Lostbelt No.■ 無価値幸福論 ブロークンファンタズム 特異点Δi   作:ルシエド

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あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいします


3

 マシュと藤丸立香の持つ強さの多くは、教わった強さだ。

 無数の、星の数ほどの出会いがあった。

 星のように煌めく英雄達が居た。

 

「いいかマシュ。

 直感を信じろ。

 特にアサシンとか、即死の技を持ってる奴らを相手にする時は特にだ。

 頭で考えてちゃ絶対に間に合わねー。思う前に、感じた瞬間、とにかく切り返せ」

 

 此度の聖杯戦争で、汎人類史の前に立ちはだかる最大の強敵はモードレッド。

 そしてマシュにいくつかの"騎士の心得"を教えたのもまた、モードレッド。

 皮肉にも、異聞帯のジャックがリーダーとして信頼するモードレッドの戦術思考が、汎人類史のマシュの中に息づく強さとなっていた。

 

「あいつらはなんでコソコソしてる?

 決まってる、奇襲一発で殺す自信があるからだ。

 分かりきってる、正面衝突すりゃ負けるからだ。

 できる時でいい。あいつらの決めの一撃を切り返してみろ。サクッと勝てるぜ?」

 

 モードレッドとアルトリアは、『人間は普通こういう思考で動く』を計算に入れるアサシン達の暗殺スタイルの天敵である、直感型のアサシン殺しであった。

 

 

 

 

 

 マシュにモードレッドほどの勘の良さはない。

 アサシンの奇襲を感覚だけでは捌けない。

 ゆえに彼女は、機械式の追加センサーの微小な兆候と、とにかく必死に物事にあたる精神で、神速の宝具展開を行った。

 

「これは多くの道、多くの願いを受けた幻想の城───呼応せよ!」

 

 ジャック・ザ・リッパーの宝具による殺人因果は、逆転する。

 まず対象が死体になり、次に対象が死亡したという事実がやってきて、その後に殺人に至るまでの理屈がやってくる。

 目には見えない因果の乱流が、マシュの死を殺される前に確定させ、マシュが殺される前に死んだ状態を作る。

 そこに、神速の護りが割り込んだ。

 

「『いまは脆き夢想の城(モールド・キャメロット)』!!」

 

 ―――これは城壁なのか、と。ジャックは"初めて見る汎人類史のマシュの宝具"に戸惑った。

 

 あまりにもグチャグチャで、あまりにも継ぎ接ぎで、目を逸らしたくなるほどに脆く、白亜の光には毒毒しい色が混ざり、モザイク状に崩壊している城壁は、おぞましさすら感じられて。

 

 なのに、どこか美しかった。

 

 "どんなにおぞましく醜悪なものに成り果てても守る"という、地獄の護りが顕現する。

 

「っ!?」

 

 かつてマシュに力を貸した聖騎士ギャラハッドの力による宝具を模倣した、されど全く別物の、ゆえに完全に違う用法が可能なマシュ・キリエライトの守り。

 それは大地を掘り起こし、森を壊し、霧を飲み込む大地の拡散を引き起こした。

 モザイクの城壁が巻き上げた土が霧を押し退けていく。

 ジャックの宝具の成立条件の一つ、霧が失われていく。

 

 そして女を殺すことに特化した殺人鬼の呪いが、あまりにも脆く、マシュの意志だけで構築された護りへとぶつかり、城壁を貫き―――条件の一つが失われていたため、そこで止まった。

 ほんの僅かな呪いと護りの強度の差で、ジャックの殺人は未成立に終わる。

 

 マシュが性交の一つもしたことのない清純なる純潔のものでなければ、あるいは、淫売なる娼婦を殺し尽くした殺人鬼の伝承が上乗せされ、ジャックがここで勝っていただろう。

 そのくらいにはギリギリの競り合いだった。

 地面ごと舞い上げるマシュの宝具により、ジャックの足は止まり、視界も気配も全てが土砂に隠されてしまう。

 

 土にまみれることも恐れず、マシュはその中を突っ切った。

 

「あなたと同じ理由で、私も負けられません。ジャックさん」

 

 土を抜け、ジャックを視認し、泥まみれになりながらもマシュは出現させた城壁を足場として駆け、ジャックの背後を取る。

 声から位置を特定しようと考えてしまったジャックは、反応が一手遅れる。

 

「先輩が、私を導いてくれた。

 先輩が、私に人間の当たり前を教えてくれた。

 先輩が、ずっと私が守りたいと思える素敵な人でいてくれた。

 私はただ―――あの人と、この先の未来を一秒でも長く見ていたい!」

 

 そしてマシュが自身の体重より遥かに重量があろうかという大盾を、ジャックの背中に向けて全力で振り抜いた。

 戦略面で、マシュが上を行く。

 戦闘技術で、ジャックが上を行く。

 マシュの奇襲を、ジャックは超反応にてナイフで受ける。

 ビギッ、と嫌な音がした。

 ジャックの小さな体が、マシュの強烈な一撃で体ごと浮いてしまう。

 完璧な奇襲で仕留めきれなかったという時点でマシュの失態であり、敵の攻撃を受ける武器もスペックもないジャックが回避でなく防御させられた時点で、ジャックの失態でもあった。

 

