○○を教えるスネイプ先生 作:ギャグなんてこりごりだ
「ああ、左様。ハリー・ポッター。我らがお馴染みの――新社会人だ」
薄暗がりのようにじっとりとした声がハリーの名を呼んだ。まるで愛した女と大嫌いな男の間に生まれた唯一の子どもで、その親が二人とも自分のせいで死んでおり、その事実を子どものほうは知らないのに一人で勝手に複雑な感情を抱いているかのようだった。
「このクラスでは、新生活の過酷な現実と、ささやかな幸福を学ぶ。ここでは限界生活のような馬鹿げたことはやらん。これでも健康で文化的な最低限度の生活かと思う諸君が多いかもしれん。ふつふつと沸く物欲、ゆらゆらと立ち昇る帰りたさ、おかんの繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……」
褒めているのか貶しているのかわからない。ハリーとロンはハーマイオニーにちらりと目をやった。ハーマイオニーはロックハートの作品を真に受けるほど本を信じているのだ。
「諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、冷凍うどんを常食にし、お掃除ロボットを飼育し、重い風邪にさえ生存する方法である。――ただし、実家に快適な居場所を獲得している幸せ者よりも諸君らの生活がまだ過酷であればの話だが」
大演説のあとはクラス中が一層静まり返った。誰だって辛いのは嫌だ。そして社会には辛いことがたくさん詰まっている。新生活の中で生じる初めての苦しみは若者の精神を摩耗させ、時には心を傷つけることもある。生き延びる術があるのなら知りたいと思うのは当然のことだ。
「ポッター! インスタントスープに冷凍ごはんを加えると何になるか?」
忙しい時の味方と言いつつも腹にたまるわけではない飲み物に、チンするだけで炊き立てにはなるがおかずを用意するのが面倒な白飯を加えると何になるって?
ハリーはロンにちらりと目をやったが、ロンは今になって母親のありがたさを知って打ちひしがれていた。ハーマイオニーは限界オフィスワーカーなので空中に高々と手を挙げた。
「わかりません」
スネイプは口元でせせら笑った。唇をめくりあげたりはしなかった。
「生存能力特化なだけではどうにもならんらしい。ポッター、もう一つ訊こう。最高の睡眠を探してこいと言われたら、どこを探すかね?」
ハーマイオニーが思いっきり高く、椅子に座ったままで挙げられる限界まで高く手を伸ばした。ハリーには最高の睡眠が一体何なのか見当もつかない。疲労がピークに達すると人間はかえって眠れなくなる。薬に頼る必要が生じる前に安定して睡眠をとるコツを身につけたいと多くの人々が願っているのだ。
マルフォイ、クラッブ、ゴイルが苦労自慢をして笑っているのを、ハリーはなるべく見ないようにした。後に家族のため苦難の道を進むことになるマルフォイにとっては黒歴史になる振る舞いだし、クラッブは死ぬ。
「わかりません」
「クラスに来る前にもうひと眠りしようとは思わなかったわけだな、ポッター?」
ハリーは頑張って、冷たい目をまっすぐに見つめ続けた。ダーズリーの家にいたころ、二度寝して寝坊したダドリーを叩き起こして一緒に学校まで走ったことならある。スネイプは誰もが朝の時間にゆとりを持てるとでも思っているのだろうか。
スネイプはハーマイオニーの手がぷるぷる震えているのをまだ無視していた。
「ポッター、片付けと掃除の違いは何だね?」
この質問でとうとう2週間連続サービス残業のハーマイオニーは椅子から立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっていると思いますから、彼女に質問してみたらどうでしょう?」
生徒が数人笑い声をあげた。ハリーとシェーマスの目が合い、シェーマスがウィンクした。ホグワーツでの戦いの後、彼がどのような新生活を送ったのか、その答えは誰も知らない。
しかし、スネイプは不快そうだった。
「座りなさい。……教えてやろう、ポッター。インスタントスープに冷凍ご飯を突っ込むことでお手軽に雑炊を作ることができる。腹にたまり、味があり、それほど高くない。何より温かい食事は心の疲れをいやしてくれることもある。とはいえ栄養バランスがよいとは言えん。マルチビタミンサプリも一緒に飲んでおくのだ、ポッター。最高の睡眠を取るために多くの人々が頭を悩ませてきた。しかし、悩めば悩むほど安眠は遠ざかる。大切なのはリラックスすること、快適にすることだ。片付けと掃除はどちらも生活環境をきれいにすることだが、片付けは見えるものを整頓するだけで済むのに対し、掃除は埃を落としたりゴミを発掘したりと手間がかかる。疲れているときは片付けだけでも十分だと理解せよ。どうだ? 諸君、なぜ今のを全部ノートに書きとらんのだ?」
一斉に羽根ペンと羊皮紙を取り出す音がした。その音に被せるように、スネイプが言った。
「ポッター、君の無礼な態度で、グリフィンドールは1点減点」
たまらずロンが叫んだ。
「でも先生! 僕はもう実家に帰りたいです!」
「だまらっしゃい!」