ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
二年間(中学の時も含めれば三年間)の会長任期が終了し、ミレイへの引き継ぎも終わった。
会長じゃなくていいから生徒会に残らないか、という誘いは丁重にお断りしたので、晴れて自由の身。ちょっと、というかだいぶ肩の荷が下りた気分だ。
ミレイ発案のイベントは大概、俺にとって命の危険を感じるものだった。制御しないと死ぬ、というスリルはなかなかのものがあったのだが、いち生徒の立場なら傍目から眺めていればOKだろう。振り回される役目はルルーシュ達に任せる。
新生徒会のメンバーは生徒会長のミレイを筆頭にルルーシュ、ニーナ、シャーリー、それからルルーシュの悪友であるリヴァル(原作キャラだが、騒がしい男なので俺は絡んでいなかった)、更に
ミレイの生徒会長権限でメンバーは一新され、なんとミレイ以外の全員が新一年生。
中等部の人間は役員に任命できない、という俺も悩まされた問題を「新年度まで会長以外のポストを空席にする」「学年が変わってから新一年生をスカウトする」という荒業、暴挙、チートによって解決(?)したミレイ・アッシュフォードはやはり只者ではない。世が世なら天下を取っていたかもしれない人材だ。
まあ、中等部から高等部の生徒会室に呼び出されて仕事をさせられるルルーシュ達には同情するしかないのだが。基本スペックの高い面々が揃っているのでなんとかなるだろう。
スザクとカレンに関しては原作でも生徒会入りしているメンバーだが、入ったのは二年生の途中からだった。
それを考えれば人員は二人増えていると言える。
それにしても、スザクを起用するとは大胆なことをする。神楽耶じゃないが「敵を作りそうだ」と思わざるをえない。まあ、ミレイの場合は持ち前の性格で敵を味方に変えてしまうのであんまり心配ないんだろう。その要領の良さは本当に羨ましい。
カレンはスカウト後、かなり悩んでいたようだが、ミレイからの熱いアタックに結局根負けしたらしい。
「あの学園には変な奴しかいないわけ!?」
とか言っていたが、残念。アッシュフォード学園には変な奴とノリの良い奴しか基本いない。何しろミレイの企画するイベントにノリノリで参加する奴らだ。
ニーナみたいな大人しいタイプはさぞかし苦労しているだろう……と思うのだが、そのニーナもどうやらやる気を見せているようで、
「リリィ先輩。私、頑張ります……!」
と、意気込みを語ってくれた。
積極的になるのは良い事だ。大量殺戮兵器を開発するとかでない限りは応援できる。微笑んで「期待しています」と言ったところ嬉しそうに頬を染め、
「それで、あの、プログラミング部って私でも入れますか……?」
優秀なアルバイトが一人増えることになった。
給料などの条件は二つ返事で了承され、同僚ということになるルルーシュとも本格的な交流を開始した模様。あれで割と偏屈なところのあるルルーシュだが、実務的なところに関しては真面目な人間なので、人を茶化したりしないニーナとは相性が良さそうである。
ニーナにカレンと、ルルーシュの周りに女子が増えたことに危機感を覚えている
「先輩、私もプログラミング部に!」
「えーと、その、さすがに間に合ってるというか、水泳部に悪いんじゃないかと……」
「雑用でもなんでもやりますから!」
結局、断り切れずにマネージャーということで入部を許可した。
プログラミング部のマネージャーってなんだよって話だが、要は名前だけのポジションである。部の活動自体、週一、二回ほど短いミーティングをする程度で、後は個人での作業になる。
部室もなく、必要に応じて会議室を借りているだけなので本格的にすることがない。
「それじゃ私、いる意味ないじゃないですか!」
「えっと……」
そうだよ、とは言えなかった俺。
仕方ないのでSNSでの宣伝を任せてみた。公認の『非公式アカウント』という扱いでシャーリーの好きなことを書いてもらう仕事だ。