 マシュは攻撃直後。

 ジャックは体が浮いて地面に足がついていない。

 どちらも動けず、一秒の後に仕切り直しになるだろう。

 

 これが、普通の戦闘ならば、だが。

 

「バーニア!」

 

 マシュの背面装備が火を吹く。

 マシュが足を動かせない体勢で脚部ローラーがマシュの体を強制的に進め、バーニアがその身体を一時的に飛翔させる。

 マシュの盾の内部機構が動き、パイルバンカーじみた機構がうなりを上げた。

 

 攻撃直後の両者移動・攻撃・防御が出来ない状態から、マシュは一瞬にして追撃可能な姿勢と位置に移行する。

 まるで、操り人形(マリオネット)のような駆動。

 人体を殺し尽くし、知り尽くしてきたジャックが目を見開く奇形の動きであった。

 

 空中で回避も防御も不可能なジャックに、盾に仕込まれた鋼の杭が向けられる。

 

「バンカーボルト、リロード!」

 

「ぐっ……!」

 

「ブースト……ストライクッ!」

 

 超重量の盾を腹に叩き込まれ、更にそこからバンカーを発射され、ジャックは悲鳴も上げることすらできずに呼吸が止まる。

 その小さな体が、ゴムボールのように吹っ飛んでいく。

 

「―――!?」

 

 まるで、鉄で出来た合成獣(キメラ)のようだと思い、汎人類史のマシュの境遇につい同情してしまいながら、ジャックの意識は飛んだ。

 

 

 

 

 

 ああ。

 夢を見てるんだな、と。

 ジャックはすぐに理解した。

 

 広い広い訓練室の中で、刕惢が自転車を支えている。

 その自転車にワクワクした表情でジャックが乗っていた。

 

「ゆれゆれ、揺れる~」

 

「そんなにガチガチにならないで。自転車を乗りこなすのに必要なのは曖昧さだ」

 

「あいまい」

 

「大事なのはフラフラしないことじゃなくて、揺れてもそこから立て直す適当さだ」

 

「なるほど!」

 

 刕惢が支えて、ジャックが小さな自転車のペダルを漕いでいく。

 ジャックは一人でふらふら進み、その横を軽く息を切らせた刕惢が足だけで並走する。

 

「お、そうそう、いい感じ、いい感じ」

 

おかあさん(マスター)、自転車好きだよね」

 

「うん、そうかも。

 なんでだろう?

 不安定でも前に進んでいる限り安定する、ってのが好きなのかな。

 前に進む意志さえあれば、自転車は決して倒れないんだ。壁や段差では流石に止まるけど」

 

「へー。おかあさん(マスター)みたい」

 

「そうか? そうかな……言うほどそうか……?」

 

 ジャックがにこにこと笑って、刕惢が汗を拭いながら笑顔で応える。

 人理焼却中に屋外を自転車で走れるような機会はほぼない。

 ただし、第四特異点は1888年のイギリス。

 自転車が現在に近い形になり、大量生産と安価化が実現したのが1885年と言われている。

 第四特異点ロンドンで刕惢が楽しそうに自転車を乗り回し、計塔の魔術師達との交渉の過程の戦闘で、刕惢が自転車に乗って囮役をしていたのをジャックは見ていた。

 その時から、ずっと乗ってみたいと思っていたのである。

 

 第四特異点、19世紀末イギリス。

 この時代、この土地は、子供達が『自転車を買ってもらって乗り回す子供』と『それを羨み乗れないまま終わる子供』の二極化が世界で初めて生まれた場所でもあった。

 当然ながら、これに乗ったことがない英霊は多い。

 

「色々思い出すなあ。

 俺が中学の時、同じ学校の野球部が試合に行ってさ。

 でも大事な道具を置いてっちゃったんだよな。

 バスで行ったから走って戻って来るとかもできない。

 どう見ても彼らが取りに戻る時間はない。

 なんだけどすぐにバスを追って行けば間に合うかもしれない。

 だから隣の県の試合会場に自転車で道具届けに行ったんだよなあ。うん、懐かしい」

 

「なんかおかあさん(マスター)いつもそんな感じの生き方してるね」

 

「ど、どういう意味だ……」

 

「ふふーん」

 

 ジャックは調子に乗って、ちょっと強くペダルを踏んだ。

 そのため刕惢の手の届く範囲から離れ、同時にバランスを崩して倒れかける。

 バランス感覚が優れていても最初は転びかねないのが自転車だ。

 

「危ない!」

 

 刕惢が飛び込んでジャックを受け止め、動き続ける自転車に轢かれて、動くチェーンや車輪が刕惢の皮膚の一部を引きちぎっていった。

 勢いよく倒れた自転車に足を挟まれ肉を痛めた刕惢を見て、この頃のジャックはまだ、色んなことがよく分からなかった。

 

おかあさん(マスター)、わたしたちサーヴァントだから平気だよ?」

 

「それはまあそうなんだけど……気分的に……」

 

「きぶんかー」

 

「気を付けてね。交通事故とかそういうの、絶対に痛いし、周りは心配するから」

 

 ジャックは無傷だった。

 刕惢が傷から血が垂れていた。

 刕惢はジャックの体のどこかに傷がついてないか心配そうに調べている。

 自分の体の傷には目もくれない。

 そして、ジャックに傷一つ無いことを確認して、「よかった」とほっとしていた。

 

