ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「? 集中しなくても咲世子の『声』が聞こえないよ?」
「……咲世子さん、閉心術の類を使っていますか?」
「いえ。使えませんし、使っておりませんが」
平日の午前中、のどかな雰囲気漂う俺の私室にて。
俺と咲世子、マオの三人は顔を見合わせた。
「ということは……既にギアスが進化している、ということですね」
「だね。すごいやリリィ!」
「すごい、で済ませて良い話かどうかはわかりませんが……」
試した時の状況はというと、傍らに咲世子を置いた状態でマオに『聴心』を使用してもらった。俺一人に全集中するわけではなく、かといって部屋の外にまで範囲が及ばない程度に調節した上でだ。
結果、マオには俺の『声』も咲世子の『声』も聞こえなかった。
どうやらギアスを防ぐ効果自体は残っているようだが──。
互いの距離や立ち位置を変えたりしていろいろ試してみたところ、興味深い結果が出た。
「リリィ様から半径一メートル以上離れると防御効果が無くなるようですね」
「効果範囲が広くなりましたか。一メートルではあまり意味がありませんが……」
この調子で五メートルくらいまで広がってくれれば、隣の部屋にマオを転がしておけるのだが。
更に、
「あれ、また咲世子の『声』が聞こえなくなったよ?」
「距離は問題ないはずですが──もしかして、防御効果が残っているのでしょうか」
推測はある意味正しく、ある意味間違っていた。
ギアスディフェンダーを起動しているだけで空間に防御効果が滞留する、ということはどうやらなさそうだ。
効果が残る条件は
これまでも触れ続けていれば他人に影響を及ぼせていたが、手を離しても約五秒ほど防御状態が続くようだ。
ちなみにマオに触れて離しても五秒は無効化状態が続いた。
眼の色や紋章には変化がなかったため、発動自体を封じているわけではない。
おそらく、ギアスの効果は見えない波のようなもの──思念波か何かで伝達されており、俺のギアスディフェンダーはその波を遮断するのだろう。
マオから出た波も遮断するため、触っていると『声』が聞こえなくなるのだろう。
「うーん……でも、五秒ではマオの睡眠に使えませんね」
「五秒以内に首筋を叩いて気絶させるのはいかがでしょう」
姉さま、それはギアス関係なく可能ですよね?
と、咲世子は端正な顔立ちを崩さないまま首を傾げて、
「私としては朗報です。五秒あれば先日の件で、V.V.なる不埒者を捕らえられたでしょう」
要は気絶させればいいわけだから、それこそ首筋ぶっ叩けばいいんだろうが──咲世子なら五秒以内にロロにも勝ちそうだ。
俺が足枷になると思っている相手にはちょうどいいトラップになるかもしれない。
「ただ、あまり乱用はできそうにないですね」
「? 何か問題が?」
「はい。一度防御効果を付与するごとに五分歩き続けたくらいの疲労が──」
「今すぐお休みください」
「……はい」
今のところ紋章が出っぱなしの、いわゆる暴走状態にはなっていないが──今のうちから制御の練習をしておかないと、誰かと握手したり、ミレイに抱きつかれたりするだけで倒れる、なんていうことになってしまうかもしれない。
だが、練習するのに体力を使うというもどかしさ。
やきもきしつつ、俺はできるだけ体力回復の方を優先させることにした。
そうして、ようやく体調が戻ってきた頃。
『社長。その、至急お伝えしたいことがあるのですが……』
会社から電話がかかってきたと思ったら、扇がものすごく申し訳なさそうな声で言ってきた。
業務連絡は都度もらっているので、それ以外の緊急案件になると思うのだが……なんで扇から?
