんが心配するようなことにはならないと思うけどね」

 

 へ? 

 

「ま、うん、そのうちわかると思うわよ」

 

 首を傾げたけれど、サラちゃんはそれ以上何も教えてくれなかった。

 そして不安を感じつつも挑んだサッカー勝負。

 

 その結果は! 

 

「……というわけで、4―0で白チームの勝ち!」

 

 なんか普通にボクのチームが勝った。

 しかも緋彩くんは0ゴールでボクが2ゴール。あれえ? 

 

 試合が終わると緋彩くんの周りでクラスメートの子たちがワイワイと言い合いを始めてしまう。

 

「お前なんでディフェンダーなのに前出て来てんだよ緋彩!」

 

「いやだって今回に関しては色々あってだな……」

 

「そのせいで点入れられちゃったじゃんかよ!」

 

「後半はちゃんと守ったろ!」

 

「前半に4点入れられてんだよ!」

 

「俺だって攻めたいときはあるんだよ!」

 

「やめとけ、お前攻撃に回ると打ち上げられて三日の魚みたいな動きになるんだから」

 

「それはもう死んでんだよ」

 

「そう……攻撃中のお前は死んでるんだ」

 

「生きてるが?」

 

 ぎゃあぎゃあと言い合う緋彩くんたち。

 と、止めた方がいいのかな……。

 

「ま、心配しなくても大丈夫よ。あれ割といつもの光景だから」

 

 あ、サラちゃん。

 

「緋彩はいっつもディフェンダーなのよ。あと攻撃は普通に下手くそ。たぶん緋彩以外みんな分かってるわね」

 

「そうなんだ……あ、だからサラちゃん大丈夫って?」

 

「うん。私の知る限り緋彩がゴール決めたの見たことないわ」

 

「なんでそれでボクに勝負を挑んだんだろう……?」

 

「言ったでしょ、馬鹿なのよ。馬鹿」

 

 散々な言われようだなあ。

 

 ボクたちがそんな話をしていると、緋彩くんが鼻の頭を擦りながらこちらに歩いてい来る。

 

「モメン」

 

「ユウキね。で、えーと、この勝負、ボクの勝ち……」

 

「やるな紺野、俺から一本取るとは」

 

「え?」

 

 一本? 

 

「もちろんあらかじめ言っていた通りこれは三本勝負だからあと二回勝負があるわけだが……」

 

「え?」

 

「次の勝負……逃げるなよ?」

 

「なんで負けた緋彩くんが強者感出してるの?」

 

 君いまボクに負けたんだよね? 

 

 それからというもの、緋彩くんはことあるごとにボクに勝負を挑んできた。

 

「紺野! 体育の50メートル走で勝負だ!」

 

 勝った。なんか緋彩くんはスタート同時に靴紐を踏んで転んでいた。

 

「紺野! 次の漢字テストで勝負するぞ! 俺は90点以上取ったことがない……この意味が分かるな?」

 

 勝った。ボクは92点で緋彩くんは回答欄がすべて一つずつズレていて0点だった。

 

「紺野! どちらが給食を早く食えるか勝負するぞ!」

 

 勝った。緋彩くんはご飯を食べた瞬間にかなり豪快に歯が抜けて10分間苦しんでいた。

 

 そんな勝負が毎日続き、そしてそのたびに緋彩くんは変な不運に見舞われて、ボクはそれほど苦労せず価値を重ねていく。

 

「この俺が負け続け……?」

 

「えーと、緋彩くんもう12戦目なんだけど……」

 

「こ、これ20戦勝負だから……」

 

「それでも緋彩くんの負け越しだよ」

 

 昼休み、うなだれる緋彩くんをよそにクラスメイトがわいわいと僕を囲んで来る。

 

「ユウキちゃんすごいね、緋彩にもう12連勝だよ」

 

「緋彩は割と小器用だからこういう引き出し勝負になると一個くらいは勝ちを拾うイメージあったのにそれもないもんね」

 

「足も速くて勉強もできて、加えて優しいんだもんな。ヒロと違ってうるさくないし」

 

「完全に緋彩の上位互換だよな、紺野さん」

 

「そ、そんなことないって。運が良かっただけだよ」

 

 どれも緋彩くんがドジしたおかげみたいなものだし。

 もし緋彩くんがちゃんとボクと戦えたらもっといい勝負になったんじゃないだろうか。

 

 でもクラスのみんなにそれはささいな問題らしく、やいやいとボクの勝利をほめてくれる。

 まだ転校して一週間だけど、こんなに人と話せるなんて少し意外だったかも。

 

「随分楽しそうだなぁ、モメンよぉぉおお……」

 

「うわっ、急に背後から現れないでよ! あとボクの名前は木綿季ね」

 

 だがそんなボクを恨めしそうに見る緋彩くんはズモモモとねっとりとした影を纏って、ボクの肩に手を置いた。

 

「緋彩ー、いい加減に負け認めろよー。お前じゃ紺野さんには勝てないって」

 

「結末を勝手に決めるな! 結末は俺が決める!」

 

 緋彩くんはからかうようなクラスメートの言葉に吠えるように言い返す。

 そして、次にまるでクライマックスの名探偵がそうするように、ずびしっとボクを指さした。

 

「紺野木綿季、お前に勝負を挑む! 俺の得意種目で、最後の勝負だ!」

 

 

 

「ゲーム?」

 

 緋彩くんから最後の宣戦布告をされたその日の放課後、ボクと緋彩くんは並んで通学路を帰っていた。

 

「そうだ。モメンもやったことくらいあるだろ?」

 

「いや、あんまり……というか、名前は木綿季ね」

 

「ふうん。モメンの家けっこうキビシイんだな」

 

「きびしいっていうよりも、なんかやるきっかけがつかめなかったというか。まあ、そんな感じかも。……というか、木綿季だって」

 

 正直、前から興味はあった。

 前いた学校ではみんながswitchでポケモンをしたりとか、スプラトゥーンとかをしてる話がよく聞こえてきていた。

 ちょっぴりやってみたいなあ、買ってみたいなあとは思っていた。

 でも当時はママも病気で大変だったし、ボクたちもボクたちで闘病が辛かったのもあって、あまりそういうわがままを言う余裕はなかったんだ。

 

 緋彩くんはボクの返答に「ふうん、そっか」とだけ声を漏らして、ぽりぽりと頭をかいた。

 

 ちょっと気を使わせちゃったかも。

 

 となりを歩く緋彩くんのランドセルでがっちゃがっちゃと揺れるキーホルダーを見ながら、何か話を逸らせないかと考えてあたりを見渡す。

 

「えっとー、あ、そういえば緋彩くん今どこに向かってるの?」

 

「ん? ああ、俺んちだよ。ゲームやるなら取りに行かなきゃだろ」

 

「あ、そっか……て、ことは緋彩くんの家もこっちの方角なんだ」

 

「その口ぶりだと紺野の家もこっちの方なんだな」

 

「あはは、偶然だね。ぜんぜんしらなかったよ」

 

 あ、ちょうどボクの家が見えてきた。

 ママが元気なときに家族みんなで住んでて、今はボクと姉ちゃんとパパの三人で住んでいる白い家。

 お隣にはおじいちゃんおばあちゃんが住んでいる和風な少しおおきめなおうちがあったりするんだよね。

 

「「 ボク()の家はあそこの角のところなんだけど 」」

 

「「 うん? 」」

 

 ほとんど同時に、ボクらの声が重なった。

 

「え? いやあそこの角って……俺の家があるところなんだけど……えっ、まさか」

 

「まさか……お隣のあの和風のでっかいおうち緋彩くんの家なの!?」

 

「てことはあの隣の庭のある白い家は紺野んちか!?」

 