 ジャックはその光景に、自分でも上手く言葉にできない、沸き立つような感情を覚えていた。

 

「俺が子供の頃さ、近所のお兄さんが自転車の乗り方教えてくれてたんだ。

 立派な大人でね。こうやって、後ろから自転車支えてくれて……

 元気にしてるかなあ。大学で出来た恋人と結婚して子供産まれたって言ってたけど」

 

「へー。おかあさん(マスター)が守りたい人なんだ」

 

「ああ。いっぱいいるんだ、守らないといけない人たちが」

 

「じゃあ、人理焼却なんてすぐに解決しないとね」

 

「……そうだな。皆今は、人類史ごと炎の中だから。

 あの人に自転車を押してもらった毎日と、その中の笑顔を、俺が忘れることはない」

 

 "ああ、だから、私が転んだ時にずっと備えてたんだ"と、ジャックはずっと後ろで自転車を押してくれていた、走り出してからも横に居てくれた、刕惢の気遣いと優しさをようやく理解する。

 

「俺、そういう大人になりたかったんだ。

 子供にちゃんと新しいことを教えられる大人に。

 そうやって、子供の自転車を後ろからこっそり押すような大人に。

 そう思ってたんだけどなあ、あはは、なんとも上手くいかないな」

 

 そして、これが『上手く自転車の乗り方を教えられていない自分への自虐』であると気づいて、ジャックはなんだか、無性に彼が愛おしくなってしまった。

 自転車の乗り方を上手く教えてもらうより、転んだ時に優しくしてくれたことが嬉しかったジャックの気持ちは、伝えなければ分からない。

 ジャックは自分を受け止めてくれた少年を、ありったけの気持ちを込めてぎゅっと抱き締める。

 

「そんな大人より、レイスイの方が、わたしたちは大好きだよ」

 

「……ありがとう。うん、頑張るよ」

 

 ストレートに好意を伝えると照れて目を逸らす刕惢がなんだか面白くて、ジャックは笑って。

 

 そして、目が覚める。

 

 

 

 

 

 意識が飛んでいたのは一秒か、二秒か。意志が戻ってすぐ、ジャックは動き出した。

 

 腹部の激痛に、砕けそうなくらいに歯を食いしばって、ジャックは立ち上がった。

 頭の奥がチカチカとする。

 視界はどこまでも不安定だ。

 腹には深い痛みがあって、霊核にまでダメージが届いていることは明白だった。

 軽いはずのナイフは重く、ナイフを持つ手に握力が込められず、足は力なく震えて、体が前後に揺れるのを止められない。

 先の一撃で、マシュはジャック・ザ・リッパーの戦闘力の多くを削いでいた。

 

「あなた達がどんなに正しくても。

 どんなに生きるべきでも。

 どんなに素敵でも。

 ……私が、幸せで居てほしいと願っても。

 未来を譲るわけには……いかないのです。ジャックさん」

 

 無茶苦茶な宝具だった。

 かつてマシュに力を貸してくれていた英霊の宝具を、大まかな形だけ模倣したガタガタで崩れかけの城壁。

 人々の想念が形にしたという英霊のルールに反した、誰の想念によっても形にされていない、形なき防御宝具。

 ゆえに、聖騎士ギャラハッドにもできなかったような、マシュだけの応用、マシュだけの攻撃転用・反撃転用が可能な宝具であった。

 

 ジャックは殺すための宝具、殺すことしかできない一撃で、大切なものを守ろうとした。

 マシュは守るための宝具、守ることしかできない城壁を、反撃の一手とした。

 両者は対照的で、かつ同じ。

 マシュが競り勝ったのは、ギリギリの領域での天運としか言いようがない。

 

 マシュの幸運ランクはC。

 ジャックの幸運ランクはE。

 マシュは生まれこそ悲惨だが多くの人に助けてもらった少女。

 ジャックは生まれてから死ぬまで何一つ救いがなかった子供達の集合体。

 極限の世界で、この幸運の差は致命となる。

 

 ジャックはいつだって―――守りたいものなど守れはしない。そんな星の下に居る。

 

「私一人の命がかかっているだけなら別の考えもできます。

 私の命と多くの人の命を天秤にかけるなら、別の道もあったかもしれません。

 でも……私は先輩の未来を見限るなんてできない。一緒に生きていたいんです」

 

 だから、ジャックはいつだって感謝している。

 優しくしてくれた刕惢に。

 優しくしてくれた友達に。

 優しくしてくれた仲間に。

 優しくしてくれた―――マシュに。

 

 明滅を繰り返す意識の中、この世界のマシュと汎人類史のマシュが、重なった。

 

「私は、あなたが殺すだけのものでないことを知っています」

 

「―――」

 

「退いてください、ジャックさん。これより先は、どちらかが消えるしかありません」

 

 『マシュを殺すのは辛い』という気持ちと。

 『おかあさん(マスター)にこのマシュは殺させられない』という気持ちが。

 混ざって、弾けた。

 

「死んで」

 

「……え」

 

「まだわたしたちに向ける優しさがあるなら……そうしてよ、マシュ」

 

「……できません」

 

「なんで!」

 

「私には、譲りたくても譲ってはならないものがあるからです!」

 

 ジャックがメスを引き抜き、八本同時に投擲する。

 仲間のキャスター達に強化されたホルダーから無制限に湧き出るメスは、加藤段蔵らに教わった投擲技術によって、全てが急所に向かう。

 先程の間での戦闘ならば、マシュでは咄嗟に全て防ぐことなど不可能だった八つの刃を、マシュはたやすく盾で払った。

 ダメージによってジャックの動きのキレが格段に落ちているのだ。

 

「……私は。

 戦うことをやめません。

 やめる権利がありません。

 でも……それでも……ジャックさん達の生きたいという願いも、否定したくないです」

 

「……っ!」

 

 煽られたわけではない。

 怒られたわけでもない。

 侮辱されたわけでもない。

 ただ、"マシュは優しいね"と思ってしまった。それだけ。

 それだけのことが、ジャックの胸に苦痛の刃を突き刺した。

 

「なんで……なんで!