「何かありましたか?」
『はい。実は我が社に雇って欲しいという
「いいことじゃありませんか」
本職の開発者から興味を持たれるということは、我が社のゲームが捨てたものではない、ということだ。
シミュレータの性能を上げるためにも
まあ、実機を作る気はないので宝の持ち腐れ感はあるのだが。
『ええ。ただ、社長と直接話がしたいと主張されまして』
「だいぶ体調も戻ったので、二、三日中には顔を出せると思いますが……」
『伝えたのですが、じゃあ会いに行くからいい、と言って出て行かれたんですよ』
「大事じゃないですか」
念のため確認したところ、さすがに住所を教えたりはしていないらしい。
とはいえ、シュタットフェルト家は貴族だ。そこそこ大きな屋敷を構えているし、その位置は近所の人なら誰でも知っている。調べ方のわかっている人間ならあっさり見つけられるだろう。
あんまり怪しい人物だったら使用人の方で門前払いしてくれるはずだが……。
「扇さん。その方のお名前と経歴は?」
『はい。中華連邦出身のアジア系の方で、名前はラクシャ──』
「リリィ様。どうしても会いたいと仰るお客様がお見えなのですが、お通ししてもよろしいでしょうか」
電話の向こうの扇が言い終わるより先に部屋のドアがノックされ、使用人の声がした。
「あんたがリリィ・シュタットフェルト?」
訪ねてきたのは薄い色の金髪と褐色の肌が印象的な美女だった。
部屋に入るなりキセルを取り出して煙草を吸おうとした彼女は、咲世子に「禁煙です」と止められると残念そうにそれをしまった。
「すみません、呼吸器まで悪くなったら私、本格的に死んでしまうもので」
「あははっ! 煙草を嫌う理由で『死ぬから』とまで言い切ったのはあんたが初めてかも」
「恐縮です」
笑いあった後、俺達は互いに自己紹介をした。
女の名前はラクシャータ・チャウラー。
中華連邦・インド軍区出身の女性技術者で、かつては医療サイバネティック技術の分野でも数多くの功績を残している。
かつてブリタニアの大学に留学していた経験があり、それもあってか彼女の技術は超一流。
知っている人間からすれば、KMF関係の技術者の中でもトップクラスの逸材である。
「どうして、あなたほどの方がわざわざ訪ねてくださったのですか?」
「我が社へ、って言わないところは好きよ。……理由はまあ、いくつかあるんだけど、一番大きいのはあんたのとこが作ったシミュレータかな」
特派と共同開発したシミュレータは完成し、一号機と二号機が特派の研究所内に納品済み。
我が社の開発室にも一台設置され、休憩時間には「使ってみたい」というスタッフが大勢詰めかけている。実機を動かすのと変わらないマニュアルを要する本格シミュレータでこれなのだから、簡略化したゲームを作ったらさぞかし売れるだろう。
性能的にも好評で、テストに来たブリタニア軍人から「あれを導入しろ」という声が徐々に広がっているとかいないとか。
「後は、あんたのとこの戦略シミュレーションゲームにオリジナルのKMFが出てたでしょ? まだまだアイデアがありそうだと思って」
「ええ、アイデアだけならたくさんあります」
実装した分だけでもやりたい放題で、例えば特派の開発中のハイエンド機が『ランスロット』というコードネームなのは発表していいと言われたので、実際の機体とは一ミリも関係ないデザインと設定で登場したりしている。
結果、戦車砲だろうが他国のKMFの武装だろうがその場で解析、連結して運用可能なトンデモ機体になってしまったのはさすがにやりすぎだったのではと思っている。
「ですが、その」
「何よ、はっきり言いなさいな」
じろりと睨まれる俺。
俺より背も胸も大きい上に顔立ちがはっきりしているせいか威圧感がすごい。
回りくどい言い方を好まない人物なのはよくわかったので、俺は作り笑いを浮かべつつ答えた。
「私がアスプルンド伯爵家と婚約関係にあるのはご存じですか?」
「ああ、そういうこと。知ってるわよ」
ふん、と、つまらなそうに吐き捨てるラクシャータ。
「物好きだこと。あんなプリン伯爵のどこがいいんだか」
「互いに恋愛感情がなくても婚約者ができてしまうところでしょうか」
「恋人も子供も自分の作品だけで十分じゃない?」
「ゲームはみんなのアイデアで作り上げるものなので、自分の子供っていう感覚が薄いんです」
「ふうん。それでああいう突拍子もない機体が生まれるわけか」
そりゃあ突拍子がないだろう。
前世のロボット作品から拝借してきた謎の機能やら、実際のメカには全く詳しくないスタッフが妄想の果てに生み出した兵器やら、実際のKMFを開発している人間からは絶対に出てこないアイデアが満載である。
だが、だからこそラクシャータは興味を持ったらしい。
