ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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皇女の友人・リリィ 二

 目が覚めたらベッドの上で、ベッドサイドに扇がいた。

 一瞬「なにこれ、どんな状況?」ってなりかけたが、気を失う前のことを思いだしてパニックは避けられた。

 

「ここは……」

「社長、気が付いたんですね。良かった!」

 

 いつも以上に身体が重い。

 なんとか唇を開いて声を出すと、扇は表情を輝かせて大袈裟に喜んだ。

 

「社長、三日も眠ったままだったんですよ」

「三日……!?」

「ああ、仕事は大丈夫ですから心配しないでください。社長がいないだけで回らなくなるような体制は取っていません」

 

 確かに、黙っていても初期メンバーが回してくれるから、最近は特にお飾り感が強い。

 いいことではあるものの、彼らに頼りすぎるのもどうかと思う。いっそ副社長を設定してもいいのだが、ブリタニア人にしても日本人にしても角が立ちそうな気がする。両方という手もあるが、それはそれで派閥争いとか起きそうで怖い。

 日本人でカリスマ性があり、いざという時は実務に関われるが普段はお飾りでいられる人間……神楽耶? いやいや。

 

「私、そんなに大怪我だったんですね」

「まあ、怪我は肩の一発だけだったんですが」

 

 それも、ユーフェミアの応急処置もあって出血多量とまではいかなかった。

 にもかかわらず、一時危険な状態にまで陥ったのは体力が無いせい。何しろ直射日光を浴びているだけで弱っていくような身体だ。

 付き添いが扇なのはどうしてかと思えば、単に社員が交代で見舞いに来ていたかららしい。休憩時間が増えたと思えばちょうどいい、と、冗談なんだか本気なんだか微妙なノリで色んなスタッフが来てくれていたようだ。

 

「見舞いの品もたくさん来ましたよ、ほら」

「ほんとにたくさんありますね……」

 

 お見舞い品は山のようにあった。

 学園の生徒はもちろん、生徒会一同と書かれたものやカレンから、両親から、社員からのもの、ロイドやセシル、特派一同と銘打たれたもの、ユーフェミアからのもの、ルルーシュ達からなのか差出人不明のもの、更にはシュナイゼルや「クロヴィス・ラ・ブリタニアより」となっているものまで……って、なんでクロヴィスからも来てるんだ。

 

「リストを作って、快復したらお返しをしないといけませんね」

「そうやって仕事を増やすのは社長の悪い癖ですよ」

 

 言いながらリンゴを剥くんじゃない。それは誰からの見舞いだ、ちゃんと控えておかないと……って、扇自身のか。ならいいや。ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 扇はしばらくして帰っていったが、それからも入れ替わり立ち代わり色んな人が来た。

 聞かされた話を総合すると、ロロは俺が意識を失う直前には無力化されたらしい。強力な麻酔によって眠らされた状態で警察に捕縛され、特別室で拘束のうえ治療中とのこと。

 また、ルルーシュはうまく逃げたらしい。

 ユーフェミアも無事で、放課後になって顔を見せてくれた彼女ともども、ジノやお付きのメイドからも感謝の言葉をもらってしまった。

 

「リリィ様はわたくしの命の恩人です」

「ユーフェミア様を救っていただき、感謝の言葉もございません」

「いや、無事で良かった。ゲームの続編が出なくなってしまったら多くのKMFファンが悲しむでしょう」

 

 悪戯でユーフェミアを連れ出したのはそもそも私なんです、とは言いだしにくい空気。

 罪悪感を覚えつつ「大したことはしていません」と答えた。

 と、ユーフェミアからぎゅっと手を握られ、

 

「リリィ様。ですが、こんな危険なことはもう二度としないでください。わたくし、せっかくできたお友達を失いたくはありません」

「大丈夫です。私だって死にたいわけじゃありませんから」

「でしたら、入院中はゆっくりなさってくださいね。お仕事のことは忘れてください」

「え、それは少々困るのですが……」

 

 ジノに助けを求めると、彼は困ったような顔をしながらそっぽを向いた。

 

「出ないよりは発売延期になる方がマシですね」

 

 クロヴィスからお見舞いが来ている理由もわかった。

 

「公式的には身分を公開していないとはいえ、ユーフェミア様を救ってくださったのです。エリア11の総督であるクロヴィス殿下がお礼を申し上げることに何の不思議がありますでしょう」

「それは、恐れ多いと申しますか……」

「ですが、リリィ様が快復したら直接招いて礼を言いたい、とも仰っていましたよ?」

 

 まさか、こんな形でクロヴィスと繋がりができるとは。

 ……会いに行くのが今から憂鬱になってきた。

 

 

 

 

 

 ロロの身柄はブリタニア軍が確保することになったらしい。

 クロヴィスあたりから命令があったのだろう。アッシュフォード学園は並の暴漢では入り込めない程度にはセキュリティが厳しい。ジノと昔馴染みな程度には位の高い貴族──ということになっているユーフェミアを狙った暗殺者を拘束するのはそう不思議なことではない。

