ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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社長 リリィ・シュタットフェルト 八

 放課後、家に帰ろうとしたらシュナイゼルの部下に拉致された。

 スーツ姿(皇家の紋章が入っていないもの)の若い女性を使い、帰り際の俺にタイミングよく声をかけてきたあたり抜け目がない。端から見ていただけの生徒は「仕事関係の人かな?」くらいにしか思わなかっただろう。

 俺にしたって、記者が取材に来たりすることもあるのであまり警戒していなかった。

 

「会っていただきたい方がいるのです」

「どちら様ですか?」

「シュナイゼル殿下です」

「っ」

 

 囁かれ、声を上げなかった俺を褒めて欲しい。

 有無を言わさず、とまでは行かない、任意同行くらいの強制力ではあったが従わないわけにもいかず、俺は要請に応じた。

 家や会社にどう連絡するかは迷ったものの、普通に用事で遅くなると伝えた。

 一応「我々に貴女を害する気はありません」と言われたのもある。信用できるかというと信用できないが。シュナイゼルの場合「害する気はないけど情報は抜くよ」とか「平和的な手段でこっちの思い通りに動いてもらうよ」とかがありえるわけで。

 

 これ、詰んだんじゃ? とか思いつつ「安全のため」と道中目隠しをされたまま移動し──ごく普通の高級住宅に見える場所で、シュナイゼルとC.C.に会った。

 内心は絶句である。

 さすがシュナイゼル、前準備もできないタイミングで最高のボールを投げ込んできた。

 やっぱり俺は疑われているか、あるいは試されているのだろう。

 

 何を言ってくるのか、どこまでの情報を出していいのか。

 動揺しつつ様子を窺い、とにかく不自然でない行動を取ろうとしたら、シュナイゼルの勧めでC.C.が契約を持ちかけてきた。

 

「王の力はお前を孤独にするかもしれない。だが──」

「あ、要りません」

「おい、シュナイゼル!? どうしてこんなやつを連れてきた!?」

 

 なんか盛大に怒られたが、いきなり怪しげな押し売りなんかされたらこうもなる。

 C.C.自身にある程度の人間味がある分「僕と契約して魔法少女になってよ!」とか言ってくる白いのなんかよりはマシだが、物語の渦中へ一気に放り込まれて大変なことになるのは目に見えている。

 と。

 原作を知っているからこその事情は胸に秘め、俺はC.C.同様にシュナイゼルへ視線を向けて、

 

「あの、シュナイゼル殿下。ご意向に反するようで大変申し訳なくはあるのですが、話が抽象的すぎてお受けするのを躊躇してしまいます。せめて説明をいただけませんか?」

「ああ、そうだね。すまないリリィ。少し性急すぎたかもしれない」

 

 紳士的な笑みを浮かべるシュナイゼルだが、俺はもう「この人格好いい」とか絶対に思わない。こわい。

 

「ひとまず、茶でも飲みながら話そうじゃないか」

「……ふん、良かろう」

「かしこまりました」

 

 C.C.はどこか尊大に、俺は淡々と第二皇子の提案に応じた。

 なお、お茶は俺が淹れる羽目になった。シュナイゼルにやらせるわけにはいかないし、C.C.が自分でやるわけないから仕方ないんだが。

 

「なかなかいい香りだね」

「恐れ入ります」

「おい、世辞が過ぎるぞシュナイゼル。器の温め方が甘いし香りも立ち切っていない。まだまだだな」

 

 このお姫様、ちょっとというかかなり我が儘である。

 

「生憎、私の婚約者さまは味にこだわりのない方なもので」

「食に拘りがないとは人生を損しているな」

 

 原作でピザばっかり食べてた女が何を言うか。

 

 と、どうでもいい話はここまで。

 俺とC.C.が腰を落ち着けたところでシュナイゼルが話を始める。

 

