ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
正面に座ってティーカップを傾ける白髪の少女は、いつになく緊張した様子だった。
リリィ・シュタットフェルト。
十分な実務能力と各種のコネクションを持ち、学生レベルを超えた財力を有する。また虚弱で、勤勉すぎるきらいがあり、大のお人好し。
お陰でルルーシュ・ランペルージは少女に対して「とても好感が持てるが、最終的には信用も信頼もできない」という妙な評価を下している。
何しろ、あちこちから頼られて身動きが取れなくなった上、頑張りすぎて倒れかねない。
だからこそ、当たり障りのない範囲でお帰り願いたいのだが。
そっと、隣にいるナナリー、それから車椅子を支える咲世子を見れば、二人の顔には「この人には誤魔化しを口にしたくない」と書いてあった。
大事な相手だからこその方便というのもあると思うのだが、困ったものだ。
「ミレイ会長の件でしたよね」
かつては呼び捨てにしていた一つ年上の少女は「先輩」を経て「会長」になった。
何年もの日々を共に過ごす間に彼女には幾つもの恩と愛着ができた。
そのミレイが悩んでいるというのなら解決してやりたいが、
「はい。ルルーシュさんたちなら何かご存じではないかと」
リリィが察した通り、ミレイの悩みにはルルーシュとナナリーが大きく関わっていた。
「……ええ」
ルルーシュはさっと表情を曇らせると、視線をやや下に向けた。
「おそらくは俺達の件が原因でしょうね」
「では、ルルーシュさんとナナリーさんに何か……?」
「はい。実は近々、この学園を去ることになりそうなんです」
「……それは」
少女がはっとした表情を浮かべる。
一方、彼女があまり驚いてはいないこともルルーシュにはわかった。
(聡い人だ。ある程度、ここに来る前に予想していたか)
あのミレイが悩むとなれば大事だと、付き合いの長い者なら思い至るだろう。
その中に「親しい者との離別」は当然含まれる。
「決定、なのですか?」
「ほぼ確定です。今は、今後の身の振り方を考えているところです」
「私も、皆さんと離れ離れになるのは寂しいのですが……」
「ナナリーさん……」
心なしか、リリィの声に切ないものが交じる。
ナナリーとはとても仲良くしてくれていた。当人には内緒で「ナナリーでも遊べるゲーム機」の開発までしているくらいだ。ルルーシュが彼女の会社でバイトを続けているのはそうした恩に報いるため、というのが大いに含まれている。
それだけに、申し訳ないのだが。
──ブリタニア皇族が来るとなれば、学園にはいられない。
ルルーシュ達はミレイから第三皇女・ユーフェミアの来訪を知らされた。
最後に会ってから何年も経っているとはいえ、昔よく一緒に遊んだ相手だ。お互い顔を合わせれば一発で誰だかわかるだろう。
ユーフェミアにバレれば他の皇族にもバレる危険がある。
正直、ルルーシュもナナリーもユーフェミア一人が相手ならバラしてもいいと思っている。
ただ、漏洩しない保証がない以上、後ろ盾となってくれている理事長の立場を考えれば、危険な橋を渡ることはできない。
捨てられた存在とはいえ元皇族。
生死を偽った挙句、別の名を与えて守っていた、などということになれば罪に問われても仕方ない。
もちろん、詳しい事情までは語れないが。
「今後はどうなさるのですか?」
ルルーシュ達の真の素性を知らないリリィもそこには突っ込んでこない。
「大阪か、函館か。別の租界に移ることも含めて検討中です。場所がどこでもナナリーと一緒なら俺は幸せですから」
これは嘘ではない。
ナナリーを守りながら力を蓄え、いつの日かブリタニア帝国に、皇帝に復讐する。その方針に何ら変わりはない。
「……プログラミング部も辞めないといけませんね。先輩にはお世話になったのに、急なことで本当にすみません」
「いえ、そんな。事情があるのであれば仕方のないことですから」
やはり、リリィはお人好しだ。
意図的に事情をぼかせば、そこまでは突っ込んでこない。なまじ頭が回る分、幾つもの理由を頭の中に浮かべてしまっているのだろう。
沈黙が落ちる。
数十秒か、一分か。
間を置いて口を開いた二歳年上のか弱い少女は、一つの提案を口にしてきた。
「うちに来る、というのはどうでしょう?」
