ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか 作:緑茶わいん
「リリィ、起きて」
「ん……」
アーニャと一緒に迎えた二度目の朝。
俺は少女に揺り起こされて目を覚ました。
「おはようございます、アーニャさん。どうしました?」
「トイレ、行きたい」
「あ、そうですね。では、一緒に行きましょう」
夜中に寝ぼけてベッドから引きずり下ろされたり、結んだリボンを解かれたりしなかったのは幸いだ。アーニャはちゃんと覚えていてくれたらしい。
二人して朝の用事を済ませてほっと一息ついて、
「あのね、リリィ」
「なんでしょう?」
「私、やっぱりラウンズ、辞めたい」
「……そうですか」
やった、と喜ぶのも悪い気がして、俺はあっさりとした返答しかできなかった。
代わりに少女の手を取って、
「私も、アーニャさんには楽しくゲームをしていて欲しいです」
「うん。もっと、みんなとゲームしたい」
「じゃあ、その方法をこれから考えましょう」
真正面から「辞めたい」なんて言っても受理してもらえるとは思えないし、アーニャの中にいるマリアンヌもどうにかしないといけない。
ともあれ、アーニャが心を決めてくれたのなら一歩前進だ。
朝食をとって一息つき、とりあえずユーフェミアに連絡をとってみようかと考える。
「ユーフェミアさまの騎士にしてもらう、という手はあるかもしれません」
「でも、私、ユーフェミア様を危ない目に遭わせた」
「ちゃんと謝れば許してもらえると思いますよ」
まだ騎士を任命していないユーフェミアなら専任騎士を指名する権利がある。
どっちにしても先にラウンズを辞めないといけないが、確か、ナイトオブワンを指名する権利は皇帝にしかない、という話だった。ということは逆に言うとナイトオブツー以降の任命や解雇は皇帝当人でなくとも行えるんだろうか。
そのあたりの手段をもう一度確認してみた方がいいかもしれない。
と。
そんな時、俺の携帯電話が着信音を響かせた。
『こちらは総督府クロヴィス殿下直属、ジェレミア・ゴットバルト。リリィ・シュタットフェルト殿でよろしいか?』
出れば、いささか緊迫した様子のジェレミアの声。
「ジェレミア卿? 何かあったのですか?」
『はい。すぐに避難勧告も出るかと思いますが、東京租界にて戦闘が行われる可能性があります。貴女に関してはこちらでお迎えに上がります。どうか、それまでにご準備を』
「戦闘……!?」
俺の脳裏に浮かんだのはお子様の顔をした黒幕の姿だった。
思うように事が進まないから
他のことを全部度外視したひどすぎる解だが。
「わかりました。アーニャ・アールストレイム卿とマオ、咲世子さんを同行させたいのですが、構いませんか?」
『承知しました。迎えの者をしばらくお待ちください』
電話を切った俺は胃が痛くなるのを感じながら息を吐いた。
「リリィ、なにがあったの?」
「何かが攻めてきたようです。戦闘が始まるかもしれないので、私達は総督府からの迎えで避難しましょう」
「嘘……!? 日本とブリタニアは仲良しなんでしょ?」
「ええ。外国の介入、あるいは、両国の関係を快く思わない者の仕業かもしれませんが……」
そこからは慌ただしく動かなければならなかった。
咲世子とマオに事情を伝え、同行を了承してもらう。マオには大した荷物はないだろうが、咲世子は武器やら毒やら薬やら色々準備が必要になる。
俺も外出用の服装に着替え、必要そうなものを纏める。咲世子が忙しいので着替えはアーニャに手伝ってもらった。ナイトオブシックスに着替えを手伝わせる奴があるかという話だが、俺もアーニャの着替えを手伝ったのでお相子ということにしてもらいたい。
動きだして何分も経たないうちに警報が発令された。
『緊急警報。緊急警報。東京租界およびその周辺において戦闘発生の恐れあり。住民は直ちに避難し、身の安全を確保してください。これは演習ではありません。繰り返します──』
「義姉さん、総督府に呼ばれたって……!?」
すぐにカレンが飛んできた。
「はい。ユーフェミアさまと一緒に守ってくださるのかもしれません」
「そっか。……って、ナイトオブシックスも一緒? あんた、戦わなくていいわけ?」