 まさか、お隣さんだったなんて。

 

「「 確かに表札に紺野(緋彩)って書いてたけど…… 」」

 

「「 あれ? 」」

 

 声が重なる。

 ぱちくり、と二人で顔を見合わせて目を丸くする。

 

「ぷっ」

 

「く、くく、マジかよ」

 

 そしてどちらもこらえきれなくなって笑い声を漏らした。

 

「はは、お隣に住んでて気づいてないとかどんな偶然だよ。しかも同じ学校で同じクラスなんだぜ?」

 

「ふ、ふふ、あははっ、ほんとだよ! というかこんな苗字なら気づいて普通なのにさー」

 

「いや一週間とはいえ登校中一度もかち合わなかったのマジで奇跡だな。くく、おもしれ」

 

 緋彩くんはいつものようにいたずらっぽく笑う。

 

「ま、こんだけ近いなら俺んちじゃなくて紺野んちでゲームしてもいいかもな。

 ついでにいくつか手堅く遊べそうなの貸してやるよ」

 

「えっ、い、いいの?!」

 

「いいけど……えらく食いつきいいんだな?」

 

「あ、ご、ごめん……」

 

 思わず声が大きくなっちゃったせいか、緋彩くんが少し驚いたように瞬きをした。

 

 う、ちょっと大げさだったかな。

 でも憧れてたんだもん、友だちとゲームを貸し借りするような、なんかそういう「ふつう」のやつ……。

 

「……ま、いいさ。紺野は何かやってみたいゲームとかあるか? 俺は割と揃えてる方だから、希望には応えられる可能性が高いぜ」

 

「そう言われても、ボクそういうの詳しくないし……ええと、うんと……」

 

「あー、思いつかないならいいって。いろいろ貸してやるから、やりつつどのゲームが好きか見つけていけよ」

 

「いいの? 一応ボクらこれからゲーム勝負なんだよね?」

 

「いいっていって。初心者ボコったって面白くないしなー。一番俺が勝てそうなゲームチョイスするために紺野の実力見極めるだけだから」

 

「急に性格悪っ」

 

「俺は何が何でも紺野に勝ちてえんだ……! 俺のようなクズでカスの連敗野郎は勝つことでしかその存在意義を示せないから……」

 

「ボクへの敗北で自信を失いすぎている……」

 

 12連敗は中々緋彩くんの心にダメージを与えてるみたい。

 

 その後、緋彩くんはボクを連れて一旦緋彩くんの家の方に行くと、ボクを玄関に待たせて自分の部屋にゲームを取りに行く。

 

「じゃあこれswitchとジョイコン。ちょっと古いけどこっちは3DS。ソフトはポケモンとスプラとドラクエとどうぶつの森とマリカーとスマブラとモンハン、カービィ他にもいろいろ……というわけで、半分は持ってくれ」

 

「想像の倍くらいの量のゲームが運ばれてきた!?」

 

 ほれ、と緋彩くんは大量のソフトのパッケージをボクの手に押し付けて持たせた。

 テレビのCMで見るだけだった色とりどりのパッケージ。名前だけ聞いていたタイトルのプリントされたそれは、まるで宝箱に入っている宝石みたいで、胸の奥の方がどくどくっと跳ねるような気がした。

 

「すごいね、緋彩くん。ボク、初めて自分でゲーム持ったよ」

 

「なーにパッケージ持っただけで目をキラキラさせてんだっての。そんなんじゃマジでゲームやったときに気を失いそうだな」

 

「そ、そんなことないもんっ」

 

「どうだかなぁ」

 

 からからと緋彩くんがいたずらっぽく笑った。

 

「あら、ヒロちゃんお友だち?」

 

 そんな時、玄関の向こうから声がかかる。

 見れば、いつの間にか廊下には優しそうな顔のおばあさんがいて、珍しそうに緋彩くんとボクを見ていた。

 

「ああ、まあそんなとこ。ほら、隣に白い家あるだろ? あそこに住んでる紺野って子」

 

「あらそうかい。ヒロちゃんと仲良くしてくれてありがとうねえ」

 

「い、いえ! ボクこそ緋彩くんにはお世話に……お世話に……?」

 

「なんで不安になってんだよ」

 

「だって緋彩くんには勝負に勝った後やたらと絡まれてばっかりな気がして……」

 

「いま俺を笑ったな……?」

 

「え、笑ってないけど」

 

 おばあさんがボクらのやり取りを聞いて楽し気に口元を抑えた。

 

「ふふ、仲がいいんだねえ。

 さて、そんなお嬢さんに何かあげられるものあったかね……。そうだ、確か棚にカステラが残っていたはずだったから少し待っててもらってもいいかい」

 

「あー、いいっておばあちゃん。お菓子なら自分のお小遣いで買うし、な、紺野?」

 

「え、あ、はい! ダイジョウブです!」

 

「そうかい?」

 

 おばあさんは少しだけ残念そうだったけど、すぐに目を細めて優しく微笑む。

 

「そういえば、お母さんは遅くなるって連絡があったから、今晩はばあちゃんがご飯作るけど、食べたいものあるかい?」

 

「んー、じゃあなんかあれ。野菜をニンニクで炒めたやつ。あれで」

 

「うん、じゃあそれにしようかね。あんま遅くならないように帰ってくるんだよ。道を渡るときは車に気を付けて」

 

「隣なんだから横断歩道とかないから大丈夫だって。じゃ、いってきます」

 

「はい、いってらっしゃい」

 

 おばあさんが手を振ってくれたのでボクもあいさつをして頭を下げた。

 

「優しそうなおばあちゃんだね。それに緋彩くんとも仲良さそうだし」

 

「別に普通だよ。俺がゲームしてたら目が悪くなるとか言うし、ピーマンは食えって言うしさ。紺野んとこは?」

 

 ボクのところ。たぶん、ボクの家のおばあちゃんはどうなのかってことだろう。

 

「ボクのうちは……まあ、あんまりね」

 

「そか。ま、色々あるわな。俺も母さん側のおじいちゃんおばあちゃんしか知らんしな」

 

 いたとは聞いたことがあるけど、あんまり関わりはない。

 パパの実家とは、ママが病気になったときにいろいろあったらしい。

 だけどあんまりパパはそういうの話したがらないから、ボクも姉ちゃんもあんまり「おばあちゃんとおじいちゃん」と言われても身近ではなかったりする。

 

 だから、緋彩くんにあんな風な家族がいるのは少しだけ羨ましい。

 ボクがそう言うと、緋彩くんは「いやいや、そんないいもんじゃねえって」肩をすくめた。

 

「おばあちゃんはさっき言った通りだし、お母さんは俺が宿題しようとしたときにやりなさいって言ってくるし、おじいちゃんなんか俺をクラゲだらけの春の海に連れて行って投げこんだりするんだぜ?」

 

「えっ、それ大丈夫だったの?」

 

「いやめっちゃクラゲに刺されてクソ焦ったじいちゃんに連れられて病院行った」

 

「生き方がファンキーだよ!」

 

「まあそうだけど……まあ、いいおじいちゃんだよ。若いころはよく旅してたらしくてそのころの武勇伝とか色々聞かせてくれるしさ」

 

「へえ~。あ、じゃあ―――『お父さん』は?」

 

 笑った流れでそう聞いて、次の瞬間後悔した。

 だって、『お父さん』と言った瞬間、緋彩くんの顔があからさまに厳しいものになった。

 

 まるでそれは思い出したくないものを思い出すような―――苦々しいものだった。

 

 だけど緋彩くんがそれを表に出していたのは本当に一瞬のことで、すぐにいつもみたいにからからと笑う。

 

