ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「カレン・シュタットフェルトと申します」
「枢木スザクです。お会いできて光栄です、シュタットフェルト様」
放課後。
アッシュフォード学園内のカフェテリアにて、一組の若い男女がぎこちなく向かい合っていた。
片方は淑やかな赤髪の令嬢(仮)、片方は紳士的な少年。伏し目がちな令嬢に対し、少年の方は真っすぐに情熱的な視線を向けている。
いや、単に「そっと見つめる」なんて器用な真似ができないだけだろうけど。
カレンはカレンで思いっきり猫を被っている。素の彼女をよく知っている身としてはこの擬態は詐欺だと思う。
「上手く行くと思われますか、リリィ様?」
「どうでしょう。相性最悪、というわけではないと思いますが……」
俺は神楽耶と一緒に、初々しい若者二人を遠巻きに眺めている。
小学六年生相当のまだ幼い日本のお姫様は、しかし恋愛に興味津々のご様子。わくわく、という擬音が聞こえてきそうな表情で成り行きを見守っている。
スザクとカレン。
この二人に関しては本当にどうなるかわからない。
「神楽耶さまはご不快ではないでしょうか? こんな現場をわざわざ眺められて」
「婚約の解消は私も了承したことですもの。それに、私もまだまだ若いですから」
「新しい恋を探すことは難しくない、と」
「ええ!」
紅茶の入ったカップ(さすがにカフェテリアに緑茶はない)を両手で包みつつ、目をきらきら輝かせる彼女。
「いっそルルーシュ様なんていいかもしれませんね。スザク様とは真逆のタイプ。ですが間違いなく美男子ですし、お話ししていて楽しいです」
「からかっていて、の間違いのような気がしますが……。というか、お家の方が許してくださいますか?」
「もう、リリィ様。夢を壊さないでくださいませ」
ぷく、と膨れ面で睨まれてしまった。
やっぱりブリタニア人との結婚には問題があるらしい。これがブリタニア貴族や皇族との婚姻で、向こうが婿に来るなら話は別なのだろうが。
ルルーシュが地味に条件を満たしているのは言わないでおく。
「家のしがらみというのは本当にままならないものですわ。リリィ様もそう思いませんこと?」
「そうですね……。女が嫁ぐもの、という慣習に関しては私も少し思うところがあります」
お陰で環境をどんどん変えないといけない。
「その点に関しては私の場合、相当なお方が相手でなければ大丈夫ですわ」
「羨ましい限りです」
「私もリリィ様が羨ましいのですよ?
「ロイドさまは貴族制度に関心の薄い方ですから、権力など得られないと思いますよ?」
「それでも、貴族の仲間入りができる。そこに意味があるのではなくて?」
俺は僅かに苦笑を滲ませながら「そうですね」と答えた。
と、神楽耶は喜色と共に息を吐いて、
「恋のお話というのは楽しいですね。私、こんな風にお話ができる歳の近いお友達がいませんでしたので、とても楽しいのです」
「神楽耶さま。私、五歳もお姉さんなのですが」
「威厳を保ちたいと思っていらっしゃる方は、こんな風に私に付き合ってくださらないかと」
普通の女子会というのはこんな腹の探り合いにならないと思うのだが。……いや、そうでもないのか? ロイドからも「貴族女性はマウント合戦が酷い」とか聞くし。
俺と神楽耶が話している間にスザク達も会話を進めている。
二人とも見合いのような当たり障りのない会話をしているらしい。
「シュタットフェルト様は卒業後はどうするおつもりなのですか?」
「カレンで結構ですわ。さあ、私はどうでしょう……? どこかの家に嫁ぐことになるのではないでしょうか」
嫁ぐことになる前に家から逃げ出しそうだが。
「本当にスザク様は生真面目ですわ。もっと情熱的に口説けばいいでしょうに」
「でも、そんなところが気に入っているのでは?」
「まあ、よくお分かりですわね、リリィ様」
ここでカレンが切り込む。
「枢木さんはどうなさるんですか?」
「はい。俺は父の跡を継ぎたいと思っています」
「……言いましたわね」
「……言いましたね」
本当に裏表のない男である。
放課後とはいえ、優雅にティータイムを楽しんでいる生徒もいるというのに。誰かに聞かれたらどうするのか、と尋ねれば「別に恥じるようなことはしていません」ときっぱり言い切るのだろう。
