ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
ナイトオブスリー・ジノの来訪。
シュナイゼルがユーフェミアに告げた「リリィ・シュタットフェルトを頼れ」という言葉。
あらためて考えてみたが、やはりシュナイゼルの策略だろう。
ジノが学園に来た目的はユーフェミアの護衛に違いない。
ただ、ジノが
ユーフェミアと俺を接触させたのは俺への牽制と、もしもの時のための保険、それから敵対者の意識を誘導するのが狙いか。
少女の素顔を知る者は少ない。
護衛であり、皇帝に忠誠を誓ってもいるジノが明かすはずもなく、もし彼女に危険が及んだ場合、真っ先に疑うべきは俺になる。何しろ「俺がユーフェミアの真の顔を知っていること」はジノにもバレている。
実行犯が俺である必要はない。情報の出どころが絞れる以上、状況証拠から情報の流れは推測可能だ。そして「情報を流した人間」の狙いも絞り込める。
そして、それでもユーフェミアの存在は大きい。
皇女の存在をレジスタンスや旧日本軍が知れば「武装蜂起」から「ユーフェミアの誘拐」に狙いをシフトしてもおかしくない。そうなれば、ユーフェミア一人の命を犠牲にして日本側に非を与えることができる。それは後々何らかのカードとして使えるはずだ。
……そういう悪だくみに俺を巻き込まないでくれないだろうか、割と本気で。
ともあれ、俺だってユーフェミアに危害を加えたくはない。
ブリタニアとことを構えず日本を再興するのが一番いいわけで、シュナイゼルと俺の利害は一致しているともいえる。
やることはこれまでと大して変わらない。
決意を新たにして一週間ほどが経ったある日。
俺は箱型の小さな部屋の中でゴテゴテしい装置を弄りながら、ぐわんぐわん揺れる座席に翻弄されていた。
「む、無理です。これで終わりにします」
息も絶え絶えに宣言し、コンソールを操作。
これだけは外せないと頭に叩き込んでおいた強制終了ボタンを表示し、
それと共に揺れていた箱、座席も元の位置へと戻り、揺れを停止する。
まだドキドキいっている胸を落ち着かせようと何度か深呼吸を繰り返し、小さく呟く。
「死ぬかと思いました……」
箱から出ると白衣姿のロイドがニコニコと出迎えてくれる。
「おめでとうー。無事に生還できたねえ。ま、交戦区域に辿りつく前にギブアップしたわけだけど」
「私には自動車の運転も難しそうだということがよくわかりました」
婚約者の疲弊した姿がそんなに楽しいか、と言ってやりたいところだが、開始三分くらいで吐きそうになっている時点で偉そうなことは何もいえない。
ふらふらしているところをセシルが抱き留めてくれて、ペットボトルの水を渡してくれる。
「リリィちゃん、大丈夫? これを飲んで」
「ありがとうございます、セシルさん。助かります」
お水美味しい、と、ちょっとアホっぽい感想が脳裏に浮かぶ。
甘いジュースとかも美味しいけど、弱った時とかは水やお茶の美味しさが良く分かる。身体に優しいということにはただそれだけで至高の価値があるのだ。
水を飲んだらだいぶ楽になった。
ほんの数分とは思えないほど体力を消耗したものの、基本的には乗り物酔いの類なので、すぐにベッドに入らないと倒れるというほどではなさそうだ。
ほっと一息ついて振り返ると、
「動かすだけで社長を殺しかけるとは……」
「
「大丈夫ですよお。今のはリリィが虚弱だったせいですから」
「あの、皆さん。私も保証します。健常者なら普通に動かせると思います」
ロイドと共に言えば、彼らは安心したように笑って、
「そうですか。いや、そうだとは思いましたが」
「さすが社長。こういうのには全く向いてませんね」
「まあ、私はコントローラーだけでプレイできるゲームの方が好きですし……」
目を逸らしながら俺は負け惜しみを口にした。
俺達がどこで何をしているのかというと、特派の研究施設でKMFのシミュレータを体験させてもらっている、というのが正解だ。
