ギアス世界に転生したら病弱な日本人女子だったんだが、俺はどうしたらいいだろうか   作:緑茶わいん

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白い魔女・リリィ 十

「お久しぶりです、先輩」

「ご無沙汰しております。ルルーシュさんも、お元気そうで何よりです」

 

 しばらくぶりの再会でも、リリィ・シュタットフェルトは変わっていなかった。

 白い髪も肌も、赤い瞳も、小柄な身体もあの頃のまま。

 再生能力のおかげで日焼けは怖くなくなったものの、人目があるので結局、日傘も手袋も手放せないらしい。

 

「相変わらずですね」

 

 と、冗談めかして言うと、彼女はむっと頬を膨らませて言った。

 

「ルルーシュさんは可愛らしさがなくなりましたね」

「精悍さが増したとか、大人っぽくなったと言って欲しいんですが」

 

 会員制の、半サロン的なカフェの一角に腰かけてコーヒーを注文。酒も置かれているが止めておく。思考が鈍るので、夜寝る前以外は飲まないと決めている。

 政府の重役として仕事をするうちにこういう場所にも慣れた。

 一方のリリィも初めてというわけではないのだろう、平然とした様子でティーカップを傾けている。

 

「大人といえば、おめでとうございます。遂にパパですね」

「ええ、まあ。ありがとうございます。お祝いまでいただいてしまってすみません」

「いいえ。大したものではありませんし」

 

 ルルーシュは先日──といっても二か月は前になるが、妻との間にできた長男を初めて抱いた。

 あの時の感動、それから「もう逃げられない」というプレッシャーの入り混じった感覚はきっと一生忘れないし、あれ一度きりしか味わえないだろう。

 結婚は人生の墓場である、とはよく言ったものである……と、話が逸れたが。

 

 リリィ夫妻からのお祝いは最新型のロボットペットだった。

 ロイドが手ずから改良を施し、市販のものより格段に性能が良くなっている。おまけに鳴き声はリリィの声をサンプリングしたもの。

 ルルーシュと妻は思わず顔を見合わせ、恥ずかしそうに「わんわん」とマイクに吹き込むリリィの姿をありありと想像してしまった。

 

「奥様はお元気ですか?」

「もちろん。元気すぎるくらいです。女のパワーというのは恐ろしいものですね。俺は絶対、尻に敷かれるものかと思っていたんですが」

「あら、ルルーシュさん。私も女なんですよ?」

「先輩のところは特殊じゃないですか」

 

 リリィはアッシュフォード学園高等部を無事に三年で卒業した。

(三年で卒業できなかった者がいたわけではない。高等部の二代目生徒会長は危なかったが、就職先が面白そうだったお陰か無事に卒業している)

 卒業後は大学に進学せず社長業に専念。半年ほど経った頃にロイド・アスプルンドと式を上げ、伯爵夫人となった。なので正確なフルネームはリリィ・アスプルンドなのだが、見た目が変わっていないのもあってついつい当時の名で呼んでしまう。

 

「最近はどうですか?」

「ええ、お陰様で。そちらは?」

「ええ、お陰様で」

 

 何を言っているんだと笑いだしそうになりつつ答える。

 お互いにそこそこ良い身分だ。店のスタッフは見たもの聞いたものを悪用しないよう徹底しているものの、他の客までそうとは限らない。あまり細かい話はしないに限るし、何より相手が好調か不調か程度の情報は普通にしているだけで耳に入ってくる。

 そうなると自然、話題は知り合いの話や昔話になる。

 

「スザクさんの方はご結婚はまだ?」

「あいつはまだ先になりそうです。ナナリーと結婚したければ俺にチェスで勝って見せろ、と言ってやってから週一で挑んでくるのですが、未だに俺の全勝です」

 

 年単位で勝ち続けているせいか、妻からは「大人気ない」などと言われているが手心を加える気はない。

 何度でも挑戦できる勝負でさえ勝ちを拾えないようでは大切な妹を任せられない。

 まあ、待たされすぎて最近はナナリーでさえ「早くしてくれないと他の人を好きになっちゃいますよ?」などとスザクを脅している有様だが、正直良い気味である。

 リリィはくすくす笑って、

 

「せめて将棋にして差し上げては?」

「それくらいは構いませんが、将棋なら俺が弱くなるとでも?」

「では、私にももう勝機はなさそうですね」

 

 少しばかり残念そうに微笑むリリィ。

 

