俺達は手紙にあった情報を元に、聖女と接触すべく計画を立てる。幽閉されているのは、裕福な貴族や商人が住まう城塞都市の中でも、更に名のある貴族が館を建てているような区画にあった。館というよりも城のようないでたちの建物だ。
巡回の騎士も多く、ただの一般人が迷い込めるような場所ではない。本来ならばシスターという立場を利用して潜り込めるはずだが、教会関係者が次々と失踪しているらしいので、いつもの姿で迂闊に動くのは危険だ。
ということで。とりあえず俺は、助けてルスラン先生! って泣きついたわけだ。
「任せろ」
ニヤリと笑いながら自信満々に告げたので、ルスランの実力を信じて頷いた。今思えば、穏便なやり方をルスランが取るはずがなかったのだが。いや、彼なりには穏便なやり方を選んだのかもしれない。
ルスランは俺に宿で待つように言って、小一時間ほど出かけた。いったい何をしでかしてくるのかと思えば、大袋に荷物を入れて帰ってきた。これで袋が唐草模様ならば完璧だったな。
「なんだその袋、泥棒でもしてきたのか?」
「ああ」
「マジ?」
大袋を広げると、騎士の鎧と使用人の服が入っていた。
「なるほど、変装ね」
「屋敷に入るまではコレでいく」
「どこから入手してきたか聞いてもいい?」
「騎士の宿舎と使用人の寮に忍び込んだ。だが安心するがいい。バレてない自信がある」
「そんな輝いた目で犯罪を自慢しないで……」
事態が事態なので、後で教会に手紙を送り、犯罪を犯したことを詫びなければ。そうすれば教会が被害者に手を回してくれるはずだ。
俺ではなくルスランが犯したから今のところ俺自身の罪にはなっていないが、教会の者は罪を犯せば神より授かった力を失ってしまう。それには温情などなく、仕方がない事態だろうが関係ない。
どうしようもない事態になって犯した罪は贖罪として鞭打ちや苦行を行い、神へ詫び、再び力を授けてくれるまで修道院で過ごす。
これ以外にも聖職者は様々な制約を伴う。だからこそ尊敬される仕事でもあるわけだ。
これから行う不法侵入は犯罪ではないのかって?
殺人や窃盗、強姦など聖書に記された項目でなければ適用されないので大丈夫だったりする。だから教皇からの手紙で様子を見るよう書かれているという訳だ。盗品を着るから犯罪スレスレなのは間違いないがな。
ルスランは騎士の格好、俺は使用人の服──つまりは、いわゆるメイド服を着て、聖女が幽閉されている館に向かった。メイド服にテンションが上がったが、ロマンの分からんルスランは、お前の着方はスカートが短くないか? としか言ってこなかった。生活指導の教師かよ。
「そうだ、結局襲撃者ってのについて教えてもらってないぞ」
俺が蒸し返すと、ルスランはなんてことないように淡々と話した。
「君が服を着替えている時に見張られていることに気がついた。話しかけると周囲に潜んでいたと思われる数人に襲われ、戦闘に発展したので、倒した」
「それだけ?」
「ああ。……だが今思うと俺は腑抜けだったな。何者が襲ってきたのか確認すればよかった。やけに素直に逃げ帰ったから見逃したが、あれは情報を抜かれるのを警戒して撤退したんだな」
「じゃあ教会関係者を襲ったのが何者かってのはわかんないままか」
「いや──あれは間違いなく人を乗っ取った悪魔の気配だった。組織には違いないだろう」
「じゃあ聖女を幽閉してるのは悪魔関係? それって大問題じゃないか!」
深刻な現状に沈黙が落ちる。預言されているってことは聖女はそうやすやすと死ぬことはないだろう。しかしそれでも放置しておくわけにはいかない。
俺達は気を引き締めて聖女の下に向かった。
二人並んで歩いているのはマズイので、ルスランを追うような形で貴族街を歩く。目的地に着くまでに何かあるわけもなく、侵入までは実にスムーズに事が運んだ。
「館の人間になると皆顔見知りの可能性がある。バレないように進むから、俺についてこい」
鎧を脱ぎ、生垣に隠しながら言った。頷くとルスランに手を取られ、導かれながら建物の中に入っていく。鎧の下は黒のコートを基準に俺がコーディネートした服を着ている。この格好、完全に最初登場した時はキャラデザ固まってなくて、再登場する時にようやくキャラデザ固まってるタイプの敵キャラじゃん。
ルスランはセンサーでも搭載しているかのように人を避けながら進んでいた。ルスランが止まると人が横切るし、咄嗟に扉を開けて部屋の中に隠れた時も部屋に人がいたことはなかった。
「どうしてわかるんだ?」
静かな部屋の中、小声で聞くとルスランは耳を指差した。
