ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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社長 リリィ・シュタットフェルト 二

「……疲れました」

「お疲れ様です、社長」

 

 とある午後の会社。

 普段は空席になっている社長席でぐったりしていると、扇が苦笑しながら紅茶の缶を持ってきた。プルタブを引いて開封してから渡してくれる。

 

「ありがとうございます」

 

 自力だと上手く開けられない時があるため、細い棒状のものを普段から携帯している俺である。梃子の原理は偉大だが、気配りのできる部下はもっと偉大だ。

 冷たい紅茶を一口喉に流し込むと、疲れが少し抜けていく。

 

「いや、凄かったですね」

「本当ですよ、もう。みんな悪ノリが好きなんですから」

「ノリが悪い奴はこんな会社に来ませんよ」

「む。言いますね、扇さん」

 

 扇もすっかりうちの会社に馴染んだものである。

 事務作業をしつつ社内のムードメーカーを務め、色んなスタッフに気に入られた挙句、シナリオの誤字校正やプログラミングのバグチェックにまで駆り出されている。

 お給料はちゃんと出しているとはいえ結構大変な仕事だろうに、しっかり勤めてくれているのはありがたいことだ。

 会社が始まって結構経つのに未だ安物の服を着ているあたり、お給料がどこに消えているのかちょっと不安ではあるが。

 

「社長は色んな意味でみんなの人気者ですからね」

「今日、あらためてそれを実感しました」

 

 きっかけは合唱部の一件である。

 ナナリーが中等部に入る来年度からでいいよね、と思っていた俺は問答無用で部に顔を出させられ、練習に参加させられた。

 女の子多めの合唱部は名前だけの部員である俺を歓迎してくれ、それ自体はとても嬉しかったのだが「じゃあ早速一緒に歌いましょう」となったのは勘弁して欲しかった。

 

「あ、でしたら私は伴奏を──」

 

 お嬢様の嗜みとしてピアノくらいは弾ける。

 なんなら三味線も嗜む程度には触っているのだが、

 

「駄目です。一緒に歌いましょう」

「……はい」

 

 ノリノリの女子には勝てなかった。

 どのくらい歌えるのか確認するため、と、最初に一人で歌わされ、みんなでわくわくと見守られたあたり、新手のいじめかとも思ったのだが。

 一曲を必死に歌いきって振り返ると、部員達は息を呑んでいた。

 

「すごーい、会長、声きれー!」

「うん、驚いちゃった!」

「技術は微妙だったけど、可愛いよね!」

 

 これは褒められてるのか……?

 ともあれ評判は上々、はしゃいだ面々と一緒に何曲か歌わせてもらい「無理すると倒れるので」と合唱部を後にした。

 

「また来てくださいねー!」

「わ、わかりました」

 

 ちゃんと顔を出さないと無理やり連行されそうである。

 ……と、いうことがあり、その話を何気なく会社でしてみたのだが、これが良くなかった。

 

「歌、ですか」

「社長が歌……」

「あの、みなさん?」

 

 意味深な沈黙の後「これはいいことを聞いた」とでも言いたげににやりとする社員達。

 

「社長。ゲームに主題歌を付けたい、というアイデアがありましたよね?」

「嫌です」

「まだ何も言っていませんが」

「どうせ、私に歌えというんでしょう?」

「よく分かりましたね」

 

 誰でもわかると思う。

 

「私は素人なんですよ? ゲームにつけるとしたらちゃんとした歌手の方、という話だったじゃないですか」

「上手い方だと経費がかかりすぎる、って一度没にしたじゃないですか」

「自分で歌えばギャラがゼロですよ、大儲けです」

 

 それは確かに美味しい……じゃなくて。

 

「嫌です。駄目じゃなくて嫌です」

「頑なにならないでください。飴あげますから」

「さすがに誤魔化されませんからね?」

 

 と、よくわからない問答を長々と繰り広げた結果、俺は「ゲーム主題歌を担当する」という罰ゲームから逃れることに見事成功した。

 代わりに初回限定盤につけるスタッフコメンタリーにて映像付きで歌うことになったが、まあそれくらいなら良いんじゃないかと──。

 

「……あれ、いつの間にか顔出しが決定してる……?」

「伝説になれるかもしれませんよ、社長」

 

 扇が真剣なんだか茶化してるんだかわからない口調で言ってきたが、俺にはもうツッコミを入れる気力が残っていなかった。

 

 なお、後日、件の初回限定盤は何故か大反響になった。

 なんでも「歌は微妙だけど可愛い」「一生懸命なのがいい」とかなんとか。

 お陰で我が社のゲームには「社長の歌ってみたシリーズ」のオマケがつくのが定番になっていくのだが……どうしてこうなった。

 もう、腹いせに動画サイトに専門チャンネル(スパチャ付き)を開設して荒稼ぎしてやろうか、もちろん他のスタッフも巻き込んで……と若干本気で思ってしまったくらいである。

 

 

 

 

 

 悪ノリのすごい会議で遅くなってしまったので、帰りは迎えの車を呼んだ。

 

