ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
高校二年に進級して一週間ほど経ったある日のこと。
「あの!」
昼休み、
振り返れば、明るいブラウンヘアに深緑色の瞳の可愛らしい少女。
後方の物陰にはダークグリーンのショートヘアで、眼鏡をかけた少女がそっと様子を窺っている。
文句なく可愛い子と、お洒落したら可愛くなりそうな子の組み合わせ。なんとなく相手が誰かを察しつつ、俺は立ち止ったまま首を傾げた。
「はい?」
「リリィ・シュタットフェルト先輩ですよね? 高等部の生徒会長の」
「そうですが……あなたは?」
尋ねられた少女は小さく息を吸い込み、気合を入れるような仕草と共に言ってくる。
「私はシャーリー・フェネット。ルル──ルルーシュ・ランペルージの友達です。少しお話したいんですけど、いいですか?」
やっぱりか。
機会を見て接触したかった相手だ。
俺は頷いて、後ろの少女に視線を向けながら答えた。
「わかりました。でも、友人に連絡だけさせていただけますか?」
さすがにシャーリーもこれに「駄目」とは言ってこなかった。
アッシュフォード学園のカフェテリアには落ち着ける個室が少数だが用意されている。
もともとは自由に使えたものの、初年度にさっそく「不純異性交遊」に使った不届き者がいたため、現在は許可制となっている。
なので、最近では部活や学園祭などの作戦会議の場に利用されることが多いのだが、さすがにこの時期はがら空きだった。
許可手続きも生徒会長権限であっさりパスである。
料理の載ったトレイを持った二人の少女と向かい合い、俺はテーブルにお弁当を載せる。
おにぎりと玉子焼きと唐揚げ……などというわけにはいかないので、サンドイッチと水筒に入ったスープの組み合わせ。
カフェで人混みの中、注文するのも厳しい時があるので、俺の昼食は基本お弁当である。
「それで、お話というのは? シャーリーさんと……ニーナさん、でしたね?」
「は、はい」
緊張しつつ頷いたのは大人しそうな少女、ニーナの方だった。
シャーリー・フェネットとニーナ・アインシュタインは共に原作の時間軸(ルルーシュが高校二年次)においてミレイ率いる生徒会のメンバーだった。
シャーリーは水泳部に所属する元気な少女。父親がちょっといい会社に勤めていそうな「手の届くレベルのお嬢様」で、健気な片思いから色々辛い目に遭った末、想い人であるルルーシュと結ばれた。
ニーナはミレイの友人で、科学系の秀才あるいは天才である。彼女のお祖父さんは第三世代
「話があるのは私です」
そこで、きっ、と俺を見つめてくるシャーリー。
「先輩はルル──ルルーシュ君とどういう関係なんですか?」
「……そういうお話でしたか」
深緑の綺麗な瞳を覗き込むと、かすかに潤んでいるのがわかった。
必死なのだ。
気になっている人に他の女の影があるから確かめずにはいられなかった、そんなところだろう。
俺は微笑んで答える。
「ルルーシュさんとはただのお友達ですよ」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん。私には婚約者がいますから」
言って、ロイドからプレゼントされたペンダントを見せてやる。
ロケット部分には白い宝石──ムーンストーンが嵌め込まれており、開くと「ロイド・アスプルンド」の名前が刻印されている。
何か婚約の証明があった方が便利でいいという話をしたところ、ロイドが「指輪だと作業の時に邪魔なんだよねえ」と我が儘を言ったため、代わりとして互いに送り合ったものだ。
もちろん偽造というか、勝手に造ることも可能ではあるが、貴族家の名前を勝手に使えば罪に問われかねないので、ある程度の効力はある。
シャーリーも安心したのか、露骨にほっと息を吐いた。
「……良かった」
「安心していただけて何よりです」
「はい。……すみません、勝手に早とちりして」
「いいんです。私も少し思わせぶりな態度を取っていたかもしれませんし」
