ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「あれから、ジノさまから連絡はありましたか?」
「いいえ。日本には『便りがないのはいい便り』という言葉があるそうですけれど、何事もなかったのならいいのですが」
昼休みのランチタイム中。
一般席を使うと(主にユーフェミアが)気を遣われて周りの席が不自然に空いてしまうので、個室を取って二人で話をすることになった。
カモフラージュする必要がなくなってから具材のグレードが上がったサンドイッチを上品に齧りながら、桃色の髪の皇女様は首を傾げる。
ジノ・ヴァインベルグが本国へ帰還してから数日。
早ければ既に謁見が叶っているはずだが、もしも話が済んでいるのなら「何事もなかった」とはいかないだろう。
謁見できていないのか、あるいは。
「信じるしかありませんわ、リリィ様」
「……そうですね」
頷いた俺だったが、彼女が「信じる」対象は果たしてジノなのか、それとも皇帝なのか。
「本国も慌ただしくなってきているようですし、案外、すべてが上手くいくかもしれません」
「そうですわね。ルルーシュ達の苦労が実を結べばよいと思います」
そのルルーシュ達──日本再興組だが、二度目の申請は当たり前のように棄却された。
内容はまたもや重箱の隅をつつくようなもの。
嫌がらせであることはもはや明らかだったが、ここで動いた者がいた。
イケメンの皮を被った策略家にして内政請負人、俺を便利使いしている腹黒ことシュナイゼルである。
『行政の一部において、正しい仕事が行われているか疑問を覚える』
具体的にどの部署とは明言しなかったものの、彼はそんな宣言と共に内部監査の専門チームを新たに立ち上げると、全面的な業務改革に乗り出した。
役割の形骸化している恐れのある小規模部署等、幾つかの基準から優先順位をつけて監査を行うとし、優先対象にはルルーシュ達の申請を突っぱねた謎の部署もしっかりと含まれていた。
ロロを解放した(?)機密情報局に関しては皇帝直属のため勝手に調査ができないが、代わりに「全業務を監査するため」という名目で協力要請を出している。
機密情報局が要請を断れば「他はみんなやっているのに」「何かやましいことでもあるのか」という周囲の目が集まってしまう。
かといって内部監査を受け入れれば内情が知られてしまう。
あらかじめ証拠を隠滅してから内部監査に協力するという手もあるが、シュナイゼル側が証拠を押さえていた場合は逆効果になる。
なんとも腹黒らしいやり口。
状況を利用し、一つの動きで二石も三石も得ようとするいやらしい作戦である。
これで、三度目の申請をのらりくらりとかわすことはできなくなった。
下手に日本を冷遇し続ければブリタニア内の穏健派は「不当に頭を押さえられていた友好的な関係国」へ同情を募らせることになるだろう。
過激派は物言いをつけに来るかもしれないが、彼らが神輿にしそうな皇女コーネリアは脳筋ではなく『考えられる武人』。ユーフェミアからの協力依頼がなかったとしてもこの状況で担がれたりはしない。
「リリィ様はお変わりありませんこと? あんなことがあった後ですけれど……」
「お気遣いありがとうございます。幸い、これといった騒動は起こっておりません」
一週間かそこらでまた何か起こるようでは忙しいにもほどがあるが。
おそらく、V.V.がジノを唆したのは彼が本国、あるいは本拠地へと戻る前の話だったのだろう。近くで作戦中だった人員、あるいはバックアップ目的で控えさせていた者のギアスを急遽使ったとか、そんなところか。
「まあ、それは良かった」
おっとりと微笑むユーフェミアと目配せして、心境を共有しあう。
今の穏やかな時間は嵐の前の静けさかもしれない。
「ところで、ここ数日お忙しそうですけれど、何をされていたのですか?」
「ええ。今度は
「まあ! ではヴィレッタにコツを教わってはどうかしら」
「は? い、いえ、そんな、滅相もございません!」
護衛として控えているヴィレッタをからかい、くすくすと笑っているユーフェミアだが、彼女も皇女の身分を明かしたことでこれまでの日常を失った。
