ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
マオとV.V.の来訪から、事態は急速に動き始めた。
ギアス嚮団なる謎の組織の存在。
嚮団を率いていると自称した、マリアンヌ殺害の犯人と瓜二つな謎の少年。
不老不死の魔女C.C.と同じ存在だという彼はつまり、老いることも死ぬこともない。事件当時から時が経っても同じ姿な理由が説明できてしまう。
そして、嚮団の主に付き従うようにして再び現れた暗殺者ロロ。
これらの情報はエリア11総督クロヴィスにとっても見逃せるものではない。
ロロを預かっていたのは機密情報局。
つまり、皇帝直属の諜報機関がV.V.に掌握された恐れがある。敵にギアスがある以上、皇帝が操られている可能性は排除できないし、最悪の場合、V.V.と皇帝の共謀も考えられる。
そして、機密情報局あるいはギアス嚮団がか弱い女子高生社長(俺のことだ)を狙ったという事実。
邪魔だから殺す、あるいは脅迫して言うことを聞かせるなど、とてもまともな国家のやることではない。
まして、マリアンヌ殺害に憤っていた者からすれば、V.V.と皇帝の内通は「最大の被害者が加害者側だった」ということになる。
裏切られた、という気持ちを抱くには十分だろう。
皇帝自身が暴力至上主義を掲げ、皇族に競争を強いている以上、トップを引きずりおろすこともまたルールの範疇。
となれば、必要なのは情報の裏取りと協力者集め。
皇帝派と反皇帝派による戦争、などということになる前に平和的な解決が図れるよう、政治に長けた者と武に長けた者をこちらにつけてしまうのが望ましい。
具体的に言うと、シュナイゼルとコーネリアがこっちについてくれれば「戦いなんて無益だよ(だってこっちが勝つから)」と言いやすくなる。
俺が数日寝込んでいる間に、シュナイゼルにはクロヴィスが手を回したそうだ。ジェレミアを含む軍人数名をつけて本国に渡らせたというのだから行動が早い。
また、コーネリアの方にはクロヴィスとユーフェミアの連名で「会いたい」と連絡したらしい。またもクロヴィスと食事会をしたユーフェミアが教えてくれた。
また、
『いやもう、びっくりしましたよ。学園の中を軍人さんが歩いてるんですもん』
と、ミレイが電話で愚痴ってくれたが、アッシュフォード学園のセキュリティ事情にも変化があった。
生徒が襲われたり、生徒に扮した少女が潜入したり、夜の学園周辺に不審者が出たりといった事態を重く見たエリア11駐留軍が警備を始めたのだ。
特に、ロロが再度現れた件が大きい。
機密情報局うんぬんは公にされていないが、何らかのテロ組織が暗躍している可能性がある、といった情報は普通に公開されているらしい。
事態が事態だけに理事長もこれを快諾。
学園側でも監視カメラや警備人員を増やすなどして可能な限りのセキュリティアップを図っているらしい。
軍が警備し始めたのはうちの会社もだった。
何しろ我が社には特派と共同開発したシミュレータとそのデータがある。工作員の侵入やテロ組織の襲撃を受ける可能性は十分あるわけで、守っておくのは必然だ。
本当は特派が動ければいいのだが、あそこは基本的に研究機関なので軍の方に役目が回ってきた形。
やってきた軍人さんの中にヴィレッタがいたので扇ほか男性社員の一部が喜んでいた。
もちろん会社でもセキュリティアップを試みているが、下手に警備員を増やすと逆に付け込む隙になりかねないので、監視機器の強化などが主体だ。
ルルーシュは日本再興案を約三日で作り直して再提出。
言われたところは当然全て直したというのだから恐れ入る。キョウトとこっちを行ったりきたりで大変だろうに、相当熱意に溢れている証拠だ。
自己防衛の準備もできてますよ、とアピールするために日本製
もちろん現段階では稼働させたりはしていないが、理由のない攻撃には抵抗しますよ、という意思表示にはなる。
で、その間、俺が何をしていたかというと──ろくにベッドの上から降ろしてももらえないまま身体を休めていた。
もちろんただぼうっとしていたわけではなく、本を読んだり仕事をしたりいろいろやってはいたのだが、学園や会社に行こうとすると「駄目です」と、咲世子含む使用人達からストップがかかる。
