Lostbelt No.■ 無価値幸福論 ブロークンファンタズム 特異点Δi 作:ルシエド
刕惢は燃える本能寺に焼き鳥を突っ込んで焼いていた。
その傍らにはジャック。
刕惢が持って来たおにぎりと焼きたての焼き鳥を持ち、二人は大きめの木の木陰で昼食を摂る次第と相成った。
穏やかな風。麗らかな空。目に優しい草木の緑。
ぽかぽかとした空気が心地よく、どんな空調もこれを再現することはできないだろう。
刕惢が上着を脱いで地面に敷き、その上にジャックを座らせる。
子供だからこういうことをしても特に気にしもしないだろう、と刕惢は考える。
ジャックは全部分かった上で、必要な時にまとめてありがとうを言うつもりなだけだった。
刕惢はジャックを幼い子供だと思っているが、そんなジャックも刕惢のことを子供だと内心ちょっと思っているところがある。
「食べていい? 食べていい?」
「ジャック、まずはいただきます、だ。
糧になった命への礼儀。
このおにぎりを作ってくれたブーディカへの感謝。
そういうものをちゃんと口にしてから食べるんだ。
何かを貰うこと、してもらうこと。
それを当たり前じゃないと思い続けることは大事だからね」
「わかった、
刕惢はこの世界の状況を共に戦う仲間達全員に伝えていた。
今夜0時から戦いが始まることも。
だが、一部のサーヴァントにはちゃんと伝わっていなかった。
理性のないバーサーカー。
精神汚染がなされた異常なサーヴァント。
そして、大人には分かる理屈がすぐに理解できない子供のサーヴァント。
刕惢はそれらの仲間達の下を回って、一人一人に説明して回っていた。
彼の後をついてきていたジャックもまた、状況をちゃんと理解できていない子供系のサーヴァントの一人であるため、昼食がてら説明する流れとなった。
刕惢はその残酷を納得させられると思っていない。
ただ、皆に理解しておいてほしかった。
共に戦うことを拒み、汎人類史の剪定を拒む誰かが居ても、彼に責めるつもりは一切ない。
だから彼女を、真実を知らなくていい子供扱いではなく、真実を共に知る仲間として扱う。
刕惢はジャックを子供扱いしているが、戦士扱いしなかったことはないし、信頼できる戦友としてずっと背中を預けてきた。
「じゃあジャック、ちゃんと聞いてな。
俺も説明上手い方じゃないけど、できる限り分かりやすく、分かるまで話すから」
「うん!」
ジャックは刕惢が思っていたより真面目に聞いてくれたため、思っていたよりも数段楽に剪定事象のことを教えることができた。
「ほへー。この世界は、宇宙っていうおかーさんから生まれた、子供なんだね」
「ジャックは感受性が高いな。ロマンティックな感想は聞いてて心地がよいぞ、うん」
「えへへ」
世界とは、宇宙の中にある。
人が生きる小さな世界から、星を包む大きな世界まで、全ては宇宙の中にある。
ならば世界とは、宇宙の中に自然発生した命らが紡ぐ、一つの枠のことを言うのだろう。
その世界が無数に分岐し、平行世界群という世界の形を作るのだ。
で、あるからして、世界とは宇宙の子供と言うのが正しいのだろう。
刕惢はジャックの感受性の豊かさに、優秀な妹を持ったような誇らしさを感じる。
だが、それは、『ジャック・ザ・リッパーであるがゆえ』の感性だった。
「ああ、そっか。わたしたち、
「―――!」
「今度は、世界ごと」
何も無いどこか遠くの
ジャック・ザ・リッパーと呼ばれる英霊は、複数存在する。
あまりにも有名すぎたジャック・ザ・リッパーは、『ジャック・ザ・リッパーはこういうやつに違いない』という人の想念を受け、無数のカタチを持ってしまった。
彼女はその一つ、当時のロンドンで娼婦らを殺して回った真犯人、数万人の堕胎児の怨念の集合体―――『捨てられた子供の集合体』としてのジャック・ザ・リッパーである。
避妊の歴史は長いが、避妊が定着したのはかなり近年であると考えられている。
世界的な推進風潮が確立されたのは1960年代とされ、2010年代に入ってもブラジルなどは中絶が認められない80万人の女性の違法中絶手術があったとされる。
ならば。
1888年に大暴れしたジャック・ザ・リッパーの時代、避妊技術も避妊定着も甘かったその頃、どれだけの子供達が怨念となったか、それは想像に難くない。