「え? リリィ先輩のおうちにですか?」
ナナリーが可愛らしい声で疑問を口にする。
シュタットフェルト家。
ブリタニアの名家ながら
秘密が露見する可能性、アッシュフォード家の力が及ばなくなる可能性を思えば得策とは言い難い。
が、
「いいえ。ルルーシュさんを正式に、フルタイムのアルバイトとして雇用したい、というお話です」
「!?」
それは、考えなかったといえば嘘になる。
どうせ学園を離れるなら東京租界を出る方が安全であること、学園を離れる理由付けとして不十分であること、そして何より「リリィにそこまで負担をかけられない」という理由からルルーシュの中でボツにした選択肢だったのだが。
「住居はこちらで手配します。学園から離れた一軒家を使っていただいて、これまで通り在宅のプログラマーという形で勤務していただければ構いません。勤務時間が伸びるのでお給料を弾むこともできますし、何でしたら時給アップも検討──」
「ま、待ってください!」
思わず制止した。
当の少女は「? もう少し条件を追加しましょうか?」などととぼけたことを言っているが、
「そういうことではありません。そこまでしていただく理由が何もない。理事長やミレイならともかく、先輩とは他人のはずだ」
「お兄様……」
「ルルーシュ様……」
敢えてきつい言い方をしたルルーシュにナナリーと咲世子の声が突き刺さる。
どうして身内のはずの二人がリリィの味方をするのか。これが女同士の結託というやつか。擁護されているのがリリィでなくスザクやリヴァルだったら数日引きずるくらいのダメージを受けているところだ。
ともあれ。
「ルルーシュさん、それは違います」
視線の先で、リリィは微笑んでいた。
「私とお二人は他人ではありません、友人です」
友人。
母を失い、父に捨てられ、頼れるものを失ったことのあるルルーシュには、その何気ない言葉が強く響いた。
ミレイ、スザク、リヴァル、シャーリー、ニーナ、神楽耶。
いつの間にか増えていた「友人」と呼べる存在。その顔が一つずつ脳裏に浮かぶ。
「そして、ルルーシュさんは我が社の貴重な戦力です。仮面の天才プログラマー・ゼロがいなければ、我が社の二作目はこれほどヒットしなかったでしょう。あなたを失うことは痛手なんです」
「……先輩」
「ゼロ、というネーミングは小中学生あたりにしか受けないのでは、という気は正直いたしますが」
「先輩……」
猛烈に放っておいて欲しかった。
自分では割と格好いいと思っていただけに、期せずして精神的ダメージを受けることになったルルーシュだが、がっくりと項垂れてみると、瞳が涙で滲んでいることに気付いた。
この涙はもちろん、ゼロの名を酷評されたせいではない。
──リリィの提案を冷静に検討する。
学費が捻出できなくなったので働く、とでも言えば退学理由は説明できる。
在宅で仕事ができるのなら、他の友人達には「別の租界へ行く」と言っておけば誤魔化せるだろう。スザク達が卒業した後、学園とは関係のない場所で会う分には問題ない。
ミレイとリリィが遊びに来てくれれば、ナナリーもそれほど寂しがらないだろう。
ルルーシュは顔を上げて答えた。
「ありがとうございます。前向きに検討させてください」
「お兄様……!」
「良かったですね、ナナリー様」
既に決定事項のように明るい声を上げるナナリー。咲世子の方も若干声のトーンが上がっているように思える。
まあ、しかし実際、他に良い案がなければ受けていい話だろう。
これでもし、リリィ・シュタットフェルトが全てを知っている黒幕で、最後にルルーシュ達を裏切る気なのだとしたら、まんまと乗せられていることになるが。
「……本当に、先輩はお人好しですね」
「よく言われます」
少女は何故か得意げな様子で微笑んでくれた。
◆ ◆ ◆
勝った。
学園を離れてどっか行こうとしているルルーシュを説得し、引き留めることに成功した。
即答してくれなかったルルーシュだったが、あのあとミレイや理事長と連絡を取ってくれたようで、翌日には俺も交えた相談が行われた。
結果、兄妹は退学して二人暮らし、ルルーシュがうちのバイトとして引き続き働くことが決定した。咲世子もこれまで通り世話係を担当する。
姉とは一回地下で話した後、C.C.の件とかで忙しくなったせいで話せていない。