「エリア11を日本に戻されるのですか? どうやって……?」
「もちろん、正規の手段で政治的に取り戻すつもりです。武力を用いて奪い取るのでは誰も納得しないでしょうから」
「あ」
神楽耶が小さく声を上げる。
俺も今のはまずったかもしれないと思う。
カレンの表情が小さく揺らいだからだ。
「そんなことが本当にできるでしょうか」
カレンはおそらく、既にレジスタンスと関りを持っている。
ブリタニアに対して恨みを抱き、武力によって日本を取り戻そうとしている。
正しいかどうかは一番の問題じゃない。不当なやり方によって齎された現状を打開すること、恨みを晴らすことを必要としている。
そして、彼女自身の被った仮面のせいでスザクにその気持ちは伝わらない。
「できると思っています。……いえ、やらなければならない」
「スザクさんは格好いいですね」
「でしょう? ……ですが、この場合は」
「ええ。悪手だったかと」
少女の顔に明らかな不快の色が浮かぶ。
「私、男らしくない方は嫌いです」
「私は父、枢木ゲンブを立派な男だと思っております。政治家として国の未来を真っすぐに考えていた彼の跡を継ぎたい。それはおかしなことでしょうか」
奪われた日本人として「男なら戦え」と言いたいカレン。
ブリタニアの令嬢に対して紳士的に「わかりあった上で取り戻したい」と説くスザク。
お互いの境遇を深く知らない以上、二人の会話が平行線を辿るのは仕方のないことだった。
「失礼します。……婚約者をお探しなら他をあたってくださいませ」
「あっ……!」
病弱な令嬢の声音は崩さず、しかし眼光は鋭く言い放ったカレンはすっと立ち上がると、スザクの制止を待たずに歩き出した。
「行きましょう、お姉様」
「え、ええ……」
できればスザクの方のフォローをしたいところだったが、そう言われてしまっては仕方ない。
「意外と気の強い妹君ですね。スザク様のことは私にお任せを」
「申し訳ありません、お願いします」
俺は立ち上がってカレンの後を追いかけた。
◆ ◆ ◆
「ああもう、なんなのよあいつ! 首相の息子があんな腰抜けでどうするわけ!?」
「カレンさん、家の門まで我慢したんですから玄関の中まで……」
冷静な義姉が囁いてくるが、カレンとしても我慢の限界だった。
一度振り返り、外から覗いている人間がいないのを確認するとリボンを緩め、ブラウスの第一ボタンを外す。極力抑えていた歩幅を苛立ち任せに広げ、玄関へ向かった。
「義姉さんもあんなの紹介しないでよ。ああ、苛々する!」
「言っていることは真っ当だと思うんですけど……」
「真っ当だから余計苛々するんでしょ!?」
「それはわかります」
スザクを擁護しているのかと思えば、突然神妙に頷く義姉。
毒気を抜かれたカレンは深い溜め息をついて気持ちを多少落ち着かせた。
「……そんなに上手くいくわけないじゃない」
リリィはカレンを連れて自分の部屋に行くまで何も答えなかった。
「戦って勝つのも一筋縄ではいきませんよ」
「そんなの当たり前でしょ。でも、戦いってのは勝つまで終わらないのよ」
「そうですね。ただ、ゲームと違って駒は無限に湧いては来ません」
「っ」
戦士を駒に例えられたのが若干気に障ったが、リリィが人命を軽視していないのはすぐわかった。
彼女のゲーム会社は一つ目のゲームとして神話の幻獣を収集するファンシーかつファンタジックなRPGを完成させ、新たに戦略SLGを作っているらしい。
腕に覚えのあるプレイヤー向けに超高難易度のステージを用意するのも面白いかもしれない、とかこの間、カレンを相手に語ってくれた。
自軍の拠点が一度落とされたところから、軍事力で勝る敵を相手に挑む、という設定を考えているとかで、自軍ユニットの方が数が少ないのに敵軍ユニットの方が性能も上、という有様らしい。
それでも、そう、ゲームならリセットが利く。
「戦うよりお話し合いで解決するのに義姉さんも賛成なわけ?」
「日本人が武力蜂起するのに賛成したらまずいでしょう。……そうでなくとも、私は争いごとが苦手ですし」
「あー、まー、そーでしょーね」
結局のところ、この義姉は戦う力がないからあれこれ言って人を煙に巻くのだ。
言ってしまえば腰抜けである。