というか、咲世子は短い間で随分と存在感を確立したらしく、カレンの母などは同じ日本人ということもあってか「篠崎さん篠崎さん」と随分慕っている。もちろん、歳は咲世子の方が随分下なんだが、お互いの性格もあって似合ってしまっているのがなんともまた。
「義姉さんが大人しくしてると安心するわね」
「さすがに簡単には死にませんってば」
「じゃなくて、ほっとくと次々変なことしでかすから」
見舞いと称して雑談しに来たカレンの言葉に俺は「むぅ」と呻いた。
「そんなことは……」
「ない?」
「……あります」
マオを連れてきた手前、ないとはさすがに言いづらかった。
人助けが悪いことだとは思わないが、あの少年が変じゃないとは口が裂けても言えない。
とりあえず、マオにはギアスが届く範囲で別室に居てもらっている。
彼としては俺にあれこれ話しかけたいだろうが、身体を休めている人間にあのテンションは酷である。咲世子の手が空いた時はいろいろと仕込んでもらい、それ以外の時間はプログラミングの本を読んでもらったり、うちのゲームをやってもらう感じだ。
俺が家にいるせいで一緒に連れてこられているセシリア・クラークことC.C.にちょっかいかけては怒られているが、ママに構って欲しい小さい子レベルの悪戯で済んでいるあたり、落ち着きを取り戻しつつあるとみていいだろう。
寝るときはひとまず睡眠薬頼り。
ノイズキャンセリングヘッドホンとかで効果があるならいいんだが、彼の『声』はそういう問題じゃないのでなかなか難しい。
「まあ、彼も悪い人ではないんですよ?」
「まあね。あれはどっちかっていうとただのガキって感じ。図体でかいくせにアレだから鬱陶しいけどね」
「あはは……」
あれから、カレンとは距離が縮まった気がする。
血が繋がっていないのは変わらないし、もともと気安く話していたので大きな変化があったわけではないのだが、お互い日本人とわかったので日本トークなんかはしやすくなった。
俺としても日本食が好き、というのを強くは主張できなかったので「義姉さんってほんとは何が好きなの?」「そうですね、こんぺいとうとか、焼きおにぎりとかでしょうか」「何よ、めちゃくちゃ日本人じゃない」とか、そんな何気ない会話が楽しい。
「そういえば、最近お母さんとはどうですか?」
「え? 別にどうってこともないけど。あの人、いつも通りぼんやりしてるから危なっかしいったら──」
お養母さま、ではなくお母さん、と表現した俺に何気なく答えようとして、はっと口を閉ざすカレン。
「義姉さん、知ってたの!?」
「さすがにわかりますよ。扇さんが紅月ナオトさんと仲が良い、というのも聞きましたし、紅月なんていう姓、そうそうないでしょう?」
「扇さん……今度会ったらシメる」
「扇さんは気の強い女性が好みだそうですが」
「はぁ!? まさかあの人、私のことそういう目で見てたわけ!?」
「それはないそうですから安心してください」
言うと、カレンは「ならいいけど」と息を吐いた。
まあ、扇はたぶん、カレン自身がどうこうというより「ナオトの妹」というところが引っかかるんだろう。
親友と義兄弟になるのはまあいいとしても、「妹さんを俺にください!」と頭を下げたくない、という気持ちはなんとなくわかる。
ベッド脇に座った妹はぐでっと顔を伏せて、
「あーもう、あんたなんでも知ってるわね」
「何でもは知りませんよ」
「わかってるっての」
ツッコミついでに睨まれた。
「義姉さん。その見た目で日本人とか詐欺でしょ」
「カレンさんも中々だと思いますが」
「まあね」
紅月、という名前を連想させる紅の髪と青い瞳を持つ少女は苦笑を浮かべて、
「小さい頃はよく馬鹿にされたわよ。黒くないって」
「私も、魔女だの妖怪だの言われた覚えがあります」
父親違いの子と遺伝子異常、どちらがよりいじめられやすいかというと微妙なところだが、案外、俺達は似たところがあるのかもしれない。
「ですが、赤と白で縁起がいいかもしれませんね?」
「その発想、日本人じゃないとなかなか出てこないわよ?」
「三つ子の魂百まで、なんていう言葉もありますからね」
俺達は本当の姉妹のようにくすくすと笑い合った。
というか、仲良くするのに血の繋がりなんて関係ないのだろう。
「ねえ、義姉さん。カレン・シュタットフェルトじゃなくて紅月カレンとして日本軍に参加するのって、どう思う?」