公式アカウントは別にあるし、公認であって公式ではないので炎上しても問題ない。そもそもシャーリーには社外秘の情報を伝えないので漏洩のしようもない。ゲームのプレイ日記とかただの日記とかを不定期更新してくれるだけで十分話題にはなるだろうという目論見。
後にこれがプチヒットして固定ファンができるのだが、それはまた別の話。
ゲームのプレイ日記よりシャーリーの綴る「社長観察日記」の方がいいね数が多いという謎の現象が起こったりもするのだが、それもまた別の話。
そんなあれやこれやが落ち着く頃には、会長の任期満了から二週間ほどが過ぎていた。
「……放課後が暇になってしまいました」
授業を終え、今日の予定を思い返して、生徒会の用事も部のミーティングも無いことに気付く俺。三年生になれば合唱部の用事がポップするだろうが、それは三年生になってからでいい。あまり自分から顔を出していると「歌ってみたシリーズ」が活気づいてしまう。
とりあえず、自室の整理でもしようか。
スザク達がやってきたり、会社が勢いづいたあたりから忙しくなって、学園の部屋に泊まることも増えていた。会社に顔を出し過ぎるのも良くないし、これからはもう少し家に帰れるだろう。
日傘をさしてクラブハウスへと歩いていると、仕事中の咲世子が目に入った。
向こうもこちらに気付いたようで軽く会釈を送ってくる。俺も小さく一礼を返した。日傘の陰に入ったまま礼をする方法に関しては少しばかり自信がある。
と。
《
忍者の特殊話法、やまびこが耳に飛び込んで来た。
俺は反応をしなかった。
元より送信側の訓練は受けていないし、内緒話のための声に応えてどうする、という話。
傍目からは友人の使用人と言葉もなく挨拶を交わしただけのこと。もし、何かしらの方法でやまびこを聞いていたとしても、暗号めいた言葉の意味がわかるかどうかは怪しい。まあ、忍者なら一発でわかる程度の暗号だが。篠崎流や他流派から技術だけを盗んだ者がいたとしたらここでリタイアするはず。
現存する忍者の中で間違いなく最強であろう
思いながら俺は自室に戻った。
陽の当たらない場所は気楽だ。
過ごしやすい服に着替えたらPCを起動し、とあるプログラムを立ち上げる。
部屋の入り口や窓に取り付けた複数個のセンサー、そのログを確認するためのものだ。開閉があった場合、中継装置を通して俺の携帯にも通知が来るようになっているので問題はないはずだが──うん、特に異常はなかった。
念のためPC側にも捜査プログラムなどを走らせてみるが、データを改竄された痕跡も、覗き見された痕跡も見当たらない。
一応、鍵のかかった机の引き出しの二重底になった隠し場所から盗聴器・監視カメラの発見器を取り出し、起動してみる。
結果は当然のごとくグリーン。
「……学園は平和ですね」
一通りのスパイ対策を終えて一息つく。
誰かに見られたら「過剰では?」と言われるかもしれないが、
これだけ対策しているのはやましいことがあるからだ! と言われた場合には「名家の養子」で「自分の会社を所持」していて「学園の生徒会長も務めていた」「病弱な令嬢」が「機密情報の入ったPCを保管する場所」にセキュリティをかけているだけだ、と言えばいい。
とはいえ、以前から続けているこの対策に誰かが引っかかったことは今のところない。
今のところ俺個人としては特別重要視されてはいない、と考えていいだろう。
まあ、シュナイゼルとか一部には目をつけられてるっぽいけど、あの男の場合は逆にスパイを送るなんてリスクを冒さないか。
腹の探り合いで相手の性質を見極め、どっちに転んでもいいように策を巡らせる──とかの方が似合いそうだ。
日本側の勢力に関しては神楽耶やスザクが直接監視めいたことをしているので、こちらもやっぱりスパイする意味があまりない。というか、最強のスパイが学園にいるわけで。
その最強のスパイがこれまで何もしていなかった、なんてことがあるわけないわけで。
「頃合いでしょうね」
生徒会長から退いたことで俺の露出度が落ちた。
高校生社長というのは目を引く看板だが、こちらも卒業が近づくにつれて効力を失っていく。これから注目される理由がない今ならば──。
