ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
アーニャ・アールストレイムには確固たる『自分』が存在しない。
幼い頃から抱えている記憶障害が原因である。
(両親によれば「本当に小さい頃は大丈夫だった」らしいのだが、自分ではよく覚えていない)
不定期に意識が飛び、気づくと別の場所にいたり、さっきまでとは別のことをしていたりする。気を失っていたのかと思えばそんなことはなく、意識がない間に誰かと話をしていることもある。しかし、意識を失っていた間のことをアーニャ本人は全く覚えていない。
医者に診てもらったが異常はなかった。
治らない体質。
だから、アーニャは自分の記憶というものを信用していない。
見たもの、感じたものはできる限り記録に収めるようにしている。
忘れてしまっても後から見返して思い出すためだ。
だから、リリィ・シュタットフェルトと会ったこともきちんとブログに書いた。
写真も撮った。
(ユーフェミアを撮った時に「失礼だ」とメイドに怒られたので、リリィのことは別れてからこっそり後ろ姿を撮った)
ゲームは好きだ。
セーブデータも写真やブログと同じ。意図的に消さない限り滅多なことでは消えない。
特にリリィの会社のゲームは好きだ。
他のゲームとは違う「何か」がある。可愛いタッチの幻獣を集めて育てていると胸が温かくなるし、
だから、リリィはアーニャにとって特別な存在だった。
小柄で人目を惹く容姿にも親近感が持てる。
残念ながら服の趣味は真逆らしいが、関節を極められたらそのまま折れてしまいそうなか弱さと儚さはラウンズのメンバーにはないもので、珍しく思える。
何しろ、アーニャが護衛することになったユーフェミアでさえ皇族として護身術を心得ている。
むしろあの少女にこそ護衛が必要なのではないか。
◆ ◆ ◆
「リリィ、遊びに来た」
「いらっしゃいませ、アーニャさん。ユーフェミアさま」
アーニャと会って数日後の夜。
俺はアーニャ・アールストレイムを学園内の私室にて出迎えた。
C.C.とマオは鉢合わせにならないよう地下室に移動してもらっている。
夜だからかラフな私服に身を包んだアーニャの後ろには苦笑気味のユーフェミアと、いつものメイドさんがいる。身分的に言って本来ならユーフェミアが主役なのだが──どこか鼻息荒く、携帯ゲーム機やお菓子等々を手にした少女を見てしまってはそうも言えない。
みんなでゲームをするのはかねてからのアーニャの希望だった。
主であるユーフェミアからも「できれば早めに相手をしてあげていただけますか?」とやんわりお願いがあったので、先延ばしにするのを諦めてこの場を設けた。
どうやらナイトオブシックス殿は前任のジノとは違い、かなり主人を振り回すタイプの子であるらしい。
まあ、こちらも咲世子を伴っているし、ユーフェミア達がいれば二人きりになることはない。
向こうが仲良くなりたがっているのにこっちが延々怖がっているのも申し訳ないので、この場は開き直って楽しく遊ぶべきだろう。
「やっとこの日が来た」
言いながら携帯端末を取り出して写真を撮る彼女。
いわく「記念撮影」らしい。
「アーニャさんは写真がお好きなのですね」
なお、アーニャに対する敬称は本人が「さま」を嫌がったので「さん」に落ち着いた。
アールストレイム家はシュタットフェルト家と同格かそれ以上の家なので、貴族の流儀で言えば「さま」で問題ないのだが。
そんなことはどうでもいい、とばかりに、少女は二人のメイドがお茶とお菓子の準備をする中、席について言った。
「リリィ、何からする?」
「アーニャさん。それでは対戦したいのが丸わかりですよ?」
「バレた」
手に携帯ゲーム機を持ったまま、ほんのり頬を染めるアーニャ。
隣に座ったユーフェミアがおかしそうにくすりと笑う。髪の色が似通っているせいもあって、どこか本当の姉妹のようにも見える。
「リリィ様。アーニャは手強いですからお気をつけて。……わたくし、『2』は前作ほどプレイできておりませんでしたが、それが言い訳にならないくらい強敵でした」
「ユーフェミアさまがそこまで仰るなんて、本当に手強そうですね。お友達と楽しむ用の対戦パーティでは為すすべもなくやられてしまいそうです」
「うん。手加減は無用。勝負はやるかやられるか」
この子、ただのゲーム好きな中学生なのでは?
