Lostbelt No.■ 無価値幸福論 ブロークンファンタズム 特異点Δi   作:ルシエド

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 立香とマシュが案内されたのは、なんとも珍妙な建物だった。

 日本で生まれ育った立香には、その建物のベースが老朽化した市役所であることが分かる。

 分かるのだが。

 老朽化した市役所だったはずのものに、追加されているものがおかしかった。

 

「え、なにこれ」

 

 東はチェイテ城化し、西はピラミッド化し、北は姫路城化し、南は大奥と化していた。

 ローマがそこら中に生え、よく見ると正門周りはキャメロットに侵食され、目を逸らしたくなるが地面からアルゴー船が生えている。

 門の明かり代わりに燃えているのはおそらく本能寺だろうか?

 狭い畑にはカカシの代わりに「この男はアビーのプリンを勝手に食べました」というネームプレートをかけられ、磔にされたリンボが立てられていた。

 その他にも特徴的な建物や乗り物が数え切れないほどくっついている。

 

 中心部分に見える特徴的な施設構造体はおそらくカルデアのものだろう。

 この世界のカルデアの機能は、今はここの中心にあるらしい。

 おそらくは、『この異聞帯の主』にあたる者達がここで使うために移転されたのだ。

 

 とにかくしっちゃかめっちゃかに、この異聞帯で仲間となったであろう者達の象徴となるものがくっついていた。

 カオスの極みである。

 この世界で今日までどんな旅があったのか、想像するだけで楽しくなりそうな建物がそこにあって、それを眺めるキリシュタリア・ヴォーダイムは、とても楽しそうだった。

 

「私はこの子供の作ったミキシングプラモデルみたいな建物造形が好きでね……」

 

「ヴォーダイム」

 

「オフェリア、言論警察はやめてくれ」

 

「初対面の人の前では振る舞いを気を付けろ、と言っているだけです」

 

「しかしオフェリア、清少納言殿は初見の人に対し常に私よりフランクだが?」

 

「枕草子書いてから出直してください」

 

 キリシュタリアとオフェリアに案内されて、立香とマシュは建物に足を踏み入れた。

 

 おそらく、『この異聞帯の主に信頼される人間の中で最も相応しい格がある人間』としてキリシュタリアが選ばれ、そのお目付け役としてオフェリアが選ばれたのだろう。

 キリシュタリアはひたすら変なことを言っていて、真面目な案内はもっぱらキリシュタリアの耳を引っ張るオフェリアの役目だった。

 

「見たまえ、汎人類史のマスター君。

 あれはカーマちゃんの分身を射出した回数×100スクワットさせられてる陳宮だ。

 かくいう私も最近怒られてあそこでオフェリアにスクワットさせられていてね……」

 

「私どう反応すりゃいいの?」

 

「ヴォーダイム!」

 

 くすっ、とマシュが笑みをこぼした。

 立香もつられて笑いそうになるが、なんとかこらえる。

 なんだかそれが、とても致命的なことであるような気がした。

 笑ってしまえば、何かが終わってしまう気がした。

 

 特異点や異聞帯に存在する世界のルールや、特定の行動を取るとマイナスが発生する魔術効果のようなものではない。

 ただ何か、自分の心の中で何かが致命的に終わる予感があったのだ。

 

 キリシュタリアはマイペースに、とても肩の力が抜けた様子で語り出す。

 こんなにも"何かを一人で背負っていない"気楽そうなキリシュタリアを、彼のこんなにも気安い微笑みを、立香は生まれて初めて見た。

 

「さて、このまま目的地の中庭まで進もう。

 『彼』は中庭が好きなんだ。

 本来ならオルガマリー所長とドクター・ロマンに面通しをしてもらうところだが……」

 

「……! その二人が、ここに居る……ってこと……?」

 

「ああ、遠出する用事も無いようだ。

 ただ君は、私達とも顔見知りなのだろう?

 汎人類史最後のマスター殿。

 私達にとって、最後のマスターとは刕惢のことだが……

 君達の世界においては、君こそがその立ち位置に居た。

 ならば面通しをして覚えてもらう必要もないだろう。

 君は反応を見る限り、関係はどうあれ、私達と顔見知りであるようだからね」

 

「……」

 

 オルガマリーはカルデア所長として、右も左も分からない立香を導いてくれた。

 そして立香が見ている前で燃え尽き、やがて異星の神の器の素材として、相容れぬ敵として蘇り今も戦っている。

 

