ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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社長 リリィ・シュタットフェルト 七

(姉さま可愛いっ。姉さま、姉さま姉さま姉さまっ)

 

 自重しろ篠崎百合(おれ)

 いやまあ、姉と久しぶりに本音で話せて嬉しかったのは事実だが。一夜明けてなおこのテンションなのはちょっと困るというか、こっちにまで感情が伝播してきて辛い。

 男ベースの意識まで咲世子の虜になったらまずいだろう。ただでさえ彼女の温もりや柔らかさが感覚としてはっきり残っているってのに。

 咲世子も咲世子だ。いくら妹だからって年頃の娘を当然のように抱きしめるんじゃない。普通の姉妹なら恥ずかしがって多少距離を取るのが普通だからな。

 

 ……とまあ、愚痴はこれくらいにして。

 

 なんだかんだ、俺は咲世子との束の間の逢瀬を楽しんだ。

 何しろ数年ぶりのまともな会話だ。

 せんべいはあっという間に尽きたが話題は尽きず、お互い名残惜しいくらいだったが、あまり長い時間部屋を留守にしているとまずいので解散せざるをえなかった。俺はともかく、咲世子の方は「ナナリーが熱を出した!」とか言ってルルーシュが飛び込んでくる可能性もあるわけで、そうなった時に「寝てました」はちょっとまずい。

 なので、スキンシップを取りつつ手早く情報交換を行わなければならなかった。

 

「軍の残存勢力やレジスタンスはどうなっていますか?」

「散発的な抵抗を続けつつ、拠点を定期的に移動して勢力を維持しているわ。篠崎の者やキョウトの手勢も入り込んでいるから、今のところはなんとかコントロールできていると思う」

 

 俺の掴んでいる情報とも一致する。

 日本(エリア11)に駐留しているブリタニア軍は今のところ大規模な戦闘を経験していない。散発的に現れる抵抗勢力と戦闘、鎮圧している程度だ。その抵抗勢力にしても一当てして「勝てない」と踏むと潔く撤退しているため、破損した兵器や捕まった人員はごく僅かに限られている。

 全く被害が出ていないわけではない、という時点で罪悪感を覚えずにはいられないが。

 

「ブリタニアのKMF(ナイトメアフレーム)開発の方はどう?」

「日本との戦争を受けて開発された第五世代──『サザーランド』や『グロースター』等が徐々に比率を大きくしつつあります。コストの問題でまだまだ第四世代が主流ですが、部隊の主力は第五世代に変遷していると見るべきでしょう。水面下では第六世代、第七世代相当の構想も始まっています」

 

 ロイドはお調子者に見えて重要情報は決して漏らさない切れ者なのだが、研究施設に遊びに行ったり、セシル等の研究員とお茶したりするとぽろぽろ断片情報が拾えたりする。

 世代と機体名を明かしただけでこのお子様に何かできるわけない、みたいに無意識下で油断しているのが原因だ。お陰で見えてくるものも多々あった。

 

「サクラダイトの採掘は順調に推移しているわ。さすがにブリタニア側も、一度定めた採掘権を強引に奪い取ることはしたくないみたい」

「それをやってしまうとブリタニア国民の民意を失いかねませんからね。まさか、自国民からクーデターが起こるようなことにはなりたくないでしょう」

 

 まあ、皇帝はやりかねないんだが。

 あいつはとある事情から人の生き死に頓着していない。邪魔になるならとりあえず殺しとけばいいじゃん、くらいのノリで虐殺を起こす危険すぎる男だ。

 ただ、第一皇子のオデュッセウスは日和見派だし、宰相のシュナイゼルは版図拡大という皇帝の意向を果たしつつも人的被害をできる限り抑えようとしている。超越者と人間の意見齟齬といったところだが、皇帝がよくわからない命令を下さない限りオデュッセウスかシュナイゼルがトップという構図ではあるので、そのあたりはある程度信頼できる。

 

「では、日本側もある程度の戦力を確保できていると?」

「ええ。主力KMFは『無頼』の改造型に移行できているし、日本オリジナルのKMFも試作を経て量産に入っているわ。攻め方によってはエリア11の主要拠点を制圧できると思う。ただ……」

「本国からの増援に抗う力はない。情報漏洩等で作戦が看破されれば日本の奪還も危うい。秘密裏に生産している関係上、これ以上の戦力拡大が難しい」

「さすがね、百合」

 

 やはり、芳しい状況とはいえない。

 いざという時のために力を蓄えておく必要はあるが、それが露見してしまえば敵対行動と見做されて日本人の扱いが悪くなる可能性がある。

 それに、日本を奪還すればそれで終わりというわけではない。

 ブリタニア本国が無事である限り再占領を狙ってくるのは目に見えているし、国土を取り戻したからといってすぐ人々の生活が元通りになるわけではない。食料をはじめとする資源の確保、家屋の再建等々、問題は山積みとなる。軽はずみに大規模作戦に出れば今度こそ「詰み」になりかねない。

