俺はルスランに病気のせいで神の祝福が受けられないこと。そしてその治療は聖句ですぐにとはいかないことを説明した。
ルスランは、自分が厨二病という奇特な病気であるということよりも、治療という手段を取ることが可能である──そのこと自体に驚いてる、と感じた。
にしても説明していて違和感が拭えねぇ。厨二病をこんなに真剣に解説しなきゃいけなくなるなんて。
「それでそのちゅーにびょーとやらのために俺は長期に渡って治療が必要だと? そもそも厨二病とはなんだ。聞いたこともないぞ」
「あーっと、厨二病ってのはな、こう、さっき言ったように14ぐらいから始まる。それは覚えがあるだろ?」
「組織を抜けた年齢だな。そのこととなんの関係があるんだ」
「それもルスランさんは邪気眼系でね」
「……! この呪われし魔眼の真名を知っているのか!」
話進まねぇ。
「ズバリ言わせてもらおう。その目、ただ眼帯で覆ってるだけで怪我も邪気眼もなんも無いだろ?」
瞬間、空気が凍った。
だがルスランの顔が徐々に赤くなっていき、最後にはゆでだこのような真っ赤な顔をした。
俺が言い切ったのには理由がある。先程聖句を告げた際、右腕──いや、呪われし右腕に神光が注がれたが、目にはなにも反応がなかった。神光が注がれないということは正常と判断されたというわけだ。
俺が使用した聖句は大雑把に言うと「神にこの者の悪しき諸々を緩和させたまえ」というような簡素なもの。とりあえず唱えておけばオッケーという万能薬みたいな聖句だった。
この世界においてほぼ見られない眼帯の奥。たとえこの聖句では力が及ばず治らない怪我であろうが、注がれる神光には関係ない。ならばそもそも聖句の悪しき諸々には入らないのだ。邪気眼ってんなら、もっと神光がバキバキに効かなきゃおかしい。嘘を見抜かれたルスランは、真っ赤な顔から目を泳がせて口をパクパクとしだした。ちょっと哀れに思えてならない。嘘。楽しい。
「えっと、治るから。ちょっと長引いてるだけだから。そういうこと言っちゃう厨二病も、その右腕の怪我もさ」
「呪われし右腕……です……」
「呪われし右腕もちゃんと治るからさ」
手を取って説得する。ルスランも可哀想だ。俺の前世なら痛い奴で済んだのに、この世界じゃ怪我が治らない呪いに近しいほどの咎を背負う。
「よ、よろしく……頼みます……」
ルスランは驚くほどか細く弱々しい声で言った。
げんきだして。
「それで長期の治療になるんだけれども、ここまで影響を残す厨二病はあんまり前例がないんだ。つまり、こちらとしてはルスランさんを研究対象としていきたいって思惑がある」
「もうどうにでもなれ。好きにしてくれ」
「もー自棄にならないでくれ。ルスランさんだって怪我治るようになりたいだろ? ……今だってきっと痛んでるだろ、その右腕」
ルスランは観念したように深いため息を吐いて、頷いた。呪われし右腕なんて言っていたが、そんな茶化せるような痛みではなさそうなことがその表情からうかがえる。
「長期の治療……と言ったな。問題があるんだ。俺は組織との戦いの都合上一箇所に止まれない。今日中には旅立たなくてはいけない」
組織……は置いておくとして。ここを離れなくてはならないのは嘘でもなさそうな態度だった。
「ふっふっふ、話は聞いたわよ」
凄い勢いでカーテンが開かれて、なんと先程患者のことを相談した、この教会の代表がイキイキとした表情で飛び出してきた。
「かっ、患者の事情ってもんがあるでしょ!? なに来てんですか!」
「交渉が長引くと思って助太刀しようと来た所だったのよ!」
「なんでそんな気合入ってんですかぁ!」
上司はずっしりとした袋を、ドンと勢いよく置いた。そしてその衝撃で、袋から数枚の金貨が溢れ落ちる。
「金よ。金さえあればなんとかなるわ」
「神の僕の言うことじゃないでしょそれ」
金貨には教会の崇める聖人たちが描かれている。正真正銘教会の膝下で流通するタイプの金貨だ。
「ジュリアちゃん……行け」
「ふぇっ!?」
「これだけあれば古今東西どこへ行っても機材ごと揃えられるわ。……あとは分かるわね?」
「巡礼以外で教会からろくに離れたことのない俺に今から旅に付き合えと……?」
「人生何事も経験よ」
「そんなんで言いくるめられるわけねぇだろ」
「私のへそくりよ。大事に使ってね♡」
「それって横領の言い間違いでは?」
ぎゃーぎゃーと低レベルな言い争いを披露していると、ルスランがボソッと一言。
「こんなことになってすまなかったな。俺にそこまでする価値はない……すぐに去ろう」
うっ。
その言い分はやめてくれ俺に効く。
