ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「リリィ様のお茶会にお招きいただけて光栄です」
休日の昼下がり、学園カフェテリアの一角にユーフェミアの楽しげな声が響いた。
天気がいいのに屋内の、しかも窓際ではなく内側に陣取っているのは日光に弱い俺のせい。今日のメンバーを招集したのも俺なので、皇女様の言葉もあながち間違ってはいないのだが、周囲から「前会長主催のサロン」とか見做されそうなのでやめて欲しい。
何しろ、集まっているのはそうそうたる面々だ。
ブリタニアの上位貴族(という建前で、本当は皇女)であるお嬢様、ユーフェミア。
アッシュフォード学園理事長の孫娘にして、金髪が眩しい我らが生徒会長、ミレイ。
艶やかな黒髪を持ち、和の美しさと気品を備えた若き日本の姫、神楽耶。
前世は一般人、今世では一応お嬢様だが篠崎家はどちらかというと武家に近い。生まれついての気品で劣る俺が主催とか恐れ多いにもほどがある。
いつでも、というか今すぐ神楽耶かミレイに譲りたいところだ。
「そのような大したものではございません。友人を友人に紹介するための場、というだけのことですから」
「まあ、リリィ様からお友達と呼んでいただけるなんて」
シュナイゼルのせいで妙に俺に好意的なユーフェミアはアウェーの場にありながら穏やかに微笑んでいる。まあ、彼女にとっては俺が言った通りの場なので、警戒する方がアレなんだが。
「私も噂の転校生様に早くお会いしとうございました」
「私も。なんか色んな人が『お前が行くとややこしくなるからやめろ』とか言って邪魔してくるから、なかなか会いに行けなかったし」
「ありがとうございます。わたくしもお二人のお話をリリィ様から聞いて、この日を楽しみにしておりました」
透明化してこの三人の会話をただ聞いていられないだろうか。
どうあがいても不可能なことを夢想しながら、俺はティーカップを持ち上げ、軽く唇を湿らせることでお茶会のスタートを正式に示した。
事の発端はなんということはない、ユーフェミアが「自分もお茶会に参加したい」と言ったからだ。
やんごとなき身分の者が希望を口にするのは「やれ」という意味なのだが、この場合、皇女様が気を抜いているせいなのか、それとも単にそういう意識が薄いのか。
学園内での話なので角が立たない範囲で断ることは可能だが、俺はこれを了承した。
ユーフェミアが悪い人間でないのは原作知識として把握しているし、実際に話してみても拍子抜けするほど毒の無い人物だったからだ。
ミレイや神楽耶もあっさりと了承してくれたので、こうして開催が決まった。
(おそらく神楽耶は情報収集等の目的もあるのだろうが)
女子だけの方が気楽だということで、スザクやジノには遠慮してもらった。
といっても、どちらも役目に忠実なタイプだ。スザクは外でアーサーと戯れているし、ジノも屋外席で紅茶を楽しんでいる。
きゃーきゃーと黄色い声が飛んできているので暇で困ることもないだろう。
「ユーフェミア様はどこの学校から来たんです?」
「ええと、本土の学校で、名前は──」
名門のお嬢様学校の名前に俺とミレイはほう、と感嘆の声を上げた。
「私や先輩がいたところも名門だったけど、一枚上手ですね」
「貴族しかいないような学校は私達だと場違いですからね……」
「先輩は普通に馴染みそうですけど」
「さすがに話が合いませんよ。ゲームの話なんてできないでしょうし」
お茶とお菓子を楽しみながら話を弾ませる。
学校内の施設にしては凝っているものの、あくまで「そこそこ」といった感じのカフェテリアのメニューだが、ユーフェミアは美味しそうに味わっていた。
場の雰囲気がお茶やお菓子の味を底上げしているのかもしれない。俺は今日、あんまり味を感じられていないが。
「いかがです、ユーフェミア様? アッシュフォード学園の雰囲気は」
と、ここで神楽耶が動いた。
「ええ、とても良いところですね。皆さん和気藹々とされていますし、神楽耶様のような日本の方ともお話できるのはとても素敵だと思います」
「日本? エリア11ではなく?」
「日本は日本、日本人は日本人でしょう?」
人種的な意味ではユーフェミアの言う通りだが、所属国家という意味では間違っている。
未来のブリタニアを担う者として、本来彼女は率先して「エリア11」「イレブン」という呼称を使うべき立場。
つまり、今ここにいるのはただのユーフェミア、ということか。