「申し訳ありません、わざわざ来ていただいて」

「とんでもございません。むしろ遠慮なさらず、もっと気軽にお呼びください」

 

 運転手にお礼を言って車に乗り込む。

 シュタットフェルト家の車はサクラダイトを利用した最新式に切り替わっていて、エンジン音が小さく快適な乗り心地だ。

 スムーズに発進する車内で「歩行者にとっては音がしないの怖いんだよな……」などと思っていると、携帯電話が音を立てる。

 発信者は──ニーナ・アインシュタイン。

 

「もしもし、ニーナさんですか?」

 

 あの子が自分から電話してくるなんて珍しい。

 ミレイと喧嘩でもしたのだろうか……と、

 

『助けて!』

「え、あの、ニーナさん? 何かあったんですか!?」

 

 最初に耳に飛び込んで来たのは悲鳴だった。

 ただ事じゃないと思った俺はすぐさま尋ねる。

 

『家に帰ろうとしていたら、怖い男の人に声をかけられて──あっ!?』

 

 がん、と、大きな音がしたかと思うと通話が途切れる。

 

「リリィ様?」

「申し訳ありません。寄り道をしていただけないでしょうか?」

 

 運転手へ手短にお願いする。

 こんなこともあろうかと主要人物の家の位置は把握している。生徒手帳に挟んである地図を取り出し、学園からニーナの家までの経路を手早く確認、それに沿って移動してもらいながら、念のため警察にも電話をかけた。

 場所がわからない、状況もニーナ当人からの申告でしかわからないため警察としても動きづらい様子だったが、念のため該当経路の巡回だけでもしてもらえるように依頼する。

 

 車内から外の景色を注視して──。

 

「止めてください」

「お友達ですか?」

「わかりません。ですが、特徴的な色が見えました」

 

 路地裏に、アッシュフォード学園の制服の色。

 見間違えでないといい、いや、そもそも全てが杞憂であればいいと思いつつ、運転手と一緒に車を降り、現場へ向かう。

 途中で、道に落ちた携帯電話を発見。

 素早く拾い上げて先に進むと、

 

「嫌! いやあっ!? 離してっ!!」

「何を、しているのですか」

 

 三人の男に取り囲まれ、押さえつけられているニーナがいた。

 抵抗のせいか、少女の制服はかすかにはだけている。瞳には涙が滲み、落ちた鞄から教科書やノート、ゲーム機が散乱している。

 手早くボイスレコーダーを起動、自分の携帯で写真を撮る俺。

 

「あ? なんだよお前ら?」

「下衆が、その子から手を離せ」

「何か勘違いしてないか、おっさん」

「俺達はこの子と楽しくお話してただけだぜ?」

 

 げらげら笑う男達。

 酔っているのか顔が赤い。

 身なりと肌の色から見てブリタニア人。旧日本(イレブン)じゃないということは例のアレとは別のイベントか……? とはいえ、加害者の人種が変わったからなんだという話。ニーナが襲われている事実に変わりはない。

 

「り、リリィ会長……っ」

「その子を離してください。警察も呼びました。巡回に来るのも時間の問題ですよ」

「は、警察?」

 

 牽制のつもりで告げた言葉に男達の表情が変わる。

 

「なに勝手なことしてんだよ、おい」

「勘違いだっつってんだろ」

 

 ニーナから手を離した彼らは俺達の方へ。

 運転手が二人を抑え、殴り合いを始める中、最後の一人は俺の方へと向かってくる。

 

「リリィ様!」

「謝れよ、おい。謝れってこのガキ!」

 

 あらためて治安悪いなこの街。

 俺は内心、戦々恐々としつつ、鞄につけた防犯ブザーを作動させる。けたたましい音が周囲に響くと、男が目を吊り上げて襲いかかってくる。

 篠崎流の娘とはいえ、俺は殆ど戦闘技術を持っていない。

 訓練なんかしたらあっという間に倒れるため、教えられたのは単純な心得が一つだけだった。

 

 先手必勝。

 相手の弱点を突き、一発で勝敗を決めること。

 

 脳内で復唱しつつ、両手で持った鞄をフルスイング。

 

「があああっ!?」

 

 成功。

 鞄の角が()()()()()()()に直撃し、男は悶絶して動きを止めた。

 股間を押さえてうずくまる彼。痛そう。というか絶対痛い。可哀想だが、正直自業自得ではある。

 その隙に回り込んでニーナを庇うように立つと、

 

「お、おい、逃げようぜ!?」

「本当に警察が来たらヤバイだろ」

「あ、ああ!」

 

 暴漢三人組は逃げていき、程なく警察が巡回に来た。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「本当にありがとうございました、先輩」

「いいえ。ニーナさんが無事で良かったです」

 

 まさか、あんなことになるなんて思っていなかった。

 ニーナ・アインシュタインは暴漢に襲われ、リリィに助けられた後、小さな先輩の身体に顔を押し付けてわんわん泣いた。

 落ち着いた後は事情聴取を受け、解放された。

 リリィが提出した証拠データがあるので、警察では一応警戒をしてくれるという。

 

