ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「一つ、はっきりさせておくぞ」
家の契約は滞りなく済んだ。
ルルーシュとナナリー、咲世子には俺からも人を入れるということで了承をもらってある。
とはいえいきなり知らない人と同居では戸惑うだろうということで、ルルーシュ達には先に家へと入ってもらった。
そして、C.C.をルルーシュ達に引き合わせる日の前夜。
幾多のピザとポテトと野菜サラダを犠牲にして召喚されたチーズ君を抱きしめ、一つしかないベッドに腰掛けながら、不老不死の魔女は俺に尋ねた。
「お前はルルーシュ・ランペルージにギアスを与えたいのか?」
「……そうですね。迷っている、というのが正直なところです」
ふかふかのデスクチェアに腰掛けた俺はC.C.と向かい合うようにして答えた。
「ほう。それは何故だ?」
「ルルーシュさんには何か秘密がある。鬱屈したものを抱えていて、放出するタイミングを窺っている。そんなふうに感じられるからです」
「ギアスがあればその『何か』の助けになる、と?」
「少なくとも私はそうでしたから」
まだ一回も使っていないが、初対面の人間に「はいギアスー! ゲームオーバー!」ってやられる危険性は大きく下がった。
C.C.を引き受けたことでシュナイゼルとの繋がりが増したことも大きい。
「ただ、ギアスなんてない方がいいと思うんです」
「手に入れておいて虫のいい話だな」
「はい。ですから、守るための力を得られたことは幸いでした。他のことに使えないのなら悩む必要がありませんから」
とはいえ、俺のようなケースは稀だ。
ギアスを望む者は強い望みを抱えている。それを叶えるために必要なのは赤い攻撃的なギアスである可能性が高い。
青いギアスも危険を孕んではいるが、赤いものの危険性はその比ではない。
「ギアスの存在について私は否定的です。ですが、他にとりうる方法がなく、ルルーシュさんがギアスを望むのなら、それを止めるべきではないと思っています」
「ならば、私がルルーシュ・ランペルージと契約してもお前は構わないんだな?」
「構いません。それがあなたと、ルルーシュさんの決断なら」
ギアスを使ってすることに口出しする気は満々だが。
「そもそも私は、あなたから全てを聞いたわけではありません。あなたがギアスを与える基準も、ギアスの持ち主に何をさせたいのかも詳しくは知りません」
「ああ、聞かれなかったしな」
聞かれてもはぐらかす気満々だったろうに。
くすりと笑ってC.C.を見つめる。
「C.C.。あなたの望みも、世界をかき乱すようなものでないと信じています。……いいえ、願っている、と言うべきでしょうか」
「それはまた、随分と見込まれたものだな」
C.C.はチーズ君を傍らに置き、両手を広げた。
「私がこれまで何人にギアスを与えてきたかわかるか? ギアスを得た者が何をしてきたのか、お前に想像がつくのか?」
「いいえ」
彼女からギアスを得た、と明確にわかるのは二人くらいしかいない。
ただ、二人はどちらも存命の人物なので、過去にもっとたくさんいただろうことは想像がつく。
片方のはた迷惑ぶりからして、ギアスのせいで人生を狂わせた者が多くいたであろうことも。
「だから、私には信じるしかありません」
「信頼などという曖昧なもので私は操られないぞ?」
「私はそんなに器用じゃありませんよ」
俺の言葉がどこかへ少しでも引っ掛かってくれればいい、とは思うが、結局のところ信じるか信じないかは好き嫌いで決めるしかない。
互いの道が違わないためには言葉を尽くすくらいしかできない。
だから、
「もし、ルルーシュさんとそういう話になったら、私にも教えて欲しいです。他の人よりは話し相手になれるつもりですし」
「ああ。ま、考えておいてやる」
C.C.は笑わず、目を伏せて答えた。
「お前はすぐに死にそうにもないからな。多少はご機嫌を取らないと後が怖い」
「む。それはどういう意味ですか、C.C.」
「さあな」
今度こそくつくつと笑ったC.C.。
彼女はその夜、一度も声を荒らげることはなかった。
