ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
どうして自分はこんなところに連れてこられたのか。
日本国総理大臣・枢木ゲンブの息子、枢木スザクは、山間にひっそりと建つ日本屋敷を見て不思議に思った。
護衛や世話係はついているものの、基本的には父と二人。
未だ八歳の幼い少年に過ぎない彼には、あまり面白いシチュエーションではなかった。裕福な家の出であるため、大きな日本屋敷を見るのは初めてではないし、何より屋敷に着くまでにそれなりに歩いたので少し疲れた。
「父さん、ここは?」
「私が世話になっている人の家だ」
「ふうん……?」
余計に自分が場違いな気がして首を傾げる。
出迎えに出てきた使用人と若い男──身のこなしから見るに護衛の類だろう──に案内されて玄関から入ると、引き締まった筋肉を持つ男に出迎えられる。最近通い始めた武術道場にいる男達と同様の気を発しているので、こちらはかなりの達人に違いない。
少し興味が出てきたスザクはふと男(この家の当主らしい)の後ろに何か白い物を見つけた。なんだろうと見つめると、それは髪だった。白い髪。これは初めて見た。身体を傾けて更に観察すれば、そっと顔を出した
同い年か、それとも一つ下くらいだろうか。
「これが次女の百合です」
「おお、この子が。話の通り聡明そうな子だ」
百合と呼ばれた少女に興味を引かれている間に話が進んでいたらしく、今度はスザクが紹介される。
「息子のスザクだ。彼女よりは二つ年下になる」
「初めまして、篠崎百合と申します。以後お見知り置きくださいませ」
「年上!? こいつが!?」
「スザク。女性に対して失礼だろう」
ゲンブから窘められるも、スザクは「百合は年上」という事実が衝撃的すぎてそれどころではなかった。
髪だけでなく肌まで白く、手足は折れてしまいそうなほどに細い。何から何までスザクとは違う、例えるなら人形のような少女だった。
百合は百合でスザクの方に視線を向けてきていたものの、何を考えているのか表情からではいまいち読み取れない。怖がられているような気もするし、一挙一動を観察されているような気もする。
「では、枢木首相。こちらへ」
和室に通されたスザク達は篠崎家による歓待を受けた。
酒やちょっとした料理、菓子に果物などが振る舞われ、父親達は盃を合わせて笑い始める。
基本、スザク達は蚊帳の外である。
首相だけあってゲンブはこうして催しによく参加している。家に人を招くことも良くあるので、スザクにとっては慣れっこだ。といっても、話についていけるという意味ではなく、一生懸命聞いてもちんぷんかんぷんだ、ということがわかっているというだけだが。
年上にはとても見えない幼い百合も似たようなものだろう、と、煮物のこんにゃくをつまみつつ視線を送ると、少女は金平糖を一粒ずつ口にしながら大人の会話に耳を傾けていた。
「百合君はどう思うかね?」
「はい。サクラダイトは今後、世界において最も重要な資源になると考えます。日本、特に富士のサクラダイト採掘量は世界有数ですので、間違いなく諸外国から狙われるでしょう」
「首相。例の話はこの百合が出どころなのです」
「ほう。やはり
「ええ。桜の下には死体が埋まっているとはよく申したもので、かの『桜』は多くの屍を作り上げることでしょう」
「ふむ。手放すべき、か?」
「一概にそうとは言えません。そして桜の美しさを世界へ広める場合でも、安売りはすべきでないでしょう」
何を言ってるんだこの子は。
スザクには百合の言っていることが一割も理解できなかった。どうやら父との間で会話が成り立っているようだが、一体何をどうしたらゲンブと世間話ができるのか。
一人置いていかれたような気分になって不貞腐れる。
なんだかいつも以上に面白くない気がして、煮物や菓子を貪っていると、
「おっと。スザク君は退屈のようだ」
「そうですな。子供を酒に付き合わせるのは無粋というもの。スザク。百合君と遊んでいなさい」
「いいんですか?」
「ああ。子供は子供同士の方が良いだろう?」
はい、とスザクは答えた。
得体のしれない少女が一緒なのは不満だが、この場から離れられるのは嬉しい。
「行こうぜ」
