ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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※各話サブタイトルを調整しました。


社長 リリィ・シュタットフェルト 四

 チェス盤という戦場を白と黒の駒が駆ける。

 

 戦況は既に決しつつあった。

 悩みに悩んだ末に意を決して動く白の陣営に対し、黒の陣営は「既に予測済みだ」とでも言わんばかりに即座に対応してくる。

 陣形は瓦解し、もはや勝機はほぼなし。

 後は王の延命を考えるしかないような状況だった。

 

 ……ルルーシュ相手にチェスで挑むとか無理ゲー。

 

 大金がかかっているわけでもなんでもない、負けたら相手にジュースを奢るというだけの遊びのゲームだが、さすがはルルーシュ、手を抜いていても十分強い。

 

「そういえば、ブリタニア貴族のパーティに出席されたとか」

 

 ほぼノータイムで指し続けて暇なのか世間話まで繰り出してくる。

 こっちは一生懸命考えていて頭がパンクしそうなんだが。

 

「ええ。あいさつ回りで大変でした」

「ほう」

「何しろ皇子様まで出てきましたからね。緊張して倒れるかと思いました」

 

 近くで観戦中の咲世子、ナナリーペアがくすりと微笑む。

 しかし、ルルーシュの反応は違っていた。

 俺の指した手にすぐに応じないかと思ったら、こっちを見て尋ねてきたのだ。

 

「どの皇子と会ったんです?」

「シュナイゼル殿下ですよ。背が高くて美形でした」

「シュナイゼルおに……殿下は見惚れてしまうくらい格好いい方ですよね」

「はい。ナナリーさんもお会いしたことが?」

「ええ、目がこうなる前に」

 

 これは期せずしてルルーシュへの心理的揺さぶりになったか。

 僅かなチャンスを逃さず、少しでも戦況を良くしようと思ったら、

 

「チェック」

 

 かつん、と、予想外のところに駒が飛んできた。

 

「貴族でもないのに皇族と会話なんて大変でしたね。何か面白い話は聞けましたか?」

「最近学園が賑やかだという話をしたら、今後はもっと増えるかもしれない、って言われました」

「なるほど。……俺としてはこれ以上騒がしくならないでいいんですが」

 

 参りました、と俺が頭を下げて勝負は終わった。

 自軍の駒を回収して並べなおしていく俺とルルーシュ。もう一戦するかどうかは不明だが、チェス盤はわりと駒が載ったまま保管されるのでどっちにしても問題ない。

 

「ルルーシュさんは強すぎます」

「リリィさんでもお兄様には勝てないんですね」

 

 ナナリーさん、それは俺を買いかぶりすぎです。

 

「先輩は読みの掘り下げが少々足りないかと。目の付け所は良いと思うので、もう少しだけ読みを進めるようにしてみては?」

「集中すると疲れるので、つい諦めてしまうんですよね。将棋だったらもう少し頑張れるかも、とは思うのですが」

「将棋? 確か、日本のボードゲームでしたか」

 

 雰囲気から水を向けられたことを察した咲世子が頷いて、

 

「ええ。チェスとは駒の種類や動き方が異なる他、取った相手の駒を自分の駒として使うことができる、という特徴があります」

 

 日本なんかだと武将が主君を変えるのは珍しくなかったので、そういう民族性が反映されたのでは、みたいな説をどこかで見た気がする。

 西洋だと敵方の有能な将とか捕らえたら殺すイメージがある。

 

「……敵を味方に、ですか。なるほど」

 

 何がなるほどなのか、ルルーシュは頷いて。

 

「先輩がそう仰るなら一手ご教授願いたいところですが、さすがに駒と盤がありませんね」

「将棋の道具ならこちらに」

「あるんですか!?」

 

 俺とルルーシュが同時に驚いた。

 どういう先読みをしたら将棋セットを持参できるのかと問い詰めたいが……さすが咲世子。

 俺は姉への尊敬を一層深めた。

 

「……ああ、でも、将棋だと結構時間がかかってしまいますね。ナナリーさんもルールがわからないと退屈でしょうし」

「私は大丈夫ですけど……あ、でしたらリリィさん、私とチェスで対戦しませんか?」

「ナナリーさんもチェスをされるんですか?」

「ナナリーは強いですよ。互いに目隠し戦なら俺よりセンスは上かと」

 

 マジですか。

 

「それは私では荷が重そうな……。私とナナリーさんでルルーシュさんに挑むくらいでちょうどいいのでは?」

「あ、それも面白そうです!」

「二面指しですか。いいでしょう、受けて立ちます」

「頑張ってください、ナナリー様」

「はい、頑張ります!」

 

 こうしてルルーシュvs俺&ナナリーという変則ゲームが開始。

 ナナリーの分は盤を使わない目隠し(咲世子が裏で正誤チェック)、俺の分は盤を使った普通のゲームで──やっぱり俺達はルルーシュに惨敗したのだった。

 

 

 

 

 