「もちろん、先輩相手でも簡単には負けませんよ」

 

 ルルーシュも負けじと不敵に笑うも、実際のところはどうなのだろうと思う。

 学生時代は何度も盤を挟んで戦ったものの、結局、彼女と将棋を指した回数は二桁にも満たない上に勝率は半分を切っている。その殆どが覚えたての頃のポカミスによるものだとはいえ、この『白い魔女』ならとんでもない勝ち方をしてくるのではないかと思ってしまう。

 ブリタニアと戦い日本を取り戻した時はもちろん、それ以降にも、彼女は未来でも視えているのかと思える行動を幾度も取っていた。

 ジルクスタンという武国といざこざがあった際は、かねてから考えていた「対未来視用の対策」が随分と役に立ったものだ。

 

「……それにしても、色々なことがあったものですね」

「ええ、本当に。色々ありました」

 

 遠い目をして頷く少女。

 随分と様になっているが、ひょっとして実は何百年も生きているのではあるまいか。いや、そんなはずはなく、ルルーシュの二つ年上で間違いないはずなのだが。

 リリィにつられるようにしてルルーシュもまた思い出す。

 少女と出会ってから──いや、彼の物語が始まったあの日からのことを。

 

 

 

   ◆    ◆    ◆

 

 

 

 思えば年月が経ったものである。

 

 ブリタニア本国に勝利し皇帝を捕縛、現政権を打倒してからも「めでたしめでたし」であっさり終われるほど簡単ではなかった。

 第九十九代皇帝オデュッセウスは宰相シュナイゼルの薦めもあり、日本国の独立を「いいんじゃない?」と認めてくれた。とはいえそれはもちろんタダというわけではなく、両国の関係を良好に保ち連携して苦難に当たっていく、という建前のもと「サクラダイト関連資源をブリタニアへ優先して輸出する」という約束が交わされることになった。

 東京租界を始めとする租界については租借地として残され、総督府は大使館と名前を変更。代表には引き続きクロヴィスが就任。

 また、人質あるいは監視役として元皇子ルルーシュが日本政府の重役に就き、ユーフェミア、および皇女に復帰したナナリーが租借地内にあるアッシュフォード学園へ通うことが決定。

 

 シュナイゼルは日本となったエリア11以外の植民地についても現地代表者とあらためて協議を行い、交易の優先権や現金等の条件を付けた上で幾つかを放棄。

 また幾つかについては自治権を認め、神聖ブリタニア帝国は事実上、国土を大きく減じた。

 これは皇帝シャルルの暴挙によって低下した国力を補うと共に新政権への印象を良くするための措置とされ、実際、欧州圏に位置するユーロ・ブリタニアからE.U.への軍事攻撃についても一時中断された。

 

 ようやく国として再出発が可能となった日本は対ブリタニアにおいて多大な功績を挙げた枢木スザクを首相として再出発。

 とはいえここからが大変だった。

 数年にわたってゲットー以外への居住を禁じられていた日本人達みんながみんな、自由になったから「はいそうですか」と元の土地に帰るとは限らない。

 戻ったとしても家が朽ちて住めなくなっている者もいたし、一から田畑を耕しなおす気力がない者もいた。名誉ブリタニア人としての籍は引き続き有効なので租借地で働く方が稼げてしまう者もいた。中には「KMF(ナイトメアフレーム)のアクションゲーム待ってるんだけど租借地以外でも買える?」という点を不安がる者までいた。

 

 スザク達としても、狭い地域から始めるつもりが急に全部返ってきた形だ。

 資金も少ない中、復興を支援しつつ、個別に違う人々の状況に対処していかなければならなかった。警備隊を組織して腕に覚えのある者や意欲ある若者を集めたり、国の事業として工事を行って交通網や最低限のインフラを整えたり。

 最初のうちは各ゲットーの周辺から徐々に範囲を広げる形で復興を実施していかざるをえなかった。

 そんな中で立ち上がったのは、密かに力を残していた元「地方の名士」達だ。何を隠そう篠崎家もその一つであり、現当主がメイドとしてコツコツ貯めた金や密かに残しておいたいざという時の金、俺からの心づけ、当主の呼びかけで集まった有志からの金などをぱーっと使って地元周辺をいち早く整備した。

 篠崎の屋敷も元門下生らが代わる代わる様子を見に来ては掃除をしたり修繕をしたりしてくれていたようで、わりとそのまま使える状態で残っていたため、今後のためにも篠崎を再興することになった。