ルスランは、俺みたいなちょっと性格がよろしくない人間が、同情するレベルで可哀想な人間な訳で。そんな患者や上司の前では、俺の主張なんてしょうもないわがままみたいなわけで。
「行きますよ旅! 行きますから!」
「ほ、ホントか?」
「すぐにでも厨二病治してやっからな!」
決意とともに宣言する。するとルスランからはキラキラとした目をされ、上司からはバカ息子の成長を見届けた親のような顔をされた。
なんなんだよこのカオスはよ。
俺は追い出されるように(実際にはめちゃくちゃ応援されているけど、俺の心持ち的に)して教会を出た。
多くもない荷物をトランクに詰め込んで、患者と二人の奇妙な旅が始まってしまった。
「で、どこに行くんだ?」
紺色の外套にトランク、腰には革のポシェットという極めて簡素な装備で街を出た。患者のルスランはフード付きの黒い外套で、表情すら窺えない。やっぱり厨二病臭いな。
「辺境の小さな町に用がある。なるべく組織に悟られないように移動したい。だから急いでいる」
「つまり?」
「めっちゃ走る」
「嘘ぉ」
「足が心配か?」
「金ならあるし馬車乗ろうぜ」
「う……まあ大丈夫か。分かった。そうしよう」
幸いにして街道があるうちは乗合馬車が出ている。
ルスランは見るからに怪しまれていたが、俺が身元が確かな教会の人間だと分かると快く乗せてくれた。ちょっと言い淀んでたのはこれか?
ってことはもしかして旅はずっと馬車に乗らずに? いや、そんなわけないか。そんな苦行をするわけないよな。
「なあ、なんで辺境の村になんて行くんだ?」
ガタガタとうるさい乗合馬車の中でルスランに聞く。
「それを言うことはできない。君を組織のいざこざに巻き込むわけにはいかないからな」
「さいですか。ってか右腕出して。それが俺の仕事だからな」
俺は聖句で右腕を治すよう神に祈った。しかし神光は相変わらず頼りなく、治っているような気配がない。
先程の聖句よりもずっと強いもののはずだったが効き目は薄そうだ。思ったより重症だな。
「外でも聖句の使用許可は出てるし旅の足手纏いにはならない……と思う。少しなら聖句が効くのは分かってるし、ガンガン使ってくから少しの怪我でも言ってくれ」
俺は強く言ったつもりだったが、ルスランは遠慮したように小さく頷くだけだった。
数時間乗っただけで俺たちは馬車を降りた。
乗合馬車は街に寄っていくが、先を急ぐので少しの時間も惜しい。ということで目的地を遮る森を突っ切っていくことにした。
森は危険だ。地球ですら熊とか猪とかいるって言うのに、異世界はもっと危険な生物で満ちている。魔物なんて標準装備。この地域はドラゴンとか住んでいないだけマシというものだ。けして楽ではない。
とはいえRPGよろしく魔物を近づきにくくする効果を発揮する聖句や聖水はあるので使っていく。まあ強い個体には効かないし結局のところ気休めにしかならないんだが。
ルスランは俺が聖句をちまちま唱えて魔物を遠ざけているのを興味深そうに覗きながら進んでいる。
使い慣れた装備。よく手入れされて森を鏡面のように反射する剣。夜に備えて燃えそうな木の枝を拾いつつ、藪を剣で叩き斬って進む。ルスランは相当に旅慣れているようだ。
なのに守りの聖句に対して物珍しげな目を向けるなんてあまりにもチグハグ過ぎる。こいつはどんな生活を送ってきたんだか。
少し日も傾いてきた時間になると、ルスランが足を止めた。
「今日はここで天幕を張るか」
「なんでだ? まだ早い時間だろ」
「こんな悪路を行く旅は初めてだろう? 無理をさせた自覚はある。早めに休んだほうがいい」
そう言ってルスランは俺の足を見る。
「特に足を、な」
「バレてたか」
足には鈍痛が走っている。そりゃ俺みたいなインドア派が歩き通しだとそうなるわ。でも弱音を吐いて足手纏いになるようでは、治癒者の名折れ。聖句で治しては痛んでの繰り返しで進んでいた。
「バレないようにやっていたつもりだったんだけどな。聖句を知っていたのか?」
「いや、歩き方で」
「すげぇな」
軽口を叩きながら野営の準備をする。俺は案の定下手くそだし時間がかかるが、ルスランはテキパキと準備を進めてしまう。俺が女なら惚れてたわ。いや女なんだけど。えーっと何言ってんのか分かんなくなってきた。これ相当疲れがきてんな俺。
ルスランは干し肉を出汁にして鍋を作っていた。そこには俺も食した覚えのある山菜が入っていて、ほんのりと温かな湯気からは優しい香りがする。俺が女なら惚れてたわ。チョロインですわ俺。
「おー美味そう」
「だろう? 旅で疲れた時はこんな簡単な料理でもご馳走だ」
煮込まれてほろほろになった干し肉を食べると、ジャーキーとチャーシューを割ったような味がする。美味い。
ってか俺めちゃくちゃおんぶに抱っこされてね?