「さっきも言った通り、彼女──C.C.は()()()()()によって拘束され、非人道的な実験の対象になっていた。君からの情報もあってそれを助け出すことのできた私は、彼女から事情を聞くことになったのだけれど、そこで驚くべきことがわかってね」

「驚くべきこと、ですか」

「言うまでもないと思うけど、この話は内密にして欲しい。下手をすれば国をも揺るがしかねない事実だからね」

 

 先に興味を引いておいて「秘密にしてね」と来たか。

 あくどいやり方に俺は苦笑を浮かべ、

 

「……聞いてしまうと後戻りできなくなりそうなのですが」

「覚悟がないなら介入するべきではなかったな」

 

 と、これはC.C.。

 うるさい。実は大ピンチだったくせに。

 内心文句を言いつつ紅茶を一口飲みこんで、

 

「わかりました。お伺いします。ご協力できるかどうかは話の内容によりますが」

「ありがとう。では話そう」

 

 シュナイゼルが語ったのはだいたい次のような内容だった。

 

 不老不死の魔女C.C.は「死なないし老いない」という特性の他に、もう一つの力を持っている。それは他人に「ギアス」と呼ばれる能力を与えるものだ。

 ギアス。

 ファンタジー小説やTRPGなんかで「強制の呪い」として登場することの多い単語だが、その通り、その力は強制的な支配力を有している。

 効果は個人ごとに異なる上、適性によって威力も変化するため一概には言えないが、人を意のままに操ったり、場合によっては世界の法則さえも捻じ曲げることができる。

 

 ブリタニア皇帝シャルルはギアスの存在を以前から知っており、C.C.とは別の超越者からギアスを得ている。

 今の皇帝の代になってから急速に国土を広げたこと、強硬姿勢を貫き続けていることには「ギアスの存在」が関係している。

 

「……にわかには信じがたい話ですね」

 

 ロボットアクションものに対人用の異能力の組み合わせだ。俺も、最初に見た時は食い合わせが悪いんじゃないかと思った。

 

「だが事実だ。いや、事実らしい、と言うべきか」

「というと?」

「シュナイゼルの前で実証したわけではないからな。私自身がギアスを使えるわけではないし、証明のしようがない」

 

 もちろん、シュナイゼルは自分で契約をして確かめようとしたらしい。

 しかし彼は失敗した。

 契約は不成立となり、ギアスを得ることができなかったのだ。

 失敗した理由について俺はとある推測を立てることができるが、そこまではC.C.はもちろん、シュナイゼルも語らなかった。もちろん俺もわざわざ口に出したりはしない。

 

 ともあれ。

 自分が駄目なら、と、シュナイゼルは代わりの者を用意しようとした。

 

「ですが、殿下には多くの部下がいらっしゃるでしょう?」

「確かに、信頼のおける部下は多くいるよ。だけど、今回の件は話が大きすぎる。彼らに任せるのは少々心苦しかったんだ」

 

 使えるものはなんでも使う性格だろうに。

 まあ、情報漏洩の観点から見ても下の者を使うのは問題があったのだろう。また、本当にギアスが発現した場合、その人物が暴走しないとも限らない。

 であれば、ある程度事情を明かしても問題ない人物に委ねる方がいい。

 で、もともとC.C.の件をシュナイゼルに教えた俺なら新たに巻き込むことにはならないだろう、というわけか。

 

 ロイドあたりに頼んでも良かったような気もするが、彼も「要らなーい」とか言いそうではある。与えられた力を振りかざすより、科学者として自分の手で生み出す方に生き甲斐を感じる人物だ。つまらない茶々を入れないで欲しい、くらいに思われてもおかしくない。

 となると、やっぱり俺か。

 まさか他の皇族を使うわけにもいかないし、俺はロイドの婚約者でもある。シュナイゼルから資金提供まで受けている以上、彼とは一蓮托生といっていい。

 

