閉店間際、母親からケーキの配達を頼まれる。配達先は幼馴染の沙織の家。
巧と沙織は、誰の目から見ても明らかに好意を抱いているのが丸分かりだが、本人たちは自覚なし。
果たして、進展はあるのか?
煌びやかに彩られた日常はやがて師走へ舞台を移す。澄み渡った青空から降り注ぐ太陽の光と刺すような痛みのからっ風は、本格的な冬がやってきたことを実感させる位に強い。
しかしながら、そんなことは俺には関係がない。そう……、残念ながら。
「あー、なんで俺はクリスマスにこんなことしてるんだろ……」
「はい、とっとと仕事に戻る!」
ぼやいていたら、おかんから叱咤された。クリスマスだというのに息子を家で働かせて、全くこのおかんは、花の高校生である俺に対する扱いが酷い。まぁ、バイト代は出るけど。
「はぁ、俺も友達と遊びたかったなぁ……」
溜息一つ。クラスの半分くらいは今頃カラオケでクリスマスパーティをしているはずだ。俺も混ざりたかったが、これがあったので行けなかった。
遊びたい盛りの高校生として思う、これは親として鬼畜の所業なのでは?
そして洋菓子店の息子として思う。クリスマスは仕事が多過ぎということだ。まぁ、そのお陰でメシ食えているわけだが。
「あー、疲れたぁー」
クリスマスはとにかく仕事が多い。現在時刻は夜7時。閉店まではあと1時間。もう一息だ。
「巧、ちょっとこっち来てー」
「おう」
「これ、配達お願いね」
そう言って、そこそこの重さの発泡スチロールの箱を渡された。
「え? でも、遠くはないの?」
「大丈夫よ、歩いて10分くらいのはずだから。それと、このケーキ配達終わったら今日はもう終わりでいいから」
「えっ??」
「じゃ、そういうことで、よろしく。これ住所のメモね」
よく分からないけど、おかんはそう言ってさっさと仕事に戻ってしまった。
「えっと……ここかな?」
クリスマス仕様のサンタ服のまま来たのでちょっと寒い。スマホに表示させた地図を頼りにやってきたのは、家から歩いて本当にちょうど10分くらいの距離にある普通の一軒家だった。
かじかんだ手のひらに息を当てながら、玄関チャイムに手を伸ばす。
「はーい」
ほどなくドアが開いてたまげた。だって、そこから顔を出したのが、中学の頃の同級生、沙織の母親である凜さんだったのだから。
「いらっしゃい巧くん♪ さ、入って入って」
「えっ?! あのっ、俺、ケーキ届けに来ただけですよ!?」
「うん、知ってるわよ。はいこれ、お代ね」
凜さんは俺の手からひょいと箱を受け取ると、代わりにお札を何枚か持たせ、続いてなぜか俺の背をぐいぐいと押して秋山家の中に入れた。
「えっ、どういう状況ですかこれ!?」
「今日のお仕事はこの配達で終わりなのよね? 巧くんのお母さんから電話でそう聞いてるわ。うちで一緒にケーキ食べましょ♪」
「はい?!」
俺は素っ頓狂な声で某警部補のようなセリフを吐く。どうやらうちのおかんが元凶らしい。
沙織とは小学校から一緒だったのもあって、俺のおかんと凜さんはママ友で仲がいいのだ。今回は二人で何やら企んでいるっぽい。
リビングに入ると沙織が居て、彼女も俺と同じく何も知らなかったらしく、俺を見るなり驚いていた。
家族団らんの日にいきなり幼馴染が現れたら、そりゃあ驚くよね……。
「はい、お待たせ。ホットケーキ」
凜さんが真っ白な丸皿に乗せたきつね色のホットケーキを運んで来た。それが二枚重ねられている。
ほのかに黄色味がかかった白いバターが添えられ、蜂蜜がホットケーキの上で黄金色に煌めいていた。
「あ、あの、凜さん。頼んだケーキは?」
「作ってたの忘れてたから明日ね。おばさん、うっかり♪」
凜さんはわざとらしくペロっと舌を出して頭を掻く。沙織はジト目だ。
熱気でとろりと柔らかく溶けたバターがケーキの表面を流れ、塩気を帯びた風味を香らせる。
とりあえず、よく分からないまま俺と沙織と凜さんの3人でケーキを食べた。フォークとナイフを手に、隅の方から切り込んでいき、サクサクした表面の感触を経て、ふわりとした内部に至る。
おもむろに口に運ぶ。予想通りに香ばしい。噛む度に、口の中に甘さと塩気を感じさせた。
バイト中は何か食べるひまもなくてぺこぺこだったお腹が満たされたところで沙織に呼ばれた。
「巧くん、ちょっと来て」
沙織に連れられたのは、彼女の部屋だった。
「お邪魔します……」
沙織に促され、部屋の中に入る。
「そんなにかしこまらなくても普通の部屋だよ」
「女子の部屋に入るのって初めてだし、緊張するっていうか……」
「……ふーん。ま、適当に座って」
