ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
高校三年生の初日はつつがなく終了した。
進級したからといって特に大きな変化はない。校内に自分より年上の生徒がいないと気楽でいい、と感じる程度。単位制を採用しているアッシュフォード学園ではクラスに大きな意味もないし、初日はガイダンスだけなので猶更だ。
だから、放課後は会社に顔を出すつもりだった。
ユーフェミアのことは気になるが、いきなり会いに行くのはいくらなんでも怪しい。一週間くらい経ってからそれとなく接触するのが得策だろう。
仕事をして、時間が余ったらランペルージ兄妹にお菓子でも持って行ければいいんじゃないかと──。
「皆さんお疲れ様でした。……ああ、シュタットフェルト君は少し残ってください」
「はい」
あ、厄介事だ。
脳裏に描いていたスケジュールが一瞬にして霧散したことに内心溜め息をつく。
「なんでしょうか、先生」
「急で申し訳ありませんが、中等部三年に来た転校生に学園を案内してもらえませんか?」
「転校生、ですか」
担当教師から頼まれたのはほぼ予想通りの内容だった。
「構いませんが、私でよろしいのですか? 現生徒会長の方が適任では?」
「アッシュフォード君だと政治の一環ととられかねません。……それに、彼女は少々騒がしいので」
「なるほど」
どっちかというと本音は後者だな、これ。
まあ、理事長の孫に来られたらユーフェミアも「配慮されている」と感じて気にするだろうし、ミレイがいつものノリで迫るのも実際まずい。
「かしこまりました、お任せください」
結局、俺は営業スマイルでこくりと頷くのだった。
考えようによっては好都合だ。
学園側からの依頼なら会いに行っても怪しまれないし、早めに顔を繋いでおいて損はない。
「ちなみに、お名前はなんとおっしゃるのですか?」
「ああ。ユーフェミア君とジノ君です。かなりの美男美女と聞いているのでわかりやすいと思いますよ」
「……え?」
なんか余計な名前がくっついてるんですが。
ジノ・ヴァインベルグ。
皇帝直属にして帝国最強の十二騎士『ナイトオブラウンズ(通称ラウンズ)』の第三席「ナイトオブスリー」の地位にいる男だ。
現在の年齢はユーフェミアと同じ中学三年生。
皇帝への忠誠と実力さえあれば平民でもなれるのがラウンズだが、彼は名門貴族の出身、正真正銘のお坊ちゃんでもある。
なんで彼が転校してきたのか。
まあ、考えるまでもなくユーフェミアの護衛だろう。
教師から聞かされたフルネームはジノもユーフェミアも本来のものと姓が違った。
母方の旧姓か何かだろうか。皇女であることを明かせないユーフェミアは当然だが、ジノも正体を明かさない方向らしい。
ラウンズは特別顔写真非公開でもないので知ってるやつは知っているはずだが、本気で隠す気はないのだろうか……?
「本国から来たんでしょ?」
「どうしてエリア11に来たの?」
「ああ。私はちょっと家の事情でね」
中等部の校舎に移動した俺は、教室で女子に囲まれている金髪の少年を見て首を傾げた。
髪型を変え、多少メイクもしているようだが、俺の目には一目でジノだとわかる。
で、
「ユーフェミアさんもお嬢様なの?」
「二人はどういう関係?」
「ジノ様とはお友達なのです。偶然転校時期が重なったので一緒にこちらへ……」
少し離れたところではピンクブロンドの美少女が別のグループに捕まっている。
悔しそうな男子グループが遠巻きにしているのが哀愁を誘う。ユーフェミアは自分達が抑えたかったのにこちらも女子に取られたといったところか。
ジノが笑顔で受け答えしつつもちらちら様子を窺っているので、成功してもガードされていた気はするが。
──ジノがバレたらユーフェミアまで怪しまれないか、これ。
まさかシュナイゼルの嫌がらせじゃないだろうな、と思いつつ「失礼します」と教室に入る。
「あ、会長」
「会長だ」
秒で複数名に反応された。
帽子に手袋をして日傘持参の白髪女子なんて俺以外いないので当然だが、
