戦闘は熾烈さを増していった。暗闇からは度々火花が散る。一人、また一人と刺客がルスランに襲いかかる。しかしルスランはそれを捌ききり、包囲網を難なく破っていく。何も見えないが、敵の倒れる音からそれが分かる。
しかし俺は地面に這いつくばりながら、呑気にも全く関係のないことを考えていた。
どこからどこまでが厨二病でどこからどこまでが真実なのか。俺はこの可能性を考えてなかった。頭から厨二病ということで決めてかかり、ルスランの言うことを流していた。
そして組織という話が真実ならば──俺は結構、とんでもないことに首を突っ込みかけているんじゃないのか?
「っ!? 女!?」
「ジュリア! 危ない!」
戦闘の最中に考えごとをしていたツケがまわってきた。ルスランが何人もの相手に手間取ってる間に敵が俺に気づいた。俺は刺客の姿すら見えない。ただ人型の黒い影が俺を見据えている。
「か、神よ! 天にまします我らの祖よ! 願わくば我を護りたまえ!」
生まれてはじめての戦闘を前に、咄嗟に出たのはなんと稚拙な護りの詠唱。これではすぐに破られてしまうだろう。
そして想像通り、刺客の投げたであろうナイフが難なく俺の結界を破壊した。幸いにも破ったことで勢いが無くなり地面に落ちたが、次はそうはいかない。絶体絶命だ。
ルスランの話がどこからが本当か分からないが、大きな賭けに出るしかない。俺は腹を括って口を開く。
「御名において悪魔を退けたまえ!」
簡単な詠唱は悪魔に向けたもの。ルスランが組織は悪魔の集いと言ったからだ。もし相手がただの人間だったらアウト。俺は即死だ。
「なっ!」
「マジかよ効いてる……!」
敵が足を止めた隙にさらに聖句を連ねる。詠唱は日常的に使う言語でも難なく発動するが聖句はそうはいかない。聖句の言語は今の世では文字を読むことが不可能で、発音と大意しか残っていない。しかも少しでも発音が違うと発動しない。だから平静でないと使うことは難しい。
だがこの状況だ。足止めの詠唱を発動した隙に他の刺客に襲われる。ならば倒すのみ。
集中力を高めるためにいつもやっている体勢になる。膝立ちで手を祈りの形にし、目を閉じて聖句を紡ぐ。
天の遣いよ、神の代理よ。悪魔を退けたまえ。主の敵を討ち滅ぼしたまえ。堕落、偽、毒。祖を冒涜する者を滅せよ。
光が辺りを照らし、天使の羽が舞い落ちる。俺は賭けに勝ったことを確信した。
人間に天使の姿なぞみえるはずもないが、悪魔は違うらしい。目の前の刺客は、神光とは別の何かを見て怯えた声を出した。そして神光が舞い降りると共に周りの刺客も散り散りになっていった。
戦いを司る天使を降臨させたのは初めてだったので、圧倒的な光景に息を呑む。
そして証明されてしまった。
厨二病の言動って思ってたけどガチやん。どうしよ。
「バッ、バカか君は! 本来なら後衛でやるような聖句をこんな場所で! 俺なら間に合ったのに!」
大股で近寄ってからポカン、と優しく殴られた。ルスランは息を上げながら本気で怒っている。たしかに俺のしたことは悪手だっただろう。弁明をするならば俺は、こと戦闘に関しては全くの素人で適切な状況判断をする能力を持っていなかった。
しかしそれよりも前に謝らねばならないことがある。
「本当に──本当にすまなかった」
俺は粛々と土下座をした。この世界に土下座の文化があるかは知らないが、少なくともこの地域にはない。しかし精一杯の誠意を伝えようとしたとき、オレの頭にはこれしか浮かばなかった。
「俺は組織が存在しないと思っていた。ルスランさんの虚言だと勘違いをしていた。そして覚悟を持たず旅に同行し、さっきのような事態を招いた」
「いや、俺が信用ならない人物だとは自覚している。そんなことより怪我はないか?」
俺の一世一代の土下座はやんわりスルーされた。
「即死でもしない限りは自分で治せる。大丈夫だ。それよりルスランさんは?」
「俺は……大した怪我はない」