我が社の新社屋は間もなく完成を迎え、その後は備品の搬入等を行い、一月以内には引っ越し作業を完了できるのではないかという見込み。第三作目となる「正式にKMFの名前を登場させた戦略SLG」もマスターアップ間近、旧社屋で完成まで持っていける予定だ。
現状二つ(+ゲーム機開発用スタッフ)となっているラインの一つが空くし、新社屋になれば人を入れるスペースがいっぱいできるので、この辺りでまた新しいことをしたい、となったところで持ち上がったのが「シミュレータをゲームに落とし込む」というアイデアだった。
『ねえ、リリィ。キミの会社でKMFのシミュレータに関わる気はないかい?』
ロイドの家に遊びに(実際にはプリンを運びに&掃除をしに&料理を作りに、だが)行った際に「実際にKMFを操縦しているような感覚を味わえるゲームも面白そうだ」みたいな話をしたのがもともとのきっかけ。
そうしたらロイドが思いがけない提案をしてきたというわけだ。
『それは面白そうですが、我が社に特別なノウハウはありませんよ?』
『でも、体感型ゲームを作る予定があって、スタッフを集めているんだろう?』
『ええ、まあ。ゲーム機だけ作ってソフトを作らないのでは売れるものも売れませんので』
『なら、お互いにとって良い話になるんじゃない?』
特派としての事情はわりと単純。
KMFの操縦を学ぶためのシミュレータという発想は割と以前からあって、既に本国で正式採用されているものが存在する。特派もこのシミュレータを運び込んで使ってはいるのだが、如何せん従来の機体用に作られた装置のため、特派が作る超高性能機を再現しきれない。
原作における特派製のランスロットにしても、使いこなせるパイロットが乗れば単騎で無双できる性能があった。当然、従来の機体にない機構なども多数存在しており、単にデータをインプットすればシミュレートできる、というわけにはいかなかったのだ。
そこで特派は独自にシミュレータの大幅改造、あるいは新規開発を行うことを考えた。
『でもさあ。既存の委託先に頼んだら遅いし高いし、いざ完成したら今度はそれを送ってもらわないといけないじゃない?』
『なるほど。確かにコストの無駄ではありますね……』
『でしょう? だったらいっそ、エリア11にある企業で面白いところを探した方がいいかと思って』
で、うちの会社か。
現状、こっちにあるブリタニア系の会社は大企業の支社か、本社をこっちに移してきた中小企業かの二択でほぼ占められている。
うちの会社みたいに「
どうせ新規ゲーム機開発の件で3D系に強い特派のスタッフを借り受ける契約になっていたわけで、だったらそれを拡大してシミュレータを作ってしまってもいいのでは、という話だ。
『どう? いいと思わない?』
『確かに。悪くないお話ですね』
どれだけずぶずぶ癒着するつもりだよと言いたいところだが、シュナイゼルの奴はもう、とことん俺を使い倒すつもりなのだろう。
そっちがその気ならこっちも利用してやるのが正しい対応だろう。
『では、代わりにシミュレータをダウンサイジングしてゲームとして売り出しても構いませんか?』
『既存の機械じゃなくて新造したシミュレータの方なら別に構わないよ』
そこまで快諾されてしまえば、もう決まったも同然だった。
一応「持ち帰って検討する」という話にはなったものの、主要スタッフを集めての会議では、
『KMFを実際に動かせるゲーム制作だって!?』
『やるしかないでしょそんなの!』
というわけで、ほぼ即決だった。
先にシミュレータを作らなければいけないわけだが、基礎プログラムを作ってデータを入力して、といった作業はわりとゲームと共通する部分がある。
美術スタッフも三次元グラフィックスを手掛けられることに燃えていたし、経理も「費用向こう持ちで新規ゲーム用の素材を貰えるんですか!?」と喜んでいた。
もちろんいろいろと細かい計算もしたわけだが、その上で前向きに検討することが決まった。
で、とりあえず「戦略SLGを作る参考にもなるから」と現行のシミュレータを体験させてもらいに有志を連れてきた、というわけだ。
案の定、俺以外のスタッフはシミュレータで体調不良を訴えたりはしなかった。