平和主義の彼女にはこの学園の気風が合っているだろうが──果たしてシュナイゼルはユーフェミアへの影響をどう考えているのか。
「ユーフェミア様はお優しいのですね」
神楽耶も、考える様子をかすかに覗かせつつ笑みを作る。
対する皇女はただ微笑んで、
「優しいだなんて……。周りの者からも『甘い』とよく言われて困っています」
それはそうだろう。
神楽耶も同じことを思ったのか、こくりと頷いて、
「なるほど。リリィ様とお友達になられたのがよくわかります」
「それは私もわかる」
「ええと、どういう意味でしょう?」
「さあ……?」
こっちに振るなと思いつつ、俺はユーフェミアと顔を見合わせた。
「日本の方で思い出しましたが、スザクさんとも会われたそうですね?」
「スザク……? ああ、もしかして猫の方ですね?」
「ええ。なんでも、お二人で陛下を助けたとか」
「陛下?」
「リリィ様がつけたあだ名ですわ。スザク様があの子をアーサーと名付けたので」
ユーフェミアは「まあ」とくすくす笑って、
「皇帝陛下の前では口になさらないように気をつけてくださいね」
「気をつけます。皇帝陛下と猫の話をする機会はないと思いますが……」
というか、世間話なんか始めた時点で内容関係なく殺されそうな気がする。
「あの方はスザク様と仰るのですね?」
「ええ。枢木スザク。一応、私の婚約者ということになっております」
「一応?」
「婚約者を募集中なのですわ。ですので、相手が見つかれば私はお役御免というわけです」
ここまで言えばユーフェミアもぴんと来たらしい。
「枢木スザク。……では、あの方が枢木ゲンブ首相の」
「スザク様は亡き首相の遺志を継ぎ、日本の再興を考えております。そのためにはブリタニア人の伴侶と手を取り合って、というのが理想的かと」
言って神楽耶は首を傾げ、
「ユーフェミア様はスザク様のことをどうお考えですか?」
「お優しい方だと思いました。また今度お話してみたいと思っています」
おっとりと答えるユーフェミア。
女性に優しいスザクのことだ。きっとアーサーを助けた時もしっかりポイントを稼いでいたのだろう。
問題はそれが無自覚だということ。もっとガツガツ行っても良いはずなのだが。
「ですが、わたくしの交際相手は家の都合で決まるでしょうから……」
「ええ。お気持ちは私にもわかりますわ」
ミレイも「そういうものよね……」と頷く。
家柄の大小こそあれ、ここにいるのは政略結婚が身近な人間ばかりだ。いちばん身分の低い俺がさっさと婚約を決めている、というのが皮肉だが。
神楽耶はしみじみ言った後で目を輝かせ、
「ですが、ユーフェミア様? 障害があるからこそ恋は盛り上がるのだと、そう思われませんか?」
「出た。神楽耶の恋バナ好き。これが始まると長いのよねー」
言いつつ、ミレイもどこか楽しげな表情である。
ターゲットが自分以外なので野次馬根性を剥き出しにしているのだ。なんというかいい性格をしている。
「覚悟した方がいいですよ、ユーフェミア様。こう見えて神楽耶は肉食系ですから」
「え、ええ? わたくし、取って食われてしまうのでしょうか……?」
ちらり、とユーフェミアが視線で助けを求めてくるが、
「私も気になります。ユーフェミアさま。私の
「リリィ様まで……!?」
悲鳴を上げつつも、お忍び皇女様はどこか楽しそうだった。
◆ ◆ ◆
「お茶会はいかがでしたか、ユーフェミア様?」
「ええ。とても楽しい時間でした」
ミレイと神楽耶が話好きだというのは誇張でもなんでもなかったらしく、次々と話題が湧いてくることにユーフェミアは驚かされた。
以前いた学校でもお喋りの時間は楽しいものだったが、ブリタニア貴族の子女ばかりが通うあの学校に比べ、このアッシュフォード学園は人種も身分も、何もかもが多様で、自由に溢れている。自然と会話の内容も今までとは異なるものとなり、何もかもが新鮮だった。
お陰で時間を忘れてお喋りをした挙句、またお茶会をしようと約束までしてしまった。
親切で楽しい友人が新たに二人もできてしまった。これもリリィと知り合ったお陰だろうと、ユーフェミアは心の中であの少女に感謝した。
お茶会が終了した後、あとの三人はそれぞれ一足先に帰っていった。彼女達と入れ替わるようにしてジノがやってきた形だ。
ミレイは部屋に戻ると言っていた。
神楽耶はスザクと合流するのだとか。
リリィはスザク──ではなく、彼と一緒にいるはずの猫(リリィいわく「陛下」)に挨拶をしてから帰宅するらしい。東京租界の治安はそれほど悪くはないものの、身体の弱い彼女はできるだけ送り迎えをしてもらっているらしい。