まあ、呑気なアッシュフォード学園にいるせいで「前とそんなに変わってないんじゃない?」という気はしてしまうのだが。
エリア11にいる成人した皇族──つまりは総督クロヴィスからは「勝手なことを」と直接怒られたらしいし、母親からも通信経由で怒られたそうだ。姉のコーネリアが「まあいいじゃないか」とばかりに好意的なのがせめてもの救いといった感じで、皇女と明かしてしばらくはさすがのユーフェミアもしゅんとしていた。
本当に、何事もなく済めばいいのだが。
できる限りの準備はしておかなければならないと、俺はあらためて「自分にできること」を思い描いた。
「見なさい義姉さん。これが結果よ」
特派の採用試験を受けに行ったカレンは、帰ってくるなり俺の部屋に来て封筒を突き出してきた。
既に開封されているそれの中身は『採用通知』。
つまり、試験は文句なしに合格だったというわけだ。
「すごいじゃないですか」
「何よ。あんまり驚いてない感じ?」
「驚いていますよ。合格するだろうとは思っていたので、その分が差し引かれていますが」
まさか当日中に採用通知を持ってくるとはさすがに思わなかった。
「即断即決がロイドさまらしいですね」
「ああ、あの眼鏡の変な奴ね。変な奴よねあいつ」
その通りだが、もうちょっと言葉を慎んだらどうか。
「なんかねちっこそうだし、私だったら絶対嫌だわ。義姉さんってやっぱ趣味悪いでしょ」
「ロイドさまはとても淡泊な方ですよ?」
「それはそれで嫌だわ。女として魅力がないって言われてるみたいじゃない」
「可愛いは社員の皆さんからたくさん言われているのでもういいかな、と」
何しろ、俺の歌をまとめたアルバムを出そう、などという計画が持ち上がっているくらいなのだ。
と、その話をするとカレンは「また儲かりそうじゃない」と笑って、
「でも良かったわ。義姉さんの会社の人じゃもう相手にならないし」
「皆さん敗北感に打ちひしがれているので追い打ちは止めてあげてください」
もはやカレンの実力は「素人では束になっても敵わない」レベルに達している。
一対一だと第四世代の『グラスゴー』で第五世代の『サザーランド』を相手にしても楽勝。もちろん相手の腕が良ければ話は違ってくるだろうが。
「こちらとしてもちょうど良かったです。別の方にシミュレータを使っていただきたいので」
「あれ? ラクシャータさんのお眼鏡に適う人がいたわけ?」
青い瞳を丸くして問うカレンに、俺は傍らに控えた咲世子を見て、
「ええ、ここに」
「は?」
「せっかくですので、暇を見て操縦の訓練をさせていただくことに」
「咲世子さん用の機体も考えてくださるそうです」
「───」
カレンはしばらく言葉を失った後、大きく口を開いて、
「なんで私がいなくなってから強い人入れるのよ!?」
若干理不尽な気がする文句を吐き出した。
シミュレータ用テストパイロット・篠崎咲世子。
思いついてしまえば至極当然の人選なのだが、生身最強のイメージと、業務過多にもほどがある、ということで頭からすっぽ抜けていた。
だが、会社にいる分にはある程度、俺の安全も確保できるし、何より「いざという時のため」KMFに慣れておくのは咲世子自身の希望でもあった。
加えて、
KMFに搭載する機能としてのBRSが目指すところは仲間との連携強化ともう一つ、
となれば、素で強い人向きに決まっている。
実際、登場作品である『亡国のアキト』でも「人型から、虫に近い六脚形態に高速変形する」とかいう驚異のKMFに搭載されており、並外れた運動性と変則機動によって相手を翻弄していた。
「忍者の動きを再現できるKMFなんて興味ありませんか?」
とラクシャータに振ったところ、
「それは挑戦と受け取っていいの? 受けて立つわよ?」
と、なんとも良い返事があった。
というわけで、翌日会社に顔を出した俺は、
一人は黒髪美人にして何でもこなす完璧メイド、篠崎咲世子。
もう一人は人目を惹く緑色の髪を持った不老不死の魔女、セシリア・クラークことC.C.である。
「この機械を使えばいいのか? 確かにKMFのコクピットそっくりだが」