立ち上がり、百合に歩み寄って手を引く。
「あっ。父上、金平糖を持って行ってもよろしいですか?」
「ああ、構わない」
「金平糖か。酒に合わないわけではないが、私には少し甘すぎる。百合君、遠慮せずに持っていきなさい」
「嬉しい。ありがとうございます」
大事そうに金平糖を包み始める百合。
スザクとしては父に同意だった。美味しいとは思うが幾つも食べたいとは思わない。
やはりこの少女とは気が合わないかもしれない。
思いつつも、準備の終わった百合の手を引き、部屋を出た。
こいつとは間違いなく気が合わない。
スザクが確信を抱くのにあまり時間はかからなかった。
「外に遊びに行こうぜ」
せっかく自然が多いのだから屋内にいたら勿体ない。
廊下に出るなり提案すれば、百合は困ったように眉を顰めた。
「それよりも私のお部屋に参りませんか?」
「部屋じゃ何もできないじゃないか」
「そんなことはありません。お喋りをしたり、読書をしたり……ああ、双六もございます」
スザクは聞いただけでうんざりした。
「何が面白いんだよ、そんなの」
拗ねられるかと思った。
周りにいる同世代の女子は自分の主張が通らないとすぐにへそを曲げるからだ。
しかし、百合は微笑んで言う。
「スザクさま。こういう時は女性を立てるものですよ」
「お前は女性なんて柄じゃないだろ」
「これは一本取られましたね」
あっさりと言って、なおかつ結局、少女はスザクを部屋に引っ張っていった。
女の子らしい部屋の中は案の定スザクにとってはつまらなかったが、百合が遊び道具を探しながら漏らした言葉にそれどころではなくなる。
「私、身体が弱いので外には出られないのです」
「病気なのか?」
「病気というよりは体質ですね。日焼けに弱く、病気もしやすい身体なのです」
「じゃあ最初からそう言えよ」
「申し訳ありません。憐みを誘うのはあまり好きではないのです」
「じゃあ、何が好きなんだ」
続けて尋ねる。
二人での双六や静かな読書に比べればお喋りの方がまだましだ。
百合は「うーん」と首を傾げて、
「そうですね。平和、でしょうか」
「なんだそれ。よくわからない」
「わからないのは今が平和な証拠です。争いの無い幸せな生活です」
うんうんと自分で頷く少女。
どこか捉えどころのない、揺らぎの多い瞳に見つめられて何故かどきりとする。
「争いはできるだけ避けるべきです。もちろん、暴力も。目的のためだからといって短絡的に人を殺めるなどもってのほかです」
「? そんなの当たり前だろ?」
「そう、当たり前です。当たり前なのです、スザクさま」
どういうつもりなのか知らないが、百合は口を酸っぱくして「殺しがよくない」と言ってきた。外で遊ぼうとしただけなのに、暴力的な男だと思われてしまったのだろうか。
怫然としつつ話を流し、後の時間は将棋をさして遊んだ。
百合はチェスとかいうゲームをやりたがっていた。なんでも将棋に似た西洋のゲームらしいが、スザクが遊ぶ機会はこれからもきっとないだろう。
あの少女が自分の婚約者候補だったと知らされたのは家に帰ってからのこと。
結局、百合との婚約はお流れになり、スザクは後に別の少女と婚約することになる。
婚約相手となった少女は年下の我が儘なお嬢様で、何から何までが篠崎百合とは違っていた。
だからだろうか、以来、スザクはふとした瞬間にあの少女の顔を思い出すようになった。子ども扱いされた苦い思い出と一緒に、だ。
この時のスザクはまだ知らなかった。
あの少女──百合と将来、意外な形で再会することになることを。
そして、再会した時の自分が今とは異なる状況に置かれていることを。
◆ ◆ ◆
スザクとの婚約はなんとか(?)回避した。
まあ、もともと成立する見込みは低かったと思う。
原作におけるスザクの婚約者はキョウト(カタカナなのは原作準拠)の超お嬢様。首相の息子のお相手としてどっちが相応しいかは考えるまでもない。
姉に匹敵する肉弾戦能力の持ち主であるあいつの妻は俺には務まらないだろう。いや、原作でも婚約破棄されてたりして結局誰ともくっついてないんだが。
「藤堂さんは強いんだ。あの人は最強だと思う」
「最強は私の姉さまです」
「お前の姉さんってそんなに強いのか。俺、その人に会いたかったな」
