ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
本編には特別影響しません。
「ううう……」
シャーリー・フェネットは唸っていた。
パソコンの前で唸っていた。
時折思い出したようにカタカタと手を動かしては止め、おもむろにバックスペースキーを押し、また唸る。
そして。
「あー、もう! 書けない!」
「……どうしたのシャーリー。そんなに騒いで」
にっちもさっちもいかなくなって声を上げた彼女を、少し離れた席で作業に集中していた別の少女がジト目で見つめた。
ニーナ・アインシュタイン。
眼鏡に三つ編みお下げが特徴──だったのだが、とある少女に「ニーナさんは髪を解いた方が可愛いと思います」と言われて以来、新しい髪型を模索中の乙女(?)である。
中学三年生にして
「聞いてよニーナ。全然書けないの!」
「リリィ先輩に頼まれたSNSの記事のこと? 前に『こういうのなら楽勝ですよ!』とか言ってなかった?」
「言ったけど……書きたかったことは書いちゃったんだもん」
せいいっぱい可愛げを出して言い訳すると、ニーナは「仕方ないなあ」とでも言いたげに溜め息をついた。
一見すると冷たいとも取れる態度だが、
「今までにはどんなことを書いたの?」
「うん、これなんだけどねっ?」
ほら、これである。
仲良くない相手には無関心かつ冷淡な反面、仲良くなった相手の頼みは放っておけない性格。そういうところが可愛いとシャーリーは密かに思っている。
訂正、たまに口に出して怒られる。
立ち上がってシャーリーのパソコンを覗き込んできたニーナに記事を見せると、しばらく沈黙が続いて、
「シャーリーなりにゲームの魅力を紹介したのね。面白いと思う」
「でしょ?」
これまでに書いた記事はなかなかの自信作だ。
何しろシャーリーの「好き」な気持ちが詰まっているので、すらすらと書いていくことができた。
ただ、
「この方向性だと限界があるのかな、って……」
「熱意が尽きちゃったんだ」
「ゲームに飽きたわけじゃないよ! ただ、無理やり引っ張り出して褒めてもそれは違うかなって……」
「そうね」
頷いたニーナは少し考えて、
「だったら別の記事を書けばいいんじゃない?」
「別? って、たとえば?」
「ゲームを最初から始めて、その様子をレポートするとか」
「ふむふむ」
「友達と対戦した話で記事を作るとか」
「ほうほう」
「いっそシャーリーの恋の悩みだけで埋めるとか」
「え、なにそれ、アリなの?」
我に返って尋ねれば、最近になって見せてくれるようになった悪戯っぽい笑顔を浮かべて、
「別に良いと思う。シャーリーが自由に書けるように『公認だけど非公式のページ』を任せてくれたんだと思うし」
「ほほー?」
ニーナと前より仲良くなれている実感と共に別の面白みを感じて、シャーリーはにんまりと口を歪めた。
「さすが、リリィ先輩のことになるとよくわかってるねー?」
「な、やめてよシャーリー。別にそういうわけじゃ……」
「ない?」
「………」
真っ赤になって俯くニーナは物凄く可愛くて、写真に撮って残したいくらいだった。
実際にやったらハッキングしてでも消去しに来そうなのでやらないが。
(もう、ほんとニーナってば、リリィ先輩のことになると恋してるみたい)
二人きりで手を繋いだり、笑いあったりしているニーナとリリィを想像するとほっこりするので、シャーリーとしては不健全だとか言うつもりはない。
リリィに相手がいることを考えると、同性とかそれ以前に叶わぬ恋だとは思うが。
だからといって諦められるほど、恋というものは易しくないと、他でもない実体験として理解している。
「でも、そっか。自由に書いていいんだ」
「うん。いいと思う」
「そっかそっか。じゃあ……」
唇に指を一本当てて考え、一番面白そうだと思ったアイデアを口にする。
「リリィ先輩の観察日記とか!」
「……載せる前に本人にチェックしてもらった方がいいと思う。別に、私がチェックしても良いけど」
そんなことを言いながら「読みたい」とニーナの顔には書いてあった。
「というわけで、今日は一日、リリィ先輩を観察することにしました!」
「なんで私まで付き合わされてるの……」
朝早く集合させられたニーナはいつも以上にテンションが低かったが、ちゃんと来てくれた上、変装までしているあたり意外とやる気十分である。
というか、普段の眼鏡をやめてコンタクトを付け、髪を後ろでひとつに束ね、軽く化粧を施した姿は、
(可愛い!)