「ふ、それを語るには三日三晩の時間をもらうことになるぜ? その覚悟、紺野にあるかな?」

 

 口調はいつも通りだけど、その言葉には熱がなかった。

 まるで目の前に薄いガラスを張られたように、緋彩くんの言葉は冷たい。

 

 それ以上踏み込まれるのを拒絶するように、緋彩くんはいつも通りの笑顔でボクの質問を遠ざけた。

 

 もしかしたら、それは気のせいだったかもしれない。

 でもなぜかボクには、その時の緋彩くんの顔がすごく記憶に残っていた。

 

 

 いつしか、ボクの家に緋彩くんが来てゲームをすることは「当たり前」になっていった。

 

「ねえねえ、緋彩くん、なんでゲームこんなに付き合ってくれるの?」

 

「あん?」 

 

「だって緋彩くんとボクいろいろゲームしてるけど、最近は遊んでるだけっていうか、勝負なら君の勝ちでついてるような……」

 

「なーにいってんだ、オマエ初心者。俺熟練者。そもそも勝負の土台に立ってねえよ、いままでのは全部練習だ」

 

「おお、結構フェアなんだね」

 

「当たり前だ。俺は仮面ライダーに……こほん、まあ正々堂々とした正義の男になりたいからな。弱い者いじめはしない」

 

「でも緋彩くんボクにまあまあの割合で負けてない?」

 

「うるせぇ! まだ俺全然本気じゃないだけだから。いまは紺野にゲーム教えてるターンだから! そのうち紺野が俺の持ってるゲーム全部クリアしたらそのうち戦いを挑むから! 覚えてろよ!」

 

「ぜ、ぜんぶぅ!? それって緋彩くんの家にあるあのたくさんのやつをひとつ残らずやった後てこと!?」

 

「あたりめーだろ。いろいろやらないと何が俺に有利で紺野に不利で俺が一番勝ちやすいゲームなのかわかんねえだろが!」

 

「あ、この前言ってたそれ照れ隠しとかじゃなくて本気だったんだ……」

 

 緋彩くんとするゲームは本当に楽しかった。

 緋彩くんはゲームのことにいろいろ詳しくて、ボクの知らない裏設定とか、キャラのお話とかをいつも色々教えてくれて。

 

 あたらしいゲームを買ったときには二人で代わりばんこにわーわーいいながらプレイしたこともあったし、時には姉ちゃんも交じって三人で遊ぶこともあった。

 

 ボクにとって自分が届かないと思っていた「ふつう」の遊びは、緋彩くんのおかげでボクの当たり前の日常に変わっていった。

 緋彩くんはきっと気づいていなかったけど、ボクにそんな当たり前をくれたのは君が初めてだったんだよ? 

 

 春に出会って、夏が来て、秋が溶けて、冬が去っていく。

 

 学年が変わっても、ボクと緋彩くんのゲーム対決は続いていた。

 

「あ、緋彩くんカイリュー持ってるんだ。いいなあ」

 

「だろだろ~? 進化前のハクリューもなんかすらっとしてていいけど俺はこのカイリューのどっしりしたフォルムが好きなんだよな。ドラグレッダーからドラグランザーに進化したみたい……じゃなくて、まあほら、愛嬌のある顔もしてるし」

 

「わかるわかる。ムーミンみたいでかわいいよね、カイリュー」

 

「ポケモンを他の作品のキャラクターで例えるやつ初めて見たな……」

 

「あ、そうだ。緋彩くんってカイリューに間違われるムーミンの真似できる?」

 

「どういうこと? だから俺はこおり四倍じゃないって! とか言えばいいのか?」

 

「! 緋彩くん色違いのタマザラシ持ってるんだ! ぶどうみたいでかわいいね!」

 

「聞けや」

 

 緋彩くんとボクの関係は出会ったころから変わらない。

 友だちで、ライバルで、お隣さんで。そんな心地よい距離間だった。

 ずっとこんな関係が続けばいいなって、いつしかそんなふうにも思い始めちゃうくらい。

 

 そんなある日、学校からの帰り道に通りがかった店の前で、緋彩くんが何か真剣に広告を見ていた。

 

「なに見てるの?」

 

「ナーヴギアだよ。来年出るSAOってゲームが遊べるゲームハード」

 

「そーどあーと、おんらいん」

 

 緋彩くんの視線の先にはヘルメットのようなゲーム機と、『これはゲームであっても、遊びではない』と書かれたチラシがある。

 これが緋彩くんの言うソードアート・オンラインというやつなのだろう。

 

 ぼーっとガラスの向こうのナーヴギアを見る緋彩くんの隣に同じようにしゃがんで並ぶ。

 

「ナーヴギア。次世代フルダイブインターフェース。ざっくりいうとVR世界でゲームをするために必要なデバイスだな」

 

「買うの?」

 

「もちろん買う! ……と、言いたいところだがさすがに無理だな。だってこれ一個12万円くらいするんだぜ」

 

「じゅうにっ―――」

 

 十二万円って、ゲームひとつにそんなにするものなんだ。

 いったいアイスいくつ分だろう……。

 

「くー、俺が自分で金を稼げる大人であればなあ。いくらでも買ったんだがなぁ」

 

「やっぱ緋彩くんはやりたいの?」

 

「当たり前だろ。世界初のVRMMORPGだぜ。これをリアルタイムで遊べるなんて、今の大人はずるいよなぁ。ガキの俺には手が出せないぜ」

 

 はあ、と緋彩くんがため息をついた。

 あの緋彩くんがここまで興味を惹かれているナーヴギア。一体どんなゲームなんだろう。

 

「なんだかすごいんだね、ナーヴギア」

 

「すごいなんてもんじゃないさ。なにせ、ナーヴギアを使うと自分の意識が完全にゲームの中に行っちまうらしい。実際に剣で敵を倒したりとか、中には空を飛んだりとかいうのもあるんだと」

 

「空を?」

 

「そうそう。ここじゃないどこかで、自分じゃない自分になれるもう一つの世界! それがナーヴギアを使ってやるゲーム、なんだと」

 

「自分じゃない、自分……」

 

 なんとなく、手をきゅっと握った。

 

 今のボクじゃないボク。

 それはつまり病気じゃないから怪我も怖がらずに好きなだけ運動出来て、毎日いろんな薬を欠かさずに飲んだりしなくてもよくて、姉ちゃんやパパと体のことを気にせずどこかに行ったりできちゃうような、そういうボクになれるということなのだろうか。

 

 もし、そんな世界にボクもいけるのなら―――。

 

「やってみたいなぁ」

 

 思わずつぶやいてしまってから慌てて口を抑えたが、どうやら遅かったらしい。

 それを聞き逃さなかったらしい緋彩くんは少し考えるように腕を組んだ。

 

 しまったこんなこと言っても緋彩くんを困らせるだけだよ。ええと、なにか言い訳をしなきゃ。ええと……。

 

「あ、や、やってみたいなあってそんな本気じゃなくてさ、なんというか」

 

「これはウワサなんだけど」

 

 緋彩くん? 