頑丈そうな男を中心に連れてきたので、女性スタッフや繊細なタイプだとどうなるかはわからないが、その辺りは座席の揺れが主な原因だろう。
シミュレータは再現性が命なので仕方ないとして、ゲームにする際にはユーザーを疲れさせる要素を削ってやればいい。
ぎゃーぎゃー言いながら超楽しそうにシミュレータを堪能しているスタッフ達を見ながら、俺はそんなことを考えた。
と、いつの間にか白衣を着た女性が寄ってきていた。
「ランドル博士」
「ソフィでいいわ。……あなたも次々、凄いことを始めるわね」
「向こうから来た案件も多いんですけどね」
スタッフの妄言からノリと勢いで始まった企画もあるし。
「でも、このシミュレータ開発が上手くいけば体感ゲームを作る手助けになると思います」
「そうね」
これには博士──ソフィも頷いてくれる。
「三次元フィールドの構築は体感ゲームに欠かせない要素よ。あなたの望むような、脳に直接情景を送り込むところまでは長い道のりだろうけど……」
「ヘッドギアに3D映像を投影するだけでも一足飛びの進歩ですよね」
「ええ。そして、機械の駆動を電子データに落とし込む作業はBRSのブラッシュアップにも役立つ」
実際の動作を電子データとして表現する行為は、
「特派の優秀なスタッフにも協力を得られますし、そう考えるといいことがいっぱいでしょう?」
「ええ。そう思った方が気楽でしょうね」
もちろん俺としても思うところはあるが、ソフィの言う通り、ここは割り切った方がいいところだろう。
目的のため、もしもの時のため、お金はあるに越したことはないのだ。
なー。
「……?」
放課後、人の多い時間帯が終わるのを待って下校しようとしていた俺は、近くから聞こえた猫の鳴き声によって呼び留められた。
振り返って下を見れば、一匹の猫がいた。
やや明るい黒毛の雑種で、右目の周りと額の辺りに濃い黒縁がある。まだ若く、子猫から成猫になったばかり、といったところだろうか。
なー、なー。
「どうしたんですか、こんなところで」
足元に止まって更に鳴くので、しゃがんで声をかける。
すると、すりすりと足に顔を擦り付けてくる。
可愛い。
前世は男だった俺だが、動物を愛でるのに性別なんて関係ないと思う。まして今は女子なのだから猫と戯れても文句など言われないだろう。
「シュタットフェルトさん」
「ごきげんよう、リリィ様」
「こんにちは。スザクさん、神楽耶様」
猫を追うようにして歩いてきたのは学園の日本人コンビだった。
彼らのお陰か、学園に通う日本人は他にも現れているのだが、やはり彼らの黒髪が人目を惹くのは間違いない。一般的なブリタニア人からは異物として。俺は、目に入ると無意識にほっとしてしまう対象として、だが。
「この子、お二人の猫なんですか?」
日傘と鞄で両手が塞がっており、どちらも手放すのが難しいため抱き上げることもできないまま尋ねる。
「ええ。どうやらスザク様を家来か何かだと認識しているようでして」
「神楽耶。変な言い方は止めてくれないか」
「まあ。では、この子は神楽耶さまと同格なのですね」
「君まで変なことを言わないで欲しいな」
憮然として言うスザク。
言い訳のように説明してくれたところによると、先日とある女子生徒と一緒に、子供からいじめられているところを助けたのだとか。
どんな生徒だったのか尋ねると「桃色の髪の美人」だったとのこと。
運命の悪戯というやつか。彼と彼女もちゃんと知り合うようにできているのか。俺は内心「へー、ほー、ふーん」と話好きのおばちゃんみたいな反応をしてしまった。
「僕に寄ってくる癖に、懐いてはくれないんですよね」
「お名前はあるんですか?」
「スザク様が『アーサー』と命名しておりましてよ」
「なるほど。では、陛下とお呼びしましょう」
神楽耶に鞄を持ってもらい、アーサーの喉を撫でてやる。
「陛下、いかがです? 気持ちいいですか?」
なー。
「あら。この様子だと、リリィ様はスザク様のグィネヴィアではなさそうですわね」
うん。
ルルーシュならまだしも、こいつと浮気はありえないと思う。