川に捨てた。
地面に埋めた。
森に投げて獣に食わせた。
砕いて土と混ぜた。
こっそり井戸に捨てた。
そうして、生まれることすらできなかった子供達は、『いらないもの』として母親に捨てられ、その怨念の集合体がこのジャック・ザ・リッパーと成った。
「みんなおなじだね。生んで、作って、いらなくなったら……わたしたちは……」
だから、ジャックには聞こえているはずだ。
この世界を取り巻く宇宙の法則の声が。
自分を見捨てて殺した母親と同じように、この世界を見捨てて殺す宇宙の声が。
世界間の戦いに負ければ―――刕惢は、それを否定できないことになる。
刕惢は膝に乗ってきたジャックを、ぎゅっと抱きしめた。
優しく体温を伝えて、少女の背中にぽんぽんと触れてやる。
ジャックはくすぐったそうにして、けれど嬉しそうにして、刕惢を抱きしめ返した。
「大丈夫。大丈夫だ。ジャックは捨てられたりなんかしない。この世界も」
「ホント?」
「ああ。絶対に……俺が……俺が、この世界を……何がなんでも……」
殺す、と言い切れなかった。
倒す、と言い切れなかった。
刕惢は
この少女を構成する無数の子供達をもう一度、見捨てられ死に至るという最悪の結末に至らせることなど、できるはずがない。
けれどそんな優しい少年だからこそ、立香達を殺すことに躊躇いがあって。
躊躇いがいくらあろうとも、泣きながらでも、刕惢は汎人類史を殺さなければならない。
刕惢は、汎人類史にもジャックが居ることを知っている。
だから
親に捨てられたかわいそうな子供のどちらかを、彼は最悪に殺さなければならない。
人間の母に見捨てられて死んだ後、サーヴァントとして蘇り、そしてまたしても、ジャックは母なる宇宙に見捨てられてもう一度死ぬのだ。
刕惢は抱きしめたまま、ジャックに見えない角度で歯を強く強く噛みしめる。
刕惢がジャックの髪を撫でると、幼い少女らしい屈託のない笑みを浮かべていた。
「ねえ、
ジャックが彼を抱きしめる両腕に、目いっぱいの無垢な愛が込められていることを、ジャックだけが知っている。
「この世界ならもう、『わたしたち』は生まれないんだよね」
「……ああ」
「よかった。
「俺は……世界にそうなって欲しかっただけだよ。子供に優しくあってほしかった」
「あのね、あのね。
でもわたしたちは、それよりも、もっと、
「恥ずかしいな、うりうり」
「きゃーっ! ふふふ、
楽しそうにじゃれながら、刕惢の心の底には、暗く濁ったものが溜まっていた。
この世界を見捨てていい、僕は文句なんて言わない、とマーリンは言った。
心がない人外が人間に言える、人外なりの優しさの言葉だった。
苦しまずに終わる選択もあっただろう。
けれど、それを選べない理由は無数にあり、その一つがここにある。
人は責任を背負うことで成長するんだ、と大人は言う。
人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し、と徳川家康は言ったという。
確かにその通りだろう。
責任の無い人生はない。
重荷の無い人生はないだろう。
誰もが重量に差はあるだろうが、重荷を背負って人生を進んでいく。
けれども、重荷は重荷だ。
成長を促進する薬でもないし、疾走を補助する補助輪でもない。
重荷を背負って成長するのは本人の頑張りがあってこそであり、重荷の重量は背負った人間を押し潰す以外の効果はない。
そしてたまに、逃げ出すことができない人種がいる。
背負ってしまう人種が。
自分以外のために重荷を捨てられない人種がいる。
特別なわけでも、天才なわけでもない。
彼らはただ、捨てず、忘れず、逃げないだけ。
そうして最後にはきっと、「そんなつもりはなかったんだ」と皆が言う何かになる。
アルトリア・ペンドラゴンは、ホームズの許可を得て通信装置を利用し、汎人類史カルデアのダ・ヴィンチと連絡を取っていた。
アルトリアは淡々と用件を告げ、ダ・ヴィンチは少し驚いた様子で対応する。
それは、汎人類史カルデアの今回の戦術決定に関することだった。
「できますか?」
『そりゃ、できるだろうけど。
私の方から推奨すれば立香君も聞くとは思うよ?