 この辺り、後のない原作の方が「いちかばちか」で行動に出られた面はあるかもしれない。

 

「やはり、まずは政治的に自治を認めさせるのが無難かと」

「スザク君の婚約者探しの方は?」

「芳しくありません。正規の手続きでの日本再建とはいえ、敗戦国に嫁ぐようなものですから、なかなか乗り気になってくださる方はいないかと」

 

 まあ、最悪の場合、別に神楽耶が相手役で問題ない。

 日本人とブリタニア人のペアの方が受けがいいというだけで、日本の重要人物同士のペアでも別に構わないのだ。この場合でもアッシュフォード学園に来たことは無駄にならない。スザクの柔道部部長としての活躍、神楽耶がナナリーと仲良くなったことなどはブリタニア側の支持率に影響するはずだ。

 

「と、いいますか姉さま。気になっていたのですが、スザクさまとはどういったご関係なのでしょう? 随分と仲がいいように思うのですが」

「え? ええ、っと……以前、少しの間だけお世話をしていたのよ。戦いの訓練とか、色々」

「なるほど。お世話、ですか」

 

 お世話。お世話ね。

 スザクにも色々あったわけだし、そんな彼を篠崎家が拾うのは別に不思議ではない。だけど、傷ついた青少年をこの姉が「お世話」である。

 性的な意味が含まれていたのではないか、と思ってしまうのは勘繰りすぎだろうか。

 咲世子が言いづらそうに言葉を濁したこと、スザクが「過去の女性経験」で顔を赤らめていたことから考えても割とギルティである。

 

「……そうですか。そうでしたか」

「ゆ、百合? どうしたの? 大丈夫?」

「はい、大丈夫です姉さま。やはり私とスザクさまは相性が悪いな、と、あらためて認識しただけですので」

 

 あの女たらしめ、さっさと相手を見つけて添い遂げろ。もしくはもげろ。

 

「そう。……私は、百合と彼が一緒になってもいいと思ったのだけれど」

「絶対に嫌です」

 

 汗臭そうだし、あいつと一緒になったら命がいくつあっても足りない気がする。

 

「婚約者の方を大事に思っているのね?」

「ん……そう、ですね。これ以上ないお相手だと思っております」

 

 ロイド以上に利害の一致する相手はいないだろう。

 と、いった具合に話をして、最後に次の密会をどうするかを決めた。

 

「週に一度とか、日を決めて会えたらと思うんだけど」

「定期的に実施すると怪しまれる原因になるかと。お互いの都合が合う時、不定期で実施しましょう」

「わかったわ」

 

 また会うことを約束して、俺は咲世子と指切りをした。

 

「日本人が穏やかに暮らせる世界を」

「絶対に取り戻しましょう」

 

 二人であらためて誓った数日後、俺はブリタニアの手の者によって拉致された。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「おいシュナイゼル。その『会わせたい人間』というのはもうすぐ来るんだな?」

「ああ。部下からは間もなく到着すると連絡があった。心配しなくても大丈夫だよ」

 

 神聖ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼルの用意したとあるセーフハウス、その一室にて、少女はソファにどっかりと座り込んでいた。

 若葉色の髪を持った美しい少女だ。

 手足はすらりとのびやかで、肌は若さを全力で主張するように瑞々しい。華奢で可憐といっていい腰回りと、意外に我が儘な胸元は男をその気にさせるのに十分すぎる魅力を備えている。

 ともあれ。

 どこか尊大な男性口調は、多くの男にとって眉を顰めたくなる要素だろうが。

 

「まったく。助けてくれたのには感謝しているが、あれこれ尋問したと思ったら放置、かと思えば突然やってきて『人と会え』とは随分じゃないか?」

「すまないね。でも仕方なかったんだよ。計画的に──というか、()()()()()()()()()()動くと君の存在がバレる原因になりかねなかったんだ」

「ま、それはわからないでもないがな」

 

 ふん、と、少女は鼻を鳴らして肩を竦めた。

 世界で指折りに偉いと言っていいシュナイゼル相手に随分な態度ではあるが、彼女はそれを不思議なことだとは考えていないし、シュナイゼルの方も困ったような笑みを浮かべるだけで文句を言ってきたりはしない。

 それは二人が恋人同士だから……などという楽しい理由ではない。

 少女──C.C.(シーツー)が政治権力などというものを超越した存在である、ただのその一点によるものだ。

 

 一言で少女を言い表すなら、魔女。

 一つ形容を付け加えるなら、不老不死。

 

 死ぬことも老いることもなく長い時を生きてきた彼女の精神年齢は少女と呼ぶには大人びているし、彼女の存在はいかにシュナイゼルが多くの部下を使える立場でも消すことができない。