「はい。本物さながらの臨場感を味わえる作りとなっております」
微笑んで答えるとC.C.は胡乱げに俺を見て、
「その営業口調を止めろ。……まあいい。気軽に練習できるというのなら助かる」
「対戦相手がいた方が捗りますしね」
「待て。当たり前のように咲世子と対戦させようとするんじゃない。この女に戦いで勝てるわけがないだろう」
情けないことに個別練習を提案してきたが──C.C.がシミュレータを利用することになったのは半分くらい当人の希望である。
『念には念を、というなら私も乗れた方がいいだろう?』
不老不死なら戦闘中に死亡する心配はない(正確には死んでも生き返るだけだが)。
パイロットのいないKMFがぽん、と、転がってくるシチュエーションがこれから先、絶対にないとも言い切れないということで、練習してもらうことになったのだ。
この前の椅子(BRSデバイス)をシミュレータと繋げるようになったら俺もシミュレータを使えそうなので、ゲーム感覚で切磋琢磨すればいいだろう。
……まあ、そういう話をカレンにしたら「ずるい!」と言われてしまったが、特派とうちの会社を行き来する分には問題ないので、暇なときは咲世子と対戦してもらっても構わない。
と、俺の服がくいくいと引かれて、
「ねえ、リリィ? 僕も練習したいんだけど」
「? マオも、ですか?」
少しずつ落ち着きを取り戻している少年は「うん」と頷いて、
「僕だってリリィを守りたい。だったら、KMFくらい動かせなくちゃ」
「有難いですが、これから戦争が始まるわけではありませんよ?」
「でも、リリィは『戦争になってもいい準備』をしてる。そうでしょ?」
「……それは」
彼の言う通りではあった。
現在、俺がKMF関連で動いているのは全て、敵が武力行使で来た時のため。原作ではいくつもの戦いが繰り広げられ、それによって技術レベルもパイロットの練度も向上していたが、この世界ではそれがない。
カレンもまだエース級にはほど遠いし、もう一人のエースであったスザクも同じはずだ。
そして、ランスロットも、それと対を成すようなあの紅の機体も、未だ存在していない。
だから、俺はせめて抗うための準備をしている。
エースの練度はともかく、日本側にも数多くのKMFがある。
約束通りコーネリアが味方になってくれるなら、ブリタニア全てと戦う必要もないだろうが──それでも、戦力は多い方がいい。
マオは笑って、
「だったら、僕だって練習しておきたい。練習するだけならタダなんだし」
「……わかりました」
V.V.と一緒に俺を陥れようとしていた少年が丸くなったものだと思いつつ、俺は折れた。
顔を上げて微笑み、指を一本立てて、
「ですが、条件があります。練習するのは私がシミュレータを使えるようになってから。そして、私と同時です。いいですか?」
そうしないとマオの『聴心』を防げない、というのが大きな理由だったが、
「うん! ありがとうリリィ!」
と、マオは嬉しそうに笑ったのだった。
そして、さらに一週間ほどが過ぎた。
その間、俺はゲーム開発やBRSの開発、シミュレータの件などで主に会社にいることが多かった。
シミュレータが完成したことで、ダウンサイジングしたゲームセンター向け筐体の開発は順調。
複雑すぎるところを簡略化し、画像データなどの質を落とす──ある意味、一から作るよりも面倒な部分もあったが、完成形が想像できるという意味では気楽である。
日本料理の店については滞っているが、日本再興申請が承認されて動きだせば、連動して一気に進められる。
デジタルカードゲームがじわじわユーザー数を伸ばして良い売り上げになってくれているのもあって、会社は順調。
そんなある日、俺はユーフェミアから電話を受けた。
この間もこんなことがあった。
もしかしてまた厄介ごとだろうか、と思いながら電話に出ると、ユーフェミアはどこか緊迫した声で、
『リリィ様。新しいわたくしの護衛が参りました』
電話越しに届いたその人物の名前は、ナイトオブラウンズ第六席──アーニャ・アールストレイムであった。
俺、死んだかもしれない。