ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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呪縛に抗う者・リリィ 八

 総督府に召喚命令の件を問い合わせたら「知らない」と言われた。

 エリア11の人間が誰も認知していないんじゃ悪戯認定されても仕方ない。総督府から本国に問い合わせることになり、さらに時間を稼ぐことができた。

 その間に俺はC.C.と相談。

 

「なら、私は身を隠した方が良いだろうな」

「良いのですか? 向こうについてもあなたの目的は果たせるのですよね?」

 

 尋ねると彼女はふん、と笑って、

 

「世界を犠牲にした自殺なんて今更できるものか。……マオにひどい事をしてまで死期を伸ばしたんだぞ、私は」

「あなたも、おばあちゃんになってから笑って死にたいんですね」

「ああ。どこかの誰かもそんなことを言っていたな」

 

 俺は微笑んで応える。

 ギアス、そしてコードの秘密を思い浮かべたうえで口にしたことだ。C.C.の思考と重なるのはある意味、当たり前のこと。

 

「お金は大丈夫ですか? ハンカチとティッシュは忘れないでくださいね?」

「お前は私の母親か!? 心配しなくても死にはしないし、定期的に連絡する」

 

 コード保有者は自分がギアスを与えた者の状態や所在をある程度把握することができるらしい。

 この力で俺の状況はだいたいわかるし、俺の携帯番号を記憶しておけば公衆電話からでも連絡はできる。

 

「それより、お前の方こそ注意することだ。『この力』の引き取り先がいなくなってしまっては私の望みも叶わなくなるのだからな」

「私がいなくても、今のマオなら心配いらないでしょう?」

「マオが受け取った後、すぐにお前が引き取るつもりだろう? お前の考えそうなことだ」

「バレていましたか」

 

 コードなんて危険な力、預けられる相手はほぼいないと言っていい。

 だったらひとまず自分で引き取るのが一番安心できる。

 もちろん、早めに誰かへ引き継ぐ前提だが。

 

「私だって夢を諦めたわけじゃありません。きちんと余生を過ごすつもりです」

 

 そう言うとC.C.はくすりと笑い、俺に手を差し出してきた。

 

「お前みたいなタイプが案外、長生きするんだろうな」

 

 翌朝、セシリア・クラークことC.C.が屋敷から失踪したことを屋敷のメイドが発見、俺は雇用主として捜索願を出すことになった。

 

 

 

 

 

 

 マオや咲世子も大方の事情は把握しているので動揺することはなかった。

 皇帝から召喚命令が出た人間が失踪したとあって社内は少々ざわついたが、C.C.がやっていたことと言えば主にピザを食べてゲームをしていただけである。

 最近、KMF(ナイトメアフレーム)の操縦訓練をしていたのが怪しいといえば怪しいものの、うちのシミュレータに入っているのは既存機体のデータのみ。ラクシャータの肝入り機体にC.C.は触っていなかった。

(普通の機体が操縦できる、レベルの腕でそんなものに乗っても扱えないからだ)

 

 軍事機密を盗みたいなら特派にでも行った方が良いし、目的も良くわからない。

 社長の俺が責任を持って通報したため、とりあえず話は捕まえてから、ということで落ち着いた。

 

「彼女の行く先について何か心当たりは?」

「さあ……? 彼女の以前の経歴については私も良くは知りません。単に役に立つと思ったので雇用していただけです。強いて言えばピザ屋さんに出没する可能性が高いでしょうか」

 

 事情聴取にのらりくらりと答えつつ、さらに時間を確保。

 咲世子の忍者ネットワークを使い、アーニャが動きだしたこと、彼女には二重人格の疑いがあることなどをルルーシュ達へ伝達した。

 クロヴィスにもジェレミア経由で最低限の情報を流して認識を共有。

 後は、シュナイゼルの策が間に合ってくれれば、三度目の日本再興申請が今度こそ通って状況が決定的に好転する。

 あるいは、内部監査の結果を受けて皇帝を糾弾するところまで持っていければ、あの男から権限をはく奪することができるだろう。

 

 ──ただ、最悪、俺がこの手で皇帝を討つことも考えないといけないか。

 

 実を言うと「皇帝だけを」秘密裏に討つ手段がないこともないのだ。

 成立させるための手続きがかなり煩雑なうえ、V.V.を排除しないと皇帝一人を相手にできる確証がなく、銃やナイフを用意していってもなお丸腰の皇帝に勝てるか怪しい。

 咲世子を伴えば戦力問題は解決するものの、どうしても外せない要件として「しばらく本州を離れなければならない」というのがあるので怪しいことこの上なく、できればやりたくない。

 

 となれば、目下の問題はマリアンヌinアーニャ。

 