スザクとはそんなどうでもいい話をした。
あと、殺しは良くないと何度も繰り返し言い聞かせた。
原作だとあの男、ブリタニアとの徹底抗戦を唱える父ゲンブを殺してるからな……。父を殺せば戦争が終わると思ったらしいが、年齢を考慮するにしてもあまりに短絡的すぎる。あれだけ言っておけば少しは思い留まってくれるんじゃないだろうか。
むしろ俺的にはゲンブ首相と直接話ができたことの方が重要だ。
サクラダイトの重要性を訴え、最も危険視すべきがブリタニアであることも示唆した。
来るべき戦争に備えさせるにはこれ以上ない成果だ。
これで一安心。
だけどあまりほっとしてもいられない。ちょっと準備した程度じゃ結局、日本は負けるだろうからだ。
ゲンブ首相には負けるにしても負け方を考えてもらえるように言っておいたから、それ込みで好転してくれると信じたいが、他の方法も講じておくべきか。
「お前の縁談話は全て破談になった」
「残念です」
父に呼び出された俺は「まあそうだよね」と言うのを我慢して愁傷な顔を作った。
「では、父上。予定通り外国と縁談を?」
「うむ。異論はあるか?」
「ありません。ですが、嫁ぐのならブリタニアに嫁ぎたいです」
「……他に選択肢もあるまいな」
情報収集の観点から見てもそれしかないだろう。
傍目からは沈没船から逃げ出すように見えるかもしれないが。
「わかった。その方向で動こう」
「お願いいたします」
「………」
父は黙った後で「今のうちから暗号の使い方を学んでおくように」と言い渡してきた。
一見すると厳しい当主の姿なんだけど、咲世子からあんな話を聞いたせいかツンデレっぽく見える。いかついおっさんがツンデレても可愛くないが。
国内ならいざ知らず、外国人との婚約となると調査から根回しまで手間がかかる。
月日はあっという間に流れ、俺の記憶が戻ってから一年近くが経った頃、ようやく俺のお相手が本格的に決まった。
病弱なアルビノの幼女を嫁に貰おうという奇特な人はどこの誰かというと「アスプルンド伯爵家」のご子息、れっきとした貴族様だ。
歳は二十一歳。大学に在学中で、卒業後はブリタニア軍で兵器の研究開発を行う予定とのこと。研究一筋の変人で知られており、自分の趣味を許容してくれることが一番の条件だと言っているらしい。俺がまだまだ子供で結婚できる年齢でないのも時間稼ぎができるので好都合というわけだ。
この変人さんの名前はロイド。
俺にとっては家名よりもこのロイドという名前の方が馴染みがある。彼は原作において枢木スザクが搭乗する
原作でも没落貴族の令嬢を婚約者に指名し、彼女が学校を留年しても婚約を取り消さなかった。彼なら確かにOK出すかも、と、俺としても納得である。
「とはいえ、貴族に嫁ぐのならそれなりの箔が必要だ」
ロイドについての説明を一通り終えた後、父は俺にそう告げた。
「貴族の正妻というのは基本的に貴族か、あるいはそれに準じる名家の令嬢でなければならない。ならば、そうなってしまえばいい」
要するに、以前から計画されていたことを実現させる。
俺をブリタニア貴族の養女として迎えてもらい、その家からロイドのアスプルンド伯爵家に嫁ぐという形を取るのだ。
当然、その場合、俺を養女にするのは別の家ということになるが、これに関してはロイドの家が嫁に迎えるという前提があるのでそこまで難しくなかった。
日本人に理解があるというブリタニアの名家が「ならばうちが」と名乗りを上げてくれたのだ。
家の名前はシュタットフェルト家。
原作ヒロインの一人、紅月カレンの父方の家だった。
※余談です
■篠崎百合
皇暦1998年生まれ。
(咲世子より五歳年下。ルルーシュ・スザクらより二歳年上。ミレイより一歳年上)
容姿は「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」のソフィア・アスカルトに和服を着せたイメージで概ね問題なし。
ブリタニア人になった後は「リリィ・シュタットフェルト」となる。
名前の「百合」の由来はラ行縛りに合わせるために「リリ」か「レレ」にしようとした結果、百合という日本人名からリリィに改名するネタを思いついたため。なので姉妹百合がしたいという欲望が先行したわけではない。