ヒーロー基礎学、災害救助訓練の時間。A組と相澤、伊吹は訓練場に向かうため、バスに乗っていた。伊吹は座席に座るとき相澤の隣に座ろうとしたが、無言で睨まれたため相澤の後ろの席に座っている。
生徒たちは遠足に向かうかのごとく騒いでおり、伊吹はその様子を微笑ましく思いながら前の席に座っている相澤に話しかけた。
「相澤さん。いつになったら俺と飯食ってくれるんスか?」
「知らん」
伊吹は今日も相澤を昼食に誘い、別の意味でミッドナイトに誘われ、マイクに爆笑されるというもはや恒例となった昼の時間を過ごし、「そろそろ一緒に食べてくれてもいいんじゃ?」と首を傾げている。
対する相澤は一緒に食べる気などはまったくなく、それは「伊吹がくるとマイクもくるからかなりうるさい」という理由からくるもので、更にわざわざ食堂に移動してまで食事をするくらいなら、手軽にゼリーで済ませればいいという判断からくるもの。
「ゼリーばっかじゃ死にますよ?」
「夜はちゃんと食べてる。それに、昼も余裕あるときは食堂に行ってるから問題ない」
「お、ならしばらく待ってれば自然と一緒に食えるってことっスね?」
「そうなるな。まぁ俺が食堂で食べる時も一緒には食べないが」
「えー! 一緒に食べましょうよ! ほら、こんなに一緒にいたいって言ってくれる後輩って可愛くないっスか?」
「いや、うるさい」
「ひでー!」
尊敬する相澤の性格に似れば相澤も一緒に食べる事を許すかもしれなかったが、伊吹はどちらかと言えばマイクの性格に似ている。気を許した相手にはハイテンション。生徒に対してハイテンションではないところがマイクとの違いというだけで、相澤の前ではほとんどマイクと変わりはなかった。敬語かそうでないか程度の違い。
故に、生徒と話すときは落ち着いた態度であった伊吹は、現在生徒たちにハイテンションな姿を見られて「あんな一面もあるんだ……」と驚かれている最中である。
「お、もうすぐ着くっスね。おーいみんな! もうすぐ着くから出る準備しとけよー!」
「はーい!」
本当に遠足の目的地に着いたかのような合図を送る伊吹に、相澤はため息を吐いた。ヒーロー基礎学の内容が災害救助なため相澤としては気持ちを引き締めてもらいたいところだが、今更注意するとかえって逆効果になりそうなため、相澤は黙ってバスを降りる。
伊吹は生徒全員が降りたのを確認し、座席を見て忘れ物がないかチェックしてからバスを降りた。色々騒がしくはしているが、仕事はちゃんとするのが伊吹という男である。
バスを降りた一向の目の前に広がっているのは、テーマパークのような演習場。水難事故、土砂災害、火事など、あらゆる状況を再現したもので、その名を。
「
USJ。それを作ったのは、今生徒たちに演習場の説明を行ったスペースヒーロー13号。宇宙服のようなものを身に纏った、災害救助で活躍するヒーローである。
13号の登場に生徒たちのテンションが上がる中、相澤と伊吹は辺りを見渡しながら、ここにいるであろうはずの人物がいないことに気づく。
今回のヒーロー基礎学はオールマイト、13号、相澤、そして伊吹の4人体制で行うはずであった。先日の雄英バリアー破壊の件でしばらくは警戒態勢を敷こうという方針になったためである。しかし、オールマイトがこの場にいない。
「13号さん。オールマイトはまだ来てないんっスか? 現場集合って聞いたんスけど……」
「それが通勤時に制限ギリギリまで活動してしまったみたいで」
オールマイトには活動制限があり、活動制限を迎えると筋骨隆々な姿ではなくガイコツのような見た目になってしまう。それを知っているのは教師陣のみであり、生徒たちに知られてはいけない。
「なので、今仮眠室で休んでいます」
「不合理の極みだなオイ」
呆れた相澤の「仕方ない、始めるか」という言葉を合図に、13号が生徒たちへ説明を始めた。
人を簡単に殺せる個性であっても、その個性は人を傷つけるためにあるのではなく、助けるためにある。そういった内容。13号の説明を聞きながら、伊吹はタバコを咥え火をつけた。
「おい」
「警戒態勢っスよね? 念の為っス」
吸いたいからというのもあるが、伊吹は『警戒態勢』を整えるために紫煙兵を生み出す。とはいえ、吸いたいというのが8割、警戒態勢を整えるためというのが2割。それを察しているからか、相澤は呆れた目で伊吹を睨む。
「大目に見てくださいよ。現代は喫煙者の肩身が狭すぎるんスから」
「……まぁ、もしもの時のためだ。大目に見るよ」
「あざっス!」
伊吹は『もしもの時』のために紫煙兵を10体生み出す。漂い始めたタバコのにおいに顔を顰めながら、相澤は13号の説明が終わったのを見て生徒たちを誘導しようとセントラル広場に目を向けた。その時。
セントラル広場に、黒い渦が現れる。そこから現れたのは、手を顔につけた男。教師側が用意したサプライズなどではない。
「ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ、って」