 

「川沿いの道をずっと登って行ったところのデカイ電気屋にナーヴギアの試遊ができる場所がある……らしい」

 

「……ホントに?」

 

「正直、わからん。ウワサだからなあ。俺も二組の高橋が兄貴の友だちが言ってたって言ったのを又聞きしただけだし」

 

「そ、それは確かにあんまり信用ならないね……」

 

 うーん、と緋彩くんが腕を組んで唸る。

 

 緋彩くんの言うウワサの内容が真実かはわからない。

 そもそもどの店か緋彩くんですらよくわからないみたいだし、川沿いにのぼっていくならバスとか電車ではなくて歩きになるのだろうし……。

 たどり着くかもわからないし、むしろ無駄足になる可能性の方が高いかもしれない。

 

 でも、その「わからない」はなんだか、すごく胸がわくわくした。

 

「ねえ、緋彩くん行ってみようよ! その店、探してみよう!」

 

「行ってみようったって……ほんとにあるかはわかんねえぞ?」

 

「それがいいじゃん! あるかわからないのに出発するなんてさ、なんか『冒険』っぽいもん! ワクワクしない?」

 

「それは―――」

 

 緋彩くんが人差し指で頬をポリポリとかいた。

 わかる、あれは緋彩くんがちょっと迷ってる時にする仕草だ。きっと緋彩くんもほんとはちょっと行ってみたいんだと思う。

 

「緋彩くん、だめ、かな」

 

「……。

 んーーーー、あーーーーー、それは……」

 

 三秒。緋彩くんは俯いてたっぷり悩んで、やがて空を見上げて大きく息をついた。

 そしていつもみたいにいたずらっぽい笑顔を浮かべて、勢いよく立ちあがった。

 

「うっし! なら探してみようぜ、ナーヴギアを遊べる店!」

 

「ほんと!?」

 

「おう。俺も行ってみたかったしな」

 

 からからと緋彩くんが笑う。

 

「となると出発は朝がいいな。バスは小回りが利かないしお金もかかるから……自転車だな。紺野、お前自転車乗れる?」

 

「えっ、いや、それが乗っちゃダメって言われてて……」

 

「おーけー。なら俺の自転車の後ろにでも乗ればいいか。紺野くらいのバランス感覚ならいけるだろ。

 あ、言うと止められるかもしれないから大人には内緒にしとけよ。あ、あと紺野のねーちゃんにもな」

 

 緋彩くんはサクサクと計画を立てて、あっという間に『冒険』の段取りを整えてしまった。

 ボクがしたことなんて、緋彩くんの言いつけを守ることと、出発の当日に寝坊をしないことくらいだった。

 

「おはよー……ふわーあ……」

 

「おう、はよ」

 

 朝七時ごろにボクが家を出ると、緋彩くんはもう既に自転車の準備をしてボクのことを待っていた。

 緋彩くんはボクに軽く手を挙げて挨拶をすると、時間が惜しいとばかりに自転車に乗る。

 

「ん」

 

 そして、顔だけこちらに向けて自転車の荷台部分を見てから顎をしゃくった。

 荷台のところにはクッション(私は神だ! と書いてある)が紐で縛り付けられている。

 

 よく考えてなかったけどここに座るってことは、緋彩くんの身体が結構近づくんだよね。

 

 ちょっと、キンチョーするかも。

 

 ボクが恐る恐る荷台に腰かけて、緋彩くんのTシャツの裾を控えめにつかむ。

 

「あ、そんくらいじゃダメだって。もっとちゃんと捕まらないと紺野のこと落としちまう」

 

「こ、このくらい?」

 

「だから服掴むくらいじゃダメだって」

 

「な、ならこう!」

 

「腕を掴まれると運転できないだろ。腰、腰に手を回すんだよ」

 

「な、ならこれでいいでしょ!」

 

「おう、それなら大丈夫だ」

 

 最後には半分くらい緋彩くんに抱き着くような形になってしまった。

 腰に回して腕に、なんだかボクや姉ちゃんより太い骨の感触を感じる気がする。

 

 気のせいかもしれないけど、なんか、すごく『男の子』って感じがした。

 

「じゃあ行くか。バランスとりにくくなるから俺から手を離すなよ?」

 

「うん、りょ、りょうかい!」

 

 ぐいっと緋彩くんがペダルを踏み込むと、ゆっくりと自転車が動き出す。

 最初はゆっくりとした回転だった細いタイヤは次第にスピードを増して、しばらくすると二人分の重量を載せて滑らかに道を滑るようになる。

 

 緋彩くんは大きな道は走らずに川沿いまで行くと、そのまま上流を目指すように川べりを走っていく。

 

「自転車、こんな感じなんだ」

 

 空気をかき分けて進む感覚。肌をかすめるような風。走るよりずっと早く、でも車で行くよりもずっと遅く景色は流れていく。

 まだ登り切らない太陽の光を川面が反射してきらきらと光る。

 

 回した手から、緋彩くんの大きな鼓動が伝わってくる。

 

 こんなこと知らなかった。緋彩くんが乗せてくれなかったら、もしかしたら一生知らないままだったかもしれない。

 

「ありがとう、緋彩くん。こんなの知らなかったよ」

 

「あー? なんか言ったかー!? わりい風で良く聞こえねえんだ!」

 

「……ううん。なんでもなーい! この先ってどうするつもりでいるのー!?」

 

「とりあえずこのまま登ってみる! 店も探しつつ行くけど運転に集中したいから、紺野は店がないか気を付けてみておいてくれ!」

 

「わかったー!」

 

「よーし、行くぞ紺野!」

 

「おっけー! ごーごー!」

 

「おわっ! こら暴れるなって! ったく、ああもうさ! はは!」

 

 ボクの笑い声と、緋彩くんの笑い声が風の向こうに溶けていく。

 そうしてボクらは進んだ、初めての二人っきりの『冒険』のために。

 

 

 自転車を走らせて、それっぽい店を見つけるたびに降りて、また自転車を走らせてまた降りて、そんなことを一日中繰り返して、ボクたちが元の町に帰って来たのちょうど、夕日が沈むころだった。

 

 結論を言うと、結局ゲームセンターは見つからなかった。

 一件ウワサのもととなったと思わしき店を見つけたけど、試遊ができたのは過去にとあるゲームベータテストの時の一回っきりで普段は特に試遊などはしていないらしかった。

 

 残念ではあったものの、元から大きく期待していたわけではなかったので、緋彩くんもボクも大きく落胆することはなかった。

 

 今は川べりの公園で二人で並んで、ぼんやりと沈む夕日を見ながら最後に家に帰るまでの元気を充電中だった。

 

「ほい、コロッケ」

 

「え、いいの?」

 

「なんだモメンらしく一反木綿のオモチャとかが良かったか?」

 

「ボクの名前は木綿季だって。で、それどうしたの?」

 

「そこのところの肉屋さんがコロッケ売っててさ。めっちゃ美味そうだったから買ってきた」

 

「わ、ありがとう。えと、お金……」

 

「150円。家帰ってからでいいよ。それより熱いうちに食べちゃおうぜ」

 

 ほれ、と茶色の紙袋に包まれたコロッケがボクの目の前に差し出される。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「ん。いただきます」

 

 貰った……はいいけど、これどうやって食べるんだろう。お箸とかないよね? 