「かしこまりました。では、とっておきのパーティでお相手いたしましょう」
そして、俺とアーニャの対戦は熾烈を極めた。
カジュアル対戦用と様子見用を吹っ飛ばして通常対戦用から始めたところ、アーニャのパーティにあえなく敗退。
「それがリリィの本気?」
という挑発に乗る形でワンランク上のパーティを出し、そこからは勝ったり負けたり。
もちろんユーフェミアとも交代で対戦していたのだが、俺とアーニャが本気のパーティに手を出したあたりでギブアップ。三台目以降を繋げることで観戦ができる『2』の新機能を使い応援に回ってくれた。
「社長としてただでは負けられませんからね」
「……む。なかなかやる。ここまで苦戦したのは初めてかもしれない」
俺達はお互いに本気を超えた本気、相手を泣かすつもりでやる時用のパーティを持ち出し──総合ではからくも俺が勝利を収めた。
「さすが社長。鬼のように強い」
「アーニャさんこそ、まさかここまでやるとは思いませんでした」
このゲームを作った会社の社長が弱いと思ったか、と勝ち誇りたいところだが、ぶっちゃけ明らかにやりすぎである。
普通に考えたら社長が強い必要はないし、皇女様に観戦をさせておいて白熱するのはどうなんだという話。
なお、そのユーフェミアは途中からドン引きしていた。
「あの、途中からどうしてそうなるのかさえわからなかったのですが……。あの戦いは本当に同じゲームの出来事なのでしょうか」
「あそこまで行くと内部データを突き詰めないと行き着けないレベルですからね。正直な話、暇を持て余した者の道楽です」
「基本システムは『1』の時に解析班が頑張ってくれたから、『2』は検証が早かった。お陰で助かってる」
「争いとは空しいものだということを、わたくしはあらためて悟りました」
遠い目になったユーフェミアが真理に到達していた。
「でも戦いはなくならない。だから騎士がいる」
「アーニャさんも、戦いから誰かを守るために騎士になったのですか?」
「わからない」
少々意外なことに、若年にしてナイトオブシックスの座を得た少女は真顔のまま首を振った。
「気がついたらなってた」
「……ナイトオブラウンズとは、なんとなくでなれるものでしたか?」
思わず、といった様子で呟いたのはユーフェミアのメイドさんだ。
彼女もそこそこ格のある家の令嬢で、かつ腕に覚えのある人間。皇女の世話係と護衛を任される彼女からしてもアーニャは規格外なのだ。
そのアーニャはどこを見ているのかわからない表情で、
「KMFは好き。戦うのも嫌いじゃない。だから、騎士になるのは別に嫌じゃなかった。でも、なりたかったのかはわからない。ただ、私には才能があったらしい。だからナイトオブシックスになれた」
本人に才能があったのも事実だろうが、ここまで早くラウンズになれたのには
俺は「変なことを伺って申し訳ありません」と場を流したうえで話題を変えた。
ゲームに熱中しているうちに冷めてしまった紅茶を飲みつつ、
「ところで、アーニャさんはエリア11にどのようなご用事で来られたのですか?」
「? ユーフェミア様の護衛」
「それだけですの?」
「陛下からは他に何も言われてない。強いて言えばリリィと遊びに来た」
ユーフェミアからも尋ねられた少女は「なんでそんなことを聞くんだ」という顔。
口数が少なく表情もあまり変わらない彼女だが、腹芸が得意なタイプではない。少なくとも
俺は微笑んで、
「では、せっかくですのでたくさん遊びましょう」
「うん」
答えたアーニャの顔は少しだけ嬉しそうだった。
◆ ◆ ◆
リリィ・シュタットフェルトは強かった。
強いと言ってもゲームの腕前の話だが。
自社の対戦ゲームはもちろん他のゲームも上手い。3Dのアクションゲームは何故か不得意だったし、純粋な知略を問われるゲームの腕前は並だったが。
お陰で、三人が一番接戦を演じられるゲームはチェスだった。
チェスに似た日本のゲームだという将棋もやった。これはリリィが強く、リリィのメイドはもっと強かった。アーニャとユーフェミア、そしてリリィが束になってもリリィのメイド一人に敵わなかったくらいだ。
「さすがにもう遅いですのでユーフェミア様を解放してください」