「昨日の隣の寝言も聞こえてたぞ。パン〜とか、シチュー〜とか」
「俺の寝言そんなわんぱくなの?」
「そうだぞ」
「寝言は自制がきかないから余計に恥ずかしいな」
その後もルスランのやけに慣れた手引きの元で館を進み、難なく聖女が幽閉されていると思わしき部屋の前にまでたどり着くことができた。聖女を幽閉している割には警備が手薄な気がしてならない。もしかして、予言に反してこのまま聖女を連れ出せるのではないか、と思ってしまうほどだ。
本来ならば、聖女の無事さえ確認できればそれでいいのだ。館の外から窓越しにチラリと見るだけでも十分目的は果たせる。
あまりにあっさりとしているので、俺たちが綱渡りのような危険な状態に置かれていることを忘れてしまいそうだ。
「俺はここで見張りをしている。ノックを3回したら危険の合図だ。すぐに出てこい」
「わかった」
意を決して聖女のいる部屋に入ると、館の中でも賓客のための部屋と思われる、豪華絢爛な内装が目に刺さった。
そして部屋の中央には金髪碧眼の、それはもう美しい少女がベッドに横たわっていた。手枷と足枷をつけられていて痛々しい。必死に逃げようとしたのだろうか。擦れて痛々しい傷になっている。
聖女は自らのために祈れない。聖職者は自分の傷を癒せるが、聖女は神の言葉を受け取る存在。神に祈る者であって、祈られる者になってはならない。
それは過去、神の代理として名声を集めた聖女がその力を濫用し、神の如く振る舞った戒めと伝わっている。もっとも、多くのものに知られると不利益なので教会の者くらいしか知りはしない。
「聖女様……!」
俺は咄嗟に聖句を唱え、傷を癒した。神光の眩しさに、聖女が目を開く。
「……あなたは?」
「私は教皇の使いです。聖女様を助けにきました」
本当は助けに来たというわけでもないが、この状況で顔を見て帰るだけというのもおかしな話だろう。
しかし聖女は、俺の言葉に迷うことなく首を横に振った。
「あなた、聖句を使えたということはシスターね。ダメ。私を助けたら死んでしまうわ。前に私を助けに来た人たちはそうなったの」
「ではこの街の聖職者が皆消えているのは、聖女様を助けようとして?」
「ええ、悪魔は神の僕が嫌いよ。そして私を攫った悪魔はとても強いの。だからダメ。でも安心して。私にはもうすぐ助けが来るっておっしゃっているから」
「それは、神光を宿す剣によって?」
「知ってらしたの。ええ、そうよ。彼がこの先世界の命運を左右するという神託があったの。迎えに来るのは彼だけど、実際に迎えにいくのは私よ」
つらつらと、彼女は歌うように述べた。どこか超常的な雰囲気纏う様は、まだ幼いながらに、聖女というものに相応しい格を備えているのだと感じさせる。
「でももし……」
「そうかもしれないわ。でも、私なりに一生懸命足掻いてみるから大丈夫よ。聖女様を信じて」
聖女は歯が見えるくらいにっこりと笑った。見た目通りのか弱い乙女ではないという主張だろう。
「それでも、そのお手伝いくらいはさせてください。他にお怪我はありませんか?」
聖女は意外そうに驚いた後、頷いた。
「ありがとう。じゃあ恥ずかしいけど、背中の怪我を治してもらえるかしら」
「喜んで」
聖女が背中をこちらに向けると、血が服に滲んで乾いたような跡があった。いったい幽閉されている間に何があったのだろうか。
俺は背中のボタンを、聖女の背中の傷に触れないよう丁寧に外していった。ひとつ、またひとつと外すたびに怪我が明らかになる。
背中には、獣に爪で傷つけられたような酷い怪我の痕跡が残っていた。聖女はこれを隠し通して過ごすつもりだったのか。仕事柄、怪我に顔色を変えることは良しとしないので平静を装ってはいるものの、内心穏やかではない。
「さぞ痛かったでしょう」
「……でも聖女は弱みを見せちゃいけないって。悪魔につけ込まれる隙を作ってはいけないって、先代が言ってたの」
「先代をご存知なのですか」
「ある日ね、天使様みたいな人がやってきたと思ったら聖女だったの。そして貴女は次の聖女ですって……もう7、8年も前の話だから、抜けちゃってるところはあるかもしれないけど」
「先代は他に何か?」
「悪魔が集う組織のこととか……私が無事に成長するように守りの聖句をかけてくれたし、色々。たった一日のことなんだけど、不思議と記憶には強く残ってるの」
「大切な思い出なんですね」
「……うん」
聖女は過去を思い出しながら、年相応の笑顔を見せてくれた。にしても、聖女が存命中に次の聖女が決まっていた、なんて初めて聞く。