 さて。

 スザク達が転校してきて結構時間が経った。

 

「婚約者探しの調子はいかがですか、スザクさん?」

「痛いところをついてきますね」

 

 神楽耶ともどもランチに誘い、直接尋ねてみたところ、スザクは曖昧な笑みを浮かべた。

 

「正直、芳しくはありません。当然といえば当然ですが……」

「恋愛ならともかく、結婚が前提のお付き合いとなると皆さましり込みなさいますものね」

「ええ、まあ」

 

 神楽耶の言葉に苦笑を深めるスザク。

 彼が言いたかったのは「日本人と結婚したがるブリタニア人が少ない」という方だったのだろうが、少女の言ったことも間違いではない。

 というか、

 

「……ひょっとしてスザクさん、『僕と結婚を前提にお付き合いしてください』なんていきなり言ってませんか?」

「う」

「まあ、リリィ様。よくお分かりですね」

「神楽耶まで」

 

 スザクの抗議はこの際無視だ。

 この真面目人間、求婚するにしてももう少しやりようがあるだろうに。

 

「いや、だって、後から言われたら嫌でしょう?」

「先に言われても困りますわ」

「それはそうですが……」

 

 じゃあどうすればいいんだ、という顔。

 

「スザクさんなら、女の子の一人や二人、簡単に落とせそうなのですが……」

「落とすといっても、女性はダルマではありません」

「そうではなく、女性経験が既におありなのではないかと。でしたら、口説き文句くらい出てくるでしょう?」

「それは……」

 

 口ごもり、目を逸らすスザク。

 これは図星っぽい反応。

 神楽耶に視線をやると、正妻の余裕というやつか、悠然と微笑んでいる。

 勝手に翻訳するなら「私の見ていないところでの交際であれば、見て見ぬふりをするのができる女というものですわ」といったところか。

 相手がこの子だったら通報した方がいいのだろうが……。

 

 神楽耶の目を盗んだとしたら、思い切ったことをしたものだ。

 勢い余ったか、向こうから誘われたのだろうか? 微妙に顔を赤らめているあたり「いい思い出」で終わっていそうなので、相手は悪い人間じゃなかったっぽい。

 モテモテか、羨ましい。

 

「柔道部に見学しにくる女性が複数いると聞いていますが」

「なんで知ってるんですか!?」

「普通に噂になっていますよ」

 

 こっそり会っているわけでもなし、女子がその手の話題に食いつかないわけがない。

 

「……彼女達は見世物を楽しんでいるだけです。目的のために利用するのは可哀想でしょう」

 

 スザクは結局、柔道部を作った。

 

 中等部の他の生徒に絡まれ、軽く投げ飛ばして制したのがきっかけだ。

 投げられた当の生徒は「日本にはブシドーとかいうのがあるらしいな。見せてくれよ、そのブシドー」とか言ってたのが嘘のように「スゲーなジュードー!」となり、スザクに教えてくれとねだってきた。

 じゃあ俺も、と、格闘技好きの男子数名が参加を表明し、なし崩しに部が設立、スザクは部長として指導に追われている。

 さっきも言った通り、追っかけのような女子も現れているのだが、

 

「事情を知った上で共犯者になってくれる女性となると、お付き合いする上で気疲れしませんか?」

「覚悟の上です」

 

 生真面目な顔で突き放すように言ったスザクは付け加えるように、

 

「……自分で婚約者を決めるというのは、難しいものなのですよ」

 

 家の都合で宛がってもらっただけの俺に対する嫌味か。

 むっとして睨みつけたら、神楽耶に「可愛い」と言われた。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「枢木スザクとの進展?」

「はい。喧嘩しているうちに意識し合うようになった、とか、そういうのはないのでしょうか?」

 

 飄々としている義姉が意外と恋愛話を好むことに、カレンは最近ようやく気付いた。

 本人は打算的な恋愛をしている癖に、他人にはロマンスを求めてくるのだ。

 

「ないわよ。……全く話さないってわけじゃないけど」

 

 寝る前のゆったりとした時間。

 後は寝るだけだから、と人払いをした義姉の部屋で雑談をするのももう何度目か。

 素で話しても咎められないというだけでもこの場所はだいぶ居心地がいい。

 

 肩を竦めたカレンは学園でのことを思い返す。

 

 休みがちでも怪しまれないようにと始めた病弱設定のせいか、クラスメートは何かにつけて世話を焼いてくれる。

 お陰で噂話を集めやすくて助かっているが、演技が面倒くさくなることも度々ある。スザクとの会話もその一つだ。

 あれ以来、スザクはたまにカレンへ話しかけてくる。

 登下校の挨拶などのちょっとした声かけ程度。向こうは何気なくやっているだけだろうし、「うっさい! 放っておいて!」などと叫ぶわけにもいかないので、曖昧に微笑むくらいしかできない。

 