 ただ、彼から直接話を聞くのは難しくなった。

 とはいえ、吐かせるための『絶対遵守』もない。尋ねたところで素直に吐いたかは怪しいところだが。

 

 事情聴取には適当な嘘を交えつつ答えた。

 

「あの場には他に誰がいましたか?」

「ユーフェミアさまと私だけです。あの殺し屋は突然現れました」

「何故、女性だけで二人きりに?」

「まさか学園の屋上で命を狙われるとは思わないでしょう? のんびり羽根を伸ばしたくなることくらい誰にでもあるものかと」

「あの人物に心当たりは?」

「少なくとも会ったのは初めてです。……ああいった存在がいるのではないか、という疑いは枢木ゲンブ首相が殺害された時から懸念していましたが」

 

 最後の話をしたら「何を言ってるんだこいつは」という顔をされたが、俺は実際、用意していた防犯グッズのお陰で助かったのだ。

 俺が普段から防犯ブザーを持ち歩いているのはニーナの一件でも警察に知られていたため、その点については不審がられなかった。

 

 

 

 

 

「ああもう、義姉さんは弱いんだから無茶しないでよね!」

「ご心配をおかけして本当にすみません……」

 

 カレンからも目いっぱい怒られた。

 

「でも、カレンさんがそこまで心配してくれるなんて嬉し──」

「はあ!? こっちが真剣に話してる時に何よその態度!?」

「すみませんでした」

 

 いや、うん、あらためてこの義妹(いもうと)も凄い子だなと思った。

 でも、これからはこんな無茶をしないで済むはず。

 生身での戦闘におけるバランスブレイカー、ロロが退場してくれれば、後の相手は咲世子やスザクでも十分に戦える。そもそも戦いの場にのこのこ出て行くつもりはない。

 

「まったく……。とにかく、これから出歩く時は必ず車を使うこと」

「免許を取れという意味……ではありませんよね?」

「当たり前でしょ。送り迎えを頼めって言ってるの。遅くなるようなら学園に泊まりなさい。お嬢様なんだから使えるものは使えっての」

「カレンさんもお嬢様なんですが」

 

 カレンはふんと鼻を鳴らすと「私はいいの」と言った。

 

「ちゃんと治るまでは大人しくしててよ。勉強は遅れるけど、義姉さんならどうとでもなるでしょ」

「ええ。実際のところ、卒業に必要な単位は足りてるんですよね……」

「はあ? 何しに学校行ってるのよあんた?」

「学び足りない部分を学んだり、噂話を集めたり、図書館で読書をしたり、生徒会に所属していた頃はその仕事もありましたね。家にいるとリラックスしてしまうので、敢えて個室を借りて会社の方の仕事をしていることも──」

「休みなさい」

「はい」

 

 仕方ないのでノートパソコンさえあればできる仕事をしたり、本を読んだり、ゲームをしたりして時間を潰した。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

『では、経過は順調なんだね?』

「ええ、それはもう。ベッドの上は慣れている子ですから。多少もどかしそうにはしていますけど、大人しく療養していますよ」

『それは良かった。直接お見舞いに行ければ良かったんだがね』

「殿下がお忙しいのはリリィもわかってますよ。ご心配なく」

 

 ロイド・アスプルンドは研究室の傍らでシュナイゼルとの映像つき通信を行っていた。

 特派の出資者と主任。連絡を取り合うには十分な間柄ではあるが、簡単な進捗報告の後で話題に上がったのは、プライベートな用件と言って差し支えないものだった。

 

「そうそう。見舞い品のお礼をくれぐれも言っておいてくれ、と、口を酸っぱくして言われました」

『大したことじゃないさ。私は君同様、リリィのことも友人だと思っているんだ』

「友人ですか。それは彼女も見込まれたものですねえ」

 

 皇子らしく、また宰相らしい上等な衣装に身を包んだシュナイゼルは常と同じく爽やかな笑みを浮かべている。

 気持ちのいい笑顔だ。

 ロイドはシュナイゼルの人柄を気に入っている。自分にとっておきの場所を与えてくれ、高い研究費をぽんと出してくれることには感謝している。

 

『君こそ、見舞いには行っているんだろう?』

「ええまあ。容態が急変でもしない限り一回行けば十分だと思うんですが、周りが行けとうるさいもので」

 

 特にセシルだ。

 大丈夫だと言っても「二、三日に一回は行くべきです。本当は毎日行った方がいいんですよ?」と譲らない。しまいには「ロイドさんが行かないなら私が行きます」と言うので「じゃあお願いね」と言ったら「そういうことじゃありません!」と怒られてしまった。

