ルスランは周囲を警戒しながら、剣を手にして襲撃を始めようとする。
民家を襲うため窓ガラスを割ろうとし──
「窓はダメだ! ガラスなんて高いんだからな! 絶対ブチ破るなよ! 最後の手段にしておけ」
「襲撃するんだぞ? 玄関から入ってどうする」
俺は小声で叫びながら窓を割ろうとしたルスランを止めた。
この世界のガラスは魔法によって作られる。なにも便利な技で一瞬というわけでもない。詳しい作り方は俺も知らないが、ガラス作りに必要な釜は魔法によって点火される。逆に言えば高温を出せる魔術師だったり、高価な魔法釜が必要となるわけだ。
ここまでだったら前世と大差ないだろうが、ここからが違う。錬金術によって精製されたガラスの原材料は透明度が高く、前世と遜色ないレベルのガラスが出来上がる。そして魔法によって熱されたガラスの材料を直接動かして形成するのだ。魔法で手を保護すれば直接触ることだってできる。
祭りの日にはガラス専門の魔法使いが飴細工のようにガラスを様々な形にする様子が見れる。俺がここまでガラスについて知っているのもそれを見たことがあるからだ。
ゆえに、この世界のガラスは魔法使いによって手ずから作られるもの。魔法と日常が密接に関わっている以上魔法使いも無数にいる。一般人にも手が届く範囲の値段だが、それでも安いわけがない。
要は俺の小市民らしいもったいない精神が炸裂したというわけだ。決して前世台風で窓が割れて修理代に泣いたことがあるからじゃない。更には幼少期遊んでたら勢いで教会の窓割って、トラウマレベルで叱られたからでもない。
「ほら、今家から出てきたの! 多分青年の母親だ! 母親を襲って人質にしてそれっぽく敵対していけ!」
「優しいのか悪人の素質があるのか判断がつかない言葉だな……だがその言葉には賛成だ。怒りは力の原動力となる」
ルスランが外套についた黒いフードを被り駆け出す。突然のことに頭がついていかない女性は反射的に大声で叫び声を上げる。それを聞きつけた青年がやってきた。目論見通りだ。
ルスランがなにか挑発するような言葉を青年にかけているようだ。茂みの中からでは会話は聞こえないが、なにか2人が話している。そして青年が激昂した。荒げた声がここまで届く。
「母さんに手を出すな! 卑怯者!」
怒った青年は当たり前のように虚空から剣を出現させた。ただの青年でない。
取り出した剣も尋常ではない。白銀よりなお白く輝き、漏れ出た剣の魔力が薄く発光している。
「コレが欲しいなら俺と戦って奪ってみろ!」
おそらくルスランがそれに同意した。薄く笑みを浮かべながら母親を離し、戦闘に入る。悪役が似合うな?
