○○を教えるスネイプ先生   作:ギャグなんてこりごりだ

35 / 65
ボーカロイド学を教えるスネイプ先生

「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――伝説入りPだ」

 

 薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。

 

「このクラスでは、ボーカロイドの微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ。ここでは萌え語りのような馬鹿げたことはやらん。これでも楽器かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く感動、ゆらゆらと立ち昇る物語、音楽の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」

 

 褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。

 

「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、みんなをみっくみくにし、夕陽に照らされてチョコレートトレインに乗車し、半径6300kmにさえ両手を届かせる方法である。――ただし、転載ばかりで公式の原曲を探そうとしないウスノロどもより諸君らがまだましであればの話だが」

 

 大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。『メルト』を最悪な方向に極まらせたような男にボーカロイドを語られても違和感しかない。

 

「ポッター! パンクな歌詞にヘヴィメタルの演奏を加えると何になるか?」

 

 ロック路線ボーカロイド曲の定番である反抗的な歌詞にボーカロイドではあまり見かけないヘヴィな演奏を加えると何になるって?

 ハリーはロンにちらりと目をやったが、ロンは鏡音リンのフィギュアを眺めて鼻の下を長くするのに忙しそうだった。ハーマイオニーは聴いたこともない音楽史の本を読んだので空中に高々と手を挙げた。

 

「わかりません」

 

 スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。

 

「殿堂入りタグを巡回するだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。ボーカロイド曲しか聴いてこなかった身でも馴染みやすい音楽をやるバンドを探してこいと言われたら、どこを探すかね?」

 

 ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーには馴染みやすい音楽が一体何なのか見当もつかない。近年はボーカロイドがメジャーな音楽シーンに進出したとはいえ、ボーカロイドしか聴かない層は一定数いて、その人々が他の音楽に興味を持つ動線はまだ不十分なのだ。

 

 マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に落ち着きのある仲間として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。

 

「わかりません」

「クラスに来る前に有名Pたちが近年発表した曲を検索しようとは思わなかったわけだな、ポッター?」

 

 ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。ダーズリーの家にいたころ、ダドリーと二人肩を寄せ合ってノイズの走るラジオで新曲を聴き取ろうとしたことならある。スネイプは全ての市民がニュースでもSNSでも情報が入ってこない音楽の情報を積極的に検索するとでも思っているのだろうか。

 

 スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。

 

「ポッター、楽器としてのボーカロイドとジャンルとしてのボーカロイドの違いは何だね?」

 

 この質問でとうとうマイリスト登録数が上限に達したハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。

 

「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」

 

 生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。魔法界には演奏時に爆発するチューバが存在するが、シェーマスなら普通のチューバでも爆発させられる。

 

 しかし、スネイプは不快そうだった。

 

「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。『ロストワンの号哭』のイントロはヘヴィメタルバンドであるIron Maidenの “The Trooper” に強く影響を受けている。昔はパンクとメタルの間に溝があり、そのころを知っている者にはより一層味わい深い曲となっている。ボーカロイド曲自体が広いジャンルをカバーしているため、肉声の音楽に耳と気持ちが慣れれば聴きやすいが、自分も知っている有名Pが携わっているバンドに手を出すのが一番抵抗が少ないだろう。我輩のおすすめは石風呂名義の曲をやるネクライトーキーというバンドで、メジャーデビューも果たした。ボーカロイドは楽器でもジャンルでもあるが、ほとんどの場合両者の領域は重なっている。ボーカロイドを用いた曲はボーカロイドのジャンル的質感を継承しがちだ。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」

 

 一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。

 

「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点」

 

 たまらずロンが叫んだ。

 

「リンちゃんなう! リンちゃんなう! リンちゃんリンちゃんリンちゃんなう!」

「だまらっしゃい!」

「リンちゃんなう! リンちゃんなう! リンちゃんリンちゃんリンちゃんなう!」

「黙らんか!」

「リンちゃんなう! リンちゃんなう! リンちゃんリンちゃんリンちゃんなう!」

「黙れ!」

「リンちゃんなう! リンちゃんなう! リンちゃんリンちゃんリンちゃんなう! おっおっおっおっ」

「グリフィンドール1000000点減点!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。