「……私、リリィから離れられないから」
僅かに迷った後、申し訳なさそうに答えるアーニャ。
戦えるのに戦わない人間は嫌いだろうから、カレンは怒るかと思ったが──。
「……そ。なら、義姉さんを守ってやってくれる?」
ぽん、と、少女の頭に手が置かれただけだった。
「いい、の?」
「良いも何も、何か事情があるんでしょ? 義姉さんはワケありの人材ばっかり拾ってくるんだから」
「捨て猫を放っておけない子供みたいに言わないでください」
「似たようなものでしょ」
「うぐ」
ジト目で睨まれて呻く俺。
話しているうちにカレンの携帯電話が鳴って、短い会話が行われる。
「特派からですか?」
「うん。迎えに行かせるから、来られるなら防衛に協力してくれって」
躊躇なく民間人を使うあたりがロイドらしい。
せっかくKMFがあるのに黙ってやられるのは惜しいということだろう。セシルなんかも操縦はできるはずだが、明らかに本職ではないし。
「……行くんですか?」
「当たり前でしょ?」
義妹はさっぱりと笑みを浮かべて答えた。
「紹介してくれてありがとう、義姉さん。日本が新しく始まるのを待ってたらきっと、後悔してたわ」
「……絶対に生きて帰ってきてくださいね?」
「死なないわよ。どこの誰だかわかんない敵に命かけられないし」
カレンは特派へ、俺達は総督府へ、養父は出先だったためそのまま避難、養母は使用人達と共に避難と、シュタットフェルト家はそれぞれに分かれることになった。
会社には仕事を止めて避難を最優先するように指示。セキュリティレベルを最大に上げたうえ、会社から出る方が危険と判断できる場合はビルの地下に籠もってもらうように伝えた。こんなこともあろうかと、あそこには十分な水や食料、防災グッズにシャワールームまで設置してある。
俺自身は到着した防弾車両にアーニャ達と乗り込む。
「ご無事で何よりです」
なんと、運転主はジェレミアだった。
「まさか自ら来られるとは思いませんでした」
「クロヴィス殿下のご指示です。ユーフェミアさまのところにはヴィレッタがおりましたから、私がこちらへ来たまでのこと」
「私が車を出しましたのに」
「なに。走行中でも荒事のできる者はいた方がいいでしょう?」
警報が出てすぐのため、まだ道路は混雑に至っていない。
パトカーのごとく音を鳴らしながら発進した車は他の車に道を開けてもらいながら高速で移動していく。
「何が起こったのですか?」
「洋上、および陸地──租界周辺の各方向から進行してくる所属不明機を確認しました。演習の申請、行軍の許可等は出ておらず、仮称『新生日本国』が緊急で警告を行ったところ、攻撃を行ってきました」
「日本が……」
ああ、そうか。
租界周辺はルルーシュ達が開発を進めていた。日本再興が承認されていないために軍事組織として成立してはいないが、旧日本軍人を含む人員は既にそこに滞在している。
先に遭遇するのは彼らになるし、緊急時と判断すれば武装を封印した状態のKMFで警告するくらいは当然するだろう。
問答無用で撃ってないのがむしろすごいが、ルルーシュか藤堂あたりがマニュアルを徹底していたか。
「無論、彼らだけに任せておくわけには参りません。こちらも順次KMFを出撃させて応戦するよう指示が出ております」
租界の周囲は壁で遮られているため外の様子はわからない。
音も聞こえないが、あるいはもう戦闘が始まっているのか。
「租界にまで侵入される恐れが?」
「可能性はある、と言わざるを得ません。何しろ相手の所属、目的が不明です。租界内部にKMFを運び込んでいたとしてもおかしくないでしょう」
言えば招くではないだろうが、ジェレミアが言った直後、どこかから爆発音が響いた。
『租界の住人およびブリタニア軍に告げる! 我々の狙いはC.C.という一人の少女である! 緑色の髪と瞳を持った美しい十代の少女だ! C.C.を差し出せば他の人間の命は助けてやる。C.C.が名乗り出ないのであれば全滅するまで我々は戦う!』
スピーカーを通しているので確証には至らないが、その声は、
「……聞き覚えのある声だ」
怨嗟の籠もった声がジェレミアの口から漏れた。
「すみません。少々飛ばします」