 私達の敵なのに……私達の大好きなマシュみたいなこと言うの……!?

 

「―――っ」

 

「やめてよ……悪いマシュでいてよ……! 偽物みたいなマシュでいてよ!」

 

 声を荒げて、表情を動揺に歪ませて、ジャックはマシュに向けてナイフを構える。

 このジャックは強くなったのかもしれない。

 優しくて、幸せで、人として当たり前のものを多く手に入れたのかもしれない。

 けれど、それが失わせたものもあった。

 

 世界が抑止力として、あるいは世界規模の大事件への反作用として、サーヴァントを何体か召喚する時、ジャック・ザ・リッパーはジャック・ザ・リッパーが殺すに相応しい敵にあてられる。

 つまり、無情な殺人鬼が特攻となる、口が上手い相手などだ。

 そういう時にこそ無情な殺人鬼は役割を果たせる。

 

 だが、このジャックにはもう()()()()()()()

 

 強くなったのかもしれない。

 新しい技能を多く身に着けているのかもしれない。

 だが、マシュに対する情があり、止められない同情があった。

 人を守れという刕惢の命令を宝物のように抱えていた。

 なればこそ、もうこのジャック・ザ・リッパーは無情なる殺人鬼ではない。

 

 無情なジャックであれば、『敵のマシュに同情して勝率を下げてしまう』などということは、絶対になかったはずなのに。

 

 刃と盾がぶつかり合う。

 

「わたしたちは……わたしたちは……おかあさん(マスター)のためなら、マシュだって殺せる!」

 

「ジャックさんっ……」

 

「そうじゃなきゃいけないんだ!」

 

 地獄の頂点にたる汎人類史の強さとは、救われなかった英霊ゆえの無情さを、救われなかった英霊をそのままぶつけることで叩きつけ、その無情さによって押し潰すことに他ならない。

 ジャックは救われないからこそのジャック。

 彼女の魂が永遠に救われないことは、聖女ジャンヌにすら断言されている。

 汎人類史でひとときの楽しい時間くらいはあるだろうが、それだけだ。

 

 ジャック・ザ・リッパーの幸福や変化など、汎人類史には必要ない。

 それは強さの多様性の喪失と均一化であり、多様であるがゆえに強い汎人類史には要らない。

 ひとときの幸せ程度ならあってもいいが、それ以上は必要無い。

 無情な存在として世界に召喚され、無情な殺人鬼として殺す。

 迷うことなく罪のない人達を歯牙にかけて利用し殺す殺戮者。

 それが汎人類史がジャック・ザ・リッパーに求めるもの。

 

 刕惢はジャックが幸せになるための『人間性』を、愛を込めてジャックに贈った。

 その人間性が、生存競争の場においては邪魔にになる。

 

 ジャックが幸せな女の子になる可能性を要らないものとする汎人類史。

 そうなることが一番だと考えるこの世界。

 生存競争において、強いのは前者であった。

 残酷であればあるほどに、世界は強い。

 

「うああああああああああああ! わたしたちが! ぜったいに! ぜったい!」

 

 今、何かが変わったわけではない。

 ジャック・ザ・リッパーが人々を殺して回っていた20年ほど前から、ロンドンの娼婦の数は信じられない数にまで膨らんでおり、一説には30万人の売春婦がいたとも言う。

 その売春婦が捨てた堕胎児達の数が数万人で収まるわけがなく、ジャックを構成する数万人の子供達ですら、あの時代の怨念のほんの一部に過ぎない。

 あまりにも無慈悲。

 あまりにも無情。

 残酷が過ぎるにもほどがあるその時代に……人類は、爆発的な発展を遂げた。

 

 ジャックが殺人鬼として知られた時代は、産業革命期。

 彼女が纏う霧もまた、産業革命の影響によって発生した有毒のスモッグである。

 この霧に紛れて人を殺せば、誰にも見つからない……そんな、殺人鬼の霧だ。

 その産業革命こそが、人類を大きく発展させた。

 多くの負の遺産を前提として、人類は一気に飛躍したのだ。

 

 汎人類史は、そんな時代を望んだ。

 どんなに人が死のうと。

 どんなに人が不幸になろうと。

 どんなに赤ん坊が捨てられようと。

 世界がより発展し、より多様性を持ち、もっと多くのことができるようになった時代であればいいと、そう望んで世界を取捨選択してきた。

 そうして産業革命の世界が汎人類史に選ばれ、ジャック・ザ・リッパーが生まれるに足る子供達の地獄が出来た。

 