食事や入浴などを済ませながら俺は「その時」を待って。
早い人間なら既に寝静まる時間。部屋のドアにロックをかけ、セキュリティを起動し、カーテンをしっかり閉めて電気を消す。
それから部屋の床の、カーペットが
かち、と。
普段であれば決して発せられない音がかすかに聞こえたかと思うと、床の一部がスライドして下への階段が現れた。
俺は用意していた携帯用ライトを手に、迷わず階段へと足を触れさせた。
◆ ◆ ◆
遂に、この時が来た。
篠崎咲世子は高鳴る胸を押さえながら静かな通路を進んでいた。
──アッシュフォード学園クラブハウス地下。
理事長によって密かに設けられたこの秘密の空間はいざという時のための脱出路であり、また、人目を避けた密会のための場所でもあった。
地下への階段は居住スペースとして用意されたすべての部屋と繋がっている。当然、咲世子と「あの子」の部屋にもだ。
ただし、降りるためのパスワードは全室違っている上、普段はロックがかかっているため正しく入力しても何の意味もない。
今日まで入念に繰り返してきた周辺調査と合わせて考えれば、まさに万全の体制といっていいだろう。
咲世子は理事長が守っている二人の皇族、ルルーシュとナナリーを守るためという名目でその操作権限の一部を与えられている。
だから。
「百合」
非常灯だけが照らす静かな通路に一人佇み、咲世子を待っていた最愛の妹を、本当の名前で呼んだとしても許される。
「姉さま」
妹の愛らしい声を、ずっと聞きたかった言葉を、聞くことができる。
「百合!」
駆け寄って抱きしめる。
「姉さま、苦しいです」
妹の悲鳴はこの際、やんわりと無視した。
少しひんやりとした肌の奥、確かにある妹の体温を感じる。
「百合」
「……姉さま」
「百合」
「姉さま」
「ゆ──」
「姉さま、キリがないです」
言われてしまったので仕方なく身を離す。
あと三回くらいは繰り返したかったのだが。いや、欲を言えば五回。いやいや七回くらいは。
「と、とりあえず、移動しましょうか」
「はい、姉さま」
百合の出てきた入り口の正面は小部屋になっている。
パスワードを入力して開けると、咲世子の希望で整えられた室内──畳に座卓の置かれた空間が露になる。わあ、と、妹が小さな歓声を上げてくれたのがとても嬉しかった。
座卓に向かい合って座……ろうとした百合を抱き上げて膝に乗せる。少女は恥ずかしそうにしたものの、文句までは言ってこなかった。
「重くなったわね」
「さすがに私だって成長します」
「そうね」
何しろ、あれから何年も経っているのだ。
何年も、姉妹として話ができなかったのだ。
「おせんべいでも食べましょうか」
「あるんですか?」
「ええ。皇様からのいただきものだけど」
「あ、そういえば私もいただきました」
もともと、百合が店を出すと言いだした件の関係で取り寄せたものらしい。
百合がもらった分はその場で味見をし、残りは会社のスタッフに分けてしまったため残っていないのだという。
少し得意になりながら茶を淹れ、二人で分ける。
「今でも、おせんべいを焼いてらっしゃる方がいるんですね」
「ええ。お米の量と質の問題で、以前のようにはいかないようだけど」
米作りにはどうしても広い土地が必要だ。
ゲットーとして用意された範囲はさほど広くなく、田んぼを作るにも限界があった。ただでさえ排水等の関係で、どこにでも作れるわけではないというのに。
「なんとかしたいものですね」
「……父上の命を無駄にしないためにも、ね」
「……父上の件は本当に残念でした」
妹の声はかすかに震えていた。
辛かっただろう。誰とも悲しみを共有できなかった分、もしかしたら彼女が一番辛かったかもしれない。
咲世子は戦う者として「親不孝」さえも覚悟していた。しかし、戦闘技能者として育てられなかった百合に同じ覚悟を求めるのは酷というものだ。
「あなたが無事で本当に良かった」
「死にませんよ、私は。まだ死ねません。……日本人が平和に暮らせるようになるまでは」
それは、咲世子にとっても切実に叶えたい願いだった。