ルルーシュ達に遠くに行かれると知らないうちに詰みかねなかったし、もし咲世子がそれについていく、なんてことになったら俺のメンタルが死にかねなかった。
だが、これでギリギリ色んなことを繋ぎ留められた。
「先輩は困った時ほんと頼りになりますよね!」
と、ミレイからは少しばかり後が怖くなるようなことを言われた。
「私は自分の利を取っただけですよ」
「じゃあ、そういうことにしておきます。……でも先輩、家一軒買うって結構凄くないですか?」
「いずれにしてもあと一年で卒業でしたし、家はあっても困らないので」
社長の給与という名のお小遣いは殆ど手付かずなので、家くらいならなんとかなる。
そういうことなら、と、理事長も資金援助をしてくれることになったので、むしろラッキーだった気もする。
「あれ? 先輩、大学はどうするんです?」
「最近、行かなくてもいいかな、って思い始めてるんですよ」
何故かといえば、
大学に行くとなると本土に渡らないといけない。ロイドがこっちにいるからなかなか会えなくなる……のはまあ、表向きの理由として、正直体調面を考えてもあんまり行ったり来たりしたくない。会社経営も遠隔でやるしかなくなってしまう。
いっそのこともう、高校生から経営者という「どこの天才セレブだよ!」っていうコースを辿ってしまっても問題ないのではなかろうか。
本土に行くとなるとシュナイゼルとちょこちょこ会えてしまう、という恐怖もあるし。皇帝が出てきてギアスかけてくることだってありえなくはない。
「なるほど。先輩は凄いですよねー。学生のうちから会社動かしてるんですもん」
「ノリでゲーム会社作ったら当たっちゃっただけなんですけどね」
「またまたー」
いや、ほんとなんだってば。
「ミレイさんはやりたいこととかないんですか?」
「私ですか? ギリギリまでモラトリアムしていたいです」
わかる。
「先輩、いざとなったら雇ってくれますか?」
「いいですよ。この先、企画や広報にも力を入れることになるでしょうし。まあ、ちゃんと審査はしますけど」
「さすが先輩、そういうところは面倒臭い」
褒められているのかけなされているのか、どっちだろう。
というわけで、家を買うことがぱぱっと決まり、ぱぱっと物件探しに入った。
条件は学園から遠く、それでいて新社屋から近いところ。
ロイドと暮らすことはまだあんまり考慮しなくていいだろう。大学に行かないとなると結婚自体は急ぐ羽目になるかもだが、同居に関してはギリギリまで逃げられるのが想像できる。
『えーっと、ほら、この新型機が完成するまで待ってよ』
『あー、あの件。ざーんねん、新しい機体の図面引いちゃったからさあ』
挙句、もう研究所の中に新居を建てよう、とか言いだしても驚かない。
卒業してからロイドと同居するまでは俺もルルーシュ達と一緒に住めばいい。……ん? 年頃の男女が同居はまずいのか? いやまあ、ルルーシュだから大丈夫だろうとは思うが。なんなら友人から家賃収入を得る悪女を演じてもいいし、ルルーシュ達も使用人扱いにしてもいい。
使用人といえば、C.C.もついでに住まわせてしまえば色々と問題が片付く気がする。
「どうでしょう、C.C.。イケメンとの同居ですよ」
「嫌だ」
本人にかけあってみたところ、取り付く島もなかった。
「どうしてです?」
「あのなあ。お前は私を雑に扱い過ぎだ。どこの世界に不老不死の魔女を友人に売る奴がいる。私からギアスを得たことを忘れたのか?」
「忘れてませんよ。まだ一回も使ってませんが」
というか、俺だってC.C.をパスする先くらいは選ぶ。
絶対にブリタニア皇帝に売ったりしない相手だからこそ、ルルーシュが適任だと思っている。咲世子がいてくれれば戦力的にも申し分ないし。
と、言えない理由を内心呟きつつ「どうにかなりませんか」と言うと、何かを察したようにふんと鼻を鳴らして、
「百歩譲って一緒に住んだとしてもメイドはやらん」
「あれ、もしかして家事に自信がないんですか?」
「……お前、やってはならない侮辱をやったな? こう見えても私は家事万能なんだ! 面倒だからやらないだけでな!」
じゃあやってみてください、と煽ったところ、どこをどうひっくり返しても俺より美味い料理が出来上がったので、全力で「ごめんなさい」をした。