ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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呪縛に抗う者・リリィ 七

 アーニャはなかなか行動を起こさなかった。

 いや、この場合は「アーニャの中にいるマリアンヌは」と言うべきか。

 

 何度か一緒に遊んだり話をしたものの、特別な行動はなし。

 アーニャからマリアンヌに変わる瞬間のようなものも目撃できなかった。マオのために常時発動しているギアスディフェンダーが効いているのだろうか。

 そもそも、マリアンヌの意識が表に出ていることが外見から判別できるのか。

 咲世子も「おかしな兆候はない」と言っているので、おそらく問題ないのだろうが。

 

 アーニャの可愛さにつられてついつい心を許しすぎてしまいそうになる。

 

「……逆に静かすぎて怖いです」

 

 屋敷内の自室にて小さく呟く。

 

「そうですね。待ちの状況というのはもどかしいものです」

 

 同じく静かに咲世子が答える。

 マオは別室で就寝中。このごろ屋敷だと睡眠時間が長い。学園の部屋に泊まる時は両手両足を拘束して床に寝かせているので疲れているのかもしれない。

 その分、ギアスディフェンダーの範囲内にいられるので睡眠薬のインターバルになってはいるのだが。

 

「……残された時間は少ないはずですが」

「伸ばす自信があるか、あるいは必勝の機会を探っているのでしょうか」

「厄介ですね」

 

 ブリタニア本国での内部監査にも時間がかかる。

 シュナイゼルとしてはできるだけスマートに動きたいはずなので、こっちとしても「さっさと皇帝を引きずり下ろせ」とは言いづらい。

 少なくとも機密情報局の動きは制限できているはずなのだが、

 

 と。

 

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「何者!?」

「私。アーニャ」

 

 咲世子が上げた誰何の声に、淡々とした少女の声。

 ひらり。

 開いた窓から部屋に侵入してきたアーニャは黒い動きやすそうな衣装を纏っていた。忍者か。

 

「アーニャさん、どうして……?」

「アールストレイム卿。知らない仲でないとはいえ、この訪問は『遊びに来ただけ』とは思えませんが?」

「ごめん。でも怖がらないで。話をしに来ただけ」

 

 窓を閉めたアーニャは降参するように両手を挙げる。

 身体にぴっちりした衣装に武器を隠すスペースはない。

 そこそこ広い部屋なので距離は離れている。一足一刀の間合いよりかなり遠いが、それはこっちにとって痛いところでもある。

 咲世子はしばし悩んだ末、アーニャと俺の双方を制し、両者から等距離に立った。この状況で俺にアーニャへ近づけというのはさすがに厳しい。

 

 俺は座っていた椅子ごと振り返って、

 

「すみません。できれば後日にしていただきたいのですが……」

「すぐ済む。あまり人には聞かれたくない話」

「……それは」

 

 言われて迷いが生じる。

 髪の色に似た桃色の瞳は俺を静かに見据えている。少なくとも明確な敵意は見えない。

 少女の『話』とやらはこっちにとって有益な話かもしれない。

 裏を知りすぎているからこそ警戒してしまうだけで、表向きの情報で見れば「ゲーム好きの小動物が大事な話をしに来た」だ。

 邪険にしすぎる方が怪しいか。

 

「……わかりました」

 

 本当は日を改めてと言いたいが、夜遅く屋敷に来られていい日などない。

 一応、念のために机から防犯ブザーを取り出しておく。

 

「今日は随分と黒い衣装ですね」

「ルキアーノにお勧めされた。変?」

「いえ。凛々しい感じで似合ってはいますが……」

 

 ルキアーノ・ブラッドリー。

 ラウンズ第十席で、異名は「ブリタニアの吸血鬼」。

 黒い服は好きそうなので冗談なのか本当なのか判断に迷うが、

 

「それで、お話というのは?」

 

 尋ねた俺は、唐突に核心を突かれた。

 

「C.C.という人物に心当たりはある?」

 

 

 

 

 

 

「C.C.……? 愛称か何かでしょうか。それともコードネームですか?」

 

 ポーカーフェイスはそこそこ上手く行ったと思う。

 普段のアーニャならこれで十分騙せると思うが、対する少女は普段からポーカーフェイスのため、反応から手ごたえを探ることができない。

 

「あだ名みたいなもの。本人がそう名乗ってるだけだから意味は知らない」

「その人物が何か?」

「陛下から連れてくるように言われている」

 

 果たして表と裏、どっちへの指令なのか。

 

「ユーフェミアさまの護衛だけが役割だったのでは?」

「機密事項だから」

「……なるほど。特徴を教えていただければご協力できるかもしれません」

 

 できる限り思考を巡らせつつ答える。

 アーニャは「C.C.」という名前を口にしたが、それが女だとも少女だとも言っていない。

 下手なことを口にしないように細心の注意を払いつつ、単に参考として尋ねられているだけだと判断できれば「知らない」で押し通──。

 

「質問を変える。セシリア・クラークに会いたい」

 

 ですよね!?

