ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「大変です、社長」
我が社のスーパーサブこと扇要が、とある書類を持って社長室にやってきた。
額に汗を浮かべた彼から書類を受け取り、確認。
なるほど。
言いたいことはなんとなくわかったが、俺は敢えて扇に尋ねた。
「……つまり、どういうことでしょう?」
「このままだと、カレンちゃんに勝てる奴が誰もいなくなります」
真顔で何を言ってるんだお前。
特派で新型のテストパイロットを探しているらしい。
ロイドから聞いた話をさっそくカレンにしてみたところ、最初の反応は芳しくなかった。
「なんで私がブリタニアに協力しなきゃいけないのよ」
境遇を考えると当たり前だが、カレンは未だにブリタニアに好感を抱いていない。
にもかかわらず、新型
「特派はブリタニア軍とは独立した機関で、直接雇用であれば軍属になる必要もないんです」
「ふーん。で?」
「むしろ軍とはあまり仲が良くなくて、特派が成果を挙げると悔しがる軍人さんも多いらしいのです」
特派はシュナイゼル直轄の研究機関。
要は宰相閣下の趣味で作られたような組織であり、ばりばりの武官や一般のKMF開発者からしたら面白くないのは、やっぱり当たり前。
「……へえ」
「それに、日本の再興案はもう一度くらいは棄却されるかもしれません。手持ち無沙汰の間にKMFの操縦を覚えておけば、いざという時に評価が上がるのでは?」
「なるほど、ね」
と、こんな感じで説得して、少しずつ聞く耳を持ってもらった。
「もちろん、特派で知った情報を日本で流すのは禁止です。そんなことをすれば無駄な戦争の引き金になりかねません。……ですが、身分チェックなどはカレンさんなら簡単に通るでしょう」
シュタットフェルト家はブリタニアの名家であり、カレンは当主の血を引く正当な子供だ。
ついでに、ロイドの婚約者(俺)の義妹でもある。
「主任のロイドさまは気さくな方ですので、素の態度でも問題ないと思います」
「で、多少失礼があっても姉さんが愚痴られるだけってわけね」
「それはできれば勘弁していただきたいですが……そういうことです」
ここまで言えばさすがのカレンも乗り気になってきた。
KMFはレジスタンスで多少触っていたかもしれないが、堂々と乗ったことはないはず。乗り回せればストレス解消にもなるだろう。
「でも、義姉さん? 私、殆ど素人なんだけど。そんなんで使ってもらえるわけ?」
「そうですね。ですので、先に練習してからがいいのではないかと」
幸い、練習にぴったりの場所があった。
特派と同じくシュタットフェルト家のコネが使えて、場所を気にせず練習ができるシミュレータを設置している場所。
つまりはうちの会社である。
我が社にシミュレータのテスターとして臨時雇用されたカレンは、病弱設定をいいことに連日会社に通いつめ、KMFの操縦訓練に明け暮れた。
うちには扇がいるし、猫を被っても仕方ないので最初から素の状態。
とはいえ、根は素直な子なので「よろしくお願いします!」と幾分か体育会系のノリを感じる挨拶をしてくれたが。
『ああもう面倒くさい! こんなの動かして慣れりゃいいのよ!』
実機と変わらないレベルのマニュアルを十分もしないうちに放り投げてぶっつけ本番を敢行。
結果、歩くのさえままならないレベルからスタートしたものの、
『よし、慣れてきた! コツさえ掴めばこっちのものよ!』
初日が終了する頃には普通に動かせるレベルに到達していた。
全くの素人ではなかったにせよ、そのスピードはうちの社員達が舌を巻くほど。
あっという間にCPUでは物足りなくなり始めたので、三日目あたりからは急遽設置された二台目のシミュレータも使って対戦メインに移行。
仕事の合間を縫って練習していた大人気ない社員達に揉まれながら、カレンは経験を蓄積していった。
成長のほどは都度上がってくるレポートにも現れている。
被弾率、命中率、損耗率、エネルギー消耗率などなど、ずらりと並んだ成績はなかなかのレベル。
今日──四日目の終わり時点でうちのスタッフを凌駕し、下級軍人に匹敵する程度に到達している。
「これなら近いうちに特派に推薦できそうですね」