 ドクター・ロマンは、信頼できる大人の男性として、何度も心が折れそうになった立香をずっと支えてくれた。優しい微笑みを向けてくれた。

 ゲーティアとの最終決戦に挑んだ時、彼は世界のために完全なる消滅を迎えた。

 

 キリシュタリアもオフェリアも、かつては立香とマシュの前に立ちはだかる敵だったが、その時ですら憎み合ってはいなかった。

 二人は死の間際に命懸けで希望を繋ぎ、立香とマシュはそのおかげで生きている。

 

 皆、生きている。

 幸せそうに、楽しそうに、笑っている。

 汎人類史では既に消え失せたものが、まだここには残っている。

 立香の胸の奥で、雑巾を絞るように心臓を絞るかのような痛みが生まれる。

 

「先輩、あの……」

 

「……後で話そう、マシュ」

 

 立香は今、その話をする気になれなかった。

 皆楽しそうに話していて、その話に合わせると立香もつられて笑いそうになる。

 そう、普通は笑うのだ。

 何気ない友人との会話、気のおけない仲間との会話、面白い人気者と皆でわいわい話す会話……そんなものの中に居れば、普通は笑う。

 楽しく話せていること以外に、特に理由はない。

 

 だが、立香はこらえる。

 会話が楽しげでも笑みをこぼさない。

 懐かしい人達と笑い合おうとは思わない。

 誰もが笑っていていいこの世界で、彼女は努めて笑わない。

 

 この世界の何もかもに()()()()()()()ように、努めて笑顔を抑え込む。

 

「……譲っちゃいそうで、怖い」

 

「先輩?」

 

「なんでもないよ、マシュ」

 

 この世界は本当に『藤丸立香が夢に見る幸せな理想世界』そのもので、だからこそ立香はマシュとは比べ物にならないほど強く、この世界に歩み寄らないようにしていた。

 『戦わないと』という意志が、『戦いたくない』という"願い"に負けた時、全ての未来が絶えてしまうことを、彼女は知っている。

 聖杯戦争を『人が願いを叶える物語』と表現したサーヴァントが居た覚えがあって、誰が言ったのか思い出そうとして、そこで立香の思考が止まった。

 立香の視界の端を、"よく知っている初対面の人達"が歩いている。

 

「―――」

 

 立香は思わず手を伸ばそうとした。

 届かない空の星に手を伸ばすように。

 もう戻らない死した親に幼子が手を伸ばすように。

 泥の中でもがくように。

 手を伸ばそうとして、止める。

 

「……あ」

 

 汎人類史において立香と親しかった人達と、その人達が歩き寄っていった白髪の少年が、立香のことなんて何も知らないかのように一瞥すらせず、楽しげに話し始めた。

 

「おーい、カドック!」

「昨日はあの後どうだった? 皇女様とさ」

「なんかわかんなかったら言えよ。一応既婚者だからさ」

「うふふ」

 

「は? 僕があんな無愛想ホワイト女に何か思ってるはずないだろ……

 あんな女を異性として見るくらいなら修正液のホワイトにでも懸想するね」

 

「またまたー」

 

「第一君らただの同僚だろ!

 カルデアの業務してろ!

 オルガマリーに告げ口して給料下げさせるぞ!」

 

「うわっ怒った!」

 

 腕を組んでいるのはダストン。

 藤丸立香は知っている。

 少女を気遣うカルデアの技師で、無言の気遣いは立香もマシュも気付いていた。

 

 きゃあきゃあと若人の青春を楽しんでいる女性はメイ。

 藤丸立香は知っている。

 ドクター・ロマンに片思いしていた管制官で、あまりにも手持ち無沙汰なカルデアでの暇な時間に、立香に恋愛小説を貸してくれていた女性だ。

 

 合いの手を入れて笑っている眼鏡の男はソリア。

 藤丸立香は知っている。

 カルデア技師の一人で、「これ秘密な?」と言いながら、夜中にこっそり夜食のチョコを半分立香に分けてくれた、結構人生を楽しんでいそうな男。

 

 白髪の少年に怒られて逃げ出した可愛らしい小柄な女性は、リリン。

 藤丸立香は知っている。

 立香が身に着ける戦闘スーツなどを魔術面から開発・メンテナンスする人間の一人で、2017年あたりに流行ったレディースの服は、立香とリリンの二人で楽しく調べたりしたものだ。

 

 もう、全員死んでいる。

 

 汎人類史において、彼らは既に全員死体と成り果てている。

 

「……ああ」

 

 立香の口から、力の無い息が漏れた。

 

