人は二本足があると言うのに、最近めっきりそれで歩くことは減った。
四足ではなく、二足。
境界のあやふやな人と動物の区別は、ほとんどの場合足の数で決まる。
けれども、四輪の車というのに乗っているのは確かに人だ。
今、荒野を走っているのはバイクではない。車だ。
こんな住むのに適さぬ土地を、肌を直に、外に出したまま移動するのは良くないことなのだ。
ところで移動都市には幾つ足があるのだろう。
それを知る人は少ない。何故なら外からそれを見れる存在が少ないからだ。
先程言ったことから分かるように、この時代は籠るもの、籠れるものこそが勝者なのだ。
では、今孤独なトラックを運転しているのは?勝者ではなく、敗者?
いいや違う、ゲームチェンジャーだ。
勝者と敗者を破壊するもの。
このくだらない抗争を終わらせに来ただけの。
その堅物そうな面は、どう考えても変革には向かなさそうだが。
運転手の淡く光る灰色の輪っかをナイトライト代わりにしながら、運転席の隣、所謂助手席に座る赤い服を着た女。
あどけなさすら残る表情。
大雑把に子供っぽいとも形容できるが、やってることと噛み合わない。
ナイフを磨いていた。
暗殺者、に限らずだが、とにもかくにも殺しにかかわる者の描写としては陳腐化されあまりにもつまらないその情景であるが____
しかし、子供がそんなもっともらしい行動をするのも違う。
ともすれば、そもそも体つき顔つきが子供らしいと言うわけでもない。
殺すこと以外ぽっかり穴が開いたような、そんな雰囲気だった。
「道が荒れていますから、今手に取るのは危険ですよ、レッド。」
助手席の女。
名は、レッド。
コードネームだろうか、しかしコードネーム以外に彼女の持つ名はない。
「ん」
分かっているのか、分かっていないのか。
磨くのを切り上げ、やわい光に当てる。
もちろんそれは、隣の運転手のものを無断拝借して、だ。
「やめてください。危険ですから。」
少し、声が荒くなる。
仕方無い、傷付けば運転に支障が出るから。
それは恐怖からではなく、純粋な効率を追うものとしての、苦言でしかなかった。
「ごめん、イグゼキュター。」
声は、低い。高くはない。子供でもない。
それにも関わらず語彙と声色だけは、子供のまま。
それはともかくとして、運転席に座る無表情の男。
彼はイグゼキュター。
名前が出揃ったが、荒野は我関せずと広がり続ける。
「「......」」
会話は続かない。そもそも二人とも会話が得意ではない。
嫌いなわけではないのだが、向き不向きと言う面では最高の真逆であった。
普段は、まあなんとかなる。
イグゼキュターは仕事に関しては正確無比で、伝達の面に限定すればそもそもコミュニケーション障害という部類には到底分類されない。
レッドの扱いはそもそも幼児に対するそれだ。
子供に対して高度な語彙も情緒も要求されることはない。大抵は世話好きの大人が、言ってもないのに合わせてくれる。
レッドはそれが嫌いではなかった。つまり、話すことが嫌いなわけではないが、やりかたを知らないのだ。
そうすると、こうなってしまった原因は自ずと理解できる。
そもそも合わせる気がない仕事人間と、そもそも知りもしない精神幼児。
事故、だろう。
術耐性の高い敵にはアーミヤ以外の術士など意味をなさない。
静かなニュース番組の合間に流れる喧しいBGMを煩くないように小さくしながら、トラックはまだまだ荒野を往く。
「......雪が降る、ようですね。」
本社からだろうか、予報にしては遅すぎな連絡を得る。
それを話の種にしよう、と言うらしい。
戦場での正確無比さには到底及ばぬ、かわいらしい提案だった。
対してレッド。
雪、とはなんなのだろうか。
それくらいは知っているし、なんなら馴染み深くもある。
シラクーザではよく降ってたらしい。その頃に自我があったのかは、よくわからない所。
「そう。」
空振り。
効果がない、わけではない。
反応の限界値がこれだけしかなかっただけにすぎない。
アサルトカスタムとは何だったのか。
少しだけ逡巡して、先の長い荒野を恨んだかもしれないイグゼキュターだった。