ステンドグラスから自然光が降り注ぐ教会。目を閉じ、膝をついて祈りを捧げる。
形だけで全く信仰心というものは含まれていないが、堂に入っているのではないのだろうか。俺美人だしさ。自分で言ってるってどんだけのナルシストなんだって?まあ前世との比較だから許してくれ。
すらっとしたスタイルで、胸はそこそこある感じ。そこに白い肌に銀の髪。ほら悪くないだろう?
粛々と口にするのは、神より授かりし書に記された言葉の数々。なぜならこれが俺の仕事だからだ。生まれてから早十六年、大半の時間を注いだ祈る仕事も慣れたものだ。
ところで、祈りながら口にする言葉を
長ったらしい
祈りが終わると神の祝福が降り注ぐ。穏やかな光が俺の足元から立ち昇り、祈りの対象であった患者へ向かう。
患者は肩に大きな火傷の痕があった。光に包まれた途端正常な皮膚が作られる。最初から火傷が無かったかのような状態になり、光は霧散した。ファンタジーの回復魔法そのものだ。
目に見える形の神の力。人類が紡いだ医学の恩恵を受け生きた前世があるからこそ、紛うことなき御業だと、心から信じることができる。信仰心というものがよく分からない俺だが、神の素晴らしさは身に染みるように感じる。なんせ外傷のみならず虫歯や感染症、予防すらこなすなんでもござれなお祈りだ。
普通、信仰心がなければ
なのに俺が使えているのは、こうして前世と比較した上で神の祝福の素晴らしさを信じているからだろう。神サイコー。異世界転生したけど医療は前世よりイージーモードだったとさ。
こうして──しゃくにさわるが
「シスター殿、ありがとうございます」
「お大事になさってください。また何かあれば遠慮なく教会へ」
患者たちは基本的に、シスターに対して尊敬を持って接してくれる。神に殉ずる者に不義理を働いたならば、神の祝福は得られないからだ。だから仕事は苦ではない。敵はむしろ味方にいるもんなんだよなぁ。患者を押し付けてくる先輩とか、お布施が少ないとネチネチ言って備品を減らす地区長とかさ。
でも同僚のシスターたちと仕事をするのは楽しいし、ガチファンタジー世界だから、平然と存在する魔獣とか世界の厳しさを知ると、シスターは最高!神を信仰するぜぇー!ってな気持ちになる。
「ジュリア先輩ぃ〜!」
「おう、どうしたんだ?」
次の患者へ向かおうとした時、後輩の女の子が涙目で俺に駆け寄ってきた。かわいい。
「私、その、うまくお祈りできるか分からないです……!あの患者さん……ちょっと、怖いです」
あの患者さん、と言われても誰かは分からないが、とりあえず辺りを見る。と、周囲の騒つきに気づいた。軽症ではない患者への祈りは、病院のように仕切られた部屋で行われている。なのにここまで騒がれてしまっているのだから、きっと迷惑な患者でもいるに違いない。それが後輩ちゃんの患者なんだろう。
「あー分かった。俺が担当するわ」
「良いんですか!?」
「ん、パパッと済ませてくるよ。何号室?」
「6号室です!よろしくお願いしますっ」
たまーに居るんだよなぁ。悪意はなくとも、シスターを口説いて困らせたりするような奴。俺は前世男って記憶があるからあしらえるんだけど、若いシスターちゃんはそう簡単に流せなかったりする。
俺は6号室の仕切りを手で避けて中に入る。するとそこには──
右腕には包帯、左目には眼帯。右腕の周囲には魔法陣のような模様。
「うわきっっっっつ」
絵に描いたような厨二病に思わず声が出てしまった。咳をして誤魔化しとこ。
(厨二病って異世界にもあるんだ……)
まずそこに思考が行くわ。うわ腕に封印みたいにしてシルバー巻いてる。満点やないかい。
「フッ……我が呪われし右腕に怖気づいたか?無理もない。悪魔すらたじろぐ代物だからな」
「誰だってたじろぐわ……いや、たじろぐっつーか引くんだけどよ……まずその呪われし左腕?」
「右腕だ。そして正確には
「右腕。右腕ね」
「呪われし右腕だ」
「呪われし右腕。完璧に覚えたわ。えー、その呪われし右腕よりも先に治療しなきゃいけない箇所があります」
「……この俺へ何の治療ができると言うんだ。皆俺を見て逃げ出してしまった」
「もしかしてししゅん──14才ぐらいに発症する病を患っていらっしゃる?」
患者には丁寧な口調を心がけているが、砕けた言葉がつい口から飛び出てしまう。シスターモードで優しく接したら厨二の痛さに飲まれそうだわ。
「確かに俺が組織を抜けたのは14の頃だったか。貴様なぜそれを……?さては貴様も組織のものか!」
「えっとずっと発病してるのかな?ほとんどは年齢と共に落ち着いていくんだけど、君みたいに引きずる人もいるんだよね」
「俺が組織でやったことを引きずってると……?ハッ、貴様に何が分かる!」
「あ痛たたたた……うーん、んじゃまあ、とりあえず神の祝福でその目と右腕」
「呪われし右腕だ」
「の傷を治しましょーか」
「治るまいよ、あらゆる治癒者がそのおぞましさに逃げ出した代物だ」
厨二患者を無視して
「嘘だろ、
俺は異常な事態に動揺し、患者の前でつい呟いてしまった。
「患者の信仰心が極度に薄い……のか?」
そうだ。俺は致命的な見落としをしていた。そしてこれであらゆる疑問に合点が行く。
まず後輩ちゃんが異様に彼を忌避していたこと。