何しろ、ここのところ連日ルルーシュに会っていたし。
「先輩は、あのイレブンを誘っていたんですよね?」
「ニーナ。イレブンなんて言い方したら失礼じゃない」
「だって……」
おずおずと言い、シャーリーに窘められるニーナ。
ちらり、と、助けを求めるような視線が飛んできたので応えて、
「そうですね。私が会いに行っていたのはスザクさんです。ルルーシュさんはオマケというか、ついでのようなものです」
「どうしてですか?」
「もちろん、お友達だからというのもありますが、学園が平和であるよう努めるのは生徒会長の役目でしょう?」
スザクは転入してきたばかりの上、ばりばりの旧日本人なので反感を買いやすい。
神楽耶は可愛い女の子だからまだマシだが、こっちはこっちで心無い生徒から乱暴を受ける可能性がある。なのでスザクをランチに誘い、一緒に神楽耶のところへ行くのがこのところの日課になっていた。
高等部の生徒会長が率先して仲良くしている相手なら、そうそう手を出されることもないだろう。
それに、神楽耶のところには高確率でナナリーがいる。ナナリーがいるということは咲世子がついている可能性も高い。俺にとっては姉の傍にいられるだけでも心が和む。
「スザクさんの婚約者さまが、ルルーシュさんの妹さんのお友達なんです。ですから自然とルルーシュさんも」
「ああ、ナナリーちゃん! 一回会ったことあります」
「じゃあ、ルルーシュもあのイレブンと仲いいわけじゃないんですね」
「そうですね。まさか以前に接点があったはずもありませんし。一緒にいて自然と仲良くなることはあるかもしれませんが」
「………」
若干、浮かない顔で黙り込むニーナ。
はむはむとサンドイッチを齧りつつ窺うと、シャーリーの方は「ナナリーちゃんは妹だし、枢木君と婚約者さんは婚約者だから……うん、まだいける」とどうでもいいことを呟いていた。
「ニーナさんは旧日本人がお嫌いですか?」
「え?」
「先ほどから気にしてらっしゃるようだったので。違いますか?」
「嫌いなわけじゃないです。……ただ、好きじゃないだけで」
眼鏡の奥の視線がすっと逸らされる。
明確に嫌う理由はないが、なんとなく好きになれない、か。
原作のニーナは過去に旧日本人から乱暴された経験があるらしく、そのせいで「イレブン」を毛嫌いしていたのだが。
「ブリタニア人と旧日本人には確執がありますからね」
「はい。だから私、怖くて」
「ですが、ブリタニア人全員が善人でないように、旧日本人がみんなニーナさんに危害を加えるわけではありません」
にっこりと、少しでも安心させるように笑う。
「自衛は大事です。
「……でも」
「イレブンだから、と旧日本人全員を毛嫌いしていては、ブリタニア人だから、という理由であなたに暴力を振るう人と同じになってしまいますよ?」
ニーナがまだ直接的な被害に遭っていないのなら、危険な行動を取らないよう釘を刺すと共に、過度な偏見は取り除いておきたい。
「で、でも! あいつらは私達に復讐したいと思ってるんです!」
「そうかもしれません。
「っ!?」
「逆の立場だったら、ニーナさんだって相手を恨んだでしょう?」
少なくとも俺は恨んでいる。
ブリタニア皇帝とか今すぐ死ねばいいのに、くらいは思っている。
「少し肩の力を抜きませんか? でないと、不必要な敵を増やすことになってしまいます」
「はい……」
どのくらい効果があったかはわからないが、ニーナはそう言って頷いてくれた。
◆ ◆ ◆
「……変な人。まるでイレブンに肩入れしてるみたい」
「そう? 単に大人なだけじゃない?」
高等部に戻るリリィと別れた後、ニーナはぽつりと呟いた。
彼女にとってはリリィの「イレブンだからって偏見は良くない」という意見が強く胸に刺さった。痛みは不快感を生み、正論だからといってそのまま素直に飲み込めない、という気分にさせられたのだが、恋愛的な意味で進展(?)のあったシャーリーはむしろ上機嫌だった。
まあ、もともとニーナとシャーリーはそこまで仲がいいわけではない。
