また友人の助けもあり文章のおかしなところの一部を修正致しました。
欠かすことのできない朝の祈りを終えると、声をかけられた。
「やはり組織のことについて聞きたいか?」
ルスランを見上げる。その目は真っ直ぐだ。
「いいや、今はいい」
「組織に顔を知られた以上命の危機があるやもしれん。知らないまま命を落とす可能性だってあるんだぞ?」
そうは言われても、俺はルスランの話のどこからが真実で、どこからが厨二病なのか判断がつかない。きっと聞いても話の全てを信じきれないだろう。
しかしルスランという人間の人となりは、若干ながら掴めてきた。厨二病だが、愚かな行動をするような人間ではない。口から出るのは厨二病に染まった言葉だが、彼自身はいたって真面目な人間だ。
ならば知らなくていい。いたずらに情報を与えられて混乱するより、目の前のルスランという人物を信じよう。俺は治療に専念すれば良い。無駄なことに頭を使うのはやめだ。
「俺はただのシスターだ。組織やなんかって言われてもなにも理解できない、それよりも患者の治療を第一にしたい」
真っ直ぐ見つめ返して答えた。あまりにも真剣なので俺のほうが気後れしてしまう。きっとルスランにとって組織とは人生に大きく関わってくるようなものなのだろう。きっとその全てを明かす覚悟だったに違いない。
「それよりほら、急がなきゃなんだろ?」
「……ああ、そうだな。組織に捕捉されたのは少々まずい。奥の手を使う」
そう言うと、ルスランは右腕に巻いた装飾を外し、包帯を取る。隠されていた右腕の傷が明らかになった。突然の奇行を止めようとしたが、ルスランは俺を手で制する。
「呪われし右腕などと嘯いたが、実際はただの刀傷だ。ただ俺を傷つけた刀には強力な毒が塗ってあってな。こうして包帯を巻いていないと傷口がすぐに開いてしまう。組織が制裁によく使う手だ」
露わになった傷は、はっきり言ってグロい。包帯を取った途端に傷が開き、血が滲み出る。たった一筋の傷だが、皮膚を削り深々とその先を覗かせている。だがこれで合点がいった。ルスランは最初、シスターに逃げられたことがあると言いながらそれでも教会に当たっていた。
「聖句が効かずとも度々教会に寄っていたのはこれのせいなのか。少しでも治療して傷口を塞がなければ出血多量になるだろうな」
ルスランは頷いた。そして腕に力を入れて自ら傷口を開くような真似をする。
「おい! すぐに聖句を……」
「止めてくれるな。生贄は血だ。だから奥の手なんだが……」
零れ落ちた血がひとりでに魔法陣を描き、にわかに輝き出す。シスターとして育った俺には信じられないような禁術だ。肉体の治療は神からの恩恵。だからこそいたずらに自らの肉体を傷つけるような行為は強く禁止されている。人が神の恩恵に胡座をかいてはいけないからだ。
「さあ来い、堕ちし天馬よ!」
魔力の奔流から突風が起きる。木々が揺れて、土埃が舞い上がる。俺が目を守った一瞬のうちに魔力が膨れ上がり、召喚術が行使される。
突風が収まったとき、そこにいたのは異形の馬だった。ユニコーンのような角を持ち、黒々とした体表は鎧のような鋼に近い物質で覆われている。ただの馬とは到底言えないようなプレッシャーを放つ異形。
驚きのあまり召喚したルスランに声をかけようとして──
彼はぼとぼとと止まらない血を流しっぱなしにしていた。
「治療治療治療ー!」
「クッ……これが禁術の代償……カハッ」
俺は大急ぎで聖句を唱えて治療した。ルスラン当人は俺の腕の中でやりきった感を出して倒れている。
……後ろの馬が困惑したように鼻を鳴らしているのは気のせいだと思う。
ルスランが倒れたのは少しの時間だけ。俺の多大なる精神力と引き換えに起き上がった。
トランクから清潔な包帯を出してルスランに投げて渡す。怪我をした時のために持ってきたが、初めて使うのが自傷だとは思いもよらなかった。