 

「もが」

 

 緋彩くんはどうしているのかを確かめるために隣を見る。

 すると、緋彩くんはびゃっと適当に紙袋を開けてアツアツのコロッケにがぶりと噛みついた。

 そして「あちち」と声を漏らしながらもざくざくとコロッケを頬張っていく。

 

 おお、ああやって食べるんだ……なんだかすごくワイルド。

 

 ふと、緋彩くんが視線に気づいたのか首をかしげた。

 

「紺野、食べないのか? 嫌いだったなら俺が食べるけど……」

 

「いや、たべるよ。たべます! いただきます!」

 

 とりあえず緋彩くんの見よう見まねで袋を開けた。

 するとそれと同時に香ばしい揚げ物の香りと、ぎゅっと濃縮したような肉の甘い香りと一緒に薄い熱が立ち上った。

 においにつられる様に、口の中に知らず知らず唾液があふれた。なんだか胃の奥の方もぎゅっとなるようで、たまらずに一口コロッケにかぶりつく。

 

「おいしい……」

 

 ざっくと衣をかみ切るとその奥から閉じ込められていた肉汁があふれ、ミンチの肉と玉ねぎのがっつりとした味わいが一緒に口の中をガツンと殴りつけてくる。

 

「これ、美味しい。すごいよ緋彩くん! こんなおいしいコロッケ、初めてだよ!」

 

「はっはっは、そうだろうそうだろう。買い食いコロッケには魔力があるよなぁ」

 

「魔力?」

 

「そう。こうして外でかぶりつくコロッケは家で箸で食うコロッケとは別次元の上手さがあるのさ」

 

「そう、なの?」

 

「そうなんだ。んなこと誰でも知ってる当たり前だぜ」

 

「当たり前。当たり前かあ。ならそれをボクに教えてくれた緋彩くんには感謝しなくちゃね」

 

「お、おう。感謝しろよ、うん」

 

 ベンチで並んでコロッケを食べながら夕日を眺める。

『冒険』は無駄足だったけど、最後に見られるのがこれなら文句をつけたら罰が当たるくらいに、その景色はきれいだった。

 

「なんか青春っぽいね、こういうの」

 

「せいしゅん~~~~~?」

 

 緋彩くんがなんだそれと言わんばかりに目を細める。

 

「昨日姉ちゃんが見てた9時からのドラマでそんなこと言ってたんだー。

 なんでも、『幼なじみ』とこういうことをするのは青春なんだって!」

 

「ほおん、セイシュンねえ……ライダー部みてえなもんか?」

 

「らいだー部?」

 

「あー、いや、なんでもねえわ。えーっと、そうだ、紺野にそういうのはいないのか? なんか、子どもの頃一緒だった幼馴染みたいなの」

 

 幼馴染。ボクに。

 

「うーん、いないかなあ。姉ちゃんとは生まれた時から一緒だけど、姉ちゃんだから違うもんねぇ」

 

「はは、なら今から作ったらどうだ?」

 

「えー? ボクらもう4年生だよ? いまから幼馴染を作るってなんか遅くないかなぁ」

 

「そうでもないだろ。

 いま俺たちが4年生で10才だろ。仮に80歳まで俺たちが生きるなら残りは70年。

 70年も一緒にいるなら、たかだか10年くらい一緒にいなかったのかもう誤差だろ誤差」

 

「―――」

 

「紺野は性格がいいからな。たぶん幼なじみになりたいやつとか山ほどいるんじゃねえか? 

 サラとかは仲いいし、喜んでなってくれるんじゃねえの?」

 

「それは、すごく、すてきだね」

 

「だろ?」

 

 からからと笑う緋彩くん。

 

 すてきだと思うのは本心。そんな、ずっと一緒にいられると思うような人がいるなら、それはきっとすごく幸せな人生になると思う。

 

 でも、それはきっと無理だろう。

 

 だから微笑む。緋彩くんの提案をボクも良かったと思ったのは本心だと伝えるために。

 

「でも、うらやましいけど、ボクはいいかな。いまで十分だよ。

 なんか、幼なじみになってください! っていうの、恥ずかしいしさ」

 

 そして、緋彩くんの提案をやんわりと否定した。

 

 ボクと姉ちゃんは病に侵されている。

 今は小康状態で、薬で日常生活を送れるくらいには落ち着いてはいるけど、それは細い道を踏み外さないように歩き続けるようなもので。

 

 だから、ボクには70年先のことなんて、とてもじゃないけど考えられない。

 ボクにあるのは今だけだ。いまを精一杯に、後悔しないように生きて、それで十分なんだ。

 

 だから、ボクに幼なじみはいらないんだ。

 

 さて、そろそろ緋彩くんに今日のお礼を言って―――。

 

「なら、俺にしとくか、幼なじみ」

 

 緋彩くんが突然そんなことを言った。

 

「よく考えれば俺たちももう二年の付き合いだし、つーかこのところ一番遊んだの紺野なんだよな。

 なら俺たち、幼なじみでいいんじゃないか」

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 でも、なんかそれは……。

 

「あー、やめろってその顔。その、なんだ? つまんなさそうな笑った顔。それ見てると、こう、腹の奥の方がムカムカする」

 

 だから、と緋彩くんが立ちあがってボクを指さした。

 

「今日からお前は俺の幼なじみだ! 

 またこうやって無駄足になるかもしれない馬鹿なことやって。コロッケ食って、だらだらゲームしようぜ」

 

 そして緋彩くんはからからと笑った。

 

 それはボクの体のことをしらないからこそ出てきた言葉だった。

 たぶん彼はボクの体のことを知れば同じようにそう言ってくれることはなかったと思う。

 

 でも、だからこそその気持ちが本心なんだと分かった。

 

 だからその言葉が嬉しかった。当たり前のように未来を語る彼の姿に励まされる気がした。

 

「ふふ、あははっ! あはははっ! あーもう緋彩くんには勝てないや!」

 

 気づけば笑い出していた。何故だかわからないけど胸の奥の方が熱くて、緋彩くんが隣にいることがとても面白くて、嬉しくて、満たされるような気持ちにあった。

 

 ボクは残りのコロッケをひと息に食べてしまうと、立ちあがって夕陽を背に緋彩くんに向き直った。

 

「そうだね、またしよう! 冒険! ボクらならきっとたのしいよ!」

 

 緋彩くんは一瞬ボクを見て言葉を失ったように目を瞬かせ、そして次にはいつもとはどこか違う笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだな。また行こう、俺たちで」

 

 その笑顔はどこか遠くに感じた緋彩くんの、ガラスの向こうにある本当の気持ちだった気がした。

 

 その日以降、遠くにあった緋彩くんの心がだんだん近くに感じることが増えてきた。

 

 でも、その関係はいとも簡単に崩れてしまった。

 

 

「やめてっ!」

 

 乾いた音があたりに響いた。

 それがボクの口をつけたジュースを回し飲みしようとした緋彩くんをボクが叩いてしまった音だと気づいたのは、頬を抑えてこちらをポカンと見上げる緋彩くんを見てからだった。

 

「あ、ぼ、ボク、そんなつもりじゃ……」

 

 なんて事のない日常の一幕だった。

 緋彩くんは「ふつうの子」がそうするようにボクの飲みかけのジュースを一口貰おうとして、ボクはそれに過剰に反応してしまった。

 

 ボクと姉ちゃんはHIVキャリアーだ。

 

 HIVウイルスは実はイメージされているほどにその感染力は強くない。

 血液を通してや、性的行為や、ボクたちのような母子間での感染が主だけど、逆に言えばそれ以外ではほとんど感染することはない。

 

 だから、緋彩くんがボクのジュースを飲むのだって、別にいいことのはずなんだ。

 

 でも、駄目だった。

 頭じゃ危険はないってわかってる。問題ないって知っている。

 

 でも、もしも、もしも。

 もしも、ボクのジュースを飲んで彼が、()()()()()()になったなら、この学校で出会った、たくさんの「ふつう」を教えてくれた緋彩くんの身に何かあったらのなら。

 

 きっと緋彩くんはボクを許してくれない。もう会えないし、話せない。

 

 なにより、ボクがボクを許せない。

 あの『冒険』の帰り道にコロッケを買ってくれた彼の、『幼馴染』になろうといってくれた彼の未来を、奪うことになったボク自身を。

 

 でも、そのために緋彩くんを傷つけるのは、違ったのに。

 

 あ、謝らなきゃ。で、でもなんていえばいいの。

 叩くのは悪いことだ。今まで誰かにこんなことしたことなんてない。

 正直になんで叩いたのかを話して、違う、それじゃダメだ。

 そんなこと言ったら緋彩くんは離れてしまう、なら、ならなら、ならならなら―――。

 