 汎人類史で彼らを殺したのは、彼ら四人が今まさに恋愛ネタでいじっている若き白髪の少年……カドック・ゼムルプスである。

 カドック、オフェリア、キリシュタリア。

 彼らは汎人類史において、元々カルデアで使命を果たしていたマスターであり、クリプターと呼ばれる人類史の裏切者へと成り果てた。

 

 彼らは汎人類史を滅ぼすか、死ぬか、どちらかしか選べなかった。

 事実上選択肢はなく、彼らは生きるため、あるいは生かすため、汎人類史を裏切った。

 藤丸立香は彼らとの敵対を迷わないが、彼らを憎んでいるわけでもない。

 しょうがないことだったと、きちんと理解している。

 

 それでも割り切れないことはある。

 カドック・ゼムルプスがクリプターとして、カルデアの人間を虐殺したことだ。

 

 食堂で美味しいご飯を作ってくれる名門魔術師のおばちゃんがいた。

 「危なそうだったら逃げろよ」と言う太ったおじさんの科学者が居た。

 特異点で食料に出来るものを教えてくれた顔の良いお兄さんがいた。

 ふわふわした微笑みの、ドクター・ロマンの部下のおっとりしたお姉さんがいた。

 

 もう、全員死んでいる。

 汎人類史において、彼らは既に全員死体と成り果てている。

 殺したのはカドックだ。

 その道を選ばなければカドックは死に至っていた。

 だからしょうがない。

 しょうがないけれど、そう簡単に立香が許せることでもない。

 

 許されたいのに、許せない。そんな自分を見つけるたび、立香は延々と苦しんでいく。

 

 そんなカドックと、殺されたカルデアの人達が笑い合っている。

 それも当然だろう。

 カドックは元々はカルデアのマスターなのだ。

 平行世界ともなれば、彼らが仲を深める可能性はいくらでもあるだろう。

 

 汎人類史においては加害者と被害者でも、平行世界の彼らは気安い関係で、分かり合っていて、からかったり助け合ったりする仲間であるに違いない。

 

 汎人類史の藤丸立香は、もう二度と彼らと笑い合うことは無いというのに。

 

 もう殺されたあの人達と、この普通の少女が笑い合う日は、来ないというのに。

 

「っ」

 

 "なんでこうならなかったんだろう"と思って、そう思った自分を心の奥に押し込めるように、立香は思い切り歯を噛み合せた。

 

 立香は顔に感情を出さないようにして、スカートの裾をぎゅっと掴む。

 他人の幸せを素直に喜べない自分が、嫌で嫌で仕方がなかった。

 誰かの幸せが怖いだなんて、生まれて初めての気持ちだった。

 この世界にありふれた幸せが、他の世界には無いことが虚しかった。

 よく知った平行世界の人達の幸福を見るたび、立香の心のどこかが削れる音がする。

 

「私とオフェリアはここまでだ。この扉の向こうに『彼』が居る。会うといい」

 

「お疲れ様でした、汎人類史の皆様方」

 

「……はい」

 

 なんでだろうか、立香本人にも分からないけれど、脳内に友の言葉が蘇る。

 

 Lostbelt No.1。

 カドック・ゼムルプスと獣国の王女が制した永久凍土で出会った友。

 獣の人たる、パツシィの言葉を。

 

『でも、ダメだ。だって、おまえたちの世界の方が───きっと、美しいんだ』

 

 自分の世界を間違いだと認める勇気と、立香の世界を肯定する獣の優しさが、止まりそうになった立香の背を押してくれた。

 

『だから、そちらが生き残るべきだ』

 

 けれど、今はどうだろうか。

 

『俺には……何もわからねぇ』

 

 今、あの言葉は、どんな意味を持つだろうか。

 

『マスターも、サーヴァントもわからないし』

『汎人類史だとか、異聞帯だとかも、何もわからねぇよ』

 

 今は、立香がパツシィと同じになっている……のかもしれない。

 

『でも、もしこの世界が間違っているとするなら……

 この、辛かっただけの生に意味があるとするなら……

 それはきっと、幸福に溢れた正しい世界があると、証明されたことだ』

 

 心臓の鼓動が不規則な気がして、立香は胸を抑える。

 

『俺たちヤガは間違えた場所に迷い込んだ。

 でも、その間違いにこそ意味があったはずだ。そうだろ?』

 

 息が不規則になっている気がして、一度深呼吸する。

 

 汎人類史は最も強い歴史。

 最も多くの可能性に溢れた世界だ。

 行き止まりの世界は、いくら発展を重ねても汎人類史の多様性に打ち負ける。

 けれど、それでも。

 汎人類史が最も多くの可能性に溢れた、この宇宙に選ばれた世界だとしても。

 