「それって怪我があるって言ってるようなもんだ。ほら、見せてくれ」
外見で分かるのは頬にある切り傷だけ。怪我を見るために外套を脱がしにかかる。
「なっ何をする!」
「怪我を見せてくれないのが悪い」
「普通こういうのは男から女にするものでは……いや俺はしないが! しないがだな!」
「俺だって好きでやってねーよ。いいから脱げ」
「下着はダメだ! その布はズボンじゃなく下着だから! やっ、やめろぉ! 脱ぐから! 脱ぐから!」
醜い言い争いの末にルスランは、潔くバサっと服を脱ぐ。少しでも脱ぐのが遅れたら、俺に全裸にさせられるとでも思っているような勢いだ。
現れたのは細身にも関わらず、しっかりと備わる鍛え上げられた筋肉。
そして──おびただしい無数の傷跡。
ルスランはバツの悪い顔をしている。なるほど。今まで治療を渋っていたのはこれを見られたくなかったからか。この世界では傷を即座に治してしまえるから、傷跡なんてほぼほぼ見られない。見るもおぞましい光景という訳だ。
「こりゃ治すのには骨が折れそうだな。傷跡の治療は傷の治療よりもよっぽど精神力を使う」
時間がかかるぞ〜、と茶化しながら言った。なるべくなんてことないように笑って。
「……治せるのか」
「ああ。使うのは稀だがそういう聖句はちゃんとあるぜ。病気のせいで効果があるかは分からないから病気が治ってからって感じだが」
「そうか。……そうなのか」
ルスランへ聖句を唱える。幸いにも先程の戦闘での大怪我はなく、小さな傷ばかりだった。しかし効き目が薄いので自然と詠唱も伸びる。
長々とした詠唱が終わると黙っていたルスランが口を開く。
「何から何までありがとう」
「そういうのは厨二病を治して、右腕の包帯を取れるようになったら言ってくれ」
「ああ。その時は必ず。そしてただの右腕ではなく」
「呪われし右腕な。……ところで右腕、本当に呪われてます? 俺、解呪は得意じゃないから専門家を探すところから始まるんだけど」
「の、呪われしって付けたら包帯もカッコ良くなるかなって……」
「腕の封印のような模様は」
「呪われし感を出したくて……」
「じゃあ腕に巻いた銀の装飾品は」
「装飾品は……なんかキラキラしてるしカッコいいかなって……あと露店の人の押しに負けたと言いますか……」
つまり、組織のことは本当だけど厨二病的な言動も本当と。……ややこしいわ!
「やめろ! そんな目で俺を見るな!」
「安心した〜……こいつ、厨二病だ……! よかった〜良くねぇけど〜! むしろ悪いけど〜良かった〜」
厨二病は本当。つまり治療が可能ということ。ホッとすると同時に精神的な疲れも一気にやってくる。大きな欠伸を手で抑え、流れ出た涙を手で擦る。
「組織のことだが……」
「まあいいさ。明日にでも話そう。今は眠いんだ」
眠気も限界に来ていた俺はとぼとぼ天幕に乗り込んで倒れ込むようにして寝た。
「そこは俺の天幕だ……ってすごい、秒で寝てるぞ……」
※
微睡の中のはずだが、俺はどこかに立っていた。
床は大理石ともコンクリートともつかぬような素材であり、ただ裸足を通じて底冷えするような冷たさを訴えている。
「ずいぶんと久しぶりだな」
俺の目の前には女がいる。冷たい鉄の牢獄に閉じ込められた女が。
降り積もったばかりの雪を思わせる真っ白な肌。銀髪は生まれてから一度も切られたことがないような長さで、地面に届いてからも続いている。肌に沿う純白のドレスはシンプルだが女のためにしつらえたオートクチュールのように似合っている。女はまるで夢幻の存在のようだ。そしてゆっくりと開かれる金色の瞳。
女は檻の中にいるのに傲慢不遜な様子で俺を睨む。
俺を侮蔑するかのような目。まるで俺を蟻か何かとでも思っているようだ。
そんな睨むなよ。
「あんたが本当の"ジュリア"なんだろ?」
俺の外見もジュリアだ。しかしその気になれば前世の姿を取ることが可能だろう。この空間ではそれができるということを俺は自然と理解していた。