それを見た伊吹は、相澤の指示が飛んでくる前に動き出していた。紫煙兵の1体に乗り、5体の紫煙兵を残してセントラル広場へ飛んでいく。そして、黒い渦から現れた敵の数人を紫煙兵が殴り飛ばした。
「天下の雄英に不法侵入ご苦労様クソ敵! テメェらはライヴホープがお相手するぜ!」
「……お前に用はない」
平和の象徴はどこだ? と続けた手を顔につけた敵の言葉に、伊吹は敵の狙いを察した。
「平和の象徴……オールマイトが狙いか」
「みたいっスね」
伊吹より少し遅れてセントラル広場へ降りてきた相澤に同意し、紫煙兵を次々に生み出していく。生み出された紫煙兵は敵を蹴散らしていき、たとえ紫煙兵が消されても無限に生み出していく。
「うざいな」
顔に手を付けた敵……死柄木は、暴れ回る紫煙兵に苛立ち敵の数人に目で合図を送った。その敵は、水に関する個性を持つ敵。敵は今回の訓練の内容を調べており、訓練に参加する教師陣も調べている。13号、オールマイト、伊吹。この三人が元々参加する予定であった教師陣であり、その中でも伊吹の個性を鬱陶しく思った死柄木は、伊吹対策を用意した。
伊吹の紫煙兵は水に弱い。『紫煙の街』は透明な屋根に覆われており、それは雨を防ぐため。水を一定量浴びればすぐに消えてしまう。更に、伊吹の持つタバコを濡れさせてしまえばタバコに火をつけることもできなくなり、伊吹は無個性同然となる。
合図を受けた水の個性を持つ敵は、紫煙兵、そして伊吹に向けて個性を
「……あ?」
が、個性が発動しない。その不思議に硬直した隙をついて、紫煙兵が水の個性を持つ敵を殴り飛ばす。
「見ただけで個性を消すイレイザーヘッド……ほんと嫌になる」
個性が出なかった理由は、相澤が『見た』から。相澤は死柄木の目の動きを見て、その先にいる敵が紫煙兵と伊吹に何か仕掛けようとしていることに気づき、その敵の個性を『抹消』した。
相澤、伊吹。この二人は、二人で行う戦闘に慣れている。それは、伊吹が相澤に道を正されてから相澤が雄英教師になるまでの期間ずっと、二人で敵退治をすることが多かったことからくる経験値。相澤は敵の動き、視線、細かな動作を見て伊吹に何かしようとする敵を優先的に『抹消』し、伊吹は相澤が『抹消』できない異形型を優先的に紫煙兵で蹴散らしていく。
「すごい……相澤先生と伊吹先生、信じられないくらい息が合ってる」
「分析している場合じゃない! 早く避難を!」
その戦いぶりに思わず目を奪われた緑谷が飯田の注意を受けて避難を開始する。伊吹は聞こえてきたその声に笑いながら、紫煙兵から降りて自ら敵を蹴散らしていく。時には小さな紫煙兵を生み出して体勢を崩させて蹴り飛ばし、時には殴りかかってくる敵を無視して違う敵を対応し、殴りかかってきた敵を相澤が仕留め、時には相澤を襲おうとしている敵を殴り飛ばし。
まるで、呼吸をするかの如く、当たり前にお互いに敵を蹴散らしていく。
「久しぶりっスね、相澤さん……や、イレイザー」
「浮かれてる場合か。集中しろライブホープ」
呼ばれたヒーロー名に気分が高揚するのを感じながら、伊吹は紫煙兵を従えながら敵と交戦を続ける。そんな中、かなり早く紫煙兵が消えていくのを感じ、その原因に目を向けた。
(触れただけで紫煙兵を……? 手で触れたものを崩壊させる個性か)
視線の先には紫煙兵に触り、それだけで消えていく紫煙兵の姿。紫煙兵に触れたのは死柄木。その近くにいる脳をむき出しにした黒い巨体の怪物も警戒しながらも、相澤に推測を伝える。
「あの手を顔につけてるやつ、多分手で触れただけで崩壊させる個性っス」
「あぁ、見てた。紫煙兵が触られただけで消えるなら、そういう個性だろうな」
流石相澤さん、と心の中で褒めながら、個性の相性の悪さに冷や汗を流す。紫煙兵の強みは煙らしからぬ耐久性、硬度、純粋な強さ。戦闘時の紫煙兵はちょっとやそっとの攻撃では消えず、並の攻撃では一撃で消えない。それが、触れただけで消えてしまうというのは、紫煙兵の強みが一切なくなってしまうことを意味していた。
「あいつはイレイザーが個性消して、紫煙兵で仕留めましょう」
「それがいい」
相澤は死柄木を見て個性を『抹消』すると、伊吹が紫煙兵に指示を飛ばして死柄木に向かわせた。二人から見て死柄木は主犯格であると睨んでおり、真っ先に倒すべき対象である。生身の人間では紫煙兵と渡り合うことはほぼ不可能。
「脳無」
だが、死柄木も一人ではない。短く呟くと、隣にいた黒い怪物が腕の一振りで紫煙兵を蹴散らし、一瞬で伊吹との距離を詰めた。
「はやっ」
目の前に来た、ということだけ理解して、次の瞬間には車にはねられたような衝撃が伊吹を襲った。
「ライヴホープ!」
伊吹は相澤の声を聞いて、殴られたんだと理解した。痛む体を奮い立たせてほぼ反射的に横へ転がると、先ほどまで自分がいた位置を踏み抜く黒い怪物、脳無の姿があった。
「んだこのバケモン……」
「お互い様だろ」
凶悪に笑う死柄木に、伊吹は嫌な汗を流しながら新しいタバコを咥えた。