 

「C.C.というのはセシリアさんのことなのですか?」

 

 俺は、息を吸って気持ちを落ち着けつつ「でしたら」と続けた。

 

「事情をお聞かせ願えませんか。彼女は我が社の大切な従業員です。連れてくるように言われたから、で引き渡すほど私は薄情ではありません。それに、正規の召喚命令であれば会社に連絡が来るはずでは?」

「極秘事項」

 

 極秘とか禁則とか言えばなんでも許されると思うなよ……!

 

「猶更納得できません。アーニャさんを疑うわけではありませんが、正規の手続きを飛ばすのなら話は別です。夜分に押しかけてきて理由は言えない、はおかしいでしょう。……役職を不正に利用しようとしている、と思われても仕方ありません」

「………」

 

 しばしの沈黙。

 アーニャは小さく息を吐くと頷いて、

 

「わかった」

「すみません。ご協力したいのは山々なのですが、そのためにも手続きを踏んでいただけますか?」

「そうする」

 

 なんとか、乗り切ったか……?

 少女はくるりと俺達に背を向けようとして、

 

「リリィ様!」

「……え?」

 

 気を抜いた瞬間だった。

 目にも留まらぬ速さで振り返ったアーニャが俺──ではなく咲世子に「何か」を投げつけ、同時に俺の懐へと飛び込んでくる。

 避けられない。

 状況を視認するのがやっとの俺は、慣性のまま飛んできた少女を受け止め──きれずに椅子ごと倒れる。

 

 咲世子が左手と服の袖をピンク色に染めながら(ペイントボールか何かを握っていたらしい)こちらに駆け寄ってくる。

 

「ご無事ですか……!?」

「え、ええ」

 

 俺自身は何もされていない。

 急に押し倒されたせいで背中を打ったが、その程度。背もたれにもクッションを置いていたお陰で大事はない。

 そして、

 

「……リリィ?」

 

 きょとん、としたアーニャが俺を見つめていた。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。……私、変な悪戯をした」

 

 終わってみれば、アーニャの最後の行動は(悪質ではあるが)悪ふざけの類に収まるものだった。

 咲世子に投げたのはただのペイントボール。

 俺に向かってきたのもただ押し倒しただけで、クッションが無くても絨毯がある。椅子の背もたれに頭を打ちでもしたら少々危なかったが、結果的にそういうこともなかった。

 何より、しゅんとした少女は本当に申し訳なさそうで、

 

「覚えていないのでしょう? だったら、それはもういいです」

 

 俺は彼女にそう告げるしかないのだった。

 

「怒らないの?」

 

 不安そうに見上げてくるアーニャはまるで捨てられた子犬のようで、

 

「じゃあ、これはお返しです」

「いひゃい」

 

 俺はむにーっと、少女の柔らかいほっぺを引っ張ってやった。

 

「本当に申し訳なく思っているかどうかくらいはわかるつもりです。だから、そんな顔はもう止めましょう?」

「リリィ……ありがとう」

「わっ」

 

 ぎゅっと抱き着いてきた少女を俺は反射的に抱きとめた。

 さっきタックルしてきた人間のとる行動ではないが、今のアーニャを放ってはおけない。咲世子も困惑しながらも「仕方ない」といった顔をしている。

 むしろ、姉としては少女の豹変の方が不可解な様子だが──どうやら、ギアスディフェンダーは正常に機能しているらしい。

 

 俺のギアスは持続的なギアスの効果を無効にする。

 マリアンヌが表に出てくる際に『他者に魂を移す』ギアスが働いているか否か、というのは試してみないとなんとも言えなかったが、うまくいったようだ。

 つまり、俺の傍にいる限り、アーニャの中にいるマリアンヌは出てこられない。

 さっきのタックルはギアスディフェンダーの効果範囲内に入った途端、人格の入れ替わりが起こったせいだろう。マリアンヌはあれ以上の何か──例えば首を絞めるとかをしようとしていたのかもしれないが、途中で止めざるをえなくなった。

 わざわざ夜に訪ねてきたのはマオが寝ていて、かつ、一緒にいないであろうタイミングを狙ったから。

 

 別室にいるC.C.を直接狙われなくて良かった。

 まあ、C.C.の使っている部屋は窓のない屋内側の一室だし、シュタットフェルト家の使用人は優秀だ。廊下を知らない人物が通りかかれば怪しむし、「おたくにセシリアという客が住んでますか?」と聞かれて「はい」と答えたりはしない。