 

 と言っても、当の咲世子は金を出して人を集めて地元を復興した挙句「メイドを続ける」と言い張ったのだが。

 

 ナナリーとの咲世子争奪戦は結局、俺が折れる形で敗北。

 貸し出しという形で働いてもらうことにし、代わりとしてアーニャに秘書兼護衛になってもらうことにした。

 咲世子の能力をたかがゲーム会社社長の秘書として使うのはもったいないし、護衛メインならアーニャでも十分以上にこなせる。

 まあ、年齢的にアーニャは学校へ行った方がいいと思うのだが、記憶の欠落がトラウマになっているのか「勉強は嫌い」と拒否されてしまった。仕方ないので秘書としてスケジュール管理をしてもらいつつ、暇な時は扇を手伝ってもらうなどして実務を覚えてもらうことにした。

 

 特派は引き続き東京租界──改め東京租借地に残ることになったため、ロイドとの関係も継続。

 運びきれないほどの花束をもらってアッシュフォード学園を卒業した後、半年くらい経って式を挙げた。

 ミレイやシャーリー、ニーナはもちろんのこと、ユーフェミアとナナリー、更にはルルーシュまで参加してくれた上、スケジュールによってはシュナイゼルが新郎の友人代表でスピーチをすることになりかけるという恐ろしい式は盛況のうちに終わった。

 心配していた妊娠・出産は身体への負担をコードがなんとかしてくれるお陰で無事に済ませられた。

 育児に関しては満場一致で「リリィには無理」ということになったので乳母のような人を雇い、授乳はほとんどしなかった(というか出産後しばらくして体型まで勝手に戻った)が、仕事に行く前や帰ってきてからはなるべく顔を見て声をかけるようにしている。子供は特別好きではないのだが、自分のお腹を痛めた子だと思うとなんだか愛着は湧いてくるものである。

 なお、パパとママどっちを最初に呼ぶかという争いに関しては第一声が「なーとめー(ナイトメア)」だったことで「全くあなた達は」という先代夫妻からのお説教に化けた。

 

 ミレイが企画担当でうちに入社し、シャーリーが広報としてうちに入社し、ニーナが期待の新人プログラマーとして入社し、おまけでリヴァルまでついてきたので扇の手伝いをお願いし、ゲームを出してゲームを出してゲームを出した。

 お祭り好きが複数入ってきたうえ素の『白百合』を会社で買い取ったせいで会社のイベントやゲームの初回特典はカオスなことになった。

 

 そんなことをしている間に国際情勢の方でも色々あった。

 具体的に言うとE.U.がユーロ・ブリタニアに戦争を仕掛け始めたり。

 中華連邦の君主が俺に会いたいと言い出したので会いに行ったら何故か刺客を差し向けられたり。撃退して逃げたら今度は君主(幼女)が処刑されかけたので助け出したり。そうしたら悪い大人達が怒り出して武力行使してきたので日本・ブリタニア連合軍で叩き潰したり。

 中国に残ったままになっていたギアス嚮団の嚮主に祭り上げられそうになったり。

 かと思ったら今度はジルクスタンという中東の国へ誘拐されそうになったり。

 

 いやもう、全部が全部コードのせいではないはずだが、いくらなんでもみんな俺を狙いすぎではないだろうか。

 これで俺がアレな人物だったら世を儚んで世界征服を始めているところである。

 

 ……本当に色々あったな。

 

 遠い目になりつつ溜息をついていると、ルルーシュがこっちをじっと見つめて、

 

「ところで、先輩。一つお願いがあるんですが」

「はい、なんでしょう?」

「俺と神楽耶が共同で手に入れたアレなんですが、そろそろ処分に困っていまして……。仲介してもらえないでしょうか」

 

 ああ、遂に来たか。

 結構保った方だと思うが、さすがに限界か。特にルルーシュのギアスは使いどころが限られるが、神楽耶のギアスは使おうと思えば二十四時間使えるタイプだ。

 これでようやく俺も成長できそうである。

 

「わかりました。マオの分もそろそろ限界みたいなのでちょうどいいでしょう。日程を調整して近いうちに」

「助かります」

 

 さて、順番としてはマオ、神楽耶、ルルーシュか。

 一応、もう一度パスを返してもらえるようにギアスを育てなおした方がいいだろうか、と考えつつ、俺は紅茶のお代わりを注文した。


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