「どうだい? 協力してもらえないかな?」

「失敗するかもしれませんよ。それに、そのギアスで殿下に反旗を翻すかもしれません」

「失敗したらその時はその時だよ。そして、本気で反逆する気があるならそんなことはわざわざ言わないんじゃないかな?」

 

 まあ、今のところシュナイゼルを敵に回す気はない。

 皇帝とシュナイゼル、どっちが友好を結びやすいかといったらどう考えてもこっちだ。

 とはいえ。

 

「……本当にいらないんですよね」

 

 ギアスには秘密がある。

 C.C.は言わなかったが、あれは単なる便利な異能では決してない。呪いと呼ぶのが相応しい、忌まわしい力だ。

 例えば、ギアスは暴走する。

 使えば使うほど効果が強くなって、やがて()()()()()()()()。使うほど制御しやすくなるのが普通だろうに、勝手に暴走して悲劇を撒き散らす。

 だから、いらないと言ったのは嘘でもなんでもない。

 

「やれやれ。相当に強情な女だな」

 

 C.C.が溜め息をついた。

 恐ろしいほどの深みを湛えた超越者の瞳が俺を射抜き、

 

「本当にいいのか? こんなチャンスは二度とないぞ。そして、お前が思っている以上にギアスの力は強大だ。お前の望みを叶えるのに役立つだろう」

「C.C.さまは──」

「C.C.でいい」

「C.C.は、私にギアスを使わせたいのですか?」

 

 ふん、と、一笑される。

 

「別に。ただな、お前はシュナイゼルとは違うだろう」

「違う?」

「適性はまあ、なくもない。そして、お前なら望めばギアスが手に入るだろう。おそらくな」

「そう、ですか」

 

 シュナイゼルにはできないことが、できる。

 望みさえすれば。

 

「……私は」

 

 確信できる。

 ここは大きな分岐点だ。ギアスを得てしまえば本当に引き返せなくなる。主人公のルルーシュがギアスを得ていない今、俺がギアスを得れば、渦中に立たされるのは俺になるかもしれない。

 それでも。

 俺には望みがある。

 

『日本人が穏やかに暮らせる世界を』

『絶対に取り戻しましょう』

 

 実現させるには力がいる。

 日本の再興だけならどうにかなるかもしれないが、平和を維持したいならブリタニア皇帝と、その裏にいる者を排除しなければならない。

 だが、今の俺には手段がない。

 枢木ゲンブを殺した存在──ギアスを持った暗殺者に抗う力さえ持っていない。

 

 せめて。

 せめて、ギアスの力から周りの人間を守ることができれば。

 

「わかりました」

 

 長い逡巡の末、俺は頷いた。

 

「契約します。C.C.。私にギアスをください」

「いいだろう」

 

 ふっと笑い、そしてほんの少しだけ悲しそうな顔をしたC.C.は、再び俺の目をじっと見つめた。

 そして。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「つまらん部屋だな」

「放っておいてください。というか、ここに匿うのも私としてはリスクなんですよ?」

 

 ぽふん、とベッドに腰掛けたC.C.は、新しい保護者になった少女からの(大して怖くもない)抗議の声を聞き流した。

 事が済んだ後、彼女達はシュナイゼルの部下に送られてアッシュフォード学園にやってきた。

 家に帰る予定だったリリィは「まったくもう」とか言いながら家に外泊する旨を伝え、必要以上に人目を気にしながらC.C.をここまで連れてきた。

 

「そんなに気にしなくても良かろう」

「ご自分の姿を見てから言ってください」

「? 何か問題でも?」

 

 太ることのないスリムな身体。

 研究施設から逃げ出した時からの拘束衣はこれでなかなか、慣れると悪いものではない。

 

「……せめて普通の服を着てください」

「ああ。なら最初からそういえばいいものを」

 

 ベッドから下りて「で? 替えの服はあるのか?」と尋ねると、リリィは唇を噛んだ。

 すました顔をしているこの少女が目に見えて苛立つ姿はなかなかに楽しい。唇を歪めたまま、C.C.は少女が差し出して来た服を受け取る。

 