カレンには戦士の血が流れている。日本の軍人達は戦力で大幅に勝るブリタニア軍を相手に懸命に戦ったのだ。彼らに敬意を表して戦いを選んだ者は実際多い。
その一人である兄のように自分も──。
「っていうか、義姉さんにこんな話したって仕方ないじゃない」
本当はカレンだってわかっている。
戦って勝つより、戦わないで勝つ方が良いに決まっている。
流れる血は少ない方がいい。
リリィの言う非暴力論は、簡単に死ぬ彼女が言うから真実味がある。
そんな義姉は微笑んで、
「愚痴でしたらいくらでも聞きますよ」
「……いいわよ。今日のは私が悪い。頭に血が上って冷静な話ができてなかった」
気づけば大分頭が冷えていた。
カレンは頭を掻いてリリィの部屋を出ようとする。窮屈な制服を脱いで私服に着替えたい。
と、背中から声がかかった。
「スザクさんとカレンさん、意外と似てると思いますよ」
「馬鹿言わないでよ。なんであんな奴と私が」
それだけ言って部屋を後にしたカレンだったが、一方で、これからは定期的に学園に通おうかと考えていた。
枢木スザクと皇神楽耶。監視というほどではないが、両名の動向を追うことはレジスタンスにとってもプラスになるはず。
そのためなら、いけ好かないあいつと顔を合わせるのだって我慢しよう。
全く、なんだか面倒なことになったものである。
◆ ◆ ◆
「……そうですか。スザクさんは失恋なさったのですね?」
「ええ、それはもう見事に。もう少し女性の心の機微を勉強するよう私からきつく言い聞かせておきました」
「
自慢げに胸を張る神楽耶に続けて報告しつつ、俺はスザクの苦労に苦笑いを浮かべた。
学園クラブハウス内にあるナナリーの部屋。
スザクとカレンのお見合い(?)が行われた後日、俺と神楽耶とナナリー、それに給仕役の咲世子という面子での女子会(?)では件の交渉決裂が話題になった。
ナナリーは可愛らしい顔に僅かな苦みを滲ませ、呟く。
「スザクさん、良い方だと思うのですが……」
「あら、ナナリー様は上手く行って欲しかったのですか?」
「はい。それはもちろん、スザクさんのやろうとしていることはたくさんの人を救うことですから」
「ああもう、そうではなく」
神楽耶の質問に真っ当な返事をしたナナリーだったが、尋ねた神楽耶としては気に入らなかったらしい。
ぴっ、と、人差し指を立てて言う。
「実はスザクさんにほんのり恋しちゃったりなんかしているとか、そういうのはないんですか?」
「え、ええ……?」
ほんと恋バナ好きだなこの子。
そして相当勘がいい。原作でもナナリーはスザクにある種の好意を抱いていたようだ。
ただ、彼女の好意が恋愛感情的なものなのか、それとも兄・ルルーシュに向けるのと同種の家族愛的なものなのかまでははっきりわからない。原作でスザクはルルーシュと敵対していた上、スザクもナナリーも最終的に自罰的になりすぎて恋愛どころじゃなくなっていたからだ。
まあ、ナナリーも相当なブラコンなので、案外スザクにもルルーシュにも恋愛感情を抱いている、という可能性もないわけではない。その場合、ナナリーがスザクにあっさり靡かないのは「私とスザクさんがくっついたらお兄様が一人になってしまう」とかいう理由かも。
と、シェイクスピアの悲劇にでもなりそうな妄想はさておき、
「神楽耶さま、人の恋路はあまり詮索してはいけないと思います」
「でも、リリィ様だって気になりますでしょう?」
「もちろん気になりますが」
ナナリーが「え?」という顔になった。
姉はポーカーフェイスを貫いているが、内心興味津々っぽいのが俺にはなんとなくわかる。
「気になりますが、恋の監督役なんて碌なことになりません。傍観者でいた方が面白いと思います」
「あの、リリィさんも結構凄いことを言っていますよね……?」
「ナナリー様。一応、リリィ様は助け船を出してくださっています」
助け舟の行き先が母国とは限らないわけだが。
俺は微笑んで、
「それに、スザクさんとカレンさんの物語もまだ終わっていないでしょう?」
「まあ、それはそうですね」
「え、そうなのですか?」
首を傾げるナナリーに、神楽耶が不敵に告げる。
「対抗意識というのは、時に燃え上がるような恋に変わるものなのですよ、ナナリー様」
ちなみにこの子、まだ小学六年生である。