シリアスな話だったせいであって、名残を惜しんでいたからではないとは思うのだが。
「というわけで、ゆくゆくは私の秘書をしてくれたらいいなと思っている、セシリア・クラークさんです」
翌日、日曜日。
引っ越しの準備という名目で学園を出たルルーシュ達から遅れること十数分。C.C.を連れ、別口で新居に向かった俺は遂にこの時を迎えた。
セシリアというのは当然偽名。
特に戸籍を偽造したわけではない(逆に手続きの過程で存在がバレそうだし)が、いくらなんでも「C.C.です」では怪しすぎるということで適当にでっちあげた。
秘書云々も出まかせだが、まあ、何かしてもらうならそのあたりが適当かな? ということで、一応本人からも了承をもらった上での設定である。
ゲーム会社の社長秘書ならゲーム三昧でもギリギリ仕事と言い張れるだろう、多分。
ちなみに俺がゲーム会社の社長で、C.C.やシュナイゼルが廃人化してるのはうちのゲームだ、と伝えた時は大騒ぎだった。
『どうしてもっと早く言わない!?』
と言うので「少しは尊敬してくれたのかな?」と思ったら、こことこことここ、あとここの作りこみが甘い! と怒涛のような駄目だしが来た。
神話モチーフならまだ出していない奴がいっぱいいるだろう、と、事前にがっつり調べた俺でさえ認識していないようなマイナーな名前が飛び出してきたり。
以来、貴重なご意見を次々吐き出してくれる便利なユーザーさんとして割と重宝している。
「セシリアだ。よろしく」
スーツを着て伊達眼鏡をかけたC.C.は文句なく可愛い。
こんな偉そうな秘書がいるかというツッコミは我慢するとして……。
「ナナリーと申します。よろしくお願いいたします、セシリアさん」
向かいに座ったC.C.にまずナナリーが屈託なく挨拶。
新しい生活に向けてストレスが溜まっていないかと思ったが、肌艶も良さそうだ。住み慣れた場所からそう離れないで済む、というのが大きかったかもしれない。
続いて咲世子が口を開いて、
「ルルーシュ様とナナリー様のお世話を担当させていただいております、篠崎です。以後お見知りおきを」
一見、使用人としてのごく普通の挨拶。
丁寧なお辞儀も伴っているため、C.C.が貴族令嬢だったとしても「無礼な!」とはならないだろうが、なんか少し緊張しているように見える。
忍者としての勘が「只者ではない」ということを教えているのかもしれない。
そして、
「ルルーシュ・ランペルージです。以後よろしくお願いします、セシリアさん」
よそ行きスマイルでルルーシュ。
良かった、面倒臭いことになる可能性もあると思ったけど、ごく普通に進行してくれそう──。
「先輩。それでは顔合わせの本番に移りませんか?」
あ、駄目だった。
「……わかりました」
頷いた俺は鞄から小さな装置を取り出すと、俺達がいるテーブルから少し離れた場所に設置した。
装置のスイッチを入れると、会話の邪魔にならない程度の音楽が流れだす。が、音楽はいわばダミー。合わせて特殊な周波数の音が発せられる仕組みになっており、床下や天井、部屋の外から、あるいは盗聴器を介して盗み聞きしようとする者の邪魔をしてくれる。
盗聴器や監視カメラ自体は家に入った時に検知器で探っているので、これだけやればある程度は安心だろう。
それを見たルルーシュは「便利な物を持っていますね」と
ついでに姉が「その手の仕掛けは確認済みよ」とばかりにウインクしてくる。
なんというか、みんな優秀すぎて俺が気を回す必要がないな……。
あらためて席について、一息入れてから切り出す。
どこまで話すかはもう決めてあった。
「セシリアさんというのは偽名で、本当は、とある方からお預かりしている大事な人物なんです」
「え? リリィさん?」
「すみません、ナナリーさん。騙しとおすつもりではなかったのですが、順を追って説明する都合上、嘘をつく形になってしまいました」
両親の「大の嘘嫌い」という厄介な特性を余すことなく受け継いでいるナナリーに謝る。
一方、必要とあらば嘘くらいいくらでもつける兄の方は顔色も変えずに話を続けてくる。
「その、とある方とは?」
