ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
マオ。
中国(この世界では中華連邦)出身の少年で、クロヴィスの手の者に捕まる前、ふらふらしていた時期のC.C.によってギアスを与えられた存在だ。
ギアスの効果は『聴心』。
近くにいる人間の心の声を聞くことができるというもので、効果範囲を意図的に狭めることで特定の相手の深層心理まで読み取ることも可能。
特筆すべき点としては、
「あなたのギアスは
「最初はそうじゃなかったんだよ? でも、使ってるうちにそうなっちゃって困ってるんだ」
通常、ギアスは所有者が任意にオンオフできる。
神楽耶の『幸運』であっても使っている時以外は無意味なのだが、マオの『聴心』はそうではない。
──ギアスは成長によって効果を変化させる。
使うほどに効果が大きくなり、やがてオフにすることができなくなる。
先ほどマオ自身が言った内容からそんなことが読み取れる。
否応なしに人の心の声が聞こえてくるというのはさぞかし苦痛だろう。
隣の部屋から騒音がするだけで眠れなくなるのが人間というもの。頭の中に直接響いてくる声、しかも二十四時間続くとなればもはや恐ろしさは計り知れない。
マオがしているヘッドホンは録音したC.C.の声を延々聞き続けることで精神の平安を保つためのもの。バイザーは紋章が浮かびっぱなしの目を隠すためのものだ。
魔女であるC.C.にはギアスが効かないため、彼にとって「安心できる人間」はC.C.だけなのである。
「それで、私を? 私にはギアスが効きませんから──」
「そう! 君とC.C.に一緒に来てほしいんだ!」
お守りであるヘッドホンを外したマオは意気揚々と宣言する。
「だから、あんな動画を?」
「うん。一人ぼっちになって寂しくなれば、素直に僕のところに来てくれるだろうからって。あんまり効果がなかったみたいだけど、リリィは自分から会いに来てくれたね!」
「なるほど……」
相槌を打ちながら、俺は「どうしよう」と思う。
なんというか、マオはハードかつシリアスなギアス世界においてはだいぶ異質。
信念あるいは純粋な悪意によって動く人間達とは違い、純粋に必要だからC.C.を求め、そのためならなんだってするという、言ってしまえば狂人。
シンプルすぎる行動理念のせいで見方によってはギャグキャラにさえ見えてしまいかねない、後先考えていないために行動を先読みするのも難しいという、なんとも相手にしづらい人物なのである。
説得が難しいというのが物凄く辛いところではあるが、逆に言うと素直な相手なので情報収集はしやすい。
俺は軽く息を吸って覚悟を決めるとマオに尋ねた。
「来てくれる『だろうから』ということは、誰かに言われたんですね? いったい誰なんでしょう」
「それは──」
「僕さ。リリィ・シュタットフェルト」
こつん、と、闇の奥から新しい靴音。
現れたのは高級そうな衣服を纏った金髪の少年。
「あなたは──」
「初めまして、僕の名前は
「嚮団?」
「ギアスの使い手を集めた組織さ。昔はC.C.が率いていたんだけどね。今は僕の組織だ」
「な……!?」
俺は思わず絶句した。
ギアス嚮団などという組織が存在することに、ではない。
まさか、こんなところでこいつが出てくるとは。
V.V.と名乗った少年の容姿はマリアンヌ殺害の犯人のそれに酷似している。つまりはまあ、そういうことだ。
「どうして、そんな方がこんなところへ……?」
「その眼を手にしておいて『どうして』もないと思わないかい?」
少年は歳に不釣り合いな落ち着きようでそう告げると笑みを浮かべる。
「端的に言ってしまえば君が邪魔なんだよ。君にその気はないのかもしれないけれど、何度も僕の計画を邪魔してくれて困っているんだ。どうにか止めてもらえないかと思ってね。偶然出会ったマオと利害が一致したから協力関係を取ったんだ」
「そういうこと。僕はリリィとC.C.をもらう。V.V.は邪魔者がいなくなってみんな幸せってことさ」
幸せになる人物に俺とC.C.が含まれていないわけだが。
「断れば殺す、とでも?」
「そんなことは言わないよ。ただ、
マオのギアスがあれば、人の秘密を暴くことは容易い。