ジュリアの肉体でこの場に立っているということは、俺が自分の肉体はジュリアだと肯定しているということ。だって俺は16年もこの身体で生きているんだ。いまさら前世に戻ったって股間についた息子に戸惑うだろう。
目の前の"ジュリア"は俺を肯定も否定もしない。しかしその侮蔑の瞳が物語っている。俺が今ここに立っている。それだけでも万死に値するくらいに憎らしいことなのだと。
「俺だって代われるもんなら代わってたさ」
コレが罪の意識から生まれる幻覚なのか、本当にジュリアの存在を俺が押しのけてしまったのかはわからない。
「まあ好きに恨んでくれ」
俺は幾度となく女に話しかけたが、女はピクリとも顔を動かさなかった。対話は不可能。この16年で学んでいる。
俺と女の外見は髪型以外瓜二つだ。しかし不思議なことに成長の度合いが違う。俺が初めてこの夢を見始めたときから女は成長した姿で現れている。今も若干の開きがある。きっと20辺りの外見なんだろう。
いったい女はなんなのか。その答えは分からない。
俺はいつものように目が覚めるまで女と睨み合った。
※
目が覚めるとルスランと目があった。
「うわっ!?」
寝顔を覗かれていたことに驚いた俺は声を上げる。ルスランはというと、興味深げに俺の顔を眺め続けている。
「俺は貴様の真の姿を知っている。いや、思い出したというべきか」
底意地の悪そうな顔で笑う。
「前世で会ったことがある、と言えば分かるか? 久しぶりだな、ルクトゥンヴェザルサースよ」
ルスランは決まった……! と小声で言っている。
「──いや誰だよそれ!?」
「誤魔化しても無駄だ。今もなお過去を忘れたことはない」
「俺の前世の名前は修平だ! そのなんちゃらこんちゃらなわけがないだろ!? なんだよその設定!?」
「む……人違いか? しかし先ほど感じたその気配は間違いなく……」
つかやべぇ。勢いに任せてとんでもないことを口走ってしまった。俺は今更気づいて顔を真っ青にした。
「……というか、シューヘーとは」
「あ、あああ、その」
「そうか分かったぞ。俺も君から学んでいるからな」
ルスランは深く頷いて、ビシッと俺を指す。
「貴様こそが厨二病患者であったんだな!」
「ああ? んーあー、そう来たかぁ」
俺は右目に手を当てて思い切り厨二病らしいポーズを取る。
「そうだとも! 俺も過去は立派な厨二病だった! だから俺が前世日本で生まれ育った修平であるという過去を背負っている! 粗雑な言葉はその後遺症だ!」
「やっぱりな! ふはは!」
勝った! と右手をあげて決めるルスラン。
「てかなんで寝てる所に入ってきてるんだよ。夜這いか?」
「ちっ、違う! 君は昨夜俺の天幕に入って寝てしまっただろう。荷物はこっちにある。朝に入るのは仕方ないだろう?」
「じゃあ俺の天幕で寝たのか」
「仕方なしにだな……ああそうだ。君はもう少し片付けというのを学んだほうがいい。トランクから下着やらなんやらがはみ出てたから畳んでおいたぞ」
「お母さぁん! ……っじゃない! し、し、下着を触ったのか!?」
「最初は小さい布が転がっているからハンカチだと思ったら、下着でな。だから許してくれ」
前世はともかくとして、今はかわいい女の子なんだ。だから前世女の子に着て欲しいなぁと思ったような下着を片端から買ってみたりしたわけで。
その中にはちょっと他人には言えないような代物もあったりして。例えば黒のガーターベルトとか。
「お、俺が自己満足のために揃えた黒やらピンクやら紫のあれやこれを!?」
「悪かったからそんな絶望感漂う顔をしないでくれ」
「もうダメだ。二度寝する。世界が滅んだら起こしてくれ」
俺はブランケットを使って蓑虫みたいになり寝た。
ルスランに叩き起こされたのでまたお母さんと呼んだら君を産んだ覚えはない!とマジになって怒られてしまったので、俺は深く反省した。