微笑んで言うと、扇は苦笑いで、
「本当に『近日中』っていう勢いですけどね。それから、ラクシャータ女史が『あの子はこのままうちで使いましょうよ』って言ってました」
「ああ、ラクシャータさんもテストパイロットは欲しいでしょうね」
ラクシャータの機体も特殊なものが多いだろうから、腕のいい人間が要る。特に既成概念に囚われない運用のできる凄腕が。
どうしたものか、俺は少し考えて、
「……本人の希望に任せましょうか」
と答えた。
そして、カレンの答えはやや意外なものだった。
「そりゃ、予定通り特派? ってところのテスト受けるわよ」
「いいんですか? うちの会社の方がブリタニア色は薄いですけど」
「そりゃそうだけど」
お嬢様モードではない、活発そうな髪型にした素の義妹は肩を竦めて、
「義姉さんのところの機体は実際に作るかわからないんでしょ?」
実機になる可能性の高い方が後に繋がる、という考えらしい。
「私が言うのもなんですが、実機に拘らなくてもいいのでは?」
「義姉さんと違って、私は戦えるようになりたいの」
なんとなく咲世子をちらりと見てしまう。
カレンは生身でも強さを欲しているらしく、暇を見ては咲世子に教えを乞うている。咲世子の方が忙しいのでまとまった時間は取れていないが、筋は悪くないらしい。
では、肉弾戦における師匠の意見はというと、
「武の鍛錬とは半ば以上が精神修練です。強さだけを追い求めるといつか痛い目を見ますよ」
篠崎流の根幹は殺しの技だが、だからこそ精神面の修行は重視される。
忍びとは「必要な時に最低限を殺す」ための存在であって、無暗に技を乱用して殺戮を繰り返すのは一般人にも、そして味方にも害にしかならないからだ。
カレンは「わかってるわよ」とバツの悪そうな表情を浮かべて、
「でも、私は師匠みたいに割り切れない。普通のブリタニア人に罪がないことくらいわかってるけど、せめて日本をこんな風にした奴くらいはぶっ殺してやりたい」
聞く人間が聞いたら不敬罪で通報される台詞だ。
これには咲世子も目を伏せて、静かに言った。
「カレン様の気持ちは私にもよくわかります」
咲世子については理事長にお願いして、無事、譲ってもらえることになった。
「優秀な人材だ。手放すのは惜しいが、彼女は君に使ってもらう方が力を発揮できるだろう」
「……ありがとうございます、理事長。この御恩は必ずお返しいたします」
「気にしないでくれ。むしろ、いつかなどと言わず、君にできることで返してくれればいい」
何かと思ったら、アッシュフォード学園への寄付を要求された。
「その程度でよろしいのでしたら、喜んで」
ぶっちゃけると金額的にはそこそこ痛かったが、何しろかなり儲かっている。皇族からの援助金(あらためて考えてもすごい話だ)もあったし、その程度で経営が傾くことはない。
アッシュフォード学園の支援者一覧に会社の名前が載るのは名誉なことだし、知名度を上げるのに一役買ってくれるかもしれないので快く了承した。
その会社の売り上げはというと、例の動画の一件のせいで多少、落ち込むのは避けられなかった。
最初から「国籍不問」を社風として掲げていても東京租界に本拠を構えるブリタニアの会社であることに変わりはないし、理屈はどうあれ感情として許容できないという人もいる。感情のために理屈を捻じ曲げて批判する、という人も残念ながらいる。
不買運動やネガキャンは当然ながら起こった。
対して、うちの対応は一貫していた。
社長交代はしない。
日本人・ブリタニア人問わずスタッフの解雇も行わない。
秘密があったことについては謝罪するが、手続き自体は正当に行われており、そちらに関して謝罪するつもりはない。
会社として日本に内通しているといった事実もない。
社長の婚約や養子縁組についてはプライベートな事項となるので詳細は答えられないが、特別大きな変化は予定していない。
スパイだなんだと言われようがやっていないものはやっていない。
咲世子は裏でいろいろ動いていただろうが、それは会社に関係ないことだし、俺が咲世子に指示を出したという事実もない。
地下室で会った時の会話を持ってこられたらやや分が悪いが、あれだって内容としては近況報告とお互いへの激励であって黒幕が手下に指示するアレとは全く違う。
