ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「あぁ、C.C.! 僕のC.C.! 会いたかったよ!」
「ええい、寄るなマオ。前にも言っただろう。私はお前の所有物ではない!」
戻ってきたクラブハウスの俺の部屋。
再会するやいなや笑顔ですり寄るマオと、嫌そうな顔で罵倒するC.C.。
声を荒らげる彼女というのもレアな光景──でもないか。時々俺へツッコミ入れる時になってたし。
少年をいなした『不老不死の魔女』はため息を吐いて、
「さすがに、こいつを連れ帰ってくるとは思わなかったぞ」
「ええ、まあ。争いごとが苦手な性分なもので」
答えると胡乱げな視線が送られてきた。
「……いいのか、マオ? こいつは確かに人命を重んじるし、めったに嘘もつかないが、まず間違いなくこき使われるぞ?」
「ああ、もちろん。リリィのことを考えていると頭が痛くならないんだ。こんなのいつ以来だろう!」
「お前もだ。マオは素直だが、その分だけ行動が軽い。足を掬われることになるかもしれないぞ」
「信じます。私はいつもそうやってきましたし、これからもそうやっていくつもりです」
まあ、「V.V.にはこちら以上の利を提示できない」という打算を含む信頼だが。
思いつく限り、マオを寝返らせられる手段は一つだけ。その一つは「ギアスを消すという代価」を支払うことだが、マオの力を利用するには代価が後払いになる。
履行されるかどうかわからない契約と、今ある快適。後者を選んでもらえるだけの信頼を勝ち取ればいい、というだけの話だ。
C.C.はふっと笑って「ならいい」と言った。
「では行くか。奴らが待ちくたびれているだろう」
「そうですね」
マオを連れていく了承をもらうため、ルルーシュ達には一足早く地下へ降りてもらっていたのだ。
「まあ、リリィ様。眼鏡も似合いますのね?」
「ありがとうございます。デザインにはかなり悩んだので、そう言っていただけると気が楽になります」
フレームの細い眼鏡をかけた俺はユーフェミアからの賛辞に微笑んで答えた。
眼鏡といっても度は入っていない。
マオのギアスを無効化するため、俺はギアスディフェンダーを発動しっぱなしになる。瞳に浮かぶ紋章を隠すための特殊な品だ。
ついでに紫外線やブルーライトも大幅カットしてくれる優れもので、その分、お値段も破格。これで似合ってなかったら泣きながら部屋に飾るしかなかった。
「本当によくお似合いですわ。私も眼鏡にすれば良かったかしら」
にこにこと言う神楽耶は素顔のままだが、瞳は常の黒い色にしか見えない。
「神楽耶さまはコンタクトですか? 整った顔立ちをされていらっしゃるので眼鏡は勿体ないかもしれませんね」
「ありがとうございます。リリィ様はお上手ですわね」
地下の一室に集まったのは俺、C.C.、マオ、ルルーシュ、ナナリー、ユーフェミア、スザク、神楽耶。
ユーフェミアのメイドさんは部屋を留守にしないために上で待機している。あんな事件があった後だけに、ジノも遅くまで起きている可能性がある。訪ねてこられた時「ユーフェミア様は寝ています」と言う係がいた方がいい、という判断だ。
「リリィ。咲世子さんはどうしたんだい?」
「クロヴィス殿下への届け物をお願いしました」
単独行動をする場合に最も安心感があるのは咲世子だ。
ものがものだけになるべく早く届けたかったのでひとっ走り行ってもらった。
いや、本当にダッシュしてるわけではないと思うんだが。
「そんなに大事なものなんですか?」
「ええ。なにしろマリアンヌさま殺害の犯人に遭ってしまったものですから」
「な!? おいリリィ、私もそこまでは聞いてないぞ!?」
「母さんの!? ということは、あの似顔絵の子供か!?」
この間、クロヴィスから聞いた情報についてはまとめて神楽耶に渡してあった。
待機している間に全員確認済みだったらしく、あらためて説明する手間が省けた。
「はい。ボイスレコーダーで音声を、それから小型カメラで姿もこっそり押さえました」
PCにバックアップするついでにメディアに複製してきたので、ルルーシュとスザクにも一つずつ配っておく。