逆に目立つんじゃないかという気もするが、可愛いからOKだ。
自分の変装(帽子にサングラス)をあらためてチェックしつつ、普段の登校時間よりだいぶ早い時刻から校門前で張り込みを開始。
「リリィ先輩は基本送り迎えなんだよね」
「学園に泊まってる時はもちろん徒歩だけど。……っていうかシャーリー。リリィ先輩、今日は風邪でお休み、とか後から言わないよね?」
「大丈夫。そこはちゃんと確認したから」
朝食としてパンと牛乳を味わいつつ待っていると、だんだんと登校する生徒が多くなってくる。
「あ、おはよーシャーリー。何してるの?」
「うん、おはよー! ちょっとね、リリィ先輩を見張ってるの!」
「なんでナチュラルにバレたうえ、普通に会話してるの」
もうちょっと目立たない位置に隠れなおしつつ更に待ち、
「あ、来た」
「リリィ先輩だ。今日もいつも通り」
「いつも通り色白すぎるくらいだね」
幸い、リリィを見落とす心配は全くなかった。
白い髪と白い肌、更には一年中ハイソックスかタイツを履き、手袋をして帽子を被り、日傘までさしているのだ。そんな「私は深窓の令嬢です」と全力で主張しているような生徒は、さすがにこのアッシュフォード学園にも一人しかいない。
リリィ・シュタットフェルトは日光に弱い。
吸血鬼かと言いたくなるくらいにわかりやすい弱点であり、日除けグッズは欠かせない。だから色白のままなのだが、体質らしいので「日に当たれ」とも言えない。
むしろ、リリィを無理やり連れだしたり日光浴させるような生徒は問答無用で成敗される。
中には「実はあの人はもう百年生きている」とか言った生徒が、どこかから飛んできたヘアピンに殺されかけたなんて話もある。ヘアピンで殺されるってどんな状況なのかと思うが、なんでも壁にめり込んだとかなんとか。
「おはようございます、リリィ先輩」
「おはよー、先輩」
「ええ、おはようございます、皆さん」
リリィを見かけた生徒は多くが彼女に話しかける。
それらにいちいち微笑みを浮かべて応対するものだから、ただでさえゆっくりな歩みが更にゆっくりになっている。
で、その間に追い付いてきた後ろの生徒から更に声をかけられるというコンボ。
お陰で隠し撮りするタイミングにも事欠かなかった。
「ねえシャーリー。先輩が授業受けている間ってどうするの?」
「窓から観察するに決まってるでしょ?」
「ええ……?」
小さく「私も体力には自信ないんだけど」とか言いながらついてきたニーナと移動し、木陰から窓の向こうを観察。
リリィは入り口側の一番後ろの席に陣取っていることが多い。
後ろに座る生徒は居眠りをしたりする者が多いのだが、リリィの場合は単に「荷物が多いから邪魔にならないように」だ。窓際だと日光に殺されるので、自然と入り口側になる。体調を崩した時も退室しやすいのでちょうどいいらしい。
「うーん、あんまり面白いことは起きないね?」
「先輩が授業中に変なことするわけないでしょ?」
「あ、でも、ノート二冊出してるよ。落書きかな?」
「新しい企画を考えてるだけだと思う」
これがミレイならイベントの企画だが、リリィの場合はゲームの企画だ。
なんとも仕事熱心だと言わざるを得ない。
「この授業、だいたい三年生なんだろうけど、先輩が場違いに見えるね」
「リリィ先輩、小柄だから」
髪の色は多様なので白髪はさほど目立たないのだが、中等部の生徒が交ざっているような奇妙さがある。
その小柄なリリィが指名されればすらすらと淀みなく答えを口にするのだから猶更だ。
「そんな感じで授業時間は過ぎていきましたっと」
「誰に言ってるの」
屋外でペンを出すのが面倒だからボイスレコーダーに吹き込んでいるのだ。
「お昼だよニーナ!」
「ん……もうそんな時間?」
さすがに飽きたのか、途中から木陰で読書をしていたニーナを現実世界に呼び戻す。
「リリィ先輩のお昼ご飯、興味あるでしょ?」
「あるけど。校内だと尾行するの難しくない?」
「確かに。って、先輩が出て行っちゃう!」
とはいえ幸い、その辺の生徒に「前会長はどっちに行った?」と尋ねればあっさり答えが返ってくるので、急いで追いかける必要もあまりなかった。
「リリィ先輩は屋内だと意外にアグレッシブ」
「お昼にどこに行くかは結構バラバラなんだよね」