「ひ、緋彩くんボク」

 

「いや、ごめん。悪ノリが過ぎた。……とりあえず今日は帰るわ」

 

「そ、そんな、わ、悪いのは」

 

「俺だ。とりあえず頭冷やすよ」

 

 緋彩くんは頭をガシガシとかくとランドセルに手をかけて立ち去った。

 

「ユウ……」

 

 気づけば、いつの間にか姉ちゃんがボクのそばに来て、やさしく肩に触れてくれていた。

 

「ね、ねえちゃん、ぼ、ボク……緋彩くんが、ボクのにふれそうで、それで」

 

「うん、わかってるから、わかってるから」

 

 姉ちゃんはボクの言葉を遮るように、ボクのことを抱きしめた。

 その手つきが、声が、においが、あたたかさがもういないママと似ていて、目頭が熱くなって、ぽろぽろとあふれるものを我慢できなくなった。

 

「う、うううう……ぐすっ、う、うう……」

 

 こんなふうにしたかったんじゃなかった。

 ただみんながそうするように「ふつう」に、仲良くできたらそれでよかったのに。それ以上なんて望んでなかったのに。

 

 ちゃんと謝らなきゃいけない。

 

 そしてまた学校が終わったらボクと姉ちゃんと、緋彩くんでゲームをして―――。

 

「お前エイズ? ってヤバいビョーキなんだってな」

 

 ある日学校に行って、クラスメートの一人に言われたときに、ボクはそんな「ふつう」はもう二度と訪れないことを知った。

 

 どこから漏れたかはわからないけど、ある日ボクが学校に行ったときにはクラスの全員がボクの体のことを知っていた。

 

 この前まで普通に話していた同級生がボクの触れたものに触れるのを嫌がる。給食の時に席を近づけるのを嫌がる。先生が露骨にボクや姉ちゃんを腫物のように扱う。

 

 まるで教室の中に見えない檻が作られて、ボクはその中に入れられてしまったみたいだった。

 

 ああ、これは罰なのかもしれない。

 身体のことを隠して、「ふつう」になれないボクが、みんなと違うボクが、「ふつう」になろうとしたことの。

 

 でも、それなら、それならきっと乗り越えられるはず。

 

 だってママはいつもボクと姉ちゃんに言ってくれていた。

 神さまは私たちに乗り越えられない試練はお与えにならない。だから私たちが今辛くても、きっと乗り越えられないことなんてないんだよ、って。

 

 ならこの辛さだって、乗り越えられる。きっと、そうなんだ。

 

 みんなの目が変わってからしばらくして、廊下で緋彩くんと出会った。

 緋彩くんとは同じクラスだけど、教室の様子が変わってからボクらはしばらく学校に来てなかったから、こうして会うのは久しぶりだ。

 

 ここのところはジュースの一件で気まずくてまともに話してなかったのに、わざわざ会いに来てくれたみたい。

 

「紺野、ちょっと話をしたいんだ」

 

 緋彩くんの瞳は真剣そのもので、心の奥がぐらっと揺れてしまいそうになる。

 

 ありがとう、って言って何もかも話してしまいたい。

 辛いんだ、といまのこの気持ちを受け止めてほしい。

 ボクらの身体はそんな言われるほど怖いものじゃないんだ、って説明したい。

 

 そしてまたいつものように、ゲームをして、笑ったりしたい。

 

 でも、うん、それはだめだ。

 

「俺、お前に―――」

 

 ボクは緋彩くんの話は聞かずに、その横をすり抜けた。

 話は聞かず、目もむけず、まるで気づかなかったように。

 

「あ? 待てよ紺野、ちょっと話を」

 

 聞えない。見てない。振り返らない。

 

 ボクは緋彩くんに気づかなかった。ボクは緋彩くんと仲良くなんてない。

 そうなんだ。そういうことに、するんだ。

 

 ボクはこの辛さをちゃんと乗り越える。

 だから、緋彩くんをボクのことに巻き込まない。

 これが緋彩くんのためなんだ。

 だって、ボクと話していたせいで緋彩くんまで嫌われるのは、いやなんだ。

 

 だから、ごめん緋彩くん。もう、君とは話せないよ。

 

 そうやって緋彩くんから逃げるように過ごしていた。

 

 だけど緋彩くんはクラスも同じだし、家も隣だから帰り道だって同じだ。避けようとするには限界がある。

 だからある日ついに、ボクが日直の仕事で一人で掃除をしているところで緋彩くんにつかまってしまった。

 

 緋彩くんは珍しく本気で怒っているようで、いつものふざけるときの大声よりも尖った声でボクを責めた。

 

「紺野なんでお前俺のことムシするんだよ!」

 

「別に無視なんて……」

 

「してんだろ!」

 

 緋彩くんがイラついたようにボクに詰め寄る。

 

「確かに俺たちはいろいろあったけど、それでも! お前がそんななってんのに見過ごすほど、俺は腐っちゃいねえよ!」

 

「……」

 

「俺がお前のためにできることが何かあるはずだ! だから、なんか言えよ! 俺から逃げるなよ! そんなに頼りないかよ、俺は!」

 

 緋彩くんは叫ぶ。

 きっとそれはボクたちの体のことが皆に知れてから、ずっと緋彩くんがおなかの奥の方に溜めていた気持ちだったんだろう。

 

 緋彩くんは頼りないのか、か。

 

 その答えはもう決まっているんだ、緋彩くん。

 

「うん。ごめんね、君には頼れないよ」

 

「な、んで……」

 

 なんで、かぁ。

 

 

「だって、君いつも何かを我慢してるんだもん」

 

 

 ボクがそう言うと、緋彩くんが言葉を失ったように、それまで握っていた拳を力なく落とした。

 その手は、少し震えている気がした。

 

 その手をボクは握ってあげることはできないけど、せめて緋彩くんは悪くなんだよ、と伝えるために微笑んだ。

 

「緋彩くんはずっと本当の自分を見せないようにしてるんだよね。

 みんなにがっかりされないように、みんなと仲良くできるように」

 

 いま思えばボクに勝負を仕掛けたのもボクがクラスに早くなじめるようにするためだったのだろう。

 転校生とクラスのおひとよしが勝負するというわかりやすい舞台のおかげで、ボクに話しかけやすい空気が生まれた。

 そのおかげでボクはいろんな人と話せたし、話題に困ることもなかった。

 

 緋彩くんがドジで、やかましくて、人の頼みを断らないのは誰でも知っていた。

 

 求められたことを、人のために、自分の気持ちを殺して行ってくれる。

 いい人だ。だからみんな頼るし、彼は知らず知らずに重荷を背負っていく。

 

 そして、それを緋彩くんは望んでいる、気がした。

 

「きっと、緋彩くんは自分のことが好きじゃないんだね。

 だからそうやって本当の自分を仮面の下に隠して、みんなのためになる自分を作ってる」

 

 からからと笑う緋彩くんは、付き合いやすいバカの仮面をつけた男の子は、違和感すら感じないほどに付き合いやすい。

 

「君は、そんなことしなくてもいいのに。そんなことしなくても、あの日コロッケを買ってくれたありのままの君がとっても素敵なのに」

 

 緋彩くんは感情を見せない人間なんかじゃない。

 笑うし、怒るし、悲しむし、悔しがるし、おどけてみせる。

 

 でもボクらが見える緋彩くんのそういう面は全部ガラス一枚隔てた向こうにあるもので、本当の緋彩くんじゃないんだと思う。

 

「でも、きみはそうやって生きたいから、そうするんだよね」

 

 その理由はボクにはわからない。

 ボクが体のことを隠していたみたいに、緋彩くんにもいろんなことがあって、だからそういう風に生きている。

 

 だから、せめてボクにできるのは君に助けを求めないこと。

 あの日の夕日の中で笑顔を見せた優しい君が、これ以上傷つかなくていい様に。

 

 ボクはせいいっぱいに笑って、緋彩くんに「大丈夫だよ」と言った。

 

「神様は乗り越えられない試練は与えないんだ。

 だから、今度のこれもきっと乗り越えられる。

 だから、緋彩くんはさ、ボクのことなんか気にせず―――」

 

「いねえ、よ」

 

 え? 