新所長も賛成するだろう。
今回は何もかも特殊な聖杯戦争だものね。
君の提案は非常に有効だと思う。
でも……君がサーヴァント達を一時的に率いるだなんて、どういう風の吹き回しだい?』
「言うまでもないと思いますが、言うべきでしょうか」
『いや、いいさ。
大いに結構。
元々サーヴァントは代行者としての役割も持つ。
サーヴァントは敵を殺す。
しかし立香君のような子は、サーヴァントのようにナイフを持って人を刺し殺せはしない』
「ええ」
『サーヴァントは戦闘と殺害の代行者。
そして、実行罪科を背負う者でもある。
通信画面の向こうで、含みのある笑みを浮かべたダ・ヴィンチが、有能な人間を見る目でアルトリアを見ていた。
罪は変わらない。
結果は変わらない。
ただ、分け合うことはできる。
たとえば、藤丸立香を後方に下げて、前にアルトリアが出て、経験を活かしてサーヴァント達を率いて異聞帯を切除する……そういうことが、できれば。
少しばかりマスターの罪悪感を軽減できるかもしれないと、アルトリアは考えた。
マスターの代理人たるサーヴァントがサーヴァントを率い、マスターを勝利させる戦い。
英霊の座のアルトリアが持つ知識には、ある月で行われていたという、サーヴァントがマスターの代理としてそういう戦いをこなした、そういう戦いの記録があった。
『ただ、立香君も頑固だからね。
君が代わったところで罪悪感は軽減に留まると思う。
それにすぐ君に代わって戦いの前線に行くかもしれない。
本当に責任感が強いんだ、あの子は。
世界を消した罪悪感を投げ出すことは絶対にしない。
サーヴァントを軍のように動員する前提のこの異聞帯でなければ聞かなかっただろう』
「そうでしょうね」
『それでも名案だと思う。
今回参戦すると思われるサーヴァントの数は膨大だ。
マスターが率いるよりアルトリアが率いた方が勝てる、と言えば通るだろうね』
世界を取り戻す勝利のため、と立香に言って将を代わらせる。
だがその実、アルトリアが
この世界は他の世界と比べても、立香の心を殺すものが多すぎるから。
人を殴り殺す罪悪感は果てしなく、ナイフの方が楽で、銃はもっと楽で、虐殺ミサイルのスイッチを押すことに至っては罪悪感はあまりないという。
サーヴァントは、道具としての側面もある。
人をナイフで刺し殺す罪悪感より、サーヴァントに命じて殺す罪悪感の方がずっと軽い。
かつてモードレッドが憧れた、眩しいほどに正しい騎士の王は、また一つ己が背負うものを増やそうとしているのである。
その立ち姿は美しく、凛々しく、何より纏う空気までもが強かった。
『だけど君が開戦前にこの考えに至ったことが解せない。
信頼してないわけではないよ?
ただそうだね、アルトリア。君、まだ私に話してない動機があるだろう?』
「ダ・ヴィンチ殿に隠し事はできませんね。いえ、隠し事というほどのことでもありませんが」
ふふ、とアルトリアは上品に笑む。
先程まで凛々しい騎士王だったアルトリアが、ほんの一瞬だけどこかの街の町娘のような表情を見せたのを、美に敏いダ・ヴィンチは見逃さなかった。
「私はいつか王となるべく、竜であり人である王として作られました。
そしてその後に市井のある家に預けられた。
そこで私の兄となってくれた方がいました。
名を、ケイ。後の円卓の騎士、サー・ケイです。ひねくれ者のいい兄でした」
『サー・ケイ。
騎士王の円卓の最古参と言われる騎士だね。
口先だけで竜が呆れて飛び去り、弁舌一つで巨人の首すら落としてみせたとか』
「ええ。屁理屈を語らせれば彼を超える人は居ないでしょう。
あれは、私の年齢が20にも届いていなかった頃のことです。
私と彼とマーリンは、ある村で村人の騙し討ちに逢いました」
『略奪か。その時期のブリテンは、世界の否定によって食べるものにも困っていたと聞く』
「ええ。
彼らに道はなかった。
私達を殺して生きるか、何も奪わず死ぬか。
前者を選んだことを責めるつもりはありません。
生きるために奪う、それもまた人です。
ですが私達も殺し合いに持ち込まれた以上、選択肢は多くなかった」
『歴史書に語られない、アーサー王の物語……か』
「ですが私は、その時誰も殺さなかったのです」
『ほう?』
「お節介な兄が、気付けば全ての村人を始末していました。
彼は血に汚れた手で頬を拭い、こう言いました。
『お前以外にもできることなら、俺がやってもいいだろう』と」
『素直じゃないねえ』
「ええ。彼は自分の本心を正直に話せない騎士でした。
そして、まだ十代の妹の罪を少しでも背負おうとする人でした。
罪はなくならない。
結果は変わらない。
しかし、代わりに剣を振るうことで、その重荷を背負ってあげることはできるのです」
『それでか。君がこの責任へ立候補したのは』
それは騎士らしい精神であり、在りし日の少女が兄へ抱いた感謝の気持ちが巡ったもの。
アルトリア・ペンドラゴンがかつて少女だった頃、敬愛する兄に貰ったものを、藤丸立香へと手渡そうとする、善なる者の好意のバトン。
「自分がしてもらって嬉しかった事を、他人にしてあげたいと思う事は不思議でしょうか?」
『いや、そんなことはないさ。輝ける人間の精神だと私は思うね』
「かつて少女だった者として。あの日してもらったことを、私も誰かに施そうと思います」
