ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「ああ、もう! 全然聞いてない! 何よこれ!?」
カレンが荒れていた。
部屋にやってきた挙句、眼光鋭く使用人を退散させると、俺の枕を持ち上げてベッドに叩きつける。ちょっとひどい。いや、まあ枕なら許容範囲か。
何を怒っているかは大体想像がつくが──。
俺は作業する手を止めて振り返り、首を傾げる。
「カレンさんは反対なのですか?」
「別に、反対ってわけじゃないわよ」
少し騒いで落ち着いたのか、カレンは声のトーンを下げて答えた。
学園での「病弱な令嬢」設定のせいで、鬱憤を晴らす場がなかったのだろう。報道の翌日になって俺が帰ってきたので、ようやく文句を言えたわけだ。
紅月さんことカレン母の方は普段よりも明るい感じだったが、娘は誰に似たのか。父親似でもないと思うのだが。
「ただ、なんていうか、置いてけぼり食らったみたいな感じがするじゃない」
「普通の人にとっては、偉い人達なんて遠い存在ですよ」
「そんなこと言われてもね」
カレンの場合、兄のナオトがその「偉い人達」の中にいる。
レジスタンスに入りたかったのに、もたもたしている間に手の届かないところまで話が進んでしまっている。しかも、兄からは詳しいことを何も聞いていない。
除け者にされたようで、子ども扱いされたようでもどかしいのだろう。
「私も、もどかしいです」
「義姉さん?」
カレンが意外そうに俺を見る。
「だって、そうでしょう? スザクさん達とは少し前まで一緒に学園でお喋りしていたんです」
「まあね……。枢木スザクも、私に『婚約して欲しい』とか言っておきながら勝手にどっか行っちゃうし」
「袖にしたのはカレンさんじゃないですか」
「そうだけど」
じゃあいいや、と、軽く諦められてもそれはそれで不満なのだろう。
「スザクさんの婚約者探しは棚上げでも問題なくなりましたからね」
婚約者にブリタニア人を据えたがっていたのは、ブリタニアの協力者を得た、というのが目に見えてわかるからだ。
元とはいえ皇子と皇女が新しい日本に協力する、しかもそれがスザク自身の古い友人となれば、十分なネームバリューがある。
まあ、将来的にブリタニア人の嫁をもらうに越したことはないし、ルルーシュには逆に日本人の嫁が必要になりそうだが。
「神楽耶さまとルルーシュさん、スザクさんとナナリーさんでちょうどいいと言えばちょうどいいかもしれません」
「それはちょっと短絡的というか、下世話すぎない?」
「わかりやすいからこそ、そう考える人は多いと思います。別に適当な相手がいるなら別でしょうけど」
「私にその気はないわよ」
まだ何も言っていないが。
「そうですか? 半分ブリタニア人、半分日本人のお嬢様なんてなかなかいません。相手方にとっても魅力的な人材ではないでしょうか」
言ってしまえば、カレンならルルーシュとスザク、どっちに嫁ぐことも可能だ。
スザク達による新政府が軌道に乗る必要はあるが、養父達も反対はしないだろう。
カレンは半眼になって俺を睨んでくる。
切れ長の瞳はいかにも苛烈な印象があり、少しばかりプレッシャーを感じる。
「義姉さんこそ、あいつらのどっちかに惚れてたりしないわけ?」
「スザクさんにはそういう感情はいっさいありませんし、ルルーシュさんと私じゃ釣り合いませんよ」
それよりも、カレンが何かしたいのなら、近いうちに組織されるはずの日本の防衛組織に志願してみるのもいいんじゃないか。
俺は義妹にプレゼンを試みようと再び口を開いた。
翌日の昼食はユーフェミア、それからジノと一緒だった。
「ジノさま、少々眠そうに見えますが……お疲れですか?」
「いえ、問題ありません。このところ睡眠時間が減っているのは事実ですが、生活に支障をきたすほどではありませんので」
俺は普段、ジノのことを名前で呼んでいる。
一応身分を隠している彼を「ヴァインベルグ卿」と呼ぶわけにもいかないのと、彼自身がジノでいいと言ったからだ。
ユーフェミアの友人という立場になった俺はジノとも話す機会が多くなった。
特に退院してから、そして、スザク達による日本政府再建が発表されてからはユーフェミア、そして俺にぴったりとくっついている。
怪しまれているんだろう。
俺とゲームの話がしたい、良からぬ者に俺が狙われる可能性がある、という理由もいくらかは含まれているだろうが、それ以上に「事件時に皇女を連れ出した人物」として警戒しているだろうし、退院後にジノを除け者にして色々動いたのも影響があるはずだ。