俺は部屋の中央に敷かれたカーペットの上に座った。部屋の中はとても綺麗だ。
「へぇー、結構きれいだな」
「ありがと」
家が大きいだけあって、部屋もかなり広い。俺の部屋よりは明らかに広い。
ベッドの上に大きな猫のぬいぐるみがあったり、本棚に少女漫画が多く入っていたり、ドレッサーがあったりすること以外は、俺の部屋とそこまで変わりなかった。
「で、巧くんはなんで今日、急にうちに来たの?」
沙織はベッドに腰かけて、そう尋ねてきた。
「あー、実は……」
俺は沙織に、ここまでの経緯をざっくりと説明した。
「……で、巧くんはお母さんに言われるままほんとにケーキ食べに上がってきたの」
「仕方ないじゃん。凜さん、なんかそのまま帰らせてくれなさそうだったし……」
沙織は両手を上にあげ、わざとらしくため息をつく。
「でも、凜さんも家にいるし、大丈夫だろ」
俺がそう言うと、沙織は俺のほうへすっとスマホを突き出して見せた。画面にはこう表示されている。
《母さん: ママちょっと出かけてくるね~。ごゆっくり~》
送信時間は1分前となっていた。
「えっ……じゃあ、今この家に俺と沙織、二人っきり?」
「そういうこと。ほっんと抜けてるんだから」
沙織はむくれたような顔になって、すかさず俺は沙織に腕を伸ばした。
「ふぇっ?」
そのまま沙織は腕をぐっと引かれて……、気付いたら、ベッドの上に引っ張り上げられていた。俺の顔のすぐ近くにある。
「お前が大丈夫だって思ってても、大丈夫じゃないこともあるんだよ」
声を低めてそう言うと、俺は沙織の腕をつかんでいた手を離した。
「……力、強かった」
沙織は目を丸め、俺につかまれていた腕をさする。
「あ……痛かったか? ごめん」
「ううん、痛くはないけど、その……」
ドキドキ……した……。
「……巧くんになら、襲われても良かったのに」
沙織の告白を聞いた俺の顔、多分いま真っ赤だ。
「……本気で言ってる?」
「うん。本気だよ」
彼女の射貫くような目で見つめられて、余計に鼓動が早まる。
「流されて言ってる?」
「違うよっ!もうっ、怒るよ?!」
両手をグーにして俺の胸板をポカポカ叩く。
「……悪い。その、お前からそういうこと言われると思ってなかったから」
「それで、その……さっきの、告白……の、つもりだったんだけど。返事は?」
「イエスしかないだろ。俺、独占欲強いけど、いいのかよ」
「望むところよ」
「付き合ったら、沙織が他の男を追いかけないか心配すると思う」
「きっとあたしの方が重いよ? ずっと片思いしてたし」
「いや、俺の方が先に好きになってたと思うけど」
「じゃあ、いつからあたしのこと好きだったの?」
「巧くんは?」
「沙織から先に言ってよ」
「やだ、恥ずい」
「もー。じゃあ、同時に言おう?いっせーのーせ」
「「小4」」
「ぷっ……」
「はっ……」
暫し、俺たちは笑い合った。
「……沙織、抱きしめていい?」
「……いいよ」
彼女の体温にドキドキする。体が上気する。12月なのに、暑いくらいに。
「キスしたい」
沙織は小さく縦に首を振る。
ファーストキスは、甘く、しょっぱい味がした。ホットケーキの味のせいだけはないだろう。
少し鳴りを潜めた最近の気温にほっとしながら、路地の中を曲がってたどり着いたいつもの喫茶店。
ドアを引き開けると、ドアに付いた鈴が、可愛いらしくチリンと音をたてた。
「いらっしゃいませ」
店主夫婦の挨拶を受けて、案内も待たずにカウンター席に座る。
こんな遠慮も不要な気安さが、『いつもの店』の有り難さだ。
私、秋山凜は、お友達の前田ちゃんと一緒に馴染みの喫茶店に入っていた。
「ホットのダージリンで宜しく」
「かしこまりました」
紅茶の用意をしている店主相手に、会話を楽しむべく話題を口にする。
「いやー、今頃沙織達はよろしくやってる頃かねぇ」
「あの二人、もう何年も両思いなの見え見えなのに気付いてないんだもの。じれったいったらありゃしないわ」
「巧くんと沙織ちゃんのことですか?」
「ええ」
紅茶を淹れながら、店主が返事を返す。お店の雰囲気に気持ちを癒される。
「お待たせしました。ダージリンです」
会話を楽しんでいる間に、店主の奥さんが注文した品を運んで来た。茶漉しの上から注いだダージリンは、白い磁器の中で澄んだ茶色。
「凜ちゃんと違って沙織ちゃんはシャイだからねぇ」
「巧くんも、ゆりっぺと違って奥手だからねぇ」
私たちは子供たちの話を肴に、しばらく笑い合う。
幸福な時間に思いを馳せながら、彼女たちは再びダージリンを飲み、穏やかな息を吐いた。
いかがだったでしょうか。