『いいね。色んなものを受け継いできたうちのマスターの物語らしいや』
凛々しいアルトリアの言葉は、とてもすっと心に入り、"信じられる"と思わせる。
これがきっと、王の器というものなのだろう。
かつてアルトリアという少女が居た。
少女は騎士となり、選定の剣を引き抜いた。
やがて騎士は王となり、物語の果てにここに居る。
かつて
『一つ聞いてもいいかい?』
「はい、どうぞ」
『君は今はなきブリテンの王。
世界に滅びを強いられた国の最後の王だ。
世界から否定されるという最悪の理不尽をブリテンは受けた。
君は抗ったものの、願った結末は得られなかった。
さぞかし無念だっただろう。
ならば……今回の異聞帯とブリテンを、心の中で重ねていたりしないかい?』
一瞬。ほんの一瞬だけアルトリアが言葉に詰まったのが、そのまま答えだった。
けれど彼女も伝説に語られる偉大なる王。それを理由に止まりはしない。
「……同情が無いと言えば嘘になります。
しかし、情で世界の行く末は決められません。
たとえ『王は人の心が分からない』と言われようとも……
私はこれまで、正しいと思う道を選んできました。
心が彼らを憐れもうと、私は藤丸立香と汎人類史を守ることが正しいと、信じます」
『そっか』
「私は傷だらけの人間が一度仲間に全てを任せても、逃げたとは思わない。
仲間に任せることを責任の放棄だとは思わない。
理想的な戦士とはすなわち、休むことも知る者です。
傷を癒やす時間も必要です。傷を負ってばかりではいけません」
『うん。そう言ってくれると、私の心配もちょっとはどこかに行くというものだね』
「今は亡き悪逆の徒、リンボの悪意は私が受けましょう。今のマスターには重すぎる」
『今の、か』
「今は辛いかもしれません。
異聞帯の全てが重すぎるかもしれません。
夜に泣くこともあるでしょう。
けれど、一生消えない傷を避け、重荷に潰されさえしなければ……
いつか、本当にちゃんと大人になれた日に、乗り越えてくれると信じています」
『……そうだね。うん、きっとそうだ。藤丸立香をよろしく頼むよ、アルトリア』
「はい。ペンドラゴンの名にかけて」
マスターを傷付ける罪を代わりに背負うべく立った、汎人類史の騎士が居た。
名を、アルトリア・ペンドラゴン。聖剣の騎士王。
『汎人類史の世界を救う戦いでのみ全力を出せる』、エクスカリバーを携えた者。
「それにですね、ダ・ヴィンチ」
『?』
「あまり話したことはないんですが……
私はかつて、力なき人々を守るために王になりました。
リツカはかつて私が本当に守りたかった、普通の人々その人です。
戦えない誰かのため、代わりに戦う騎士となる―――子供の頃からの、私の夢でした」
どこかの街の町娘のように、アルトリアは笑っていた。
並び立つ汎人類史の英霊たち。
どう数えても、この時点で20人以上は存在している。
霊脈と立香の状態を鑑みて召喚は止められたが、おそらく明日以降にはもっと多くのサーヴァントが召喚されるだろう。
これが汎人類史の力。
この世界が失いつつある、地獄を持つがゆえの圧倒的な多様性。
アルトリアは、これから率いる仲間達に呼びかける。
「旅の最後には穏やかな眠りがあるべきだと、私は考えます」
金色の髪を揺らめかせ、碧い眼で皆を見渡して、アルトリアは演じるように説く。
「『ああ、終わった。よかった』という一言と共に、彼女が安心して眠る。
そんな結末を私は、我がマスターにもたらしたい。
力を貸してください。
知恵を貸してください。
この異聞帯を攻略するには、この場の全員の……いえ、カルデア全ての力が必要です」
胸に手を当て、魔力で編んだ甲冑をその身に纏い、アルトリアは皆の目をしっかりと見る。
「我らは死人。
既に消えた英雄の影法師。
自分たちの世界の存続のために戦う、人理の代理人です。
世界のために残酷な掃除を繰り返した者もいるでしょう。
聖杯戦争で望まぬ戦いをした者もいるでしょう。
この異聞帯の者達に同情する者も必ずいるはずです。
戦いを迷う者は、どうか恥じないでほしい。
それもまた正しい思考です。
かくいう私も、このような理想郷を滅ぼすことに、心が張り裂けそうな想いがあります」
アルトリアが剣を抜く。嵐を纏う剣が現れる。
「我らに正義はありません。
生存競争は善悪で語られるものではない。
それでも、自分達の存続のためだけに戦えないのなら……
どうか皆、藤丸立香のことを思い出してください。
召喚された日のことを。共に過ごした時のことを。共に闘った日々のことを」
アルトリアの言葉の一つ一つが、
難解な理屈など、本当は要らない。"苦しんでいる女の子を助けたい"、それだけでいい。
「我らはあの少女の願いに応え、召喚された。
そのことを思い出してください。
そして、叶うなら……彼女のために戦う気持ちを、今一度思い出してほしい」
剣を纏う嵐が消え、黄金の剣が現れて、アルトリアはそれを掲げた。
「ただ一つしかない未来への席に、彼女を座らせるために。皆の力を貸してほしい!」
声が上がる。
武器が掲げられる。
賛同の意が目に見える形で広がっていく。
アルトリアの言葉に導かれ、彼らはマスターへの想いで一つになっていった。
そして、同時刻。別の場所で、同じ顔が、同じことをして、全く別のことを言っていた。