ブリタニア本国に回収されたロロが既に復帰しているのなら暗殺だって簡単だ。
ギアスディフェンダーで守るには俺が近くにいなければいけない。全部の人間を俺の周りに置いておくことなどできるわけがない。
だが。
「馬鹿馬鹿しいことを言わないでください。そんな悪人にどうして従わなければいけないんですか」
「じゃあ、大切な人がどうなってもいいんだ? 告発は上手くかわしたみたいだけど、君を信じてくれた仲間達のことが大事じゃないのかな?」
「マオ。あなたも同じ気持ちですか?」
「別に僕は他の人間がどうなろうと構わないんだ。リリィが来てくれないなら少しくらい脅かすのも仕方ないって思ってるよ」
やけに俺にこだわるが、マオにとって俺はC.C.と同じだからだ。
ギアスが効かないから心が読めない。傍にいても鬱陶しくない。そんな人間は一人よりも二人の方がいいに決まっている。
これまでの失敗から学んだのか、随分とやり口が悪辣になった。
告発自体は本命じゃない、ただの警告だったというわけだ。マオとV.V.。危険な奴らが組んでいる以上、本当に何をしでかしてもおかしくない。
「リリィ様」
「駄目です、咲世子さん。V.V.を殺したところでおそらく無駄でしょう」
「良くわかってるじゃないか、さすがだね。そうだよ、C.C.と同じさ」
まあ、実を言うと俺はC.C.が生き返るところを直接見ていないんだが。
V.V.は悠然と、どこか絶対者を思わせる超然とした態度で俺に尋ねる。
「さあ、返答を聞こうか」
「………」
俺はゆっくりと口を開いて答えた。
「マオ。あなたは騙されています」
「何?」
思っていた返答と違ったのだろう、V.V.が動揺した声を上げる。
マオもまた不思議そうに首を傾げて、
「騙されている? 僕が?」
「そうです。V.V.はあなたを騙している。彼には、あなたにC.C.を渡すつもりなんてありません」
「……ははっ。何を言いだすかと思えば。マオ、リリィは適当なことを言っているだけだよ」
衝撃から立ち直った少年は笑みを浮かべてマオに告げた。
「リリィとC.C.は君のものだ。二言はない」
「C.C.を引き渡した後、マオを殺すかもしれませんけどね」
それなら嘘にはならない。
「っ。リリィ、得意の弁舌で引っ掻き回すつもりかい?」
正直に言えばその通りだが、別に嘘を言っているつもりはない。
俺はV.V.を無視してマオに語りかける。
「V.V.にはC.C.が必要なんです。当人の心が読めなくても別の人物──そうですね、ブリタニア皇帝かアーニャ・アールストレイムの心を読めば私の言っていることが正しいとわかるはずです」
「なっ!?」
俺の言葉を聞いたV.V.の表情から余裕が失われる。
よほど驚いたのだろうが、ここであからさまに動揺してしまうあたり詰めが甘い。C.C.と違って百年も生きていない上、子供の身体で固定されていること、何不自由ない生活しか経験していないことから精神的に老成できていないのだろうが。
──そう、V.V.にはC.C.が必要だ。
彼とブリタニア皇帝が企んでいる『ある行為』には不老不死の存在が二人必要なのである。
まあ、皇帝とV.V.は協力し合っているようでいて、互いに互いを信用しきれていない部分がある。原作を振り返ってみると「V.V.は本当にC.C.確保を最優先にしていたのか?」と疑問になるが。
あるいはV.V.の本当の狙いはC.C.を皇帝の手に渡さないことなのかもしれない。それならそれで手中にC.C.を収めてしまうのが最も手っ取り早い。
「貴様、どこまで知っている!?」
「さあ、どこまででしょうか」
適当にとぼける俺。
俺の持っている原作知識については誰にも話していないため、マオのギアスを使っても読み取りようがない。
加えて言えば、さっきの言動なら「勘でカマをかけた」と説明しても通ってしまう程度のものだ。少なくとも皇妃を一人殺しており、暗殺者を率いているような奴が約束を守るとも思えない。
皇帝とアーニャの名前を出したのはV.V.に関係が深そうだったから、で十分通る。
「マオ。人殺しの親玉と私、どっちを信じますか?」
「耳を貸すなマオ! でたらめだ!」