「姿に音声か。ルルーシュにしてもリリィにしても、どうやったらこんな用心深い高校生が出来上がるんだ?」
「ふん。お前と違って俺や先輩は殴りかかられたら弱いからな」
自慢じゃないがその通りだ。
「では……。これがその映像と音声です」
映像にはV.V.の容姿がばっちり映っているし、音声には彼らと俺が話した内容が余すことなく収められている。
「ギアス嚮団。そして、C.C.と同じ不老不死の存在だと……!?」
「ギアスの暴走、僕達の力もいずれそうなるのか!?」
「わたくしを狙った殺し屋が再び野に放たれている。それだけでも由々しき事態ですが……」
含まれた重要情報は、ルルーシュ達の動揺が示す通り、多すぎるくらいだ。
彼らが各種情報を理解し、頭の中で整理するまでにはしばらく時間が必要だった。
いち早く立ち直ったのは神楽耶。
頭の出来で言えばルルーシュが上だろうが、彼が深く思考を巡らせている間にスタンスをシフトさせたのだろう。
「C.C.様はこれらの情報を最初から知っていたんですね?」
当事者だったマオと俺を除けばただ一人、落ち着いてたC.C.は「ああ」と答えた。
「ロロとかいう殺し屋のことは別だがな。V.V.と私は旧知の仲だ」
「私達にそれを黙っていたのは?」
「私は魔女だ。人の世に過剰な干渉をする気はない。ギアスを望む者、ギアスを得る資格を持つ者に与えはするが、それで何を成すかは当人次第だ」
「なるほど。そういうこと、なのでしょうね」
神楽耶が頷く。
そう。C.C.のスタンスは彼女が言った通りだ。
だが、V.V.は違う。
彼は人の世に干渉する。ギアス能力者を統べる者として君臨し、世界を思い通りにしようとしている。理から外れた者のもう一つの姿だ。
V.V.に比べれば、C.C.はごくごく穏便、真っ当な存在といえる。
だが。
曲がったことが嫌いで、そもそもギアスを好いていなかった少年が声を上げた。
「それは卑怯じゃないか? 君も、僕達に何かをさせようとしているんだろう? なら矛盾している。君だって自分の目的のために僕らを、神楽耶やルルーシュを利用しているじゃないか」
おいスザク、俺はいいのか。
「何を今更。ギアスの危険性についてはお前も察していたはずだ。その上、そこのリリィがしつこいくらいに警告していただろう」
「だからって、神気取りの行いが許されるとでも思っているのか!?」
「思っていないさ」
激昂する少年は、今この場において絶対的な戦闘力を有している。
スザクがその気になればダース単位で死ねるC.C.は、それでも表情を変えずに答えた。
「おい、そこの奴。あんまりC.C.を馬鹿にするなら──」
「すみません、マオ。少し黙っていてください」
「わかったよリリィ!」
素直に言うこと聞いてくれるのはありがたい。
と、ここでルルーシュが顔を上げ、
「リリィ先輩は知っていたんですか?」
「いいえ。確証はありませんでした。……少なくともC.C.や他の魔女から聞いたことはありませんし、本で読んだわけでもありません」
「しかし、ある程度は予測していた。そのうえで貴女はギアスを得た」
「はい。ギアスでなければギアスには対抗できない。そう判断しました」
ギアスディフェンダーを得られたのは幸運としか言いようがないし、それでもなお、みんなの助けがなければとっくに死んでいたが。
C.C.の瞳が俺に向けられ、
「もう一度聞こうか。リリィ。お前はどこまで知っている?」
「C.C.が私達にさせたいこととその方法。秘密裏に進んでいる計画の概要。その辺りまではある程度予測しています」
「わあ、リリィさんってすごいんですね!」
「ええ、ナナリー。リリィ様は名探偵なのですわ」
ごめんなさい、答えを知ってるから当然なんです、ドヤ顔したのは謝りますからあんまり持ち上げないでください。
「……すごい、で済む話ではないな、それは」
C.C.の俺を見る表情が険しいものになる。
「それで? 私の目的についてお前はどう思うんだ?」
「敵の計画を阻んだ後、みんなで対処しましょう。きっと私達はC.C.の力になれるはずです」
「……それだけか?」
「他に何かありますか?」