 彼女をどうにかしない限り危機は続いてしまう。

 真面目なジノは言葉で抑え込むことができたが、自由奔放を通り越して無軌道とも言うべき我が儘さと天性の勘、常人離れした価値観を持つマリアンヌを説得できるとは思えない。

 表のアーニャとはかなり仲良くなれたと思うのだが、中のマリアンヌをなんとかする方法がない。

 C.C.のコードをアーニャに移譲することができれば解決するか? 正確にはアーニャのギアスではないためコード移譲が可能かどうか怪しいが、もし成立すれば「ギアスによって維持されている魂」であるマリアンヌは消滅するか、表に出てこられなくなる可能性が高い。

 そのためにはまず、アーニャにマリアンヌが憑いていることを証明したい。

 ギアスの存在を明かすにせよ、説明にはスザクのギアスアナライザーが必要か。実演のためにルルーシュも欲しい。その上でギアスディフェンダーの効果を教えればある程度信用してくれるかもしれない。

 

 なら、できるだけアーニャとコミュニケーションを取ってマリアンヌの行動を阻害しつつ、スザク達の反応を待つ。

 

 そう思い、学園へと登校した俺は──敵に先手を打たれたことを知る。

 

「リリィ。話がある。時間を作って欲しい」

 

 アーニャ・アールストレイムがナイトオブシックスとして、堂々と俺に話を持ち掛けてきたのだ。

 

 

 

 

 

「それで、お話というのはなんでしょう?」

 

 紅茶とお菓子を前にカフェテリアの一角に座りながら、俺は内心ひどく動揺していた。

 ギアスの効果範囲に入ってもアーニャの態度が変わらなかったからだ。

 

 ──つまり、話を持ってきたのは表のアーニャということ。

 

 にも関わらず少女の顔は強張っており、これからゲームの話が始まるとは思えない。

 何かの間違いで平和なお願いが来るのなら、それがたとえば愛の告白とかであってもOKしてしまいたい心境になりつつ水を向け、

 

「C.C.という人物に会いたい」

 

 最悪の展開であることを理解した。

 同席している咲世子とマオ、そしてユーフェミアの表情が強張る。

 マオには当然、この間の夜のことは話してある。ユーフェミアにはアーニャのせいで話す機会がなかったが、C.C.の名が出た時点で厄介ごとなのはわかっただろう。

 帰りたい。

 俺は額に汗を浮かべつつ紅茶を含み、

 

「この間の夜と同じことを仰っていますね」

「……? それはおかしい、けど好都合」

 

 訝しげな表情を浮かべたアーニャだったが、すぐに気を取り直し、代わりに一枚の写真を差し出してくる。

 どう見てもC.C.な少女が不敵な表情でこっちを見ている。

 桃色の髪の少女は俺の反応を見逃さないとするように視線をじっと向けて来ていて、

 

「セシリア・クラークさん……ですね。ご存じありませんか? 皇帝陛下からと思われる召喚命令が出た後、突然姿をくらませてしまったのです。すぐに捜索願を出しましたがまだ見つかっておらず──」

「リリィなら連絡を取れるかもしれないって、陛下は言ってた」

「な……!?」

 

 なに勝手なこと言ってるんだあの男。

 実際、連絡を取れないわけではないあたりが悲しいが。

 

「何を根拠にそのような話が出たのかわかりませんが……」

「これは陛下からの勅命」

 

 マントの下からアーニャが取り出した書状は今度こそ正式な書面で『C.C.捜索の件に際し、アーニャ・アールストレイムにありとあらゆる行動を許可する』といった内容が書かれていた。

 これは代筆ではなく本人のものだろう。皇帝のみが押すことのできる印もしっかりとある。

 

 ──強引だが、良い手だ。

 

 この国において皇帝の言葉は全てに優先する。

 アーニャの中にいるマリアンヌが思うように動けないと知った途端、表のアーニャに勅命を出してきた。これならギアスディフェンダーは関係ない。

 書状まで送られている以上、アーニャが何をしても罪にはならない。

 

 紅茶の味がしない。

 全身が震えるのを感じながら、俺は必死に思考を巡らせ、

 

「残念ながら、私にも本当に連絡は取れないのです。向こうから連絡が来る可能性はありますが、その時はお知らせしますので……」

「いつ、連絡は来るの?」

「わかりません。来るかもしれませんし、来ないかもしれません」

「電話が来るまでリリィのところに居てもいい?」

「それは、構いませんが」

 

 ユーフェミアの護衛はC.C.捜索より優先順位が下なのだろう。

 隣のユーフェミアも浮かない顔をしているものの、父からの正式な命令では口の出しようがない。ジノの時は彼の独断だったから強く言えたのだ。

 

「……私の傍で電話を受けても、C.C.のところまで移動するのに時間がかかります。むしろ警察の手を借りた方がいいのでは?」

「リリィ。C.C.と私を会わせたくないの?」

「そんなことは……」

 