 

 

「いねえよ、いねえんだよ。

 神様も仮面ライダーも、辛いときに助けてくれる都合のいいヒーローなんていねえんだよ!」

 

 

 絞り出すような声だった。

 初めてみる表情だった。

 

 それは、ガラスの向こうじゃない、「気のいい緋彩英雄」の仮面の下に隠していた顔だった。

 

 緋彩くんは自分の額を抑えて、苦々し気に舌打ちした。

 

「さっきから聞いてりゃぐちぐち言いやがって。俺の気持ちを勝手に分かった気になるな。

 俺は、俺は、俺だって、こんな俺になりたかったんじゃなかった……くそっ」

 

 そして何かを戒めるようにごん、ごん、と何度か自分の頭を拳で叩いて、言葉を絞り出す。

 

「俺は、こんな自分になりたかったんじゃなかった。誰からも嫌われるのが怖くて、だから誰からも求められるようになりたくて……ただ、()()()みたいにだけは、なりたくなくて、だから……」

 

 緋彩くんが拳を握る。手が白くなるほどに強く、強く。

 

「俺が、俺が本当になりたかったのは……」

 

 そして緋彩くんは、つぶやいた。

 

 

「おれはただ、こんなおれでも、お前を助けたいんだ、紺野」

 

 

 ―――。

 

「乗り越えられる? お利口ぶってんじゃねえ。

 乗り越えられることと、辛いことは別問題だろうが」

 

 緋彩くんの言葉に、次第に熱がこもっていく。

 今までのガラス越しのものではない、仮面をかぶったうえでの言葉ではない、むき出しの緋彩くんの言葉が、紡がれる。

 

「辛いことはそれが何であろうと辛いもんなんだよ! それを我慢することがえらいなんて、そんな綺麗な言葉は知らねえよ! 

 乗り越えられるかどうかは、それが一人でがんばらなきゃいけない理由には、ならねえだろ!」

 

 緋彩くんが頭をがりがりとかきむしって、ボクへと再び一歩踏み出した。

 

「俺はいま、()()()綿()()を助けたいんだよ!」

 

 あ―――。

 

「他人なんかもう知らねえよ! 俺がそうしてえ! お前のそのしみったれた面を見るのが腹が立つ! まるで時々仮面ライダーに出てくるゲストがやたらと性格が悪かった回みたいな感じで、俺の腹の奥がもやもやすんだよ!」

 

「か、かめん……?」

 

「うっせえ! お前に意見は求めん! 俺に質問をするな! 

 つーかなんだ色々聞いてりゃ、大人ぶったこと言いやがって。

 いっちょ前にわかった気になるな! 大人になんかなるんじゃねえよガキが!」

 

「が、ガキってなにさ!」

 

「お前なんかガキだ! やーいガキガキガーキ!」

 

「は、はあ!?」

 

「お前の言うことは立派だよ! 何でも逃げずに向かっていくのはすげえよ! でも馬鹿だ! 一人で何でも乗り越えられるわけねえだろ! ガキの上にバカだ!」

 

「~~~っ! ならどうしろっていうのさ!」

 

 ガキだ馬鹿だといわれてあまりにも腹が立って、ママの大切な言葉を信じているボクへの言葉を許せなくて、緋彩くんにつかみかかる。

 

 ぎゅっと緋彩くんのシャツを握って、それで、ああもう、なんで涙が出てくるんだよ。

 悲しくなんかないのに、もう、止まらない。

 

 こんな、泣きたいわけじゃなくて、ボクは怒っているはずなのに。

 

「みんなボクと姉ちゃんのことを嫌ってる! だれも助けてなんてくれない! 

 先生も、クラスのみんなも、みんなボクらなんかいなくなればいいと思っている! 

 そんな中で、ボクがなにができるっていうのさ!」

 

()()()()()()()!」

 

 緋彩くん、が? 

 

「まだどうしたらいいのかわからない。でも俺は、何かしたいんだ。お前のために」

 

 なんで、そこまでしてくれるの。

 ボクと君なんて、ただ同じクラスで、付き合いだってそれほど長いわけでも無くて、家が隣なだけの……。

 

「くだらねえこと言うなよ、俺たち『幼なじみ』じゃねえか」

 

 それ、は、でも……。

 

「知ってるよ。紺野の病気大変なんだって。だから、あの時紺野は幼なじみはいらないって、そう言ったんだよな」

 

「もしかしたら長生きできないかもしれないっていうのも、知ってる」と、緋彩くんは付け加える。

 

「でもさ、死ぬ未来ばっか考えて、今だけ楽しければいいなんて、悲しいこと言うなよ。

 俺はまだお前とやってないゲームが山ほど残ってるし、『冒険』だってたった一回しか行ってない」

 

 緋彩くんがふっと、頬を緩めてボクの肩に手を置いた。

 

「だからさ、()綿()()、今じゃなくて未来のことも考えようぜ。

 俺たち幼なじみだろ、幼なじみで、いようぜ。いっしょに、今までがどうでもよくなるくらいの俺たちだけの「特別」な冒険を、しようぜ」

 

 ずっと「ふつう」を求めていた。

 みんなと同じように遊んで、みんなと同じように勉強して、みんなと同じように生きていく、そんな「ふつう」を。

 

 でももし、未来が他の人よりも短いボクが、「ふつう」ではなくて、ボクしかもってない「特別」を望んでいいのだとしたら。

 

 ボクは、ずっと、ほんとうは……。

 

「いま、つらいんだ」

 

「うん」

 

「姉ちゃんも頑張ってるのがわかるから、寄りかかれない。ボクも助けてあげられない」

 

「うん」

 

「……緋彩くんは、なんとかしてくれるの?」

 

「ヒロだ」

 

「え?」

 

 ニッと、緋彩くんが笑った。

 

「俺のことはヒロって呼べよ。幼なじみだしな」

 

「……いいの?」

 

「まあ、俺は紺野……じゃなくて、木綿季のあんま知られたくないこと知っちゃったわけだしな。これくらいおあいこってことで」

 

 すっとボクの前に手が差し出される。

 ボクより少し大きな手。さっきまで震えていた手は、いまはただボクが握り返してくるのを待っていた。

 

 ああ、もう、勝てないや、ほんとうに。

 

「よろしくね、ヒロ」

 

「お、おう……」

 

「あはは、ヒロってば赤くなってる」

 

「な、なってねえわ!」

 

 

 もしかして、名前を呼ばれて照れてるのかな。案外かわいいところあるんだなぁ。

 

 ちょっといままでのヒロとは印象が違う。

 そういえばさっき仮面ライダー? の話してたけど、そういうの好きな人なのかなぁ。

 

「ま、とりあえず見ておけよ」

 

 見ておく? 