『……負けるな。こんな、強いだけの世界に負けるな』

 

 ()()()()()()()()()()と思ってしまったら、もう―――そう、思って。

 

 そんな少女の肩を、微笑むキリシュタリアがぽんぽんと叩いた。

 

「藤丸立香。深呼吸だ」

 

「え、あ、えっと」

 

「大きく息を吐き、生体の作用で自然に息を吸う。

 上手い呼吸のコツは吐く時に意識することだ。三度やってみるといい」

 

 深呼吸。深呼吸。深呼吸。

 ゆっくりとした呼吸を三回、それで少しばかり少女の気持ちも落ち着いた。

 

「汎人類史最後の砦、藤丸立香。

 キリシュタリア・ヴォーダイムが問おう。君は頑張ってきたかい?」

 

「……うん。私の主観だけって言われたら、どうしようもないけど」

 

「そうか。なら、答えはまだ出さなくていいだろう」

 

「え」

 

 戸惑う立香の反応を窺うこともなく、キリシュタリアは言葉を続ける。

 

「人間は、みんな頑張っているんだよ。汎人類史も、どんな世界も」

 

 この世界は優しい。

 住まう人も、世界に満ちる空気も、星の在り方も。

 隣人に優しくし、敵にすら分け与えてやれる優しさの余裕がある。

 

 だから、獣の如き生存競争において、背中を刺される隙が多すぎる。

 

「ここまで頑張ってきたんだ。

 すぐに捨てなくてもいいんじゃないか?

 決断は必要な時にすればいい。

 お行儀の良さを君に強要する者などいない。

 君は君の願いのために生きればいい。

 願うものがあり頑張って来たなら、他人に譲る必要などないのだからね」

 

 立香は静かに、無言のまま、こくりと頷いた。

 

 呆れた表情で、オフェリアが眉間を揉んでいる。

 

「……どちらの味方なのですか、ヴォーダイム」

 

「私は『彼』の理想の味方だよ。

 人が人らしく、自分らしく在りながら、他人に優しくなれる未来。

 未来を夢見る理想にこそ、私が味方する意味はあった。

 彼の……刕惢の願った世界はね。

 苦しんでいる女の子が居たら、手を差し伸べようとする人々の住まう世界なんだ」

 

 はぁ、とオフェリアがため息を吐き、キリシュタリアが楽しそうに笑っている。

 

 立香をここまで連れて来るという役目を終えて、二人は立香から離れていく。

 

「ありがとうございましたっ!!」

 

 そんな二人に、立香は思い切りお礼を言った。

 

 両の手の平で思いっきり頬を叩いて、いい音を鳴らして、ひりひりとする頬をさすり、ドアノブに手をかける。

 

「行くよ、マシュ」

 

「はい、マスター」

 

 藤丸立香は英雄ではない。

 誰よりも強い心を持った覚えなどただの一度もない。

 心が折れそうになったことなんて何回もある。

 膝が折れそうになったことなんて何回もある。

 絶望も。諦めも。弱気も。もう多すぎて数えることもできやしない。

 それでも彼女は必ず再起し、ゲーム・オーバーを迎えたことなど一度もない。

 藤丸立香は必ず立ち上がり、また必ず歩き出す。

 ずっとそうやって、今日この日まで生きてきた。

 

 中庭への扉が開き、二人の少女が一歩を踏み出す。

 

 そうして二人は、中庭に足を踏み入れた。

 思ったよりも広い中庭には陽光が差し込み、柔らかな草木が並んでいる。

 鳥の可愛らしい声がして、まるで出来の良い庭園のようになっていた。

 

 その北端にテーブルがあり、椅子があり、佇む少年が一人居た。

 彼がこの異聞帯の主、この世界におけるカルデア最後のマスターであると、藤丸立香は理屈抜きで直感的に理解する。

 理論的な推察があったわけではない。

 本能的な直感、否、『共感』によって、立香は彼が世界を救ったカルデアのマスターであることを理解した。

 

 彼と話し、まず様々な手がかりを手に入れる。

 と、行きたいところだが。

 その前に立香は、近くの木の下で腕を組んでいる少女の横を通らねばならなかった。

 

「モードレッド……」

 

 叛逆の騎士。立香も何度か共闘したアーサー王伝説の騎士が、そこにいた。

 

「ああ、オレのことは気にすんな。

 オレは別に必要じゃねえけど、護衛が癖になってるだけだ」

 

「あ、じゃあ横お邪魔します。ちょっと通るね」

 

「おう、通れ通れ」

 