記者会見以降、俺とユーフェミアは完全に日常に戻っている──悪だくみする仲間がごっそり消えて動きようもないので、怪しまれても問題はないのだが。
「やはり、例の件でお忙しいのですか?」
既にラウンズにも動きがあるのか、と問えば、ジノは首を振って。
「いえ。忙しいのは内政担当や軍の方でしょう。影響がないわけではありませんが、寝不足の理由は別です」
「別、ですか?」
ユーフェミアが首を傾げ、
「ええ。腰を据えて
そっちかい。
思わず声に出してツッコミを入れそうになった。
我が社のゲーム第三弾、正式にゲーム中で「ナイトメアフレーム」の呼称を用いた戦記ものSLGは先日発売されたばかりだ。
正確にはPC向けのデジタルカードゲームが先にリリースされているのだが、そちらはこれまでの製品とは販路が違う(コンシューマーゲームではなくPCソフト枠)うえ、課金システムを搭載したオンライン対戦向けの製品で、そのぶんパッケージ自体は安価に抑えているために番外扱いとなっている。
なお、そのデジタルカードゲームではプレイヤーキャラの容姿(スキン)を変更することができ、有料スキンの中には俺が声を担当したものもあったりするのだが──そんな黒歴史はともかく。
「本当にKMFがお好きなのですね」
言うと、ジノは目を輝かせて頷いた。
「それはもう。KMFには男の夢とロマンが詰まっています。リリィ様もお分かりになるでしょう?」
「ええ。兵器として見なければ、造形美や機能美に溢れた素敵な機械だと」
「殿方はああいったものが好きなのですね。それとも、わたくしがおかしいのかしら?」
「男性と女性では琴線に触れる箇所が異なりますからね」
女の場合「あんな鉄の塊の何がいいのか」と思う人間の方が大半だろう。
前世の車好き、バイク好き女子にしても、たまたまそういうデザインが刺さる人だったり、あるいは運転する自分の姿に喜びを覚える人、ウェアや内装に凝るのが好きな人などが多かったはずだ。
「ですが、女性にも有名なKMF乗りの方がいらっしゃいますし、憧れている女性もいるのでは?」
「コーネリア皇女殿下は有名ですわね」
「ええ。それにナイトオブラウンズも半数ほどは女性です」
神聖ブリタニア帝国第二皇女のコーネリアはユーフェミアの実姉であり、自ら前線に立ってKMFを駆る武人肌の女性だ。
政治的手腕も全くないわけではないのだが、原作を見る限りシュナイゼルやルルーシュには及ばない。クロヴィスよりは多少マシといった程度だろうか。
それでも率先して戦いに出て勇敢に指揮を執る姿はある種のカリスマを備えており、軍人や女性からは支持する声が多い。
ナイトオブラウンズについては現在男三名、女四名で女性の方が多い。
第二席「ナイトオブツー」が脱退し、男性の人数が減ったこと、原作ではここにスザクが加わるところだったことが人数比の理由か。
また、男性であればラウンズにならずとも軍人として成り上がることは比較的容易である。
女性の身でKMFを駆って出世したいのであればラウンズを目指すのが手っ取り早い、というのもあるだろう。
まあ、コーネリアにしろラウンズにしろ、俺のような人間には羨ましい限り、雲の上のような存在で──。
「他のラウンズもリリィ様に会いたがっていましたよ。是非KMFやゲームの話がしたい、自分の機体もゲームに出して欲しいと」
「え」
「おね、コーネリア様も一度会ってみたいと仰っていたそうですよ」
「え」
冗談かと思えば、二人の顔は大真面目だった。
ブリタニアの主要人物から注目されすぎだ。このペースで行ったら近いうちに皇宮へ招待されかねない。そうなるならせめて皇帝が失脚してからにして欲しい。
と。
「すみません、リリィ前会長ですよね?」
「? ええ、そうですが……」
不意に声をかけられた俺は、声のした方を振り返った。
昼休みの学園内カフェテリア。
日の
テーブルの傍に立ってにこりと微笑む少女は桃色の髪に帽子を乗せた可愛らしい子だった。
記憶している限り面識はない。
トレイは手にしておらず、代わりに小さなバッグを肩にかけている。革製の上品なそれはアッシュフォード学園の制服にも似合っている。
「お会いしたことはありませんよね? 何かご用でしょうか?」
穏やかに問い返しながら、ジノがティーカップを置いて姿勢を正すのを視界の端に収める。
──ラウンズが「いつでも動ける体勢を取った」か。
もしかして何かあるのだろうか。
名家シュタットフェルト家の養女に上位貴族(ということになっている)美男美女。このテーブルに躊躇なく近づいてきている時点で少々珍しい。
単に変な絡み方をされないよう仲裁するつもりかもしれないし、あるいは、結構可愛い子だから口説きたいだけかもしれないが。