包帯を巻いた人間は珍しい。なぜならばこの世界では、基本的な病や病気は一瞬で治る。包帯そのものが滅多に使われない。更に眼帯なんて絶滅危惧種だろう。信仰の厚い後輩ちゃんのような人間なら一生縁がないはずだ。
信仰心が見られないのは悪魔信仰に類するものという可能性もある。まあさっき
厨二病という圧倒的なインパクトを前に、前世の感覚に引っ張られて違和感を持てないでいた。
こいつ外見だけで超危険人物だ!神への信仰が薄く、悪魔信仰に足を踏み入れたかもしれない人物。包帯も眼帯もちょっとカッコつけでつけてる、なんて前世の厨二とは訳が違う。ガチガチのやべー奴だ。渋谷を世紀末コスプレしてバイクを走らせるレベルでやべー。
「嘘だろ、この世界なら厨二病でも激ヤバじゃん……!」
推測に過ぎないが、厨二病のような行動を取る彼は、神への信仰心に揺らぎが生じている。厨二病特有の逆張り的思想が、とんでもない方向に暴走している。ありえないレベルで不信心者ってわけだ。
ただのネタでしかないような厨二病の奴が異世界だとガチ病気とかマジかよ。
「僅かでも
と、たまたま近くにいた先輩をひっ捕らえて相談してみる。
「貴方ったら天才だわ!」
「へ?」
「確かに14くらいの子に効きが薄いのをどうしてだろうって思ったことあるわ!それをちゅーにびょーって定義するなんて!」
あれよあれよと連れ去られ、上の人にも説明するように求められる。この教会の代表の前で厨二病を説明するのは少々恥ずかしい。ほら、親にネットスラング説明するみたいな羞恥心があるわ。
「そうね、貴方は天才だわ。成長の過程において揺らぐ信仰を病気と定義するという発想自体が型破り。普通に患者と接しているだけではできない発想よ。できるならそのちゅーにびょーの治療の研究を進めたいわね。……患者の治療を行うならば貴方は何が最適解だと思う?」
俺からしてみれば阿呆らしい会話だが、代表の顔は至って真剣だった。
「それを今まさに相談しようと思ったんです。厨二病を病気と定義するなら……心因性なので、
「では精神的な治療……ありがちではあるけれど告解や定期的なミサかしら?」
この世界では肉体の治療は容易だが精神は違う。だからこそ教会は告解やミサ、集会を通じて精神的な治療を行う。精神の病気を悪魔が取り憑いていると考えている点は俺からしてみれば前時代的だが、行われている治療は馬鹿にできるものではない。
てか、その気になればPTSDの患者にその元凶となる記憶ごとリセットする秘術だってある。その記憶を悪魔が巣食う記憶として捉え、悪魔ごと取り除いた。だから記憶がないんだ。ってな理屈でな。こえぇよ。
「それもあり得るでしょうが、厨二病の場合は反発が高まる可能性は否定できませんね。そもそも重症でもない限り積極的な治療は必要ないのかもしれません。年齢と共に治るのがほとんどでしょう」
流石に神への信仰が薄いから記憶喪失にしましょうなんて事態にはなって欲しくない俺はやんわりと話を逸らした。
「重症患者への対応を問われる。このこと自体がとても特殊な事例ということでしょうね」
「僅かでも
「肉体への長期的な治療。なるほど難題ね。我々は
「精神的な治療と肉体的な治療の両方が長期的に求められる、ということになります。なのでより高度な詠唱が可能な教会に──」
「きっと神の試練ね!」
「へっ?試練……?」
「そう!貴方は口調も考えも少し他人とは違っているけど……だからこその発想!これは貴方にしかできないことだと確信したわ!なんとしてもこの難病を研究し、論文を出すのよ!神がこの病を治せとおっしゃっているわ!」
「で、でも急に研究対象にされても患者が受け入れるかどうか」
「そこは交渉次第よね。大丈夫心配しないで!金に糸目はつけないわ!研究費だってどんと出すわよ!」
「うわ、金は嬉しいけど事態がやばい方向に向かってる気がする」
「やるのよジュリア!貴方ならできる!いえ、貴方にしかできないことなのだから!」
周りの同僚も盛り上がって拍手喝采。俺を除いて、この教会の意志が一つにまとまった瞬間である。
うそぉ。
「離席して申し訳ないな。改めて。俺はジュリアっていう。どうやら俺が正式に君の担当医になる。粗暴な言動は癖みたいなもんなので流してくれると嬉しい」
「……俺はルスラン。ただのルスランだ」
さっき化けの皮を剥がしてしまったので開き直って接する。もしこのまま事態が進むなら患者のルスランとは長い付き合いになる。猫を被っても俺が疲れるだけだろう。
「貴様、組織のものではないのか?てっきり出て行ったのは援軍を呼ぶためだと思って構えていたのだが」
「あー、えー、その組織?のものは教会にいたりするのか?」
「たしかに組織は悪魔の集い。このような場所は奴らにとっては大の苦手だろうな」
「ってことで、とりあえず俺は組織?とは関係ないってことです。はい。俺は純粋にシスターとしてルスランさんの病気を治療するためにここにいます」
「だが先程見ただろう?治癒の
「そうだな。しかしまあ問題は怪我……呪われし右腕とかじゃないんだ」
咳払いをして患者に向き合う。一転して真剣な態度を取る俺に患者のルスランもこちらを真剣な顔で見つめ返す。
「ルスランさん、貴方は厨二病です」