○○を教えるスネイプ先生   作:ギャグなんてこりごりだ

51 / 65
英国文学を教えるスネイプ先生

「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――本を読まない若者だ」

 

 薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。

 

「このクラスでは、英国文学の繊細な魅力と、辛辣な風刺を学ぶ。ここでは現代作品を無視するような馬鹿げたことはやらん。これでもシェイクスピアの後継かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸くシャーロキアン、ゆらゆらと立ち昇るクリスマス・キャロル、言葉の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」

 

 褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。

 

「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、少女のために語った不思議な物語を歴史に残る名作にし、海軍情報部での経験を007として小説化し、旅行記調の冒険譚でさえ痛烈な社会批判をする方法である。――ただし、ハリー・ポッターシリーズで英国文学の経験が終了していることに満足するウスノロどもより諸君らがまだましであればの話だが」

 

 大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。小説は好きだ。しかし、シェイクスピアなんて堅苦しそうで読む気がしないし、『不思議の国のアリス』が小説かというと微妙な気がするし、007に至っては原作が小説であることすらほとんど知られていない。英国文学にあえて触れようという若者はこの教室にそれほど多くなかった。

 

「ポッター! スティーブンソンの『宝島』に彼が『ジキル博士とハイド氏』の作者でもあるという事実を加えると何になるか?」

 

 偶然手にした海図を頼りに海賊とやりあいながら宝探しをする冒険小説に二重人格のヤバい奴が引き起こす事件を描いた陰鬱な作品を加えると何になるって?

 ハリーはロンにちらりと目をやったが、ロンは白雪姫もシンデレラも知らないほどマグルの作品に疎いので何もわからないようだった。ハーマイオニーは読書家なので空中に高々と手を挙げた。

 

「わかりません」

 

 スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。

 

「少年心を忘れないだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。ヴィクトリア朝イギリスを知るのに最良の作家を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」

 

 ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーにはヴィクトリア朝イギリスを知るのに最良の作家が一体誰なのか見当もつかない。シャーロック・ホームズくらいしか知らないせいで、アヘンと馬車と死人の印象しかないのだ。

 

 マルフォイ、クラッブ、ゴイルが身をよじって笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に息子の教育に力を惜しまない父として成長するマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。

 

「わかりません」

「クラスに来る前に博物館を見学しようとは思わなかったわけだな、ポッター?」

 

 ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。ダーズリーの家にいたころ、学校で連れていかれた退屈な郷土資料館から脱走してダドリーと二人で買い食いをしたことならある。スネイプは全ての学生が歴史やら文学やらに興味を持つとでも思っているのだろうか。

 

 スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。

 

「ポッター、ウィリアム・モリスとジョージ・オーウェルの違いは何だね?」

 

 この質問でとうとう寮の本棚をパンクさせたハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。

 

「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」

 

 生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。アイルランドが世に送り出した傑作たちを一作も手に取ったことがなさそうな男だ。

 

 しかし、スネイプは不快そうだった。

 

「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。スティーブンソンは『宝島』でデビューしたため、明るい冒険作家と認識されていた。しかし、彼は裏路地の薄暗がりが醸し出す不気味さにも魅力を見出す感性の持ち主であり、その光と闇を巧みに操る技術が『ジキル博士とハイド氏』に現れている。『Vガンダム』の前半も後半も描ききった富野のようなものだ。ヴィクトリア朝イギリスを知るうえで最も読むことをすすめられるのがチャールズ・ディケンズで、馴染みやすい作品では『クリスマス・キャロル』がディズニーで映画化されている。イギリス各地にディケンズ博物館があるため、観光の際は立ち寄るのがよいだろう。ウィリアム・モリスとジョージ・オーウェルはどちらも社会の形に挑戦した作家だが、モリスはトールキンにも影響を与えたファンタジーを多く書き、オーウェルのディストピア小説はSFを中心として様々な作品に現在も引用されている。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」

 

 一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。

 

「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点」

 

 たまらずロンが叫んだ。

 

「でも先生! 魔法界のまともな小説なんてロックハートの本くらいしかありません!」

「だまらっしゃい!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。