「え、ええ? ぼ、僕は、僕は……」
狼狽えるマオ。
ギアスを制御できなくなってから人付き合いができなくなり、C.C.と二人きりで甘やかされて育った彼もまた、精神的に成長する機会を失っている。
そんな彼に、俺は努めて優しく話しかける。
「マオ。私はあなたとも仲良くしたいんです。みんなとも仲良くしてほしいんです。だって、あなたは本当は、
「っ!?」
「ギアスさえなければ。能力がオフにできなくなってからはずっとそう思っていたはずです。人の心を読みたかったのは不安だったからで、何も人の心全てを聴きたかったからではないでしょう?」
「黙れ! こいつはもうギアスを暴走させている! 今から普通に暮らすなんてできるわけがない」
「できますよ。私のそばにいてくれれば。そうですよね、マオ?」
ヒントはこれまでの会話の中にあった。
──俺と対面したマオはヘッドホンを外した。
俺の心の声は聞こえないため、なくても問題なかったとも取れる。
だが、俺以外の人間の『声』は聞こえるはずなのだ。
付けたままだと話がしづらいからしばらく我慢することにしただけかもしれないが、それにしては「聞こえない」と大喜びだった。
「私とC.C.に共通するのはマオのギアスが効かないということ。ですが、厳密に言うと私とC.C.では『効かない』という結果に至るまでのプロセスが異なるのではありませんか?」
「な、に……!?」
「マオのギアスはオフにできないものの、対象を指定することはできるのではありませんか? そして、C.C.という存在はそもそもギアスの対象に指定することさえできない。対して私は『対象に取られた上で無効化している』」
TCGやTRPGじみた話になってしまうが、「そもそも選択できない」のと「選択できるけど効かない」のでは大きな違いがある。
それは「空撃ちが可能か否か」ということだ。
「マオは私にギアスを集中させることで疑似的にギアスから逃れられるんです。その状態なら人を遠ざける必要もないんです。だったら簡単ではありませんか。私の傍にいてください。何か適切な形で雇用しますから、私のサポートをしてください。一緒にゲームを作りましょう」
俺の眼が常時ギアスモードになってしまうが、一応、ギアスの光を透過しないようにする特殊な眼鏡やコンタクトは既に作ってある。
「ね、いいでしょう? 殺すだとか殺さないだとか、そんなことは忘れて楽しく暮らしましょう」
「り、リリィ。本当に、そんなことが?」
「ええ。そうやって過ごしながら、あなたのギアスをどうにかする方法を探しましょう」
実は、方法自体は一つ思いついている。
C.C.かV.V.か、不老不死の存在の協力が必要な上、いくつか準備もしなければならないが。
俺はゆっくりと手を差し伸べる。
自分に向けられた手に、マオがふらりと一歩近づく。そして、
「み、認めない! 認めないぞ!? マオ、そいつに付くというのならお前も──!」
「正体を現しましたね、魑魅魍魎」
咲世子の左手が俺の肩に触れ、右手が跳ね上がる。
刹那、世界から音が消えた。
「っ!」
V.V.に向けられるかと思われた細い針は急遽、振り返りざまに投擲。
真っすぐに宙を飛ぶと──いつの間にか立っていた暗殺者・ロロの肩に突き刺さった。
「ぐ……!?」
「異能に頼り、技術の研磨を怠ったのが敗因です。不老不死の人間用に調合した麻酔針。誤って
咲世子が説明する間にも、ロロはがっくりと膝をついた。
絶対停止の結界が解除される。
子供のようにわめいて牙を剥こうとしたV.V.は歯噛みし、目を見開き、ほんの一瞬だけ迷った後に踵を返した。
「後悔するよ、リリィ! 僕の誘いに乗っておけば良かったってね!」
彼の声に気を取られた一瞬の隙を突いてロロも身を翻していた。
咲世子が追おうと動きかけたが──すぐに止まる。俺から離れたらギアスでやられてしまうからだ。なお、俺を抱えて追いかけた場合は俺の心臓が死ぬ。
できるのは一応、通報しておくことくらいだろう。
ふう、と息を吐いた俺は警察に電話をかけながら、服のポケットからとあるものを取り出した。
「いろいろ証拠も手に入りましたね」
ぺらぺら喋ってくれたけど、ボイスレコーダーの可能性とか考えなかったんだろうか。