 会いに行ったところで、お土産に持って行ったプリンを二人で食べて、ロイドがほぼ一方的にKMFの話をするだけ。場所が病院であること以外はほぼ普段と変わらない。お見舞いというか、ただのオフである。

 心配ないと確信しているので行く必要はないと思うのだが。

 

『そんなことを言って、彼女が倒れたと聞いた時は心配しただろう?』

「それはまあ。これから新しい婚約者探しなんてぞっとしませんからねえ」

『君らしいな』

 

 なおも爽やかに笑うシュナイゼル。

 ロイドもまた、いつもの笑みを浮かべ、カメラ越しに出資者兼上司の姿を見る。

 

「ですが殿下? さすがに趣味が悪いんじゃないかと」

『ん? なんの話かな?』

「ちょーっと、僕の婚約者を便利使いしすぎじゃないです?」

「ちょっ、ロイドさん!?」

 

 二人の会話を遠巻きに聞き流しながら仕事をしていたセシルが悲鳴じみた声を上げる。

 大方「どうせのらりくらりとした会話が続くだけでしょう?」とか思っていたところに爆弾が投下されて焦っているのだろう。

 宰相閣下にその口の利き方はまずいですよ、とでも言いたげな視線が飛んでくるものの、ロイドはそれに気づかないフリをした。

 

『リリィにそこまで仕事を振った覚えはないがね』

「じゃあ僕の勘違いですかねぇ? まあ、言いたいことはそれだけです。暴言、失礼しました」

『いや。私も心に留めておくよ。忠告ありがとう』

 

 そうして通話は表向き、何事もなく終わった。

 シュナイゼルは自分を排除するだろうか。いや、そもそも自分は義憤にかられて妙なことをしでかすほど熱い人間ではない。そしてそのことは向こうも十分にわかっているだろう。

 

「あーあ、減給とかあったら嫌だなあ」

「ロイドさん、お給料なんて殆ど使ってないじゃないですか」

「まあ、そうなんだけどねえ」

 

 貴族家を追い出された時のために蓄えはあった方がいいし、特派にいられなくなった時、私費で研究ができるだけの金があったらいいとも思う。

 追い出されないように身の振り方をちゃんとすればいい? それができたら苦労はしていない。

 と、セシルがくすりと笑って、

 

「でも、ロイドさんも案外、リリィちゃんのこと思っているんですね」

「やめてよね。そういうんじゃないんだって、本当。さ、仕事仕事」

 

 手をひらひらと振ってセシルを追い払い、ロイドは意識を仕事モードに戻した。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

「やあ、良く来てくれた。歓迎するよ、シュタットフェルト嬢」

「お招きに預かり光栄です。クロヴィス・ラ・ブリタニア殿下。リリィ・シュタットフェルトでございます」

 

 十二畳ほどの(貴族の感覚では)狭い部屋。

 上座にあたる場所に座っていた男が立ち上がって歓迎してくれるのに対し、俺はカーテシーの後、臣下の礼を取った。

 

 ブリタニア第三皇子クロヴィス。

 見た目はシュナイゼルから落ち着きと年齢を差し引いたような雰囲気。シュナイゼルに比べるとスリムな印象が強いが、それはあの腹黒が長身すぎる上に威厳ある服装ばかりしているのが大きいだろう。

 彼も十分すぎるほどにスタイルが良く、見目も良い。

 

 俺に同行してくれたユーフェミアは兄妹だけあって慣れているのだろう、カーテシーだけを行ったうえでにこやかに言ってくれる。

 

「クロヴィス兄様はこの日を楽しみにしていらしたそうですよ、リリィ様」

「ユーフェミア、それは言わないでくれと言っておいただろう」

「まあ。これは申し訳ございません」

 

 和やかに笑いあう姿はまるでごく普通の兄妹のようだ。

 原作でのクロヴィスは日本人(エリア11)に対する非情な攻撃を行ったうえ、ルルーシュの作戦にまんまと翻弄され、最終的にあっさり死ぬ、と、いいところなしで、後から「そういやあいつ皇族だったんだよな」とでも思い返さないと雑魚キャラにしか見えない有様だった。

 しかし、考えてみると原作でのあの作戦は「レジスタンスに奪い取られた最重要アイテム(C.C.)を早急に取り返すため」という非常時の行動だった。総督本人が戦闘指揮に優れている必要も別にないわけで、クロヴィスという人物の格をあれで判断するのは早計というものだ。

 ちなみに、こちらでもC.C.は奪われているわけだが、何しろ実行したのがシュナイゼルだ。鮮やかに奪って見せることで首謀者を絞り込ませ、下手な動きができない状況を作り上げたのかもしれない。少なくともこちらでは大規模な日本人への攻撃は起きていない。

 

「リリィと呼んでも構わないかな? 今日は要望通り、少人数での食事会という形で席を設けた。どうか気楽に話を聞かせてくれたまえ」

「はい。殿下のご厚情、誠に有難く存じます」


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