 ある。

 あるが、言えるわけがない。

 

「本当のことを言って欲しい。私は、リリィを傷つけたくない」

「アーニャさん……?」

 

 気づくと、少女もまた震えていた。

 瞳には涙が浮かんでいる。

 

「陛下はC.C.を捕まえるためにはなんでもしろって言った。だから、私はリリィを拷問できる。どうしても喋らないなら、それ以上だって」

 

 殺す、と言わないのは少女の優しさだろう。

 だが、

 

「………」

「答えて、リリィ! じゃないと、私……!」

「アールストレイム卿。それ以上は主人に対する攻撃とみなします」

「私の邪魔をするのは皇帝陛下への反逆と同じ。私は反撃しても罪に問われない。それでもやる?」

 

 逆らったら反逆と判断されるのはアーニャも同じだ。

 仮に「この仕事はやりたくないからラウンズを辞める」と言った場合、皇帝は躊躇なくアーニャの捕縛を命じるだろう。

 逃げれば、追ってくるのは元仲間達かもしれない。

 幸いなのはマリアンヌの存在があるため、殺される心配が少ないことくらいか。

 

 とはいえ、それだってどうなるかわからない。

 

 捕らえた上で記憶操作されるならまだいいが、別のラウンズに処刑させてマリアンヌの宿主を変えるという手もある。ラウンズには身体の十分成長した者もいるのだ。

 でもってナイトオブワンあたりがアーニャの一族郎党皆殺し、なんてことが普通にありえる。

 

「そちらこそ、我が主に手を出して命があると思わないことです」

「……っ」

「やめてください、咲世子さん」

 

 挑発に出た咲世子を俺は制止する。

 

「……リリィ、話してくれる気になった?」

「アーニャさん。私は確かに、皇帝陛下の行動に一部疑問を覚えています。機密情報局が確保したはずの暗殺者(ロロ)に私は二度狙われています。シュナイゼル宰相が行っている内部監査も歪みを見つけ、正す意味があるのでしょう。だから、セシリアさんを引き渡すことが正しいのか迷っています」

「じゃあ」

「ですが、それは国を思ってのことです。陛下の命令に唯々諾々と従うだけが忠義でしょうか? いたずらに戦火を拡大し、敵味方の屍を積み上げ、国を拡大することが民のためになるでしょうか?」

「それは」

 

 俺にはもう精神論しか残されていない。

 咲世子ならアーニャに勝てるだろうが、そうしてしまえば後は国から追われるだけ。キョウトにでも逃げることは可能だが、そうなったら数年遅れで原作の状況がスタートしてしまいかねない。

 

「革命だとか戦争だとか、そういう意図は一切ありません。ですが、どうか、私の想いも、少しだけ汲んではもらえませんか?」

「───」

 

 懇願を受けたアーニャは一分以上も黙りこんでいた。

 それから少女の口がゆっくり開かれて、

 

「……わかった。無理に聞かない。リリィと一緒にC.C.からの電話を待つ」

「……ありがとうございます、アーニャさん」

 

 剣呑な話になってしまったことをユーフェミアに謝罪し、アーニャを借り受ける許可をもらう。

 

「何があったのか……その()()()()()()()()の事情は存じ上げません。ですが、落ち着いたら話してくださいませ」

「はい、必ず」

 

 最悪の事態だけは乗り切った。

 

 ……ただし、ここからどうしたものか。

 

 アーニャは話し合いに応じてくれる。

 しかし、マリアンヌがそうとは限らない。俺からほんの少し離れた隙──たとえばトイレの時とかに入れ替わって凶行に及ぶことだってできるのだ。

 そして、そうなったとしても書状がある以上はアーニャを咎められない。

 やったのはアーニャじゃなくて乗っ取ってる他人だから有罪、なんて言って納得してもらえるわけもない。

 

 考えながら歩いていると、さすがに気落ちしているのか、アーニャの歩みが遅くなっていることに気づく。

 振り返った俺は「試してみるか」と思う。

 放置しておいて誰か他の人物が狙われるよりは、俺が狙われるタイミングで様子を見た方がいい。

 

「咲世子さん。危なくなったら私を引っ張ってください」

「リリィ様?」

 

 咲世子に囁くと返事を待たず、アーニャをギアスディフェンダーの効果範囲外へ出す。

 刹那。

 アーニャの手がマントの下にもぐりこんだかと思うと一閃。飛んできたナイフは俺に真っすぐ向かったが、咲世子が抱きかかえて跳んでくれたため、カフェテリアの床に刺さっただけで済んだ。

 跳んだ咲世子が俺ごとアーニャに近づいたため、少女は次の行動をうまく取れず、その場でよろける。

 

 後には。

 

 いきなりの暴力沙汰に騒然となった空気と、何が起こったのかと呆然とするアーニャが残されたのだった。


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