モードレッドの言葉に導かれ、彼らはマスターへの想いで一つになっていった。
賛同の意が目に見える形で広がっていく。
武器が掲げられる。
声が上がる。
「たった一つしか座れねえ未来への席があるのなら、オレはあいつを座らせる。ついて来い」
マスターを傷付ける罪を代わりに背負うべく立った、汎人類史の騎士が居た。
名を、モードレッド。叛逆の赤騎士。
『選ばれし者への叛逆そのもの』である、叛逆のクラレントを携えた者。
「あー、オレが率いんのもいつものことだ。
いつものことだが。
……今回ばっかはそうはいかねえ。
マスターの願う結末ってやつは、無い気がする。
だからな。オレ達で勝手にやってやろうぜ。
この世界は結構な数のサーヴァントが座に帰った後だ。
数で負けてる可能性もある。
だけど知ったこっちゃねえ。
マスターが泣いちまわないように、オレ達で全部殴り飛ばしてやろうぜ。な?」
アルトリアと同格同種のカリスマは、モードレッドには備わっていない。
彼女はアルトリアと同じにはできない。
だから彼女の言葉が皆の心に清廉に響いているわけではない。
異聞帯のサーヴァントの皆は、ある者は微笑み、ある者は笑い、ある者は真面目な顔をして、モードレッドの言葉に耳を傾けている。
アルトリアがカリスマで皆に同じ方を向かせたならば、こちらは一癖ある友人の演説に付き合ってやっているような、暖かさのある絆があった。
「父上も、レイスイも、なんだってんだ?
やりたくもねーことして。
ちょっと耳を傾ければ『自分で選んだこと』。
口を開けば『他の皆のため』だ。
皆が生きる世界を守る?
そのための滅私奉公?
世界がブリテンを許さない?
宇宙がこの世界を許さない?
あーはいはいそうかよそうかよ。……ふざけんなよ」
モードレッドが国を治める王の器があると認めている者は、この世界にほとんどいない。
「―――なんでクソみてえな世界の流れの中で、報われない奴等が地べた舐めてんだ?」
けれど。
この世界で、モードレッドが森晶刕惢の最も信頼する騎士であることを、疑う者はいない。
自分以外の全てのために生涯を捧げた王が居た。
モードレッドは、その王に子として認められたかった。
自分以外の全てのために世界すら救った少年が居た。
モードレッドは、その少年が生きていくことを認めてほしかった。
「汎人類史が選ばれし者で、オレ達がそうじゃなくても!
奴らが正しい者で、オレ達がそうじゃなくても!
奴らが生きることが望まれて、オレ達の滅びが望まれても!
知ったことか! 反逆してやる!
中指立ててぶっ倒してやる!
オレは偉大なる騎士王に叛逆した者! 次は汎人類史だこの野郎!」
だから戦う。汎人類史という主役に、騎士は叛逆してみせる。
「オレは叛逆の騎士モードレッド!
自分以外の幸福のために生きた王、アーサーの子!
自分以外の幸福のために生きたマスター、レイスイの騎士!
気に入らねえもんはぶっ壊す!
うざって敵はぶち壊す!
これはオレ達全員の……世界を救う、汎人類史への叛逆だ!」
モードレッドがクラレントを掲げると、皆も合わせて武器を掲げる。
「いくぜ野郎ども! 宇宙最強最高の叛逆を汎人類史に見せてやれ!」
並び立つこの異聞帯の英雄達が、いついかなる時も叛逆する時だけは最高に頼れるモードレッドに合わせて、声を上げた。
アルトリアが声を上げる。
涼やかに、綺麗に、けれど雄々しく。
「これは私の個人的な望みが込められた『
どうか皆、リツカが穏やかに眠れる夜を取り戻すため、勝ってください」
モードレッドが声を上げる。
荒々しく、熱っぽく、そして雄々しく。
「こいつはオレの個人的な『
全員、豪華絢爛に勝て! オレ達の世界がこの宇宙の主役になっちまうくらいに!」
アルトリアの目に、敵が見えてくる。
「私達は命を懸けて、私達の世界の未来を奪う者から、私達の世界の未来を守る」
モードレッドの目に、敵が見えてくる。
「オレ達は命を懸けて、オレ達の世界の未来を奪う奴等をぶっ潰す」
同じ顔、同じ遺伝子、同じ体の仕組みを持ち、けれど決定的に根幹が違う二人の騎士の声が、戦場で重なる。
「「 ―――未来を欲するのなら。汝、自らの力を以って、最強を証明せよ!! 」」
何十というサーヴァント達が突き進む。
跳び、走り、構え、宝具を撃ち、攻撃をかわして、仲間と連携して動く。
汎人類史と異聞帯の、手加減なしの総力を上げた大戦争。
汎人類史が一方的に消し去る剪定じみた戦いではなく。
異聞帯がカルデアを待ち受けて一方的に封殺しようとする戦いでもなく。
互いの世界が持つ全力を、二つのカルデアという代理人が行使するような。
聖杯戦争という名の、世界間大戦争だった。
それを拠点の屋上から、遠目に刕惢は見ていた。
戦いが始まった。
もうこの世界は争いのない楽園ではない。
戦わぬ者は生き残れない汎人類史の獣性に、この世界は食われつつあった。
刕惢はぐっ、と拳を握り、爪を手の平の肉に深く深く突き立てる。
仲間が戦っているのに、自分だけ痛い思いをしていないことが許せなかったから。
爪は深く深く肉に刺さり、『自分を許せない』刕惢の怒りを反映するように強く抉り、グジュッと肉が音を立て、拳から垂れた血が床に落ちていった。
"俺がもうちょっと何か上手くやっていたら"
"こんなことにはならなかったんじゃないか?"