「あの、皆さん。私はもう会長ではありませんので」
「じゃあ『前会長』ですね」
できれば仰々しい呼び名そのものを止めて欲しかった。
「? 会長さん、ですか?」
「おお。これはかわいらしいご令嬢ですね」
ユーフェミア、ジノが振り返ってこちらを見つめる。
「お初にお目にかかります。アッシュフォード学園高等部の『前』生徒会長、リリィ・シュタットフェルトと申します」
「まあ、高等部?」
「前会長?」
中等部かと思った、と二人の顔に書いてある。
仕方ない。俺が小さいのもあるが、ブリタニアの上流階級の発育が良すぎるのだ。何しろユーフェミアですら百六十後半ある。
どっかで見たデータによれば原作の年代──あと一年後くらいには百七十突破するはずなので、俺とはマジで別の生き物だ。
顔が引きつりそうになるのを堪えつつ笑顔を浮かべて、
「学園側よりお二人の案内を仰せつかってまいりました。よろしければご一緒させていただけますか?」
俺の申し出に、転校生達は顔を見合わせた。
「では、シュタットフェルト様は婿を取るのではなく、お嫁に行かれるのですね?」
「ええ。養子ですので、後継者は義妹の旦那様になるかと。どうか気楽に接していただければ」
幸い、ユーフェミアとジノは案内を快諾してくれた。
話し足りなさそうな生徒達に謝ってから教室を離れ、学園をぐるりと一周する。案内役の俺に体力がないため、歩みは自然とゆっくりになり、道中には会話が挟まれる。
生粋の貴族であるジノは下々の暮らしに疎いらしく、教室でも全員に馬鹿丁寧な口調で接していた。傅かれる生活に慣れきっているせいで「身分差の大きい者と生活を共にする」という感覚がよく分らないのだ。
とはいえ学園内では建前上、身分の差が関係ないことになるので慣れてもらわないと困る。
「でしたら、リリィ様も言葉を崩してくださいませ」
このあたり、皇族のはずのユーフェミアの方がまだ柔軟だ。
ジノはラウンズとして
以前から学生をしていた分、ユーフェミアはある程度常識を理解しているのだ。お嬢様学校だっただろうし、あくまで「ある程度」だろうが。
「では、ユーフェミアさまがそうしてくださったら、そういたします」
「まあ」
ユーフェミアが口元に手を当てて驚く。
「失礼いたしました。お許しもなく名前で呼んでしまいまして」
「いいえ。これは一本取られたと感心していただけです」
にっこりと首を振ってくれるあたり、根は割とおてんばというか、お茶目さんなのが窺える。
「ところで、リリィ様はわたくしたちのことをどの程度ご存じなのでしょう?」
「いえ、先生方からは特に何も。お話をした感じから位の高い貴族さまであることは察しておりますが……」
「そうだったのですね」
ほっと息を吐くユーフェミア。
皇女とバレてるんじゃないかと心配していたんだろうか。実際知ってはいるけど、さすがにそれを匂わせることはしない。
こちらも微笑みを返して、
「学園の者も同じはずです。ですので、どうか失礼な態度をお許しくださいませ、
ジノを見つめて告げる。
少年は一瞬目を見開いてから困ったように頭に手を当てた。
「一応、変装はしたつもりだったのですが」
「私は職業柄、そういったことを調べる機会がございまして」
「職業? リリィ様は軍人ではないかと存じますが」
「実は学業の傍ら、小さなゲーム会社を営んでおりまして。KMFを参考資料としたこともございましたので、自然と詳しくなったのです」
「ほう。ゲームにKMFを。それはもしや……」
「では、やはりあなたが『あの』リリィ様なのですね?」
「……え?」
今度は俺が絶句する番だった。
何故か俺のことを知っていて『あの』とか付けてくるユーフェミア。嬉しそうに目なんか輝かせているし。
せっかくこっちが知らない体で接してるというのに、
「その、兄が『困ったことがあればリリィを頼れ』と」
「な」
「『緑色の綺麗な花を一緒に愛でた』と言えばわかる……と言われているのですが、お分かりになりますでしょうか?」
「……え、ええ」
なんとか答えつつ、俺は内心叫んだ。
──何してんだシュナイゼル!?