 ジャックは宇宙に望まれた世界の、必然の地獄から生まれた子供。

 "こんな世界は間違っている"などと思ってもらえなかった。

 "こういう世界が理想だ"という汎人類史の選定基準から生まれた子供。

 生まれる前から否定され、母親に愛されず、何もいいことがないまま、幸福さえ知らずに捨てられて死んだジャックのような子供が生まれる世界を、人類史は望んだのだ。

 

 人類史が"地獄で在れ"と望んだ場所から生まれた、人類史の武器たる英霊を幸福にすることは、つまるところ人類史を否定することに他ならない。

 

 素晴らしき人類史。

 輝かしき人類の発展。

 誇るべき人類の繁栄は、人権など持たない出産前の胎児の死によって構築される。

 生まれた後の子供はちゃんとした人間であるからして、生まれることもできなかった子供達の死を前提とする繁栄は、実に人権的である。

 

 生きてる人間を死なせるのはかわいそう。

 でも生まれる前の子供なら、ちょっとはマシに見える。

 汎人類史は多くの『人間』が虐殺された世界線は異聞帯として切除し、『名もなき子供達』が数え切れないほど死ぬことはよしとした。

 前者は世界の多様性を失い、後者は世界の多様性に影響が無いから。

 判断基準は多様性、その一つに尽きる。

 

 ジャック・ザ・リッパーとはすなわち、その繁栄の過程で必然として生まれる廃棄物。

 残しておいても得にはならず、害にはなる、捨てるしかないもの、すなわちゴミ。

 何も知らない無垢なる赤ん坊達をゴミとして捨てることで、人類史の繁栄は加速した。

 "それでいい"と人類史は頷いた。

 

 彼女に向けられる幸福論とは、汎人類史の前では全てが無価値だ。

 

 刕惢が彼女の幸福を願ってああでもないこうでもないと考えた幸福論は、『残酷でないジャックではここからマシュには勝てない』という現実をもって、その価値を否定される。

 

「マスター、援護を……マスター?」

 

「……ま、待って、今、やるから……」

 

「……マスターは下がっていてください!

 このジャックさんは、私が……私一人の手で倒します!」

 

 ジャックの両手のナイフから放たれる、無双の乱舞。

 それを盾で防ぎつつ、マシュはマスターの援護を期待するのをやめた。

 今はマシュが優勢だが、マシュがピンチになれば、流石に立香も動くだろう。

 追い詰められれば動くのが彼女だ。

 だが長く立香と共に戦ってきたマシュは、声の感触から、振り向かずとも背中越しの向こうの立香がどんな顔をしているか分かっていた。

 

「マシュは!

 わたしたちのマシュは!

 優しくて!

 暖かくて!

 人を傷付けるのが苦手で!

 本を読んでるのが似合ってて!

 戦いなんて似合わなくて!

 わたしたちを撫でてくれて、抱きしめてくれて!

 おかあさん(マスター)ととっても仲が良くて!

 わたしたちにできないことで、おかあさん(マスター)を励まして、立ち直らせてくれて!」

 

 マシュも、立香も、心が揺れている。

 今にも心にヒビが入りそうで、戦いをやめたい気持ちが湧いて湧いて仕方がない。

 ジャックの泣きそうな顔でナイフを振るう姿が、その言葉が、痛ましくてしょうがない。

 

「似てな……似て……う、ううっ……

 殺さないと……殺すんだ……

 わたしたちは……殺すために生まれてきた、ジャック・ザ・リッパー!」

 

 震える足で、無理矢理にジャックは駆ける。

 朦朧とする頭で必死に戦術を構築し、目の前のマシュと自分がよく知るマシュを同一人物と扱おうとする脳を叱咤する。

 握力の無くなった手がナイフを取り落しそうになって、懸命にナイフを握り直し、マシュの堅牢な守りに切りかかる。

 

 けれど、盾に阻まれて届かない。

 

 もう、立香の肌を流れ弾が傷付けることもなくなった。

 小石一つ立香の方向に飛んでいきもしない。

 マシュが気を付けて立ち回っていることは、明白だった。

 

 マシュがそちらに気を使っている分、マシュの守りは弱くなっているはずだ。

 なのに、そうなっていない。

 むしろマシュの守りは立香を気遣って立ち回ろうとすればするほど、堅くなっていく。

 不合理であるのに、合理を磨くが如く、強くなっている。

 それはまさに、ジャックの知るマシュ・キリエライトの強さそのものだった。

 

 それがまた、ジャックの心を切り削る。

 

「死んで、死んで、死んで。

 あなたはわたしたちの手を握ってくれたマシュじゃない!

 わたしたちとほっぺたのご飯を指差して笑い合ったマシュじゃない!

 一緒に自転車の練習をしたマシュじゃない!