 

 また、俺の言った「セシリアへの召喚命令」の類を出さなかったのはシュナイゼルの内部監査が効いているせいか。

 

「ですが、アーニャさん? 本当に何も覚えていないのですか?」

「うん……。ユーフェミアさまが寝るのを見守ったところまでしか覚えてない」

 

 仕事が終わって自由になった瞬間の乗っ取り。

 人格交代のタイミングはマリアンヌ側が自由に決められるとみてほぼ間違いない。

 

「アーニャ様には良くないモノが取り憑いているのかもしれませんね」

「やめて。日本の人に言われると怖い」

「大丈夫ですよ。……そうだ。もし帰るのが面倒でしたら、今晩は一緒に寝ましょうか?」

「え?」

 

 俺の提案に「いいの?」という顔になるアーニャ。

 

「はい。寝間着もいろいろありますし。一緒にいればお化けも怖くないでしょう?」

「お化けなんていない。全ての事情は科学で説明できるのは常識。でも、せっかくだから一緒に寝る」

「じゃあ、そうしましょうか」

 

 くすりと笑って、俺は咲世子に寝間着の用意をお願いした。

 前にミレイに着せられた、もこもこのうさぎ衣装はアーニャのパジャマにもちょうど良かった。なんというか、マスコット的な可愛らしさに溢れていて、写真に収めずにはいられない出来。

 咲世子と二人して撮っていたら本人にむくれられてしまったが、「一緒に撮りませんか?」と尋ねると嬉しそうに「撮る」と言ってくれた。

 

 そして、夜が明けて朝が来るまで、アーニャ・アールストレイムの身体をマリアンヌが乗っ取ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 三日後。

 

「……セシリア・クラークに召喚命令、ですか」

「ええ。皇帝陛下の署名入りのものが会社のポストへ直接」

 

 会社のスタッフからの報告に俺は頭を抱えたくなった。

 正規の手続きを踏めとは言ったが早すぎる。

 そっちがそう言うなら用意してやろうじゃない的なノリなんだろうが、あの話があってから三日で本国からの手紙が届くとは思えない。当のアーニャが朝まで寝てたし。

 後で口裏を合わせる前提でマリアンヌが代筆したんだろう。マリアンヌだし、皇帝の筆跡をコピーするくらいできても驚かない。

 

「どうします、社長?」

「応じないわけにもいきませんが、ポストに直接というのが妙ですね。総督府に問い合わせましょう」

 

 時間稼ぎとしか言いようがないが、今はそのくらいの手しか打てない。

 隣の部屋でゲーム中のC.C.を「はいそうですか」と引き渡すわけがないのだ。

 

「加えて、本人にも召喚の可能性がある旨は伝えます。もし休暇を取る予定があるなら控えてもらわなければなりません」

「わかりました」

 

 もちろん実際は、この間に逃げることを検討してもらうのだが。

 

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 リリィ・シュタットフェルトはやっぱり優しい。

 アッシュフォード学園に来てからブログに書くことが多くなった。内容も以前は訓練のことや他のラウンズのことが中心だったが、今は色んな人物が登場する。

 これもユーフェミアとリリィのお陰だ。

 

 最初は緊張していた様子のユーフェミアも最近はとてもリラックスしている。

 甘えすぎるとうんざりした顔をされてしまうこともあるが、そんな素の表情を見せてくれるのがたまらなく嬉しい。

 幼少期の記憶が欠落しているせいもあって、両親との交流でさえどこか他人事に思えてしまう。

 その点、新しくできた友達ならその心配もない。

 

 そう、友達。

 

『ねえ。リリィと私って、友達?』

『? ええ、もちろん。私がお友達ではアーニャさんは迷惑ですか?』

『ううん、嬉しい』

 

 あの朝、リリィとはそんな会話をした。

 急にリリィを押し倒してしまった時はびっくりしたが、やっぱり彼女の前で意識を失うことはない。

 失いたくもない。

 

 そう思っていたアーニャは、ある日、本国からの連絡を受けた。

 

『アーニャ・アールストレイム。C.C.という少女を我の前に連れてこい。これは勅命である。遂行に際してはありとあらゆる手段を許可する』

 

 厳かな声。

 忘れもしないアーニャ──ナイトオブシックスの主の声。

 

『C.C.はエリア11在住の学生、リリィ・シュタットフェルトが匿っている可能性が高い』

『……陛下。もし、その人物が抵抗した場合は?』

『言ったはずだ。あらゆる手段を用いてC.C.を連れてこい。C.C.以外のあらゆる人間の生死は問わない』

 

 アーニャは。

 その命令に、すぐには返事が行えなかった。


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