ユーフェミアのメイドに言われて日付が変わる頃にはお開きになってしまったが、長い時間拘束したことにリリィは文句ひとつ言わなかった。
それどころか、
「また遊びましょうね」
と笑顔まで向けてくれた。
同じラウンズのモニカ・クルシェフスキーなども何かとアーニャの世話を焼いてくれるし、一緒にゲームをすることも多かったが、彼女も共に切磋琢磨する間柄。
思えば利害関係のないところでゲームに一喜一憂できる相手というのは、記憶障害と経歴のせいで友達のできにくいアーニャにとっては初めての経験かもしれない。
ユーフェミアも良くしてくれる。
「アーニャはなんだか妹みたいですわね」
なんて言って笑いかけてくれるのだ。
リリィやユーフェミアの呼びかけで他の生徒達とも仲良くなった。
アーニャはジノと違い、生徒として転入してきたわけではない。だから生徒と交流する機会などないと思っていたのだが、そんなことはなかった。
アッシュフォード学園の生徒達は驚くほど気さくで明るい人達だった。そしてそれ以上に、リリィやユーフェミアの人脈は広かった。
「は、はじめまっ、し、シャーリー・フェネッ──」
「シャーリー、そんなに緊張しなくても大丈夫だと思う」
「そんなこと言ったって、ナイトオブラウンズなんて雲の上の人だもん!」
「それを言ったらルルーシュやスザクだって遠い世界の人になるでしょ」
と、初対面ではなんだか緊張した様子だったシャーリーは二回目からは「おはよう、アーニャ!」と普通に接してくれたし、シャーリーを窘めていたニーナ・アインシュタインはどことなく会話のテンポがアーニャと合った。
生徒会長のミレイ・アッシュフォードは会うなり「可愛い!」とアーニャの容姿を絶賛し、いつでも生徒会室に遊びに来いと言ってくれた。
どうやらミレイのことが好きらしい生徒会の黒一点、リヴァルも変な奴だったが、彼と他の生徒が繰り広げる会話は面白い。
──どうやら、アッシュフォード学園は特別な場所らしい。
みんなして騒がしいのがアーニャには少々気になったが、日を重ねるにつれて気にならなくなっている自分に気づいた。
シャーリー達ともゲームをした。
「どうせなら神楽耶ちゃんもいればよかったのにね」
「神楽耶……皇神楽耶のこと?」
「そうそう! 神楽耶ちゃんもこのゲーム強かったの!」
いわく、神楽耶は確率論を超えてくる相手らしく、あのリリィでさえ苦戦させられたという。
「それは……残念」
「でしょう? あーもう、ルル達までいなくなっちゃうし、寂しい!」
いつの間にかアーニャは彼らの「友達」の一人になっていたらしい。
リリィやユーフェミアの周りにいる人はいい人ばかりで、また、リリィ達のことが大好きなようだった。
それに、もう一つ。
リリィと会って、話したりゲームをするようになって気づいたことがある。
──記憶を失う回数が減った?
正確に言うと、リリィと遊んでいる時は一度も記憶を失っていない気がする。
偶然だろうと思ったが、一度そう感じてからは「確認のため」と自分に言い訳して会いにいくことが増えた。
リリィの義妹が特派でKMFを動かしているというので、そっちに遊びに行ったりもした。
「何よこいつ、滅茶苦茶強いじゃない!」
「それは、ナイトオブシックスですからね……」
「筋はいいけどまだまだ。ただ攻めてくるだけじゃ私には勝てない」
「頭に来た! もう一戦やるわよ、もう一戦!」
カレン・シュタットフェルトもなかなか面白い人物だった。
戦っているとどんどん腕を上げていくので面白くてつい何度も叩きのめしてしまった。
「今度は直接KMFを操縦するゲームを作るので、良ければプレイしてくださいね」
「それは楽しみ」
ゲームでKMFを操縦できるなら騎士である必要もないのではないか、とさえ思ってしまう。
それくらい、エリア11での生活は楽しかった。
この生活がもっと続いて欲しい。
「おやすみなさい、アーニャ」
「おやすみ、ユーフェミア様」
ある日のアーニャはそんな思いを抱きながら、いつものようにユーフェミアが眠りに入るのを見届けて──。
「……リリィ?」
気づくと、リリィ・シュタットフェルトを押し倒していた。