何かしでかしてくるかもしれないとは思っていたが、ジノがくっついてきた件でさすがに打ち止めだと思っていた。
なのに、まさか、地雷に旗を振らせるような真似をしてくるとは。
小一時間問い詰めたいところだが、問い詰めたら問い詰めたであの男は「ヒントは渡しておいたし、そんなに驚くことはないだろう?」とか言いそうだ。
「あの、申し訳ありませんユーフェミアさま。立場上、先ほどまでと同様の態度しか取れないのですが、お許しいただけますか?」
「っ。ええ、もちろんです」
正体がバレていないことに喜んだと思ったら自分から正体をバラしたユーフェミアは、あろうことか俺の手を取って微笑んでくる。
「わたくし、お友達が欲しかったのです。ですから、リリィ様? これからも気兼ねなく接してくださいませ」
「わ、私で良ければ喜んで」
シュナイゼルなんか嫌いだ。
お兄様に言われた通りにして正解でした、とか無邪気に喜んでいるユーフェミアに微笑み返しつつ、俺はあの腹黒皇子への心証を下方修正した。
◆ ◆ ◆
「こちらがわたくしの部屋になるのですね」
「はい。少々手狭かもしれませんが、そこは了承していただければ……」
「構いませんわ。こういうの、少し憧れていましたの」
ユーフェミア・リ・ブリタニアは学園クラブハウス内に用意された『自室』を眺め、目を輝かせながら微笑んだ。
学園の案内役を買って出てくれ、終わった後もクラブハウスまで送ってくれたリリィ・シュタットフェルトもまた柔らかな笑みを返してくれる。
高校三年生だという彼女だが、言動こそ時折大人びたものが交じるものの、容姿はとても可愛らしい。当人も「あまり育ってくれないのだ」と語ってくれたがその通りで、ユーフェミアはどこかマスコット的な親しみを感じてしまう。
何よりも兄──シュナイゼルの知人で、ユーフェミアとも友達になってくれるという。
身分を明かした上で友人を作る、というのは一つの夢だったので、それが叶っただけでも
「ですが、寮以外にも部屋があるなんて不思議ですね」
「寮だと不便な方もいらっしゃいますので、そうした方用の部屋なのです」
リリィ自身、ここに宿泊用の部屋を持っているという。しかも隣だというではないか。
使用人(最小限ということで一人だけだが)を入れるため、というのが理由のユーフェミアと違い、リリィの場合は体力がないためという切実な理由だが、ある意味これは運命なのではないか。
「前期まで別の方が使っていた部屋なのですが、清掃はきちんと行っていますし、女性の方でしたのでご安心ください」
「あら。リリィ様はその方とも交流があったのですか?」
「ええ。仲良くさせていただいていました」
「では、わたくしも会ってみたかったです」
使用人がてきぱきと作業を進める中、これからの学園生活に思いを馳せつつ言えば、リリィも笑って頷いてくれる。
「私は実家に帰ったり、こちらに泊まったり不定期なのですが、お時間が合えばお話やお茶などご一緒させてください」
「まあ、いいですね。お茶会。リリィ様は良く開かれるのですか?」
「そうですね。思えば、案外開いているかもしれません」
小首を傾げながら考える仕草も可愛らしい。
「一つ下の後輩や、中等部一年生のお嬢様がお話好きなので、一度開くと『次はいつにしよう』という話になるのです。学生は自由が多くていいですよね」
「ええ、本当に」
皇女であるユーフェミアは切実にそう思う。
高校三年生、しかも若い経営者でもあるリリィも同じかもしれない。そういう意味でも彼女とは気が合いそうだ。
気兼ねしなくていいせいで「周囲に明かしてはいけないこと」が露見してしまわないように気を付けなければならないが。
「そうだ。部活動もやってみたいのです」
「え」
「リリィ様はどちらに入られているのですか?」
「ええと、私は一応合唱部なのですが……」
「まあ、合唱。素敵ですわ。わたくしも入ろうかしら」
歌唱や楽器演奏は基礎教養として小さい頃から教えられている。
家庭教師にマンツーマンで指導されるのは好みではなかったし、「国歌を完璧に歌えるようになれ」と命じられるのは子供心に理不尽だと思ったものだが、今は亡き兄妹と無邪気に歌うのはとても楽しかった。
芸術というのはきっと強制されるものでも、権力に付随するべきものでもないのだろう。
「では、まずは体験入部から始めると良いと思います」
「そうですね。そうしましょう」
なんとか合唱部入部を諦めさせられないか、とリリィが四苦八苦しているのには全く気付かず、ユーフェミアは既に合唱部への正式入部を半分くらい決意していた。