車が更にスピードアップする。
状況証拠だが、V.V.がマリアンヌを殺したのはほぼ間違いない。マリアンヌに特別な想いを抱いているジェレミアとしては、自分も出撃して戦いたいだろう。
そのマリアンヌは俺の隣にいる少女の中で退屈しているはずだが、それを言うと話がややこしくなるのでここは黙っているしかない。
と、アーニャが口を開いて、
「敵の型式は?」
「ブリタニア軍制式のものではない。様式としては我が軍のものに近いが、あくまでもベースにしただけで、仕様は独自のものと考えていいだろう。周辺から侵攻してきたものは『グラスゴー』の改良型といったところだが……」
「なら、『モルドレッド』で蹴散らせる」
『モルドレッド』はアーニャ・アールストレイムの専用機だ。
ナイトオブラウンズはそれぞれ専用機の開発チームを保有しており、莫大な予算をつぎ込んだハイレベルの機体に搭乗することができる。
現在アーニャが使用しているのは第五世代機『グロースター』を大幅に改良したもの。
原作に登場した『モルドレッド』は一から製作されたワンオフ機でありまた別物だが、現在の機体事情から言ってハイスペックなのは間違いない。
「できれば、私のチームのところに寄って欲しい」
「……出るつもりか?」
「私は出られない。だから、ジェレミア卿が使えばいい」
「ラウンズが機体を貸し出すだと? 確かに『モルドレッド』ならば申し分ない、どころか望外の喜びだが──」
ハンドルを握ったまま、ジェレミアは悩んでいた。
「初見の機体を使いこなせるとは思えん。ならば、使い慣れた通常機の方がマシだろう。気持ちは嬉しいがここは真っすぐ──」
「ならば、私に乗らせてください」
「な……!?」
車内に響いた声に驚愕するジェレミア。
言ったのは他でもない、篠崎家と俺が誇る最強メイド、我らが篠崎咲世子である。
「忍者とは、KMFの操縦もできるのか!?」
「嗜む程度ですが」
嗜む程度の人間は素早く操作しすぎてレバー折りそうになったりしないし、あまつさえ「この程度の機体では生身の方がマシかもしれません」とか言わないが。
「アーニャ様の機体は砲撃仕様と聞いているので趣味ではありませんが、腐らせておくよりはマシでしょう。よろしければお借りしたいです」
「お、おお? 良いのか?」
「私は構いませんが……」
「私も別にそれでいい」
「……わかった。ならば、先にナイトオブシックスの拠点に向かうとしよう」
自分の拠点に着いたアーニャは開発チームに機体の貸与を宣言した。
当然、反対意見はあったものの、
「私は皇帝陛下からC.C.捜索の勅命を受けている」
皇帝からの勅命を逆用することで反対をねじ伏せる形となった。
「敵も同じくC.C.の身柄を欲しているらしい。つまり利害は完全に対立している。襲撃者は皇帝陛下にとっても敵になる」
「では、アーニャ様が直接出られれば……」
「外見からはわからないけど私は負傷している。十分なパフォーマンスを発揮できない。それに、リリィはC.C.へ繋がる重要な手がかり。直接護衛した方がいい」
「わ、わかりました。そういうことでしたら……」
書状もあるし、モルドレッドはアーニャの機体なので運用についてはある程度の我が儘がきく。
無理やりスタッフを黙らせたアーニャは咲世子を残し、俺達と一緒に再び車に乗り込むことになった。
「咲世子さん、ご武運を」
「はい。被害を最小限に留めるよう努力いたします」
早急に敵を倒す、という意味ではなく「暴れすぎて周りを破壊しないように頑張る」という意味にしか聞こえなかった。
そして。
結論から言ってしまうと、謎の襲撃者ことギアス嚮団ご一行様は新日本国(仮)とエリア11駐留軍、特派とナイトオブシックス(の機体を借りた咲世子)というドリームチームの前に野望を挫かれた。
まあ、ランスロット(風のカスタムグロースター)とモルドレッド(風のカスタムグロースター)、更にちゃっかり出撃したスザクの日本製KMF『紅蓮』が相手ではさすがに荷が重かったと言わざるを得ない。
なお「上の者が出なければ下の者はついてこない」とか言って出撃しようとしたルルーシュと、通常機体だと乗り物酔いで使い物にならない俺は「いいからお前は座ってろ」と出番がなかった。