そういう気持ちを捨てられず、ゆえに自分を嫌悪する。
「あのさ」
刕惢の横に立っていた少年が、その拳をとんとんと叩いた。
拳をとんとんと叩いて、拳の力を抜かせて、指を一本一本肉の食い込みから外して、初歩的な治癒魔術で治していく。
カドック・ゼムルプスは心底呆れた顔でため息を吐いた。
一度思いっきり吐いた後、もう一回思いっきり吐いた。
ため息の二度打ちである。
「そういう生産性のない自傷、やめてくれる? 要らないんだよね、そういうの」
「う、ごめん、カドック」
「ま、いいけど。僕が痛いわけじゃないし」
ボサボサの白い髪をかき上げて、カドックは舌打ちした。
「そのお客様感覚鬱陶しいんだよ」
「お、お客様感覚……」
「チームでやってる自覚が薄いってこと。
そりゃまあ、君がやったことは凄いんだろうけど。
それは多分に運が絡んだことだ。
あと召喚されたサーヴァントの力。
もう一度同じことをしろと言われても君はできない。そうだろ?」
「うん、断言できる。同じこともう一回は1億回繰り返しても無理そうだ」
「じゃあ、なんていうか……
他人の期待を真に受けるなよ。
自分に期待しすぎるなよ。
他人に任せたっていい。
罪悪感の無いやつに丸投げしたっていいと思う。僕に投げたっていい」
「え」
カドックは、この世界で数少ない『刕惢の代理のマスターができる』証、手の平にあるカルデアの令呪をひらひらと見せ、鼻を鳴らした。
「証明してみせようか。僕にも世界を救えるってね」
挑戦的な言葉。
皮肉った語調。
優しさを匂わせもしない語り口。
その裏に隠された意味を理解できないほど、刕惢の察しは悪くない。
『やりたくないなら僕に任せて引っ込んでいてもいいぞ』と言えばいいのに、カドックはとびっきりに素直じゃないひねくれた言い方しかできない少年だった。
「カドックは優しいな」
「よせよ、気持ち悪い」
「今度さ、映画見に行かね?
公開から三週連続で一位取ってる凄いアクションがあるんだってさ。
……子供っぽいから女の子にはあんま知られたくないんだけどさ。
実は一回、腹一杯になるくらい沢山ポップコーンとコーラ買って映画見たいんだよな俺」
「なんだそりゃ。ん? いや待て。それで僕を誘うってことは……」
「俺が食いきれなかったらカドックが食べて」
「君……君な。キリシュタリアでも誘ってろよ」
「もう誘った。ぺぺさんが三人目。君が四人目」
「なんでもう二人誘ってるのに僕だけに食わせる気満々なんだよ……!