「日本軍という名称は使わないそうですが」
「そこはいいのよ、どうでも」
軍、という名称を使わないことにしたのは反感を避けるためだ。
あくまでも防衛メインの戦力ですよ、というアピールのために自警団とか防衛隊とか、そんな感じの名前になる予定らしい。
ともあれ、それは置いておいて。
「逆に目立ちそうですが、家の名前を使いたくないのもわかります」
「でしょ? でもさ……」
「ええ。お養父さま達は反対するでしょうね」
家の利を第一に考えるなら、新しい日本の成功が見えないうちに大きな投資はしたくない。
投資をするにせよ、わざわざ血の繋がった娘を武官にする必要はない。政治家が向いてないなら秘書とかそっちの方向にすれば死ぬ危険はぐっと下がる。
「万一、カレンさんが重傷でも負ったら跡継ぎが大変です」
「すぐ死ぬような歳じゃないし、義姉さんの子供でいいじゃない」
「私、アスプルンド家の跡継ぎも産まないといけないんですが」
「双子産みなさいよ」
「嫌ですよ。双子は大変だって言うじゃないですか」
二回出産するのと一回で済ませるの、総合的なダメージで考えると微妙なところだが、俺にとって一回のダメージが大きくなるのは死活問題だ。
はあ、と、カレンは溜息をついて、
「まあ、子供なんて今から考える話じゃないか」
「私は早ければ下手したら二年後には産むんですが」
近年は晩婚の傾向があるとはいえ、貴族女性は依然として結婚・出産が早い。
俺のように事業を行っていたり、コーネリア(彼女は貴族どころか皇族だが)のように軍に務めている場合などを除き、早く結婚することを望まれる。その方が政治的に好都合だし、そのために幼い頃からいろいろ仕込まれることが多い。
ミレイのように、そういうのがうんざり、という女性も多いのだが、
「ま、どうしても跡継ぎが欲しければもう一人養子にすればいいんじゃない?」
シュタットフェルト家の令嬢二人は、家の存続、という意味では親不孝者になりそうである。
「今回の休養が長引いているのは無理がたたっただけではなく、ギアスを使用しているせいもあるのかもしれませんね」
夜。
最近、俺の傍に控える役目を買って出ている咲世子と二人きりの部屋で、ふと告げる。
すっかり大人の魅力を獲得した姉は、思案するように首を傾げて、
「何か体調に異変でも?」
「特別、大きな変化はないのですが……体力が回復しにくくなっているような気はするのです」
俺のギアスは起動しても目に見えた変化がほぼない。
ただ、展開中は若干ながら感覚がある。守られている──見えないバリアを張っているような微妙すぎる変化だが、敏感すぎる俺の身体はその程度でも疲れるのかもしれない。
あるいは単純に体力を消耗しているのかもだが、どっちにしても使いっぱなしで死んでないのだから大したリスクではない。
「いえ。体力の消耗を極力抑えてなお、快復に何日もかかっている時点で十分に消耗しているかと」
「あう……。姉さまは厳しいです」
「心配だから言っているの。やっぱりあの男は今からでも埋めましょうか」
「さ、さすがにそれは」
「冗談よ。でも、五百メートル地下なら何の問題もないのでしょう?」
ああ、そういう意味の「埋める」か。
確かに、マオのギアスは五百メートルが効果範囲なので、それだけ地下に部屋を作れば問題はない。現実的にはさすがに五百メートルは深すぎだが。まだ上に五百メートルの方が楽そうだ。
そういえば、原作だと二、三年後には空中要塞が完成しているんだよな……。
「あなたの策というのはまだ無理なの?」
「一つはC.C.の問題が解決しないといけませんし、もう一つは私のギアスの進化なので。後者にしても本当に進化するのか、したとしてどういう効果になるのか、という問題があります」
効果範囲が広くなるのか、はたまた発動後の効果も消せるようになるのか、あるいは全く変わらないのか。
効果は変わらないけど体力の負担がどばっと増えます、とかいう嫌な可能性も残っている。
「進化しても自分じゃわからない、というのも問題ですよね」
自分の能力なのに、効果が現れないと成長を実感できない。
そのせいで原作のルルーシュは最悪の悲劇を引き起こしてしまった。
「なら、明日にでもマオで試したらどう?」
「そうですね」
試した結果、既にギアスが進化していることが判明した。