戦闘は俺のような素人ではなにが起きているのか分からないような、激しい戦いだった。この前の組織との戦いも凄まじかったが、それとはまた質が違う。駆け引きが主体となった一対一の打ち合いだ。剣閃の煌きが線のように空に残る。
ただ、素人目にも分かることがある。青年の実力はルスランの足元にも及ばない。
青年は頭に血が上っているから気づいていないようだが、ルスランは防戦に応じるだけで、積極的に仕掛けてはいない。手出しをしても殆どがフェイントで、命をかけた戦いとは全く違う気の抜けたものだ。ルスランのフードすら取れていない。まるでルスランが青年に指導しているみたいだ。いや、事実そうなのだろう。
どこまでいってもスカした顔をして余裕をかますルスランの態度に青年も追い詰められていく。
青年の敗北は明らかだ。焦りと共に粗が見えてくる。青年は武器を扱いきれていない。立派な剣を使いこなすのではなく剣に使われている。おいおい、このままルスランが勝ってしまうんじゃないだろうな。
戦いが熾烈になっていくにつれ、剣を存分に振るう場所を求めて戦いの場が街外れにある林に移っていった。2人の姿が小さくなっていく。このままでは2人を見失う。追うか迷った末、俺は青年の母親にバレないよう気をつけながら走り出した。
「なんだ……アレ」
しかし足が止まる。剣閃の輝きとは明らかに別種の光と共に、青年の動きが目に見えて変わる。
「あれは神光……?」
まさか。神光を纏う剣なんて見たこともない。まるで御伽噺の代物だ。しかし日々その光を拝んでいるからこそ真偽が分かってしまう。アレは紛れもなく天に類する剣だ。
ルスランはまだギアが切り替わっていない。突然上がった青年のスピードに対応が遅れる。
「……くっ!」
青年がボロボロになりながらも一閃、ルスランに傷をつける。肩から胸にかけて裂ける。見たところ斬れたのは服ばかりのかすり傷だが、それでも傷は傷だ。勢いでフードが取れ、顔が現れる。
「フッ……俺に傷をつけるとはな。今は引こう。青い果実をもぎ取るのは惜しい」
それっぽい感じの言葉と共に剣を納める。
「その剣を狙うのは俺だけではない。だが奪うのは俺だ。せいぜい組織に奪われないよう力をつけておくことだ……」
言い残したルスランは、まるで瞬間移動したかのように消えた。実際には青年の死角に向かって走り、そこからとぼとぼと歩きながら俺を探している。
一方青年は、戦いが突然終わったことに脳が追いついていないのか、それとももっと別の要因があるのか、放心した様子で座り込んでいる。剣は粒子となって分解され、また虚空に帰っていく。
予定通りに終わったようだ。ほっと一息つき、こちらを探すルスランに手を振る。
「傷は大丈夫か?」
「ああ。斬れたのは皮膚だけだ。治療は必要ない。しかし少々痛めつけ過ぎたな。彼が心配だ」
チラリと木陰から青年を覗く。まだ立ち上がる様子はない。身体には至るところに傷があり、すぐ教会に向かう必要があるだろう。あんな風に誰も通らないようなところでぼうっとしていたら、倒れてしまうかもしれない。
「じゃあ俺が行ってこよう。ただのシスターとして接触すれば何にもバレないだろ」
「頼む」
気合を入れてやってやろうじゃねぇかよ。俺の演技力を舐めるなよ。こちとら仕事モードで何年もやってきたんだ。同じ教会のシスター皆から、仕事中の振る舞いがいつも出来るのなら出世間違いなしと言われた程の実力だ。褒められているのか貶されているのか分からない言葉だが、とにかく仕事中の俺の振る舞いは、純粋に神に殉じるシスターだ。
俺は騒ぎを聞きつけて走ってやってきました、と思わせるべく息を切らして青年に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「あなたは……?」
「私は巡礼途中のシスターです。人の悲鳴と剣がぶつかる音が聞こえて、ただならぬ事態と思いやってきたのですが……なにがあったのですか? 衛兵を呼びましょう」
「いやそれは……」
青年が反射的に答えようとして、しまったという顔をして口を閉じた。そうだよな。戦いの原因になった自分の剣のことについて知られるのは不味いだろうな。きっと素直な性格なんだろう。嘘をついてただ不審者に襲われたと言えばいいだろうに、その可能性が頭から抜けているようだ。どこから話せばいいのか迷っているのが手に取るように分かる。