はぁ、もういい。全部君の財布持ちなら付き合ってやる。今回だけはね」
「お。ありがとう」
「だから約束しろよ。その日を全員で生き残って迎えるって。ちゃんと約束しろ」
「……ああ。約束する」
「それならいい。アナスタシア! 行くぞ!」
カドックは己のサーヴァントを引き連れ、屋上から飛び降り、戦場に向かった。
戦場の魔力の気配が広がっていく。
色んなところで、人間とサーヴァントの戦闘の気配が膨らんでいく。
にもかかわらず、この世界に生きる一般人へ迷惑をかけるような何かが起こる気配はない。
異聞帯のサーヴァントも、汎人類史のサーヴァントも、きちんとルールを守っていた。
一般人を殺すなという合意に沿って戦っていた。
"最後の瞬間までどちらの世界にも人死にを出したくない"という、刕惢の甘く脆いルールを守ってくれていた。
それが刕惢は嬉しくて、そんな者達と殺し合っている現状が、心底苦しい。
いっそ分かりやすく悪であれば、刕惢ももっと簡単に割り切れただろうに。
「それで、君は何をしに?」
刕惢が振り向かず声をかけると、背後の屋上物置から幼い少女が転がり出て来た。
「ぎっくぅ! ま、マスター、すみません、すぐに戦場に参戦します!」
大慌てで出て来て、そのまま戦場に突入しようとするはジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィ。その手をやんわり刕惢が握り、戦場への突入を止める。
「ああ、慌てて行くくらいならゆっくりでいいよ。
冷静じゃないままやられたら元も子もないしさ。
ほら、服が変になってるからちょっとこっちおいで」
「は、はい、そうします」
刕惢はリリィを落ち着かせて、服装の乱れや髪の癖を直す。
そうしてリリィの気持ちを落ち着けさせて、生存率を僅かにでも上げる。
本当にささやかな、気遣い以上の意味も価値もない、他人の無事を祈るがゆえの行動だった。
「よし。これでいつもの素敵で可愛いリリィだ」
リリィは何か言いたげにして、けれど言えなくて、サンタの衣装をいじりながら口ごもる。
「あ、あの……いえ、なんでもないです」
周りをキョロキョロ見て、リリィはこほんと咳払い。
ちょっと生意気に胸を張り、おしゃまに両手を左右に広げた。
「ぎゅってしてください、お兄さん。私もぎゅってしてあげます。励ましてあげます」
「大人の女の人みたいな励まし方だね、リリィ」
「そうです、私は大人のレディなんです。特別にマスターを励ましてあげるんです」
刕惢が抱きしめてやると、小さな震えが伝わった。
ジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィは、英霊ジャンヌ・ダルクからでっち上げられた霊基から更にでっち上げられた霊基の存在。
実のところ、誕生してからまだ半年経っていない。
そこには怯えがあり、恐怖があり、不安がある。
小さな女の子らしい、とても人間らしい弱さがある。
リリィは刕惢に、優しく暖かな言葉をかけていく。
「大丈夫、大丈夫ですよ、私がマスターを守ります、この世界は消えたりしません、大丈夫」
だがそれは、刕惢の心になにかの影響を与える言葉ではない。
自分が言われたい言葉だ。
リリィが言われたい言葉だ。
彼女は自分が言われたい言葉を彼に言うことで、自分の心を安定させていく。
そうして、マスターと世界を守る自分になろうとする。
愛用のぬいぐるみに話しかけて自己の安定を図る幼い少女のような、返答を求めない語りによって自己のバランスを取る、そんな励ましの言葉の羅列であった。
「無理はしないでくださいね、お兄さん。
あなたがあなたのままで居てくれることが、一番ですから」
「ああ、ありがとう、リリィ」
「戦ってきます。……誰も幸せにできないかもしれないのは、とっても怖いけど」
サンタらしくもない言葉を、リリィが口にする。
サンタクロースは皆を幸せにするもの。
プレゼントを与えることで人を幸せにするものだ。
だからリリィはサンタになろうとし、サンタであろうとした少女だった。
『人を幸せにするサンタクロース』。
その定義と概念こそがジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィを構築しており、それがあってこそ彼女はここに存在できている。
人を幸せにするためだけの存在・サンタクロースを基軸にしている彼女は、森晶刕惢のサーヴァントにとても相応しい存在だった。
だが。
もう、サンタの出番はない。
此処から先の闘争は奪い合うもの。
たった一つの未来を奪い合うものだ。
サンタクロースですら、生きるために他者から奪う戦いに参加する地獄がここに在る。
「リリィ?」
「ごめんなさい、マスター。本当にごめんなさい」
「え、何を謝って……」
人を幸せにすることで幸せになる少女だった。
贈り物で誰かを幸せにすることを四六時中考えている少女だった。
かつて刕惢や、友達のジャックやナーサリー・ライムに救われ、泣いた少女だった。
与えるだけの生にすら喜びを感じるであろう少女だった。
サンタクロースは、与えるだけのもの。
他人から何かを奪わないもの。
誰かを笑顔にすることはあっても、笑顔を奪うことはない。
世界で一番有名な、世界で一番優しい英雄。彼女もそう在らんとしている。
なのに。
「私、サンタクロースなのに。
皆が欲しい物を届ける人なのに。
『未来が欲しい』って言われたら……
汎人類史にも、この世界の人にも、渡せないんです……」
「―――」
たとえ子供に切望されたとしても、このサンタクロースに応える術はない。
この小さく可愛いサンタクロースのプレゼント袋に、未来だけが入っていない。
「……で、でも! この槍で戦って!
あなたとこの世界は守ってみせます!