というわけで、しばらくは問い合わせ対応とかで忙しかったものの、現在は収束している。
売り上げの低下も予想の範囲内。
十分すぎる黒字は出ているし、二度目のロロ逮捕についてクロヴィスから感謝状が贈られたこともあって会社の人気は回復傾向にある。
ラクシャータという心強い味方が加わったことも追い風だ。
このままゲーム開発もBRSの開発もどんどん進めていこうと──。
「社長。BRSを利用した脳波コントロールデバイスの試作品が出来上がりました」
思った矢先に朗報が舞い込んできた。
徹底した換気と掃除の末に招かれたソフィ・ランドル博士の研究室には、ぱっと見だと電気椅子か何かに見える装置が設置されていた。
「ランドル博士、これが……?」
「ええ。脳派コントロールデバイスの試作品よ」
タバコの代わりにフライドポテト(ピザ屋のサイドメニューだ)を咥えた白衣の女性──ランドル博士が頷いて答える。
傍らに立ったラクシャータはキセルに火を入れようとして咲世子に睨まれ、空気清浄機の傍に歩いていきながら、
「手伝うまでもなくほぼ完成してたのよ。ちょっとした問題点を修正すればすぐにでも使えるレベルでね」
「その問題点に手こずっていたんだけどね……」
互いに喫煙者かつ総合的な科学者、と似た部分のある二人は上手くやっているらしい。
ランドル博士がベース部分を作り上げ、ラクシャータが並外れた知識と発想力を生かしてブラッシュアップした、といったところか。
「ま、こんなのBRSの真の目的からすれば玩具みたいものだろうけど」
「痛いところを突くわね」
苦笑しつつ助手(小太りの男性。甘党)に指示を出すランドル博士。
ラクシャータの言った通り、今回完成した試作品は精度こそ高く、また危険性もできる限り排除した代わりに単なる脳波コントロールデバイスと化している。
本来は使用者の体内にニューロデバイスを埋め込むのだが、それをオミットするために装置自体も「仰々しい椅子」レベルに大型化してしまった。
だが、
「夢への第一歩ですね」
ナナリーでも遊べるゲーム機への。BRSが目指す終着点への。
俺は呟きながら一歩、足を踏み出した。
装置に腰かけて手足を固定し、付属のヘッドギアを被る。視界は遮らないデザインになっているので周囲を確認することは可能だ。
前には病院のベッドについているようなテーブルが展開され、そこに載せられたノートパソコンと装置を接続。
「起動します」
各種最終確認の後、飛行機が離陸する時のような浮遊感があって、
「成功しました」
「あ……っ!」
目の前のノートパソコンを操作できる。
手足は固定されているので、当然、マウスやキーボードを操作しているわけではない。単に
メモ帳を開いて適当な単語を思い浮かべればその通りに入力が行われる。
「すごい」
業務用の空気清浄機の前で煙草をふかすラクシャータ(咲世子がその前に扇風機を設置した)がにやりと笑い、ランドル博士はどちらかというと悔しそうな顔をする。
「現段階ではマウスやキーボードの代わりにしかならない装置です」
確かに、大多数の人はこの装置を見て「別にマウスやキーボードでいいじゃん」と思うだろう。
だが、この装置がもっとすごい後の装置に繋がるのが重要なのであり、
「手を動かさなくてもパソコンが操作できるのですよ。社長室に欲しいです」
「そこなの!?」
ランドル博士が思わず、といった様子でツッコミを入れてきた。
「ですが、何時間も操作していると結構疲れませんか?」
「ふかふかのベッドと一生分の湿布を買ってお釣りが来るでしょう」
「あははっ! あんた、歩くのも疲れるから車椅子で移動します、とか言い出しそうね!」
「友人とおそろいになれるので魅力的な提案ですが……彼女はきっとおそろいになっても喜ばないでしょうね」
足を使わなくなると余計に体力が落ちる気もするので、車椅子は最後の手段にしようと思う。
「……まあ、もう少し改良して完全独立で動かせるようになったら収納式のタイヤでも付けましょう。そうしたら社長室にも置けるし、理論上はシミュレータも動かせるはずだから」
「楽しみにしています」
仮想空間でだが、俺がKMFを動かせる日が近いうちに来るかもしれない。