「巻き方を忘れた」
「ああもう、さてはこまめに取り替えてないな? 貸してくれ」
というかだ。包帯を巻いてやりながら思ったが、
「俺の血を使えばよかったんだよ。そうしたらすぐに治せるし」
「デカい傷痕があるんだから丁度いいだろう?」
「次なんかで必要だったら俺のを使わせるからな」
脅すように言ったが、やはり聞き入れている気がしない。その自己犠牲の精神は美徳だが合理的に考えるべきだ。
「結局治すのは俺なんだからな。だったら精神力の消費が少ないほうが楽だ」
「……たしかに、一理あることは認めよう」
俺の自傷予告には納得しきっていない。しかし理屈は受け取ってくれたようだ。頷いて合意を取ることができた。
「てか俺馬に乗ったことないんだけど」
「フッ……そこらへんの馬と同じにしてくれては困るな。このダーク……ダークレジェンダリーホーンはだな」
「今名前考えたろ」
馬もそんな名前が不服であるかのように蹄で地面を蹴った。
「コホン……。まあ名前なぞ人の付けた仮初の記号に過ぎない。本題に入ろう」
「変わり身がはえぇな」
馬は召喚者であるルスランよりも俺に寄り添ってきた。多分ルスランが変な名前つけるからじゃないかな。
「人間には見て、触れることすら不可能な天馬。それが闇に染まった姿だ。感じるだろう? 圧倒的な闇の力を」
「普通の馬でも乗れないんだから振り落とされる気がする」
「俺が手綱を握るから君は乗っているだけで大丈夫だ。二人乗りだが馬車よりも快適な旅を約束しよう」
「へぇ、そんなすごいのかポチ」
「ポチ!?何だそのかわいらしい響きの名前は」
「なんだよダメか?」
「ダメだ。凄まじく駄目だ」
「俺そんなにセンスねぇかなぁ」
「自覚はあったのか」
「ビビッと来たんだけどなぁ」
「きっと天からの警告だろうな……」
ポチは俺の名付けも気に入らないらしく、身体を震わせてルスランの元に戻っていった。
馬にまでネーミングセンスを否定されるとは甚だ不服である。だがその代わり馬を最初感じていたような恐ろしい存在ではないと思えるようになった。これなら乗るのに抵抗はない。
俺は先に乗り込んだルスランに手を引かれて乗馬した。スリットの入った修道服だから、難なく脚を上げてあぶみに引っ掛け乗り込むことができる。ちょっとエロいからって理由で選んでおいてよかった。
後ろに座ろうとしたらルスランが俺に抱きつかれるのを拒絶した。なんだよ、世の男どもは美人に抱きつかれてたら嬉しいだろうに。結局はルスランが俺を抱えるような形での乗馬になった。
こうして密着するとら男女の体格差というものを嫌でも感じる。実は俺とルスランの身長は結構離れている。俺がそう背の高い人間ではないってのもそうだが、単純にルスランがデカイ。俺が前に座っているのに難なく前を見据えているし、見ている限り支障はなさそうだ。
しかし全てにおいて支障がないという訳でもなかった。
ルスランが手綱を持とうとしたとき、バランスの危うい俺を支えようとして俺の脇の下に腕を通す。まるで子供のように扱われるのは不服だが、問題はそこではなかった。
「ん゛んっ」
「あー? 喜べ、美女の胸が当たってるんだからよ」
ルスランが腕を伸ばした時、俺の横乳が当たってんのよ。まあまあ、デカいから仕方ない。
「す、すすすまない」
「気にすんなって」
ぎこちない動きで手綱を握り、馬が走り出す。あんまり横乳に触れないよう、腕を伸ばそうと前屈みにしているが、それによって身体がより密着する。俺の横乳を堪能しておけばいいのに律儀なやつだ。
風のように駆ける馬は獣道を街道のように難なく進んでいった。しかしまるで空気の上に座っているかのように振動がない。馬が肉体そのものを持っていないかのようだ。