「私の服ですので多少窮屈かもしれませんが、それは我慢してください」

「ああ、その貧相な胸ではな」

「……もうツッコミませんからね」

「それは残念だ」

 

 渡された服は「窮屈かもしれない」と言いつつ、C.C.の身体にちょうど良かった。

 お嬢様めいた大人しいデザインなのが不服ではあるが、身体の締め付けが少なく、裾や袖が長めのつくりだったことが幸いしたらしい。

 お陰で胸が苦しいこともないし、腹が出てしまったりもしない。

 

「しかし、シュナイゼルも思い切ったことをするものだな」

「そうですね」

 

 契約は成立し、リリィはギアスを手に入れた。

 めでたく共犯者となった少女にあの策謀家の皇子様は「C.C.を匿ってやってくれないか」と持ち掛けた。

 シュナイゼルの手元に置けない以上、C.C.の存在はリスクだ。C.C.としても皇族に匿われているよりは気楽ではあったが、本当に大胆な手を打つものである。

 まあ、あの男にとってはもうC.C.は用済みということなのかもしれない。

 C.C.の言ったことが真実だと証明されたことで、彼は多くの手札を得た。切り札(ジョーカー)はババ抜きでは致命傷となる。手元からなくしてしまった方が動きやすいというわけだ。

 

「ま、お前のせいでいささか地味な実証になったがな」

「能力を選べるわけではないのですから仕方ないでしょう」

 

 不満そうに言ってくるリリィ。

 実を言うと、彼女との間に契約は成ったものの、リリィは実際に「ギアスの効果を見せる」ことができなかった。

 正確には、ギアスを使おうと念じることで効果自体は発動したのだが、それはあの状況で目に見えるものではなかった。よって、確認できたのはリリィの左目に浮かび上がった紋章、ギアス行使の証だけだった。

 

「あの、C.C.。結局私のギアスはなんなのですか?」

「いずれわかる」

 

 本人からのやや間抜けな問いへ適当に答えた。

 

「お前のギアスは必要な時になれば自ずと適用される。だから、まあ、いざという時がいつ来てもいいよう、大事なものは手元にでも置いておけ」

「……なるほど。わかりました」

 

 敢えて煙に巻くような言い方をしたのでまた何か文句を言ってくるかと思えば、リリィは納得したように頷くだけだった。

 

「危険な力ではなく幸いでした」

「……欲のない女だ」

 

 嘆息し、もぞもぞと拘束衣を脱いでいく。

 

「腹が減った。ピザでも取ろう」

「ピザですか……。私、チーズくんのぬいぐるみを貰えるくらい、ピザは食べ飽きているのですが」

「なんだと!? ……なるほど、やはりお前は私の敵だったか」

 

 C.C.の欲しいものを「すでに持っている」といともあっさり言ってのけた憎らしい少女を睨みつけつつ、C.C.は頭の片隅で思った。

 この少女の瞳に浮かんだ紋章は青い、正位置の紋章だったな、と。




※補足(独自解釈を含みます)

ギアスは所有者の望みを叶えるものであり、その人物の持つ欲望が反映される傾向にある。
シュナイゼルは極限まで「欲のない」人間であり、それゆえ彼は遺伝的な意味でのギアスの適性(R因子)は十分でありながらギアスを得られなかった。

逆にリリィはR因子こそ最低限であり、口では「ギアスなどいらない」と言っていたものの、実際には十分な願いを秘めていたためギアスを得られた。

リリィに発現した青いギアスはルルーシュ等が持つ赤いギアスとは性質の異なるもの。
本編におけるジェレミアや『亡国のアキト』におけるレイラが青いギアスの持ち主だが、赤いギアスとの具体的な違いは不明。
本作では平和的(防御的)な効果のギアスの場合青くなるものとしている。

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