 柔道部を始めた挙句、女子にきゃーきゃー言われているのも気に入らない。

 義姉が積極的に溝を埋めたことと「男子投げ飛ばし事件」のお陰で彼もだいぶ学園に受け入れられており、今では世間話をする相手もできたようだ。

 日本人の癖に。

 政治的に日本を再興したとして、ブリタニアを放っておいたら緩やかな屈服が待っているだけだ。結局いつかは戦うことになる。ならばその時、いま笑いあっている仲間と殺し合うことになるかもしれないのに、何を呑気なことをやっているのか。

 

 気に入らない。

 

「あいつとは根本的に気が合わないのよ。悪いけど他をあたってもらうしかないわね」

 

 何かにつけてあの男のことを考えさせられているのも、気に入らない。

 

 結局、兄のナオト達に婚約者探しの件は伝えられていない。

 伝えたとしてなんと言われるかが怖かったからだ。

 もし「枢木スザクに取り入ってレジスタンスへの協力を取り付けろ」と言われたら、どうすればいいのか。

 レジスタンスの仕事を手伝わせてもらえることを喜ぶべきなのか、それとも。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「スザク君ですか? からかうと可愛いですよね」

 

 ミレイにも聞いてみたところ、あっさりとした反応が返ってきた。

 

「それだけですか?」

「? ああ、恋しちゃったとかそういうのは無いですよ。いい男だとは思いますけど」

「そうですか……」

 

 この分だと脈なしっぽい。

 まあ、格好良くて話す機会が多いからと言って好きになるとは限らない。逆に一度会っただけのいけ好かない奴を好きになることだってある。

 

「恋とは落ちるものですからね」

 

 しかも、落ちてから気づいても遅いのだ。

 残念ながら俺に恋する乙女の気持ちはわからないのだが。

 と、ミレイは笑って、

 

「一気に落ちる恋もあれば、いつの間にか落ちてる恋もあるみたいですよ」

「経験談ですか?」

「残念ながら一般論です」

 

 原作の彼女はルルーシュのことが好きだったわけだが、こちらでもそうなのだろうか。

 明るく屈託がなく心の深いところを無暗に晒さない、それで問題なくやれてしまう少女だから、もし恋をしているのだとしても、最後まで明かさないかもしれない。

 応援してやりたいという気持ちがある一方で、それはお節介なのではないかという思いが襲ってきて、俺はミレイに何も言えないでいる。

 

 このままだとシュナイゼルの策が始動しかねないのだが。

 

 かといって、このコードギアスの世界はチェス盤にするには広すぎる。もちろん将棋盤でも同じこと。

 もし、本当に()()()()がやってきてスザクと恋に落ちるのなら、それは運命なのかもしれない。

 

 戦争や復讐ならともかく、恋について本人達の心を捻じ曲げるのは、良くないことだろう。

 

 

 

 

 

 と。

 スザクの婚約者探しに端を発する恋愛話にやきもきしたり、もやもやしたりしているうちに、ブリタニア軍から「ナイトメアフレーム」の名称および、公表済みの機体名等についての使用許可が下りた。

 

 問い合わせ等への直接の応対はシュナイゼル直轄、ロイドが主任を務める特派が引き受けてくれ、完成したゲームについては発売前に軍の検閲を受け、許可を得る必要はあるものの、あくまで機密情報漏洩に関する検閲であって、よほどのことがない限りストーリーには口出ししない、とのことである。

 

「……マジっすか」

「社長、何をやったんですか」

「いえ、私でもさすがに無理ですよ。ブリタニアの偉い人が向こうから協力を申し出てくださいまして」

「社長のコネは本当に異常ですね……」

 

 扇を含むスタッフ達は驚きすぎて絶句していた。

 製作中だったメカものの戦略SLGは「これはやり過ぎかな?」「いいじゃん、やっちゃおうぜ!」とか言いながらチキンレースの如くギリギリセーフのラインを狙おうとしていた。

 小さな会社だからできるやんちゃ、平和的に軍へ喧嘩を売ろうとしていた矢先に「堂々とやっていいよ」と来たものだから、俺を含めて「はあ!?」となった。

 

「ナイトメアフレームの名前を出せるゲームとか前代未聞ですよ」

「でも、ちょっと今のバージョンも名残惜しいですね」

 

 わかる。

 今作っているゲームはKMFじゃないからこその熱量に溢れているので、KMFが出るゲームは別に作りたいというか。

 

「じゃあ、これはこのまま出しましょうか。で、エンディングに続編製作決定の告知を仕込むんです。『グラスゴー』あたりのシルエットと一緒に」

「やばい、それはやばい!」

「うまくやったらまた伝説ですよ!」

「伝説を作るためにやっているわけではありませんが、うちは皆さんの熱意でここまで来た会社ですからね。皆さんが乗り気ならやっちゃいましょう」

 

 こうして、スタッフの悪ノリが詰まったこのゲームはSNSやネット掲示板を通して「衝撃のエンディング」と話題になり、またも口コミを通じてヒットを飛ばすことになるのだった。


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