「シュナイゼル殿下です」
「っ!?」
C.C.は『とある非人道的実験』の被害者であり、シュナイゼルによって秘密裏に助け出されたものの、今なお一部のブリタニア貴族に追われている。
シュナイゼルの手の内にあると逆に危険かもしれないので、部下の婚約者でありビジネスパートナーでもある俺──軍属ではなく、個人として動かせる資産に余裕のある者に保護が依頼されたのだ、と説明する。
いろいろ省いたが嘘は言っていない。
「できればこの件は他言無用でお願いします。下手に露見すれば彼女どころか私も、シュナイゼル殿下の身も危うくなりますので」
「それは……そうでしょうね」
まさかシュナイゼルの名前が出てくるとは思わなかったのか、ルルーシュはどこか呆然としながら答えた。
ナナリーの方は口元に笑みを浮かべて、
「お優しいのですね、シュナイゼル様は」
「……そうですね。人道的な方法を常に模索し続けることができる稀有な才能をお持ちです」
駄目だ、あれを優しいと表現するのにどうしても抵抗がある。
「先輩。実験というのは具体的にどのような……?」
「そこまではわかりません。ただ、毎日のように機械や薬品で身体を弄られるようなものだったと……」
「ひどい……!」
C.C.が「実際あれはきつかったな」とでも言いたげに顔を顰めているのもあってか、これには一定の効果があったようだ。
ナナリーは悲しそうな声を上げ、咲世子でさえ不快そうに眉をひそめた。
断片的な情報だけでも女の子にする仕打ちじゃないのは間違いない。科学というのはそういうものなのかもしれないが、だとしても実行犯達は外道だ。
「セシリアさん。困ったことがあったらなんでも言ってくださいね」
「ああ、ありがとう。ナナリーは優しいな」
「そんな、優しいだなんて……。私にできることなんてたかが知れていますから、お伺いしてもお力になれないかもしれませんし……」
「それでもいいさ、ありがとう」
ナナリー相手だと誰もが毒気を抜かれるのか、C.C.は穏便に迎えられた。
あまり外に出ない方がいいルルーシュ兄妹と、あまり外に出ない方がいいC.C.。一緒に生活してもらうにはちょうどいいメンバーだし、外見は若い少女なのでうまくやれるだろう。
「私もときどき遊びに来ます。電話も通じますから、何かあったらご連絡ください」
「ありがとうございます、リリィさん」
「またお話しましょうね、ナナリーさん」
合唱部で活動できなくなった代わりに家で歌おう、家庭教師が必要ならいつでも呼んで欲しい、といった話をしてからお暇させてもらう。
後は当人達だけでやった方が上手く行くだろう。
「咲世子さん、後のことはよろしくお願いします」
「はい。お任せください」
副音声のように飛んできた《少し背負い込みすぎよ》という忠告に申し訳なさから眉を下げつつ、俺はぺこりとお辞儀をした。
「送りますよ、先輩」
「ありがとうございます。では、玄関までお願いします」
さりげなく、意味ありげなルルーシュに応じて玄関に移動して、
「先輩。先輩は、何を隠しているんですか?」
「……ルルーシュさん。言えないから隠し事なんですよ?」
率直な問いかけに笑みで答えた。
「それは、そうですが」
疑問は当然あるだろう。
説明したC.C.の境遇は別に間違っていないし、俺に回ってきた経緯もその通りなのだが、ギアスの件や、シュナイゼルが抱いている皇帝への隔意などの情報が欠けているために多少違和感を覚えてしまうのはおそらく否めない。
ただ、今の段階ではこれ以上の説明ができない。
俺はルルーシュの顔を見上げて、囁くように告げる。
「ルルーシュさんの抱えていることを話していただけたら、私も腹の内をお話しします」
「……痛いところを突いてきますね」
「それくらい大事な話なんですよ」
そして、俺とルルーシュは何事もなかったかのように別れた。
俺達が実際に腹を割って話すことになるのは、もう少し先のことになる。
これまで過ぎてきた時間、そして、原作にてルルーシュが辿ってきた道のりを思えば、それでも早すぎるとはいえるのだが。
俺は、俺達のこれからが上手くいくように祈りながら高校三年生に進級した。