堕ちるまでは人間には見えず、触ることすらできないと言っていたな。おそらくその言葉に嘘偽りはなかったのだろう。それほど人間の常識の枠から外れていると思わせる。
感じるのは心地よい風だけ。まるでオープンカーに乗っているようだ。
「──もうすぐ着くぞ」
時間はあっという間に過ぎ、小さな町に到着した。町というよりも村に近く、町の周囲には畑が広がっている。
街道に出る森の際で馬から降り、少しだけ歩いて町に入った。馬は役目を果たすと即座に帰っていったのでまた二人旅だ。
「んで、結局この町での用事は組織に関係することか?」
「まあそんなところだ」
「俺どっかで暇つぶししてたほうがいいか?」
「問題ない。危険なことでもないからな」
「じゃあなにをしに?」
「襲撃だ」
「危険じゃんかよ!」
「そうでもない。襲うのは何も知らないただの青年だからな」
「へっ変質者……?」
距離を取るべく後退りする。しかしルスランが俺に弁解をすることはなかった。街を歩く、ある平凡な青年を見ると目の色を変えてひっそりと後をつけていく。
「あっ、ちょっ」
「間違いなく彼が"鍵"だな」
俺を置いてストーカーを始めたやつに、なんて声をかけたらいいのか。信用すると決めてから1日も経っていないのにこうなるとは、思いもしなかった。考え直す必要がありそうだ。事前に危険はないと聞いていたから遠慮なく着いていく。
しかしルスランの足が速く、追いつくことができない。身体能力の差もあるが、そもそもの身長差によって歩幅の差も生まれている。俺は小走りでルスランについていくが、ルスランは簡単に距離を離す。
ルスランが町の外れで茂みに身を潜めたところでようやく追いついた。追っていた青年は建物の中に入っていく。どうやら青年の家らしい。額の汗を拭い、文句の一つでも言おうとした。
「ぜぇー……はぁー……お、おまっ」
「今から襲ってくる。ここで待っていてくれ」
「うへっ!?」
「彼には必要なことなんだ」
「バカ止まれっ!」
スコーンとお笑い芸人のようなツッコミを入れる。そこでルスランがやっとこちらを見た。
「なにをする、転ぶところだっただろう」
「せっ、説明を! 説明を要求する!」
「理由を説明するならば話が長くなるぞ」
「あっじゃあ結構です……と言いたいんだが! 流石に一般人を襲う理由は教えてほしい。大雑把でもいいからさ」
顎に手を当てて考え込む。
「理由があって組織は青年を血眼で探している。今はまだバレていないが時間の問題だ。組織はいずれ見つけるだろう。だから襲撃をして警告をするんだ。彼が守りたい者を守れるように。力が必要なのだと。備わっている力を無理矢理にでも覚醒させるんだ」
彼は俺の信頼を違えてはいなかった。まずはそこに心から安堵した。しかし、そんな周りくどい手段を取る必要は感じられない。ゲームとかである、敵か味方か分からないタイプのキャラが意味深なこと言って去るの、主人公は大体手遅れになってから気づく奴だから。ちゃんと意図は伝えよう!
「んんんもどかしいわ! 俺はともかくその青年にはちゃんと一から説明してやれ!」
「だってこんな怪しい奴のいう事を聞くか? それも信じられないような妄言だ。ジュリアも組織に襲われなければ嘘と思っただろう」
「んんん正論! 賢い! なんも文句つけらんねぇわ肩をお揉みします」
さっとルスランの背中にまわり込み、肩を揉み揉みした。固っった。石じゃん。
「肩凝ってんねぇ」
「聖句を唱えた方が早いのでは……?」
「無駄遣いはいけないよ」
「今まで散々使ってたような気がするんだが」
「だれのせいかな?」
いわゆるジト目で睨む。自覚があったのか目を逸らされた。
「襲撃に関しては賛同してくれるということでいいのか?」
「まあ……うん」
果たして目論見がそう上手くいくのだろうか。この世界の神に祈るばかりだった。