う、うわー辛い。俺他人に迷惑かけるの苦手なタイプなんだよな。考えるのやめよう。とっとと治療して帰ればいい話だ。
俺が頭を抱えていると、ルスランが俺に謝ってきた。
「……すまなかった。俺のせいで旅になんぞ同行させてしまって」
「こっちが謝りたいよ。病気は治せないし、旅は足手纏いだし」
「数多くのシスターが俺を見ては蔑むか逃げてきた。ここまで手をかけてくれるのは君ぐらいだ」
本心だと伝わるような誠実な声だった。顔を上げてルスランを見ると、焦点のあっていないような目で鍋を見つめていた。俺にはそれが過去を回想しているように見える。
「な、眼帯取ったら?」
なんだか湿っぽい雰囲気になりかけたので、切り替えようとして俺は行儀悪く、スプーンを眼帯に向けながら言った。更に足はガニ股気味。たぶん同僚上司からは怒られる感じだが、居ないので関係なし。
「そういや君は俺の腕や目を忌避することはなかったな」
「まあシスターやってりゃ包帯は見慣れるだろ。眼帯はちょっと珍しいかもしれんけど」
言われて眼帯を取ったルスランは、ゆっくりと左目を開く。赤く爛々とした瞳が露わになった。彼の右目は青色で──つまりはオッドアイということ。
「や、役満……! 天然物の厨二……!」
「あまり見ないで欲しい。人の目を引くのが気になって眼帯をつけ出したということもあるんだ」
「でも本当のところの理由は?」
「か、かっこいいかなって」
「おー素直。いい傾向だ」
俺が褒めると恥ずかしげに頬を掻いた。
「眼帯のほうが目立ってたよ。間違いなく」
「そうか? 眼帯をしてからは人と目が合う回数が激減したんだが」
「悪目立ちっつー方向で目立っちゃってんだよなぁ。目に入ってないんじゃなく目を逸らされてんの」
「そう、だったの、か……」
「落ち込まない落ち込まない。全部厨二病ってやつのせいなんだ」
俺が慰めていると、ルスランは小さな声でありがとうと呟いた。うっ、俺が女なら母性をくすぐられてたわ。危ねぇ危ねぇ。
雑談をしながら鍋を食べていると日も落ちる。
俺はトランクを机に蝋燭に火をつけて、患者の情報を記入する。要は簡易のカルテだ。患者のルスランは寝る前に剣を振って鍛錬をしている。急ぐ旅の最中とは思えぬゆったりとした時間の流れだった。
しかしそんなのは秒で崩れ去った。
ルスランが何かを察知し、蝋燭の火を剣の風圧で消す。俺が驚いて抗議の声を上げようとすると口を手で抑えられた。静かに。ルスランが俺の口を指に当てて示す。
「地面に伏して目を強く閉じていろ」
有無を言わさぬ強い言葉に俺は頷いて言う通りにする。すると瞼の裏からでもわかるほど強い光が起きる。同時に誰のものとも知れぬ唸り声。野盗か何かのものだろうか。とにかくルスランが手慣れていることに驚くばかり。旅の経験があることはなんとなく分かっていたが、あまりにも襲撃への対応がスムーズだ。
「ッ……覚悟しろ、裏切り者!」
「やれるもんならやってみろ!俺のダークスラッシャーの錆にしてやる!」
冷たく響く剣戟の音の下で地面に伏している俺。
「お前たちもしつこいな」
「組織は未だにお前を許していないということだ」
「ハッ、弱い犬ほどよく吠える。帰ってご主人様に言うんだな。負けてむざむざと帰ってきました、と」
もしかして。組織、実在してる。うそぉ。
てか、今更だけどさ。外には危険な魔物が跋扈している。だからこそ一般人は神の恩恵に預かって生きている。けれどルスランは聖句が効かない。なのに旅慣れている。
ガチ強者なのでは?
まてまて。
どっからが厨二病でどっからがガチ?