ギアスなんてものは無いに越したことはないが、得たのは俺達自身の意思だ。
得てしまったものとは上手に付き合っていくしかないし、上手いこと対処できるかもしれない方法があるなら試さない手はないだろう。
「そうか。……お前という奴は、本当にわけがわからないな」
「C.C.ほどではないと思いますが」
「くくくっ。それはもう、神にでも聞かないと優劣が付けられないかもしれないな!」
腹を抱えて笑うC.C.という、今度こそ珍しいとしか言いようのないものに、他の一同がぽかんとした表情を浮かべた。
咲世子が帰ってきたところで、俺はアッシュフォード家の車を借りてシュタットフェルト家に戻ることにした。
「マオ様。……いえ、リリィ様に仕えるからにはマオと呼ばせていただきます。貴方は極力大人しくしているように。リリィ様にふさわしくない人間と判断されれば家を追い出されてしまうということをきちんと心に刻んでおきなさい」
「わ、わかった。黙ってるから捨てないで」
「大人しくしていてもらえれば大丈夫ですよ」
などと言いつつ、学園を出たあたりで携帯電話に着信。
警察からで、V.V.の方の通報の件で事情聴取がしたいとのこと。忙しいことこの上ないが、仕方ないので屋敷の方へ来てもらうことにした。
さっさと寝ろ、と言われて会社を出たはずなのに、もう日付が変わりそうな時間である。
これは下手したら徹夜だな、と思いつつ家に戻れば、使用人達に「もう逃がしませんからね」とばかりに出迎えられた。
ひとまずマオについて説明し、傍に置くことを了承してもらった上で養父母の元へ向かって、
「義姉さん? 説明してもらえる?」
「ひっ」
般若のような形相になったカレンに出迎えられた。
いや、まあ、ちゃんと説明したらぶん殴られたり怒鳴られたりすることはなかったんだが、その代わりに盛大な溜息をつかれた。
「……なんでそんな大事なこと黙ってるのよ」
「だって、最初から言っていたら混乱するでしょうし、うっかり誰かに話してしまいそうですよね?」
「そりゃそうだけど」
「すまないな。リリィの素性については秘密のままならその方が良かったんだ」
「ブリタニアの血を引いている癖に、いつまで経っても貴族の自覚が芽生えない貴女に比べればリリィの方がずっと立派だけれど」
「あ? 別に私だって好きでお嬢様やってるわけじゃないわよ!?」
「お、落ち着いてカレンさん」
何故か養母とカレンの喧嘩が始まりそうになったのをなんとか宥め、俺が純日本人だった件については了解してもらった。
「黙っていて本当にすみません」
「別に、説明さえしてもらえればいいわよ。私にとってはむしろ身内に近づいたようなものだし。まあ、何もかも先回りされてるみたいでむかつくけど」
「ひっ」
「だから怒ってないってば」
カレンに納得してもらった後は身バレの件の対応を詰めた。
といっても時間が時間なので、アスプルンド家との協議は翌日(時計見たらもう今日だったが)になる。なので、こちらの要望をまとめたり、譲ってもいい点と譲れない点を精査したりといったところが主題になった。
おおよそのところは前もって話し合ってあったので、今回は状況に合わせた微調整がメインになる。
後は、いっそのこと咲世子をアッシュフォード家から譲ってもらってはどうか、という話とか。
「よろしいのですか?」
「いいも何も、貴女が好きなようにすればいいでしょう? 彼女から元の素性が露見する心配はもうなくなったわけだし」
「そうか、そうですよね……」
シュタットフェルト家で雇ってもアスプルンド家で雇っても微妙なことになるので、もし理事長から譲ってもらえるとしたら、俺が咲世子を雇用するのが一番いい。
C.C.をご意見番に就任させて咲世子を社長秘書として正式雇用してもいいし、俺の私費で専属メイドとしても良い。
まあ、まずは理事長に相談してみないといけないし、代価として何か要求される可能性もあるのだが。
みんなで眠い目を擦りつつ意見をすり合わせて、だいたいまとまった頃、
「夜分遅くに失礼。私はブリタニア軍エリア11駐留部隊所属のジェレミア・ゴットバルトである。リリィ・シュタットフェルト殿はご在宅か?」
割ともう勘弁して欲しかった。