 頑張って勉強してるおかあさん(マスター)の夜食をエミヤと作ってたマシュじゃない!」

 

「ジャック、さん……!」

 

「だから殺せる、だから殺せる、だから殺せる。私は霧夜の殺人鬼(ジャック・ザ・リッパー)だ!」

 

 ジャック・ザ・リッパーは、『殺人鬼』という属性をもって定義される逆相の英霊である。

 人を殺してこそのジャック・ザ・リッパーであり、彼女がごく自然にもたらす無慈悲な殺戮は、他の聖杯戦争でも多くの者に恐れられたという。

 殺すために生まれてきた。

 殺すことが存在意義。

 殺すこと以外何も知らずに生きてきた。

 

 だから思ったのだ。

 人を殺せないマシュ・キリエライトの代わりに、自分が色んなものを殺そうと。

 かつて、そう思った。

 

 殺すことでマシュを守れるのなら、そうしようと、マシュ・キリエライトが大好きなジャック・ザ・リッパーは、己の心に誓ったのだ。

 わたしたちを守ってくれるこの人の代わりに、わたしたちがこの人を守ろう、と。

 

 ジャックは、優しいマシュが大好きだった。

 一緒に居るだけで幸せだった。

 マシュを普通の女の子として日常に帰した刕惢を見て、刕惢への大好きが溢れすぎて思わず飛びついてしまったくらい、マシュのことも好きだった。

 そして、異世界のマシュを見た。

 サーヴァントと分離して人間に戻った後、また人外の領域に戻ったマシュを。

 そのマシュに機械を付けに付け、機械のキメラのようになってまで戦うマシュと、マシュをそんなにしてまで己が生存のため戦わせる汎人類史を、見た。

 

 吐き気が、した。

 

「これはマシュじゃない、マシュじゃない、マシュじゃない……なのに、なんで優しいの!」

 

 思い出があった。

 

 人を殺すことで進むべきだった旅路を、全く違う道を作って進んでいくマスターとマシュのおかしな旅路に、ジャックは笑ってついていく。

 無差別に無慈悲に人を殺して回ったジャック・ザ・リッパーが、人を踏み躙らない旅路を作るために命懸けで戦って、殺すべき敵を殺さないマスターに呆れた顔をして、その敵を仲間にしたマスターに驚いて、また優しい結末を作るために必死にマスターのため戦って。

 戦うたびに、仲間が増えて、にぎやかになって、毎日が楽しくなって。

 ずっと笑っている日が増えて、笑わなかった日がどんどん少なくなっていった。

 

 幸せだった。この幸せが、もっと続いて欲しいと、ジャックは願う。

 マシュ達ともっと一緒にいたい、という無垢なる幼子の願いを、マシュが粉砕する。

 

「バンカーボルト、リロード!」

 

 再度突き出された盾の下端から射出される、強烈な杭。

 防御はできない。

 受け流せもしない。

 ジャックは軽い体重を活かして身をひねり、素早くそれをかわす……が、くるりと一回転した盾が、数百kgのハンマーじみた威力でジャックの脳天を打ち付けた。

 

「あっ―――ぐ―――!?」

 

 一瞬、意識が飛びかける。

 けれど、蘇る記憶があって。

 

 

 

「みんなのおかげで、今日もなんとか助けられたな……とんでもない特異点だ」

 

「人を助けられたのは、おかあさん(マスター)が頑張ったからだよ」

 

「俺が頑張ったからって皆言ってくれる。

 嬉しいよ。次も頑張ろうって気になれる。

 でもさ……それは、頑張ればどうにかなることなんだ。

 それが幸せなことなんだって、最近ようやく知ったんだよな」

 

「? 頑張ったら幸せになれるのは、幸せなことなの?」

 

「……ああ、そうだよ、ジャック」

 

おかあさん(マスター)、変な顔」

 

「何があっても。

 世界を敵に回しても。

 俺は君の味方でいるから。

 何があっても、俺は君のためなら戦うよ」

 

「? ありがとう!」

 

 

 

 その時。

 彼が抱きしめてくれた時の体温を、思い出す。

 ジャックは一秒の失神すらなく脳天への一撃に耐え、手に持つナイフで切り返した。

 マシュの腕に一筋、赤き切り傷が走る。

 

「! なんという、粘り強さ……! 汎人類史のジャックさんのそれじゃない……!」

 

「……ああ、あれ、わたしたちのことだったんだ。

 おかあさん(マスター)、わたしたちのこと、ほんと大好きだなぁ。

 他にも色々思い出さないと、今のわたしたちじゃないと、わかんないかもなぁ……」

 

「……?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()者達は。

 ()()()()()()()()()()()のではないだろうか。

 

 森晶刕惢は頑張ってきた。

 藤丸立香は頑張ってきた。

 マシュ・キリエライトは頑張ってきた。

 けれどその中で一人だけ、森晶刕惢だけは、『頑張る権利があったこと』をこの上ないほどの幸運であると感じていた。

 

 だから刕惢はジャックを大切にした。

 ジャックをちゃんと愛した。

 自分にできる限りのことを全てした。

 生きるために頑張ることすら許されなかった子供達を幸福にして、完璧な救済などできない自分の無力感に苦しみながら、ジャック"達"がずっと笑っていられる世界を作った。

 

 だから、自分を抱き締めてくれる彼の暖かさを、ジャックはいつまでも覚えている。

 

 ジャックは盾を打ち付けられてだらだらと血を流す額を拭う。

 

「同じ、なんだよね、わたしたちと、マシュは……」

 

「……」

 

「わたしたちは、捨てられたこどもたち。

 ゴミの子供。

 沢山の子供達の屍から生まれ出でたもの。

 マシュは、作られたこどもたち。

 道具の子供。

 生まれたことを『失敗だ』って言われた沢山の子供達の上に立ってる」

 

「……はい。私達はきっと、遠いものではないのだと思います」

 