「……そんなに露出が少ない格好のモーさん初めて見た。

 てっきり好きで露出が多い痴女ファッションやってるものだと……」

 

「喧嘩売ってんのか!?」

 

「わわ、ごめんなさい!」

 

「さっさと行け! うちのマスター待たせてんじゃねえ!」

 

 モードレッドに追い立てられるようにして、立香とマシュが駆けていく。

 

 遠目に見える少年に歩き寄って行きながら、立香はマシュにひそひそと耳打ちした。

 

「マシュ、この流れはいけない。いけないよ」

 

「何がいけないんですか?」

 

「完全に相手のペースに飲まれてる。

 悪意が無いからって油断しっぱなしだよ私達。

 このまま驚かされっぱなしで流れを持っていかれたら、なんか不味い気がする」

 

「確かに。流石です先輩。

 さしあたってはどうしましょうか。

 この世界にもこの世界を異聞帯たらしめる空想樹がある……

 ……あるはずです。その位置を特定することから始めますか?」

 

「そうだね。あそこに居るのがボスなら、会話からヒントを得たい」

 

「了解です。その心積りで行きましょう」

 

「さしあたっては、気持ち強く当たっていこう。

 今の私達の気が引けてる状態はすっごく不味い気がする」

 

「勝ちに行く相撲取りみたいな心構えですね……」

 

「普段の私達らしくないくらい気合いを入れていかないと、心が負けちゃいそう」

 

 少年にダッシュで接近し、思い切り息を吸い込み、立香は声を張り上げた。

 

「どすこーい!

 初めまして!

 藤丸立香です!

 好きなものはマシュとパフェ!

 嫌いなものは虫全般とツイッターでウザ絡みしてくる男の人!

 彼氏いない歴を聞いてきたらセクハラで訴えていきますっ!」

 

「うおっ!?」

 

「先輩!?」

 

「……ど、どうかな、マシュ」

 

「どうと言われても……」

 

 そして突発的な少女の襲来に少年は驚き、客人を出迎えるために熱々のお湯を注いでいたポットをひっくり返してしまい、熱々のそれを思い切りひっかぶってしまった。

 

「あじゃじゃじゃじゃじゃじゃ!??!」

 

「大変です先輩!

 この異聞帯のボス(暫定)らしき人がびっくりして紅茶をこぼしてます!

 熱々の紅茶でやけどなさっています! 至急冷たい水と布巾を!」

 

「もしかして今なら楊貴妃の特攻入る?」

 

「先輩!!!」

 

「ごめん私もちょっとうろたえた」

 

 マシュが携行していた包帯や飲み水で少年の手当てを始めるが、真っ赤になった彼の手を立香が優しく手に取り手当てを始めると、少年は顔を赤くして顔を逸らしてしまう。

 

「どしたの?」

 

「あ、いや、女の子に手を握られることがあんまなくて……」

 

 ぷっ、と、思わず立香は吹き出してしまう。

 

「あははっ、なにそれ」

 

 なんだかとても懐かしい、昔日本で学校に通っていた時に毎日感じていた空気の片鱗を感じて、立香は自然と微笑んでいた。

 そしてからかうような表情で、少年の手を両手でにぎにぎする。

 

「うりうり」

 

「離れろ!」

 

「見て見てマシュ、マンドリカルドに並ぶ楽しい逸材かも」

 

「先輩……」

 

 少女は笑った。

 

 笑ってしまったことに、笑ってしまってから気付いて、もうその時点で手遅れだった。

 

「こほん、えー」

 

 少年は気を取り直し、言葉を選ぶ。

 

「人理修復、お疲れ様。俺は森晶(もりあきら)刕惢(れいすい)

 同じくゲーティアの人理焼却を乗り越えた者としてお祝い申し上げる。

 その苦しみ、悲しみ、辛さ、努力、懸命、全てに"よく頑張った"と言わせてほしい」

 

 思っても見なかった言葉を投げかけられて、最初に驚き、次に嬉しそうにはにかんで、最後に魅力的な笑みを浮かべて、立香はうんうんと頷く。

 

 それは、もう一人のカルデアのマスターだけが口にできる、二人の間にだけあっていいという祝福の形。

 

「うん、こちらこそ。人理修復、お疲れ様ですっ」

 

 二人は屈託もなく笑い合い、今この時だけは何もかも忘れて称え合う。

 

 この世界の、最後の時に、二人の内の片方は死ぬ。

 

 両方ともは残れない。この宇宙にそんな余裕は残っていない。

 

 悲しみの中で別れるために出会ったような、そんな運命の二人だった。

 

 

 


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