 彼らも酔っていたからこそあんな真似に及んだのだろうし、今回の件で懲りて妙な真似はしないだろう。

 

 リリィが男の一人を一蹴したのは意外だったが、聞けばあれは偶然だという。あれが外れるか、避けられていれば後は為す術もなかったと。

 それでも、とっさに行動を起こせるのは凄いと思うのだが。

 

「ですが、寮住まいも検討した方がいいかもしれませんね」

 

 自分も警察もいつでも駆けつけられるわけではないから、とリリィ。

 

「はい。そう、ですね」

 

 アッシュフォード学園には寮があるが、全寮制ではない。

 家から通うか寮に住むかは自由なのだが、通学が楽だからと寮を選ぶ生徒は多い。

 ニーナの場合は家の方が本が多いことや、寮が二人部屋で気疲れしそうだから、等の理由で通いだったのだが、今日みたいなことがまた起こったらと思うと恐ろしい。

 街を歩いていて今日の奴らが「あの時はよくもやったな」と来る可能性もゼロではないのだ。

 

「両親と相談してみます」

「はい。お願いしますね」

「でも」

 

 ニーナはリリィの顔を見つめて微笑んだ。

 

「……リリィ先輩が助けてくれて、嬉しかったです」

「どういたしまして。また何かあったら、遠慮なく言ってくださいね」

「はい」

 

 頷き、リリィと別れると親の車で家まで帰った。

 

 話し合いの結果、寮住まいは簡単に了承を得られた。

 幸い、同室の相手も優しかった。一人だと寂しかったので歓迎だという彼女と新しい生活をスタートさせたニーナは、心の中である決心を固めた。

 

(ミレイちゃんに生徒会へ入れてもらえるようにお願いしてみよう)

 

 今度、ニーナが高等部に上がる時にはミレイが生徒会長になっているはず。

 友人であるミレイが会長ならなんとかやれるだろうし──何より、あの先輩に少しでも近づけるかもしれない。

 

(あと、プログラミング部って私でも入れるのかな……?)

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 ニーナは「虐めてオーラ」でも出しているのか。

 気をつけていても別の暴漢に襲われるとか歴史の修正力みたいなものを感じてしまうが、未遂で防げて良かった。

 以来、少女も少し前向きになったようだし、このままいい方向に行ってくれることを願う。

 

(ちなみに、後に彼らは捕まった。

 なんでも警察が巡回しているところにふらふらと自分達から現れたらしい。急に気が遠くなった、などと供述しているらしいが、通りすがりの忍者でも出たんだろうか。

 ニーナを襲ったのはなんとなくむしゃくしゃしていたから、とのこと。

 日本(エリア11)に家族や会社の都合で来させられてストレスが溜まっていたとか。結局、ブリタニア人の側にもそういう人間はいるのだ)

 

 気づけば高校二年生も残り半分以下。

 時の流れるのは早いものだ。まだまだ課題はたくさんあるのだが、この調子だとあっという間に原作の時間軸に追い付いてしまいそうだ。

 まあ、日本が降伏するまでに二年かかっている時点で、時系列として全く同じになるはずはないのだが。

 

 ちょっと緊迫した場面に遭遇しただけで体調を崩して一日寝込み──しばらく経ったある日。

 

「ねぇ、リリィ。頼みたいことがあるんだけど」

「なんでしょう、ロイドさま」

「僕と一緒にパーティーに出てくれない?」

 

 無事、独身寮に入って呑気に研究を続けているロイド。

 彼のところには定期的に訪ねていき、掃除をしたり簡単な料理を作ったり、一緒にお茶を飲んだりしている。まるきり通い妻状態である。

 まあ、そのうち結婚するんだからそれでいいんだが。

 何回目かの訪問の際、ロイドの方からそんな話が出た。

 

「私が高校生のうちはのらりくらりとかわすおつもりかと思っておりました」

「そのつもりだったんだけどねえ。両親が思った以上に積極的なうえ、上司からもお声がかかっちゃって」

「上司?」

「シュナイゼル殿下」

「っ!?」

 

 思わず紅茶を吹きそうになった。

 

「どうして皇子様に興味を持たれているのですか」

「僕が話したからかもねえ」

「それ以外ないじゃないですか」

「仕方ないじゃない。研究に関わらない世間話をしないといけない時もあるからさあ。その点、キミの奇行ならネタに事欠かないし」

 

 自分の大好きなプリンの話でもしてればいいのに。

 この男、件の菓子がいたくお気に入りらしく、俺は訪問の度に手土産としてプリンを持参している。うち一つはお茶の際に供されるものの、残った分はロイドの胃の中だ。頭を使うと糖分が欲しくなるとは本人の談だが、お陰で一部では「プリン伯爵」と呼ばれているとか。

 ともあれ俺はロイドの頼みを了承した。

 

「かしこまりました。卒業したら嫌でも出ることになるでしょうし、今のうちから慣れておいた方がいいかもしれませんね」

「大学に行って猶予期間を伸ばしてもいいんだよ?」

 

 行くに越したことはないけど、大学生になるともう「結婚しない理由」としては弱いだろう。


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