なにからなにまで特例尽くしの聖女だ。きっと、それだけ大きな事態が差し迫っているんだろう。なにかは分からないが、青年、ルスラン、そして組織。何もかもが一直線に繋がっている出来事なのだろう。俺は依然として無知で良いのだろうか。こんな小さな子が一生懸命背負っているものを知らんぷりして。
この少女がどれだけの重荷を背負わなければならないのだろうと考えると、傷だらけの背中を治すだけでは足りない気がする。なにかこの俺でもしてやれることがあるならばやっておくべきだ。安っぽい正義感だが、その衝動に従う。
「聖女様、少々無礼を働きます」
断ってから、俺は聖女の身体に後ろから抱きついた。聖女は驚いたが、そのまま俺を受け入れた。右手で頭を撫でながら、左手は聖女様と手を繋ぐ。
「すみません。聖女様に色々背負わせてしまって」
「あなたが謝ることじゃないのよ?」
「それでも、です。人々を代表して」
「優しいのね。……ありがとう」
小時間だが、それでも穏やかな静寂が部屋に満ちる。そこで聖女が鼻を啜る音を聞いた。ああ、敵陣に飛び込んできた甲斐はあるな。離れた後聖女のボタンを留めながら、俺はそう思った。
ノックが3回して、急いで部屋を出る。もちろん聖女に礼は欠かさずに。聖女は、まるで友人が帰る時のように親しげに手を振ってくれた。
ルスランに呼ばれて顔を出すと、緊急事態の割には呑気に立ち止まっていた。
「妙なんだ。下が騒がしく、人はほとんどそちらに行ってしまっている」
「まさか……預言にあった通り青年が聖女を助けに、とか?」
「その可能性は十二分にあるな。そして好都合でもある。今ならバレることもなく脱出できそうだ」
「でも下は騒がしいんだろ?」
「窓から飛び降りて脱出する」
「さらっと俺を殺さないでくれ」
ルスランは通路の突き当たりにある、立派なガラス窓を指して言った。たしかに人が十分通れる大きさだが、俺はただの一般人ということを忘れないで欲しい。
「俺が背負えば大丈夫だ」
「本当か? 死んでからじゃ遅いんだからな」
「この高さから突然落ちるなら俺でも危ないが、魔法で障壁を構築しながら降下するから大丈夫だ」
「わかった。信じるからな」
話し合いがまとまった時、突然第三者の声がした。
「我が領域から容易く帰還できると考えているとは痩せた頭よ」
目の前から光学迷彩のように忽然と現れたのは、頭部に角を携えた人間。角は悪魔に乗っ取られていることの証だ。乗っ取ったのはよっぽど強い悪魔なのだろう。赤黒い角は鋭く長く伸びている。
目の前の悪魔は、階下の騒ぎを聞きながら笑う。
「フフ、運命の歯車が動き出すのを感じる。なぁ、ルスラン」
「貴様、イヴリスか……!」
「かりそめの平和に酔いしれる愚かな傀儡どもが、我らを迎え入れるのも無理はない。耳ばかりが長い女を追って定められし羊どもが舞い込んだと思えば……お前も来ていたとはな」
何を言っているかはさっぱりわからないが、ルスランとイヴリスとやらは旧知の仲のようだ。ルスランの殺意がそれを物語っている。
「部下に再び相見えたことを喜ぼうぞ、ルスラン──いや、アゼル・キブル・アニュス・デイよ」
消えた──いや、違う。首に腕をまわされた! イヴリスは一瞬で俺を人質に取り、アゼルなんちゃらこんちゃら──いやルスランを挑発する。
「なんだ、羊かと思えば傀儡の召使いとは。つまらぬ」
「くっ、ジュリアを離せ!」
俺はあっけなく人質に取られるし、ルスランは迂闊に手出しが出せないでいる。絶体絶命というやつだろう。しかし、そんなことより。俺はあることに頭を支配されていた。
「おっ、おお、おまっ」
「塵芥にも劣る愚昧の僕が震えておるわ、ハハハ」
「お前のせいか──っ!」
俺の渾身の肘鉄がイヴリスの鼻に命中した。
こんな時に攻撃は悪手だと思うよ。でもルスランが今まで苦しんでいたのはしょうもない厨二病のせいで。
そして、元上司と思われるコイツは明らかにノムリッシュみてぇな野郎だ。いったいどれだけの悪影響を及ぼしていたんだと思うと、頭に血が上る。俺の膨れ上がる殺意がそうさせてしまったのだ。肘鉄は油断していた敵にクリーンヒットし、後ろにふらつかせた。これだけならばまだ起死回生程度だった。
しかし、後ろにふらついた敵はガラス張りの窓にぶつかり、ちょーどよく生えた角がパリーンとガラスを割り、勢いよく落下していった。この時のルスランの、目玉が飛び出るほど驚いた顔は一生忘れないだろう。
読みにくいと言われたので読点入れたり会話文の間に改行とかしてみました。良くなってるかはわかりません