「イレ──旧日本人の二人と食べる時もあるし、ミレイちゃんと一緒の時もある。ルルーシュ達のところだったり、他にも色々」
「もちろん私達もご一緒させてもらったりしてるんだけど」
今日はとある教室で十人近い生徒とお喋りランチタイムらしい。
男女混合の話好きメンバーに交ざって、多種多様な話をうんうんと楽しそうに聞いている。
なんでも、こういう情報収集もゲーム制作に役立つのだとか。
「ねえシャーリー。私、パン買ってきていい?」
「あ、じゃあ私の分もお願い!」
「今日はシャーリー、一段と人使いが荒いんだけど……」
午後の授業も終わると、リリィはのんびり支度をして席を立つ。
「生徒会長だった頃は生徒会室へ直行が多かったみたいだけど……」
「今は結構日によってバラバラかな」
学園内を歩いて噂話を集めることもあれば、誰かとお茶会を開くこともある。クラブハウス内に設けられた自室で自習や仕事に勤しむことも。
今日のリリィは、
「あ、女子何人かに囲まれた。ニーナ、あれは?」
「確か合唱部の先輩だったと思う」
「ああ、ナナちゃんと歌うために入ったんだよね、確か」
当のナナリーはまだ中等部に入っていないため、今のところは時々連行されては練習に参加させられる、という流れになっているらしい。
困った、と言いつつ楽しそうに語ってくれたのを覚えている。
一応、合唱部もリリィの体力の無さは心得ているらしく乱暴なことはしていないし、適宜休憩は取らせてくれているのだとか。
「ほらシャーリー、私達も音楽室に行こう」
「なんで急にやる気になってるのかな」
なんでも何も、リリィの歌声が聞きたかったのだろうが。
音楽室の外から耳を澄ませて聞いたリリィの歌声は透き通っていて、彼女の儚さをそのまま表しているかのようだった。
これで十分な声量があればオペラ歌手とかも似合うだろう。
無理せずに合うジャンルを探すなら童謡だろうか。盛り上がるには不向きだが、子供達がうっとり聞き入ってしまうタイプの声だ。
「先輩の歌は商品にもなってるんだよね」
「二作目のゲームの初回限定盤に顔出しで主題歌が収録されてる」
「うん、配ってくれたから私も持ってる」
後から「初回限定特典だけ回収させてください」と言ってきたものの、申し訳ないがお断りした。
「こうして見ると色んなことやりすぎだよね、リリィ先輩」
「放課後、会社に顔を出してることもあるみたいだし、明らかに働きすぎ」
ミレイのお気に入りなのに無茶振りを控えられている、という稀有な人材である。
まあ、ときどきコスプレさせられたりはしているのだが。
兎の耳と衣装を付けさせられたりとか。いわゆるバニーガールのコスプレ写真は一部の(ロリ……)男子の間で伝説になっているそうだが、もこもこしたバニースーツ姿も披露してくれていて、シャーリーはそちらの方が断然お気に入りだ。
「一日の用事が終わった後は帰宅するか、クラブハウスの部屋に落ち着く、と」
「うん。やっぱりそこでもお仕事したりしてるみたいだけど」
「先輩、いつ寝てるの?」
「ちゃんと一日八時間以上は寝てるって言ってた」
シャーリーなんか、お菓子食べながらファッション雑誌を見ているうちに一時間経っていたりとかザラなのだが、さすがとしか言いようがない。
一通りの観察を終えたシャーリーは「うん」と頷いた。
「結構参考になったかも。ありがと、ニーナ。付き合ってくれて」
「どういたしまして。私も、意外と楽しかった」
「っ! あーもう、この子は! ときどきすっごく可愛いんだから!」
「や、やめてシャーリー、苦し──」
ついつい廊下ではしゃいでいると、音楽室のドアが開いて、
「お二人とも、こんなところでどうしたんですか?」
色白小柄の前生徒会長が首を傾げながら姿を現した。
別に怖い顔をしているわけではないのだが、さっきまでやっていたことが若干後ろめたいせいか、二人は「ひいっ」と声を出してしまう。
そんなシャーリー達にリリィは微笑んで、
「ご用事が終わったのでしたら、一緒に歌いませんか? 大勢の方が楽しいです」
「「は、はい。喜んで」」
そして。
後日SNSに掲載された社長観察日記は異例の好評を博し、休日編やイベント編、会社編などと手を変え品を変え継続することになるのだが、それはまた別のお話。