「わたしたちは、失敗でできて、生まれて、捨てられた方。

 マシュは捨てられたわたしたちとは違う、けど、幸せになれないはずだった方」

 

 『子供を命ではなく物として扱う大人が作り上げた少女たち』。

 マシュはカルデアの目的のための実験体として作られたホムンクルス。

 耐用年数18年という使い捨ての道具のようなものだった少女。

 ジャックは母の都合で作られ、母の都合で捨てられた、生ゴミと変わらない子供。

 母が妊娠した子供に"邪魔なものができた。どこに捨てよう"とまず考える世界に生まれるもの。

 

 マシュもジャックも、人類が前に進むために生まれ、やがてゴミになるものだった。

 自分達と同じ境遇の無数の子供達が、ゴミにすらなれないのを見てきた少女達だった。

 無数の屍の先に生きる無垢なる子供達だった。

 

 人がそれに()()()()()()()()と納得する以外に、何ができるだろうか。

 何もできるはずがない。

 だって、本当に必要な犠牲だったのだから。

 それは汎人類史が正しく残るべき世界であると決めた、この宇宙が保証している。

 

 『全ての命は生まれた時から生きる権利がある』などと。

 そんな綺麗事を、この二人は心のどこかで信じていない。

 二人は父と母の愛の結果として生まれたのではなく、どこかの知らない大人達の都合で生まれ、他人の都合で戦い、今は世界の都合で殺し合っている者達だから。

 

 そんな綺麗事は信じていない。けれど。二人にも信じられるものはある。

 愛してくれた人はいる。

 大切なものはある。

 だから、戦わないという選択肢はない。

 

―――我々が戦うべき相手は歴史そのものだ。

―――君の前に立ちはだかるのは多くの英霊、伝説になる。

―――それは挑戦であると同時に、過去に弓を引く冒涜だ。

―――我々は人類を守るために人類史に立ち向かうのだから。

 

 戦いを見て、援護しようとして、でも喉がカラカラで、何を言えばいいのかも分からなくて、何をすればいいのかも見失いかけている立香が手の令呪を握り締める。

 昔、立香を導いてくれた大人、Dr.ロマンが皆を鼓舞するために紡いだ言葉が蘇る。

 人類史そのものが敵になるとは、こういうことなのだと……苦悩を伴う痛感があった。

 

「ねえ、どこかの世界のマシュ」

 

「……なんでしょうか、ジャックさん」

 

「あなたは……みんなが幸せであってくれれば、って、思ったことないの?」

 

「―――」

 

「ここが、そうだよ」

 

 マシュの表情が強張り、今にも涙が溢れそうな表情になり、一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情になって、凛とした表情を取り戻して、口を開く。

 

 マシュらしいな、とジャックは思った。

 

「この世界は、私にとっても理想郷です。

 全ての願いが叶った場所です。

 それが答えです、ジャックさん。

 ……この世界を守るために戦うあなたが、とても羨ましいです」

 

「そっか」

 

「それでも……私には、仲間の皆がいて!

 先輩がいて! 私の世界があって!

 汎人類史の未来が私の両肩に乗っていて!

 逃げるわけにはいかないんです。投げ出すわけにはいかないんです。だから……」

 

「……」

 

「私達は……私達が……この幸福な世界を、これから……!」

 

「マシュがまた会いたいけどもう会えない人にも、ここでなら会えるのに?」

 

「―――っ」

 

 言葉を交わすたび。

 立香を守る姿を見るたび。

 こうして、敵にすら心を寄せてしまうマシュを見るたび。

 ああ、マシュだ、マシュなんだ、と、ジャックは思ってしまう。

 

 殺人鬼が、人を殺すことを、死んだほうがマシだと思うような苦痛に感じていた。

 

「それでも、です。

 私は先輩のサーヴァントだから。

 普通の世界に生きていたただの女の子だった先輩を、平和の中に帰さなければなりません!」

 

 マシュは立香を守っている。

 ジャックはマシュと対峙している。

 だから、マシュは立香の表情が見えていない。

 なので、マシュが"立香のために異聞帯を滅ぼすことを心の支えにしている"という言葉を発した時の立香の表情は、ジャックだけに見えていた。

 ジャックが少し悲しそうな顔をしたことは、それと無関係ではない。

 

 マシュの願いと、マシュが普通の女の子に戻してあげたい立香。

 刕惢がかつてジャックの前で語った願いと、普通の女の子になったマシュ。

 

 もしも宇宙を殺せるのなら、宇宙から殺してやりたいと、ジャックは思った。

 

おかあさん(マスター)みたいなこと言うんだね、にせもののマシュは」

 

 ジャックは微笑む。

 マシュは曖昧に苦笑する。

 ジャックは腰の小物入れから包帯を取り出し、手にぐるぐると巻いてナイフを固定する。

 そうでないと、もうナイフすら持っていられない気がしたから。

 

 戦闘は依然マシュ有利。

 このまま行けば立香が何もしなくてもマシュが勝つだろう。

 ジャックはもう霧を出す余力もなく、全力を振り絞って宝具を一度撃てるかどうか。

 霧を出す宝具と、霧・夜・女なら必殺の宝具のコンボを成立させるには、魔力以外の身体リソースがあまりにも足りていない。

 これだけダメージを受けてしまえば、もうこて以上は無理なのだ。

 よって、マシュは確実に勝つべく丁寧に立ち回ろうとする。

 