 

「お前の幼なじみが―――、すげえやつって、ところをさ」

 

 そこからヒロの戦いが始まった。

 

 走って、叫んで、いろんな人を説得に回って。

 ボクのクラスにも、姉ちゃんのクラスにも、職員室にだって行っていたし、ボクらの主治医の倉橋先生のところにも通っていたみたいだった。

 その運動は学校全体を変えるには余りにも微々たるものだった。

 

 それでも、ヒロは戦い続けた。

 

 ほとんど何も変わらなかった。

 でもヒロの叫びは少しずついろんな人に伝播して、すこしずつボクや姉ちゃんの周りにも人が戻ってきた。

 

 ここのところずっと暗い表情をしていた姉ちゃんも、だんだん友だちが戻って来て嬉しそうで、ボクもちょっと安心した。

 

 あ、そうそう、姉ちゃんと言えば、いつの間にか姉ちゃんとヒロがかなり仲良くなってたんだよね。

 

「木綿季! 今週のドンブラザースの話していいか?! 主人公にダメだしされた99点のおにぎり屋が闇落ちして人間を襲い始めて大変だった回なんだけどよ!」

 

「待ってユウ! ヒロ捕まえて!  またSNSですごい炎上してる件について話を聞かないとダメなの!」

 

「いや俺は悪いくないんだよ、掲示板で書き込みしたらそれが特定されてえらい炎上を……」

 

「だーかーらー! なんでヒロはネットで書き込みするときになったら異常にけんかっ早くなるの! もうだめ! ヒロはネットの掲示板禁止です!」

 

「げ、げぇーっ! 藍子それは勘弁してくれよあれは俺の趣味の一つなんだよ~!」

 

「ダメなものはダメです!」

 

 なんだかパチンコをするダメな亭主とそれを叱る妻みたいだなあ。

 

「なーんか姉ちゃんとヒロいつの間にか仲良くなったよね?」

 

「そ、そう?」

 

「そうだよ、いつの間にか名前呼びになってるし」

 

 姉ちゃんがちょっと顔を赤くする。

 

 藍子に、ヒロ。

 前までは「緋彩くん」と「紺野のねーちゃん」とか呼んでいた気がする。

 

「ま、いいじゃねえか、三人幼なじみってことでさ。仲良し! って感じで」

 

「それは確かに! 三人で一つ! いいね!」

 

 ほんとうは特別でなくなったのはちょっぴち惜しかったけど、でもボクの大好きな人と、大切な人が仲良くしてるのは嬉しかった。

 この『三人』でいられることが、いつしか大切な時間へと変わっていった。

 

 

 ヒロは、ヒーローなんていないって言った。

 

 そうかもしれない。

 だっていまボクの隣にいる男の子は人に嫌われるのを怖がって自分を出せなくて。

 誰かに頼まれたら断り切れないようなお人よしで。

 好きなことには一生懸命になっちゃう……なり過ぎちゃうときもある人で。

 

 それはきっとみんなが思う「ヒーロー」には程遠いんだろう。

 

 たぶん、ヒロ自身がそう思っている。

 

 確かに現実に「ヒーロー」はいなかった。

 

 その代わりに、君がいたよ、ヒロ。

 

 ボクを助けてくれたのは君。

 

 都合のいいヒーローじゃなくて、「緋彩英雄」っていう、他の誰でもない、素顔の彼に。

 だからボクは、彼のことが大好きなんだ。

 

 ボクを助けてくれた、君だから。

 

 だからね、ありがとう、ヒロ。

 

 ボクにたくさんに「ふつう」と、「特別」を教えてくれて。

 

 

 

 

 

「ヒロ、次の配信どうするの?」

 

「あー、どうすっかなあ。今度アスナさんの推薦でフロアボス攻略に行くから、そのための武器整えに行きたい気もすんだよなあ」

 

 姉ちゃんに頼まれたお使いの帰り道、たまたまバイト帰りのヒロと鉢合わせた。

 

「あ、あそこの肉屋さんコロッケ置いてる」

 

「お、いいね。買おうぜ」

 

「買い食いすると姉ちゃんに怒られるよ?」

 

「それは木綿季をこのコロッケで買収するということで手を打ってもらう」

 

「ふふ、それはワルだね」

 

「くくく、お代官様ほどではございませぬよ」

 

 ヒロが買ったコロッケをひとつ貰って、二人で食べながら家へと帰る。

 

 いつの間にか時刻は夕暮れ。

 道路の向こうの方で、いつか見たような気がする真っ赤な夕日が沈もうとしていた。

 

 こうしてヒロと買い食いして帰るのも、いつの間にか「ふつう」になっちゃったなぁ。

 

 最初はずいぶん特別に感じたのに、いまではなんて事のない一幕だ。

 

 ふと、時間を重ねる、生きて行くっていうのは、もしかしたらこういうことを言うのかもしれないと思った。

 

 たくさんの「とくべつ」を、当たり前の日常の「ふつう」にしていくこと。

 それが「生きる」っていうことなのかな。

 

 なんとなく隣にいるヒロの顔を見上げる。

 

 小学生の頃はほとんど変わらなかった身長は、いつの間にかボクよりずっと高くなってしまった。

 そのことに、少しだけヒロに置いて行かれたような気持ちになる。

 

「ねえ、ヒロ」

 

「んー?」

 

「ヒロは好きな人とかいないの?」

 

「急にぶっこんで来たな」

 

「いやだって気になるじゃん。もしヒロに恋人ができたら、こうしてコロッケを一緒に食べたりもできなくなるだろうし……」

 

「ふ、まあ俺が最近配信でイケイケだから心配になるのはわかるが……」

 

「?」

 

「心底不思議そうな顔するな。悲しくなるから」

 

 ヒロが配信でイケイケ……イケイケで炎上してるって意味かな? 

 

 と、わわ、ヒロ? なに急に頭を撫でてきて。

 

「ま、心配するなよ。何が起きても俺と木綿季と藍子は幼なじみだよ」

 

 そして、ヒロはニッと笑った。

 初めて「木綿季」と呼んでくれてからずっと見せてくれている、ガラス越しでも、仮面の上からのものでもない、ヒロの素直な笑顔を。

 

 そのことに、体の奥がぐつぐつっと熱くなって、頬が思わずにやけちゃうくらいうれしくなって、胸がどきどきと跳ねて。

 自分の気持ちがこらえきれなくて、ヒロの腕に飛びついた。

 

「あははっ! もー、ヒロはボクと姉ちゃんのことが大好きなんだからさー!」

 

「ちょ、こら、急に抱き着くな! ああ、もう八百屋のおばさんとか見てるから!」

 

「ならっ! 人に見られないよう急いで家に帰ろう! 姉ちゃん待ってるよ!」

 

 夕陽の中、走り出す。

 あの日からずっと隣にいてくて、きっとこれからもずっと隣にいてくれる『幼なじみ』の手を引いて。

 

 

 

 




 
ソードアート・オンライン 冥き夕闇のスケルツォ 見てきました。
ザSAOでマジで最高でした。


《紺野木綿季》
ヒロの素顔を肯定してくれた人。
ヒロがコロッケを食べ終えた時にゴミを何も言わずに受け取ってくれたりとか、自転車にクッションをつけてくれてたりするような、根っこの部分の優しさに救われたと思っている。
特に好きな人はいないが、好きな人のいいところはみんなに知って欲しい派。

《紺野藍子》
ヒロを「ヒーロー」にしてくれた人。
助けを求めた時に力強く頷いて、誰かのために走り続けるヒロの姿こそがヒロの本質で、そのヒーローの姿に救われたと思っている。
好きな人のかっこいいところは、自分だけが知ってればいい派。

《緋彩英雄》
根本的に自分が好きではない。
そのため、小学生の頃は誰からも嫌われないよう仮面ライダーの話を控えて、付き合いやすい外面をつけていた少年。
今は木綿季と藍子が聞いてくれるという恵まれすぎている環境に甘えてライダーのことを話しまくるようになった。
好きな人のことはみんなに知って欲しいが、それと同時に自分が一番であるのは揺らがせないというクソデカい独占欲を開花させる可能性もある。

 
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