少女はにこりと、人当たりのいい笑みを浮かべて、
「はい。お会いしたことがなかったので、一度お話してみたいなって」
あ、やばい人だ。
単なる空気の読めない子なら「この学園には結構いるよね」で済むが、果たしてどうなのか。よく見ると少女のバッグは留め具がフリーの状態だ。もし、その中に
とりあえずお引き取りいただく方向で話を進めようと心に決め、俺は再び口を開いて、
「でも感激です、こんなところでお会いできるなんて思いませんでした。リリィ・シュタットフェルト様!」
大きな声が辺りに響いた。
周りの生徒がこっちに注目してくる。目立つのはいつものこととはいえ、こういう悪目立ちはしたくないのだが。
「申し訳ありません。食事中ですし、お友達も一緒ですので、またの機会ではいけませんか?」
「あ……っと、ごめんなさい」
少しきつい言い方になってしまっただろうか。
一転、困ったように首を傾げる少女。
そこへ、ジノが人当たりのいい笑みを浮かべて、
「レディ。リリィ様が素敵な方なのは間違いありませんが、一方的に好意を向けるだけでは困らせてしまいます。押すべき時と引くべき時を使い分けるのが、意中の相手を射止めるコツですよ」
「……はい」
少女が瞳を潤ませてジノを見つめる。
爽やかな物腰のせいで勘違いさせてしまったんじゃないだろうか。まあ、矛先がジノに向くならそれはそれで──。
「感激しました! さすがはジノ・ヴァインベルグ様です!」
「───」
「っ」
ジノの本名を大きな声で呼んだ……?
俺は反射的に身を震わせ、席を立った。
ナイトオブスリー──ジノ・ヴァインベルグの笑顔が緩み、彼の身体から不自然に力が抜けたのは、俺が動きだした一瞬後のことだった。
「ジノ?」
ユーフェミアが名を呼ぶも無反応。
少年は椅子に腰かけたまま脱力している。崩れ落ちることはなさそうだが、まるで
まさかとは思うが……。
俺は嫌な予感を覚えて身を乗り出す。
指がジノの頬に触れるのと、少女が介抱でもするように少年へと身体を──口元を近づけるのが、同時のことだった。
「っ」
「きゃっ」
少年が弾かれるように立ち上がったことで、少女はよろめき、尻もちをついた。
「いたた……」
乱れたスカートを直すよりも先に、バッグの口に手が伸び、中を隠した。
すぐさまジノとアイコンタクトを取り、
「失礼ですが、どちらのクラスの方ですか? 私、この学園の生徒の顔は覚えているはずなのですが」
「これは失礼をいたしました。怪我をされているかもしれません。一度保健室へ──」
「あ、あはは! だ、大丈夫です! ご心配なく!」
生徒全員を記憶しているというのは当然ハッタリだが。
危機を感じたのか、食い気味で立ち上がった少女はぱっと立ち上がるとくるっと背を向け、俺達の反応を待たずに駆け出していく。
「待て! ……っと、いうわけにもいきませんか」
追いかけようとしたジノは、人の壁をすり抜けるように離れていく少女のスピードを見て足を止めた。
俺とユーフェミアが一緒だった、というのも足枷だった。
ジノが離れた隙を突いて別の人間が本命の作戦を実行、という可能性もある。護衛対象から離れるのは得策ではなかった。
してやられた、と、苦い顔をする俺達にユーフェミアが呆然と、
「あの、今のはなんだったのでしょうか……?」
「わかりません……」
俺の知識にはいない人物だが、ギアス世界は広大だ。
原作については大体覚えているとはいえ、描写されなかったギアス能力者や軍人、暗殺者は数多くいるはず。加えて、外伝やスピンオフについてはそもそも全部網羅していたわけじゃない。
おそらく、何らかのギアス能力者だったのは間違いないだろうが──。
「お騒がせして申し訳ない。皆、一度落ち着いていただけないだろうか。そう、全員、手近な席について両手を開けて欲しい。この学園に来たのはプライベートな事情なのであまり明かしたくなかったのだが、こうなった以上はきちんと説明したい」
「皆さん、どうかヴァインベルグ卿の指示に従ってください。もしかすると、先ほどの方は危険人物だった可能性があります。もう危険はないはずですが、どなたも怪我がないか確認したいのです」
俺達はジノの素性の説明と、危機が去ったことの確認、理事長への報告等に追われ、謎の少女を取り逃がすことになった。
※ピンク髪の子は某スピンオフのキャラクターをイメージしておりますが、未読作品なのでwiki等の情報を元に書いています。
なので、設定の齟齬等に関してはよく似た別人か何かということでご了承いただけましたら幸いです。