「長い時間、付き合ってくださってありがとう、ジノ」
「とんでもありません」
感謝の言葉を贈ると少年は短い言葉で応えた。
人好きのする笑顔を浮かべると、彼は、
「素敵な女性方が話に付き合ってくださったので退屈しませんでした。お陰でこの学園のことに詳しくなれましたし、有意義な時間だったといえるでしょう」
「まあ。もしかして、ジノも婚約者を見つけるつもりなのかしら」
「? ああ、枢木卿のことですか」
噂話を聞かされていたというのは本当らしく、ジノはあっさりと正しい理解に辿りついた。
「彼とも少し話しましたよ。ああいうのがサムライの気質なんでしょうか。私達騎士とはまた異なる芯のようなもの──矜持や美学を感じました」
「そうでしたか」
ナイトオブスリーであるジノ・ヴァインベルグの目から見ても枢木スザクは魅力的に映るらしい。
自分の婚約者を他人に勧める神楽耶の狙いはよくわからないが、ユーフェミアから見たスザクの第一印象も決して悪いものでは、
(いけない。わたくしは何を考えているのかしら)
ほんのりと頬を染めて思考を追い払う。
神楽耶にミレイ、更にはリリィにまで焚きつけられたものだから、ついついそっちの方向に気持ちが向いてしまう。
これでスザクのことを意識してしまってはまんまと乗せられた形になる。
もちろん、ユーフェミアにも恋をしたいという気持ちはある。
(……ルルーシュ)
今は亡き初恋の相手と、彼に抱いていた淡い恋心を思い出し、切なくも甘く、温かい気持ちになる。
そう。
恋をするのなら自分の意思でないと意味がない。だからこそ、恋はかけがえのない、忘れられないものになるのだから。
「まいりましょうか」
ジノを伴って歩き出す。
カフェテリアを出てクラブハウスへ向かうコースだ。
「しかし、少し残念でしたね」
「何がです?」
「リリィ様とは私も話をしたかったな、と。ご婦人方とはなかなかできない話ですしね」
「人は見かけによらないものですわよね」
リリィ・シュタットフェルトが会社を経営しているというのは出会った日に本人から聞いたが、それがまさかゲームを作る会社で、しかも、KMFの登場するゲームまで作っているとは思わなかった。
同じ会社の第一作目、神話生物を集めて戦わせるゲームは「ユーフェミアでも楽しめると思うよ」とシュナイゼルからプレゼントされ、デフォルメされたペガサスやユニコーンが可愛かったのもあって、ついつい夢中でプレイしてしまったりもした。
今日、リリィもミレイも神楽耶も同じゲームをプレイしていると聞いた時は本国にゲーム機ごと置いてきたことを後悔した。連絡して送ってもらうので対戦や交換をしよう、とつい約束してしまったくらいだ。
そんなゲーム会社の社長がリリィだという。
ということは、あの可愛らしいリリィはKMFにも詳しいのだ。ユーフェミアも皇女として「ゆっくりなら動かせる」という程度には操縦訓練を受けているし、ある程度の知識はあるが、ラウンズに任じられるほどKMFに拘りのあるジノと会話するには全く足りていない。
それなのに、特に訓練を受けているわけでもないリリィが自分で調べて知識を蓄えており、なおかつ、KMF開発者である婚約者とも濃い会話を繰り広げているというのだ。
「お願いすればきっと、喜んでお相手してくださると思います」
「そうですね。ああ、楽しみだなあ……! あのゲームの開発に関わった方だ。話したいことは山ほどある……!」
今までで一番楽しそうなんじゃないか、といった様子のジノの姿に苦笑するべきか、微笑ましいと取るべきか悩んでいると、
「あら?」
カフェから少し離れた辺りで人の話し声が耳に入った。
見れば、三人の少女が立ち話をしている。正確には、声を出しているのはうち二人だけだが。話している中の一人は他でもないリリィだった。
猫を愛でた後、他の生徒にでも捕まったのだろうか。
「先輩達ばっかりずるいです! 今度は私達も誘ってくださいよ!」
「抜け駆けしてしまってごめんなさい。ええ、今度は必ずお誘いしますね」
どうやらお茶会の話らしい。
水着が入っていると思われる防水のバッグを手にした可愛らしい少女を見つめ、彼女のことも紹介してもらえるのだろうか、と思い、
「すみません、リリィ先輩。ルルーシュもナナリーもいなくなって、シャーリーも寂しがっているんです」
「……え?」
大人しそうな三人目の少女の声に、ユーフェミアは硬直した。