 故に、二人のパワーバランスはこうなっている。

 

 C.C.は少し前までエリア11駐留のブリタニア貴族に捕まっていた。

 彼女の持つ不死性に目をつけられ、非人道的な研究の対象にされたのだ。そんなことをしても成果が得られるはずはない、と言ってはみたが聞き入れられるはずもなく、ただ嬲られるだけの日々が続いていた。

 そんなある日、()()()()()()によって施設から脱走することに成功、しかし、そのままでは追っ手に拘束される恐れがある──という時にシュナイゼルの配下によって『保護』されたのだった。

 もちろん事故自体がシュナイゼルの策略だったのだろうが、少なくともこの皇子はC.C.を紳士的に扱った。どこか胡散臭い印象のせいか男としても人間としてもあまり好きにはなれないタイプではあったが、身体をあれこれ弄り回されるよりはずっとマシだった。

 シュナイゼルと共に過ごした時間はそう多くない。

 ブリタニアの宰相として多忙な彼は基本的に本国に居なければならなかったし、彼と共に本国へ赴くことはC.C.が拒否した。結果、彼女はセーフハウスで保護され、軟禁状態となっていた。

 

 そんな折、この胡散臭い男は人と会って欲しいと言ってきた。

 一人で逃げ出す力がない以上、従うしかないのは事実だが、会わされる相手によっては良くない展開だ。

 シュナイゼルとC.C.の利害はある程度一致している。面倒なことにはならないと信じたいが──。

 

「お連れいたしました」

「ご苦労。下がって良い」

「はっ!」

 

 シュナイゼルの部下は一人の客人を連れてくるとすぐに退室していった。部屋の周囲は固められており、防備は万全だが、普通に話す分には外に聞こえることはない状態。

 さて。

 C.C.は連れてこられた少女をまじまじと見つめて、

 

「なんだこいつは」

 

 率直すぎる感想を口にした。

 

「……あの、シュナイゼル殿下。突然連れてこられて私も困惑しているのですが」

 

 幸い(と言っていいのかわからないが)、向こうとも意見が合った。

 学校の制服らしきものを着た白髪赤目の少女は「困っている」と言いながらもおっとりした態度で首を傾げてみせた。

 まさか、ただの学生というわけでもあるまいが。

 

(いや。そうだ。ただの学生ではない)

 

 C.C.には長年の経験による観察眼が備わっている。

 人の性質を直感的に判断できるその感覚によると、この少女はある意味自分と、そしてシュナイゼルと似たタイプだ。

 力を持たないが故に人を観察する癖があるということと、何食わぬ顔で人を食ったような行動を取ってくる、という意味で。

 その証拠に、向こうもさりげなくC.C.を観察し、その上何かを感じ取ったのか、かすかに動揺したような様子を覗かせている。

 

 シュナイゼルはそんな二人を見て穏やかに微笑んで、

 

「C.C.。彼女はリリィ・シュタットフェルト。君が囚われているという情報を私に提供してくれた人物だ」

「何?」

「リリィ。彼女はC.C.。例の非人道的実験の被害者にして、不老不死の魔女だ」

「え、あの」

「シュナイゼル。お前、何を考えている」

 

 いきなりぶっちゃけすぎだろう、というC.C.とリリィの視線をシュナイゼルはさらりと無視した。

 やはりこの男は信用ならない、と思いつつ、C.C.はリリィというらしい少女に視線を向け、

 

「そこまで明かすということは、こいつは信用できるんだな?」

「ああ。少なくとも君を悪い人間に引き渡すことはないと思うよ」

 

 当人が悪い人間でないとも、情報を秘匿しきれるとも言っていないわけだが。

 

「例の実験、彼女で行ってもらえないかと思うんだ」

「え」

 

 声を上げたのはC.C.ではなくリリィだった。

 リリィが上げなければC.C.が上げていただろうが……()()()()()()()()()()()()()()()()の件を知っているC.C.はともかく、少女の方は一体、さっきの言葉から何を読み取ったというのか。

 まあいい。

 C.C.は息を吐くと立ち上がり、リリィに数歩の距離まで歩み寄った。

 

「リリィとか言ったな」

「は、はい」

「お前には願いはあるか。力が欲しくはないか。欲しければくれてやろう。王の力はお前を孤独にするかもしれない。だが──」

「あ、要りません」

「おい、シュナイゼル!? どうしてこんなやつを連れてきた!?」

 

 C.C.は長く生きてきた。

 力などいらないと言われたことはもちろんあった。だが、そう答えた者達でもさすがに思案する間はあった。だというのに……。

 言葉の意味を理解できたかどうかすら怪しいタイミングで、食い気味に断られたのは、さすがの彼女でも初めてであった。


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