そして、
「どうせあのシミュレータもゲームに落とし込むんでしょ? なら、私の子供達もそこに入れなさいな。そうすればあの男と正々堂々勝負ができる」
「そういうことですか……」
おそらくは「可愛さ余って憎さ百倍」みたいな感じなんだろう。
ラクシャータはブリタニア留学時代、ロイドと同期だった。セシルとは先輩後輩の間柄であり、プリン伯爵というあだ名はその頃生まれたものらしい。
そして、ラクシャータとロイドがいがみ合っているのはプリンの件だけではなく、KMF開発の分野でもだ。
頷いた俺ははっきりと告げる。
「我が社としては大歓迎です。私はラクシャータさんをKMFの分野でトップ2に入る技術者だと思っています。あなたの知識と技術があればもっと面白いものが作れるでしょう」
すると、ラクシャータはまばたきをして俺の顔をじっと見つめてくる。
トップ2は大きく出すぎて嘘くさかったか、と思っていると、
「トップは誰?」
「……わ、私の婚約者と同率一位のつもりでしたが」
「ふうん?」
「いひゃいいひゃいいひゃいれふ」
眼を細めた美女に頬をむにーっと引っ張られた。
手を離したラクシャータはふん、と息を吐いて、
「そんなに持ち上げたらあの男が拗ねるわよ」
「そうですね。でも、それはそれで構わないかと」
「あら。そんなことでは拗ねないって言うかと思ったけど?」
いや、拗ねるだろう。
ロイドは達観しているようでいて、変なところで子供だ。好きなことで一番になれないのは悔しいに決まっている。
原作でも彼と彼女は互いの作品を見て「ぐぬぬ」とやり合っていた。
「拗ねて終わる方ではないでしょう。……それに、仕事は仕事、プライベートはプライベートです。川を流れてきた桃をみすみす見逃すなんて勿体なさすぎます」
「やりたいことがある。そう思っていいのかしら。言っておくけど、面白い仕事じゃなかったら下りるわよ?」
唇が笑みの形を作り、挑発するような視線が来る。
同性の俺でさえ微妙にぞくっとしてしまうのだから恐ろしい話だが、
「私達が出した益体もないアイデアに実現の可能性があるか模索する。そういうことがしたいのでしょう? でしたら望むところですし、あなたにしかお願いできないだろう仕事も思い浮かんでいます」
「へえ、それは何?」
「BRS。ご存じでしょうか。あれを早急に実用化したいのです。是非とも協力していただけないでしょうか」
「……BRS。ああ、あれね。なかなか面白い論文だったけど、そういえば、おたくの新世代ゲーム機開発にソフィ・ランドルの名前があったっけ」
ラクシャータはかつて医療サイバネティックスの分野を研究していた。
それはつまり、機械工学以外の幅広い分野についても知識を有しているということだ。脳科学から広範に手を広げなければならないBRSとの相性はとても良い。
研究者として興味が湧いたのか、ラクシャータは「いいわ」と立ち上がった。
「これからよろしくね、社長?」
「こちらこそよろしくお願いします、ラクシャータさん」
こうして、ランドル博士の研究室は我が社のビルにおいて唯一、自由に喫煙が可能な部屋となり──俺がふらりと立ち入ることのできない魔境と化したのだった。
ラクシャータの処遇で会社と電話したりメールしたりしながら数日が経ち、俺は満を持して日常へと復帰することになった。
「こんなにのんびりしたのは久しぶりでした……」
「ねえC.C.? リリィってのんびりしてたっけ?」
「言うな。こいつはこういう奴だ。ベッドの上で大人しくしていただけマシだと思え」
しばらく休んでいたのでやることが溜まっている。
授業は出なくとも卒業できるからいいとして、みんなに顔を見せないと死んだと思われそうだし、会社に行って溜まった仕事を片付けないといけないし、ロイドも「暇なときに来て」と言っていたし、どれから片付けたらいいのやら。
ラクシャータの件もあるし、とりあえず仕事からかな、と、会社に行く準備を整えていると、携帯電話に着信。
発信者はユーフェミアだった。
話せない内容が多いのもあって、彼女からかかってくることは少ないのだが、
「もしもし、ユーフェミアさま? リリィです」
『リリィ様。お休みなさっているところ申し訳ございません。体調の方はいかがですか?』
「ええ、すっかり良くなりましたので活動を再開しようと思っておりましたが──」
すると、ほっとしたような雰囲気。
『安心いたしました。でしたら、今夜にでも食事会を開催したいのですが、いかがでしょうか?』
「食事会ですか? ええと、どちらで?」
『はい。わたくしとお姉様とリリィ様とで、場所はアッシュフォード学園を予定しております』
それはまた、外しようがない用事だった。