だ、だから……不安になんてならないで、待ってて。
あなたを守って……あなたを守れなかったら、私に残っているものなんて、本当に……」
リリィは短いスカートをギュッと握って、小さな体を震わせて、弱音を抑え込む。
昨日まで無邪気に笑っていた幸せなサンタクロースの少女は、もう笑えない。
負けた方の世界に、幸せなクリスマスはもう来ない。
リリィは抱きしめてくれた彼から離れ、思い出しながら言葉を紡ぐ。
「サンタアイランド仮面が言っていました」
「……ああ、彼がどうかしたのか?」
「救うということは、傲慢だと。
上と下がなければ、救うという行為は成立しないと。
だから傲慢を容認できる人だけが、人を救えるんだと。
世界を救うには、問答無用でないといけない。
物凄い力で、万物を公平に無慈悲に救わないといけない。
世界の理不尽を壊すのも、邪魔者を殺すのも、人を救う同じ一つの線の上にあると」
「……」
「この世界を救うには、傲慢にならないといけなくて。
傲慢であれば、汎人類史と戦って叩き潰す選択もできたはずだって。
マスターが傲慢になれなかったから。
マスターが、自分の命を他人より上に置けなかったから。
だから、この世界は勝てないだろうって……そう言ってたので、蹴ってきました」
「あんまり仲間は蹴らないようにね、リリィ」
「大丈夫ですよね?
この世界は、無くなったりしませんよね?
お兄さんは……いなくなったりしませんよね?」
刕惢の服の裾をつまむリリィの手を取って、刕惢は微笑む。
胸の奥で炎が燃えている。
胸の奥に何かが沈殿している。
胸の奥に刺し貫くような痛みがある。
子供がクリスマスに夢を見ることもできなくなりかけているのに、何もできない自分への絶望と怒りが、際限なく膨らんでいく。
この健気なサンタクロースに報いてやれるものを、刕惢は何も持たなかった。
いや、違う。
持ってはいないが、得ることはできる。
汎人類史を殺し尽くせば、未来をこの子にあげることはできるのだ。
殺せば。
殺せば。
殺せば。
この子を襲う残酷を、少しは無くすことができる。
藤丸立香とその世界を、殺せさえすれば。
「じゃあさ、今年のクリスマス、世界一派手にしてみないか?」
「!」
「みんな呼んで、最高に楽しくしよう。
飾りも沢山、ごちそうも沢山、プレゼントも沢山。
楽しい音楽をかけて、広い会場に楽しいものをいっぱい並べよう。
そんな会場を、頑張り屋のサンタさんな女の子に盛り上げてもらうんだ。どうかな?」
「わぁ……はい……はい! そうしましょう!」
「良かった。楽しいクリスマスの想像が復活してくれたみたいで」
「あっ……う、ううっ、私があなたを励ますつもりが、また逆に……」
約束は、重い責任を彼の背中に打ち付け固定する釘となる。
未来を語ることは、胸の奥にある良心を切り刻む。
「私、頑張ります。
今は何も考えません。
考えないようにします。
次に皆と過ごすクリスマスのことだけを考えます。
だって……クリスマスは、みんなが幸せになれる日だと、信じていたいですから」
「もう大丈夫か。いけるな」
「はい! ジャックさん達と行ってきます。それでは!」
行儀悪く屋上から飛び降りたカドックと違い、リリィはちゃんと階段を降りて行こうとする。
だがその前に、刕惢にとびっきりの笑顔を向けて、『大好き』という言葉を、カドックと同じくらい遠回しに言っていった。
「私、あなたに!
誰よりも先に!
素敵なクリスマスの幸せな時を、プレゼントしたいです!」
屋上には、誰もいなくなる。
刕惢は戦場を見渡して、そして空を見上げた。
空には夜の黒、星の光、輝く月が並んでいる。
それら全てが刕惢を見ていた。
空に輝く太陽の周りを、この地球が回っているなどということはない。
この空はこの星の周りを回っている。
地動説など語るに及ばず。
汎人類史の誰もが気付いていないというだけで、この世界は天動説の物語に呑まれていた。
「……ああ。
我らの王。
慈悲の天空。
ちょっと聞いていいか。
俺と立香と皆で、次のクリスマスに一緒に笑い合える可能性ってある?」
音でもなく、念話でもなく、文字ですらない返答が、刕惢の頭の中に帰ってくる。
刕惢は泣きそうな顔で、拳を屋上の手すりに叩きつけた。
「ああ、そうか。わかった。ありがとう。頑張る」
それぞれの人間が居て。
それぞれの考えがあり。
それぞれの願いを掲げて、この聖杯戦争へと臨む。
けれど、最後に残る世界は唯一つ。
皆が口にしたそれぞれの想いの中で、最後に残るものは多くない。
それでも、全ての願いを踏み壊し、なお叶えたいと思える願いがあるのなら。
「……迷いを持ってる場合じゃねえんだよ、俺……立香を見習えよ……」
見上げる空には輝く月。
それに重なるようにして、光を素通しする透明な天蓋。
星々はアトランダムに煌めいて、たまに刕惢へと微笑みかける。
空に水。
水に空。
月の空には砕け散った神が在る。
この作品は『心折杯』の参加作品です。
https://twitter.com/tttyalu/status/1320725568833290240
企画開催期間の終了が迫っているため、世界間聖杯戦争開始のここで一度始まりの物語の完結としています。
続きは明日投稿予定なので形式上の完結はおそらく一日保ちません。
それでは。