シャーリーは人付き合いの多い少女で友人も多い。一方のニーナは引っ込み思案な性格から、特に親しいといえる相手はミレイくらいしかいない。そのミレイがルルーシュを構い、構われるルルーシュにシャーリーがつき纏うので、自然と一緒にいることが増えただけだ。
性格的にはあまり合わない。まあ、ミレイと同じく「誰とでも仲良くなれる系」女子なのがシャーリーなので、仲が悪いわけでもないのだが。
「っていうか、ニーナだって嫌いじゃないでしょ? リリィ先輩のこと」
「え? ……そんなこと」
ない、と言おうとしたが、言葉は最後まで続かなかった。
「だって、ちょっと嬉しそうだし」
シャーリーの指摘が図星だと気づいてしまったからだ。
この年頃の二歳差は大きい。まして中等部と高等部の違いがあれば猶更。にもかかわらずちゃんと向かい合って、かつ、強く叱りつけるのではなく諭すように話してくれたことはニーナにとっても好感の持てる出来事だった。
加えてリリィは、
『何か困ったことがあったら相談してくださいね』
と、携帯電話の番号とメールアドレスを教えてくれた。
さっと名刺が出てきたのには驚いたが、副業で社長をしているので、ついでにプライベート用の名刺も作ったのだという。
何を言ってるのかわからないと脳が理解を拒否しかけたが、ミレイにしろシャーリーにしろリリィにしろ、ニーナにできないことを平然とやってのける輩はいるものである。
例えば、暴漢に襲われそうになったらリリィは助けてくれるだろうか。
制服の上からそっと、ポケットの中にある名刺をしまったパスケースに触れて、ニーナはそんなことを思った。
◆ ◆ ◆
「義姉さん、最近前にも増して忙しそうじゃない?」
夜。
机に向かってノートパソコンを弄っていると、背中側からカレンの声がした。
振り返ると夜着姿の彼女が俺のベッドに腰掛けている。中三ながらなかなか悪くないスタイルだが、
というか、来てたのか。
メイドが部屋に出入りするのが当たり前なせいか、自室のドアが開いてもあまり気にしなくなっている。音が違うのは耳に入っていたものの、なんとなく危険な気配はしなかったからいいかな、と、本能が勝手に判断を下していた。
カレンが俺のところに来るのは最近しょっちゅうだ。
休日の昼間などは「使用人に構われるのが鬱陶しい」などと言ってよくこっちに逃げてくる。俺が机の前かベッドでじっとしていることが多いせいか、俺付きのメイドは後ろで淡々と作業をこなしており、いちいちあれこれ言ってこないからだ。
ちなみにカレン付きのメイドというのは「紅月さん」すなわちカレンの実母だ。
いらないならくれ、と言いたいところだったが、カレン母の心情的には娘の傍にいたいだろうから我慢している。
「高等部の人数が増えましたし、学園に旧日本人の方が来られたので、そのせいですね」
「ふーん……って、日本人!?」
「言っていませんでしたか?」
「聞いてないってば」
夕食の席で話した記憶があるのだが……そういえば、カレンはその場にいなかったか。
義理の娘がいて(半分とはいえ)実の娘がいない状況で上機嫌だった父母もちょっとアレだが、お嬢様の癖にふらふらしてるカレンもカレンである。
「で? 誰? どんな奴?」
「枢木スザクさんという方と、その婚約者の方です」
「へえ、枢木……って、枢木スザク!?」
「ご存じですか?」
「知らないわけないでしょ!? っていうか婚約者って皇神楽耶!? どうなってるのよ一体!?」
日本最後の総理の息子とキョウトのお姫様のコンビだ。
そこそこ情報を持っているはずのカレンとしては当然気になるか。
「あの、今の話、あんまり他に広めないでくださいね? 荒事の得意な方とか」
「……租界の外になんか出ないし、租界にスラムなんかないでしょ」
対外的にはそう答えるしかないよな。
「それならいいのですが……。そうだ、カレンさん」
「? 何よ?」
「スザクさんが婚約者と別れて他の相手を見つけようとしているようなのですが、お相手にどうですか?」
「はあ!?」
カレンの驚く声が大きく響いた。