返答を期待しているというわけでもない。このまま事情に首を突っ込むと事態が拗れそうだ。まるで今青年の傷に気がついたみたいに、まぁ、と目を見開き口元に手を当てる。
「酷い傷! すぐに治さないと!」
「そんな、すみません」
「いえいえ、一介のシスターにできることなどこのぐらいですから」
俺はそれっぽい雰囲気を出すために美しく言葉を紡ぐことに集中しながら聖句を唱えた。誠意のこもっていない祈りはいつものように天に届き、青年の肉体に刻まれた傷が癒えていく。担当している患者のことを思えばなんと簡単なことか。たった一回で傷の全てが治ってしまう。
「ありがとうございます」
「どうかお大事に。……事情は分かりませんが、何かあれば教会へいらっしゃってくださいな」
微笑みながら青年の両手を掴み、親身になっているという演技をする。パッと青年の頬が赤く染まる。よっしゃペースはこっちのもんだな。
「もっとも私はこの街のシスターではないのですが……神に仕えるものならば、人が苦しんでいるなら手を貸してくれるでしょうから。きっと貴方の手助けになってくれるはずです」
さらっと他人にブン投げ発言をするが、青年はそれに気づいていない。こちらを見てぼんやりと頷いている。
「他に傷ついた人はいるでしょうか」
「いや……居ないはずです」
「そうですか。よかった」
ふふふ、と優しく笑う。よし目的は果たした! 余計なボロを出す前に逃げるのが肝心だ。
「それでは私は去りましょう。機会があればまた」
言った後、フラグじゃんと後悔する。ルスランが青年に絡む限り俺も無関係ではない。やだなぁ、貴方はあの時の! って言われるの。俺も次はルスランを見習って意味深キャラ気取りながら登場すべきだろうか。
「待ってください、せめて名前を……」
聞こえなかったフリをして去る。なるべく早足で。
ルスランの元に戻ると、ポカンと口を開けて突っ立っている。そういや俺がルスランにこの態度で接したことは無かったな。
このまま立ち止まっていたら青年やその母親に捕捉されるかもしれない。服を引っ張って街に戻るよう促す。
「誰だお前は」
「んだよ、仕事中はこんな感じだって」
すぐに態度を元に戻すと、ビクッと身体が動いた。失礼すぎるだろ。
「俺といる時は仕事に入らないのか?」
「長時間あの態度を取ってるの疲れるしいいだろ別に。それとも今からでも私としてお相手することをお望みでしょうか?」
電話に出てるとき、声のトーンが上がる女性の気持ちになって声を出す。さぞ猫撫で声に聞こえただろう。
気持ち悪いものを見たというような、ひっでぇ顔でドン引きされた。
「やめろよその顔。傷つくだろ」
これでも評判は良いんだけどなぁ。おっかしいなぁ。
「なるべく俺の前でその態度をするのはやめてくれ……女性不信になる」
「はー? まあ俺もこっちが楽だけどそこまで言われるとやりたくなっちゃうわ」
「やめろ」
「私のことをそこまで嫌うのですか……?」
悲しい顔をして伏し目をする。どうだ気持ち悪いだろう。
「やめてくれ気持ち悪い」
「あっ! それを言っちまったな! あーあ!」
「だっ……仕方ないだろう!」
「言ったが最後、これからちょいちょい出てくるから覚悟しろよ」
「そこまで態度が違う方が悪い! 絶対俺は悪くないぞ!」
「おうルスランは悪くないぞ」
「だろ!? ……ならやるなよ! ぜっったいにやるな!」
「そこまで否定されたの生まれて初めてだわ」
むしろ貴方は少々ヤンチャなので神に殉じているときは一生その態度でいなさい、と上の人に言われたのに。ルスランのお気に召さないようだ。そこまでしてやる理由もないので、腕を後ろで組んでわかったわかったと返事をする。それが心無いものと感じたのか、ルスランの視線は疑わしげだった。
「なあ、金ならあるんだ。今日は一等高い宿に泊まろうぜ」
話題を変えつつ、街を二人で歩く。
「言うことが悪人臭いな……。ただのシスターがそんなところに泊まったら変に目立つだろう」
「それはそうだ」
ただのシスターがそんなことをするのはおかしいと続けて注意をもらう。ぐうの音も出ない。こんなことなら修道服以外の着替えを用意しておけばよかった。でもシスターという身分はいろんな所に通用するし、そもそも脱ぐという選択肢を考えてなかった。くそっスリットの入った修道服がエロいのが悪いんだ。
結局俺らは普通の宿屋で一夜を明かした。