 と、その時。

 空から、無数の箱が落ちてきた。

 そして箱の中から、霧が吹き出していく。

 

「これは霧……いや、プレゼント!?」

 

 マシュが頭上に盾を構えると、そこに重く硬い箱がドンドンと落ちてくる。

 無防備に受ければ一発気絶は免れない、対軍クラスの広範囲攻撃。

 なのにその内容は―――()()()()()()()()()()()()()というものだった。

 

 箱の中には子供の望み。

 きらきらきらきら、輝く無数のプレゼント箱。

 箱を開ければ子供が望んだものが出て、敵が望まぬものが出る。

 味方には援護(バフ)を。

 敵には邪魔(デバフ)を。

 箱でダメージもお届けする、今時の可愛い子らしいおしゃまなサンタ。

 

優雅に歌え、かの聖誕を(ラ・グラスフィーユ・ノエル)!」

 

 二つの小さな人影が飛び込んで来て、ジャックは今日一番の笑顔を浮かべた。

 

「お待たせしました!」

「お待たせしました!」

 

「なっ―――!?」

 

「待ってたよ、二人共!」

 

 ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。

 ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ・ナーサリー・ライム。

 ジャックがこの世界で得た大切なもの。

 ジャックを大切な人だと思ってくれる人たち。

 ピンチの時に助けに来てくれる、大事なお友達だった。

 

「さ、勝って帰りますよジャックさん。私達は生きてあの人達を守る、サーヴァントです!」

 

「……うん!」

 

 マシュのこめかみに、汗が一筋垂れる。

 先程までは、マシュが圧倒的優勢だった。

 順当な戦闘運びをすればマシュが勝つはずだった。

 だが今は違う。

 このまま戦闘に入れば、順当にマシュは負ける。

 弱っているとはいえかのジャック・ザ・リッパーに、最高位英霊ジャンヌ・ダルクから派生したランサーと、それをコピーしたナーサリー・ライム。

 勝ち目は、無い。

 

 マシュは一人で三体のサーヴァントを屠れるほど強くない。

 機械のアタッチメントで底上げしても平均的サーヴァントの域を出ない。

 この状況に持ち込まれた時点で、ほぼ詰みだった。

 

「ごめんね、マシュ。これで終わり」

 

 改めて、マシュは世界の残酷さを噛み締めて、盾を構えた。

 

 もう、マシュの力ではどうにもならない。

 

 

 

 

 

 世界は残酷だ。

 力の差、数の差、総力の差は覆らない。

 それは誰もがそうだ。

 想いは戦力に直結しない。

 どんなに尊い想いがあろうと、自分より強い相手には叩き潰されるしかない。

 世界は残酷で、弱者の力でどうにかなるようなものはない。

 

 マシュと三人のサーヴァントの間を、猛烈な勢いで巨大な怪物が吹っ飛んでいく。

 吹っ飛ばされた怪物は四人が見ている前で巨木に叩きつけられ、そこで燃え尽きた。

 

「……え? ジャバウォック?」

 

 ナーサリーが呟いた。

 それは、先程までホームズと戦っていたはずの怪物。

 全パラメータがEXと、子供が考えたような最強の化物。

 リリィの子供のような妄想を、童話に沿ってナーサリーが実体化させたものだった。

 それが、燃え尽きている。

 おそらくは、戦いに負けて。

 

「え……なに……なんなの!?」

 

 困惑に満ちるその場に、二人のサーヴァントが現れた。

 マシュも、ジャック達も、それが誰であるか知っていた。

 最強クラスの神話体系。

 無敵のスケールの英雄。

 ありえないほどの力を行使する、神々の係累。

 この宇宙すらも揺らがす宝具を与えられた、最強の戦士達(クシャトリヤ)

 

「流石は探偵だ。冷静に状況を読み、推理で穴を埋め、戦局に的確な一手を打つ」

 

 片や黄金。

 片や純白。

 この戦場に居た少女らが百人居ても、きっと彼ら一人にすら敵わない。

 

「シャーロック・ホームズの計算に狂いなし、というわけだな」

 

「カルナ……アルジュナ……汎人類史の……!?」

 

「シャーロック・ホームズの指示した通りの場所に居た。ならいい。やるぞ、カルナ」

 

 施しの英雄、カルナ。

 授かりの英雄、アルジュナ。

 彼らが汎人類史の者として現れた瞬間、勝敗は決した。全ての想いは無に帰した。

 この力を前にして、想いを通せる弱者などいない。

 

 遠き、遠き昔。

 アルジュナにある異名が付けられた。

 異名は『ビーバツ』。

 研究者によって解釈は違うが、解釈によってこれの意味は大まか三つに分けられる。

 『正しき戦いをする者』。

 『恐ろしき者』。

 『価値無きものを否定する者』。

 この三つの意味を内包するビーバツという異名で、アルジュナは呼ばれた。

 

「行くぞ。我々が示してやるのだ。

 誰にも許された"生きるために戦う"という正しさが、マスターにあることを」

 

「ああ」

 

 無価値なものを否定する、正しいがゆえに恐ろしき、力の化身。

 

 そんなものが、そこにいた。

 

 まるで、悪役を裁く物語の主人公のように、豪華絢爛に輝いていた。

 

 

 

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