昔々、と言っても今から100年も前ではない頃。
お花を摘みに来た女の子が出会ったのは、地獄のヒーローチェンソーマンでした。

チェンソーマン完結記念に書いた短編です。
原作最終話までのネタバレを多数含みますので、まだ最終話まで読まれていない方はご注意ください。

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デンジ…私の夢はね
誰かに抱きしめてもらう事だったんだ
                        - デンジの親友 ポチタ -


チェンソーマンの望み

 昔々、と言っても100年も前ではない頃の事です。

 ヨーロッパのとある森に女の子がお花を摘みに来ていました。

 

「うーんこのお花は小さい、こっちは色がだめー。

 中々良いのが見つからないね」

 

 綺麗な髪をした可愛らしい女の子はせっせとお花を摘んでは良い感じの冠を作ろうとしています。

 集めるお花は女の子には女の子なりの基準があるのでしょうか。

 花弁に顔がくっつくくらい近づけて見定めては気に入った花だけを丁寧に抜いて、そっと繊細に冠の形にしようとしています。

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 女の子の作業の丁寧さは子供特有の無邪気な熱心さがあってほほえましい物です。

 ただ、女の子が作業に熱中しているのには理由がありました。

 ハッピーじゃないことを考えたくないからです。

 

 幼い女の子には良く分かりませんが、女の子の住んでいる国では最近選ばれた偉い人は女の子の家族や近所の人たちの事を悪者だと言っているのです。

 真面目な建築家のお父さんも肉料理が得意なお母さんもみんな悪党だと叫ぶ髭の偉い人のせいで、前は仲が良かった街の人たちの見る目も日に日に厳しくなっていきます。

 賢い女の子はそのことを敏感に悟ってしまい気分が沈み、少しでも嫌な気分から逃れる為に好きなお花摘みにきていました。

 

 そんな訳で女の子は一心不乱に冠を作っていましたが一つ作る頃にはもう日が暮れそうです。

 お母さんからは「最近物騒だし悪魔も増えているから早く帰りなさい」と言われているので、女の子は名残惜しそうに帰ろうとします。

 

「あーあもう暗くなっちゃった……お母さんも言ってたけど楽しい時間ってなんですぐに終わっちゃうんだろ」

 

 その時です。女の子の背後の草むらからガサガサという音が聞こえました。

 唐突に響いたその音に女の子は慌てて振り向きます。

 

「わんちゃん……?」

 

 何故か女の子は草むらにいるのが子犬なのではないかと思いました。

 ひょっとして人間が持っていたかもしれない第六感の働きでしょうか。

 

「ヴァ」

 

 でも、実際は全然違いました。

 

 草むらから出てきたのは身長2メートル超の棘だらけで黒くマッチョなボディに、腸にも見える憎々しいピンク色のマフラー、そして両腕と頭にあるヤバいくらいでかいチェンソーが何よりも印象的な地獄のヒーロー、チェンソーマンです。

 

「ひっ……悪魔……!」

 

 女の子は両親や学校から悪魔について教わっています。

 悪魔は人間の恐怖から生まれた存在で、人間に怖がられれば怖がられるほど強くなるからか人間を襲って殺してしまう事がみんな大好きです。

 まさに人類の天敵と言える存在でしょう。

 

「ヴァッ!? ヴヴヴ……」

 

 ところがチェンソーマンも女の子が居たのは予想外だったのか驚いた様に後ずさりしてそのまま様子をうかがっています。

 女の子を襲うような素振りは欠片も見せません。

 

 如何にも凶暴そうな姿にも拘らず襲ってこないチェンソーマンに女の子はポカンとしましたが、チェンソーマンの足元に転がっている花の冠に気づきました。

 

「それ、そこのお花の冠あげるよ」

「ヴォ?」

 

 女の子は花冠を指さします。

 何を思ったが知れませんが、今日一生懸命に作った冠を上げる事に決めたようです。

 チェンソーマンも女の子の指を見て花冠がある事に気づきました。

 

「じゃーねー」

「ガァ~」

 

 手を振って帰っていく女の子にチェンソーマンも右手のチェンソーを振って答えます。

 そして何処かウキウキとした様子で花の冠を拾おうとします。

 恐ろしい悪魔でも花は好きなのでしょうか。

 

 でも残念、繊細な花の冠にとってチェンソーマンのチェンソーは鋭すぎました。

 幾ら気を付けても触れた途端に花の冠はバラバラにちぎれ、風に吹かれて飛んで行ってしまいました。

 

「…………」

 

 風に吹かれて飛んでいく花の切れ端の様子を、チェンソーマンはしばらくの間見上げていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の子がチェンソーマンと会ってから何年かがたちましたが、彼女は今生まれ故郷から遠く離れた収容所の埃っぽい大地に横たわっています。

 

 女の子の姿はかつてのそれと比べてかなり変わっています。

 その姿は骸骨のようにやせ細って髪の毛があちこち抜けた悲惨な物でした。

 何よりもかつて輝いていた目はガラスのように虚ろでした。

 

「……」

 

 女の子が酷い目に遭っているのには理由があります。

 それは女の子の住んでいた国を支配していたナチスという集団のせいです。

 

 ナチスは女の子と同じ民族の人々を悪者として弾圧し、財産を奪い狭い強制収容所に無理やり押し込めました。

 その他にもたくさんのひどい事をして、戦争まで起こして今も多くの人々を苦しめています。

 そのせいでここ数年間ナチスに対する人々の恐怖は増すばかりです。

 

 酷いナチスのせいで女の子はこの収容所でひどい目に遭い、今ではお父さんもお母さんも天国へ旅立ってしまいました。

 そして女の子もすぐにその後を追ってしまうことになるでしょう。

 

「あっあう……」

 

 女の子はそっと瞼を閉じました。

 もう正直言って彼女は死んでもよいと思っています。

 どうせあの世は何も人の皮をかぶった悪魔だらけのこの収容所よりはマシな所でしょうし、お父さんやお母さんにもまた会えます。

 けれど。

 

「う……ううう……! 死にたくない、よぉ……!」

 

 でもやはり生まれたからには死にたくありません。

 どうやっても避けられない死を迎えようとしている女の子は残る力を振り絞って助けを呼びました。

 

「助け、て」

 

 

 それから少しの時間がたち女の子はすぐに死んでしまいました。

 ただ、その顔は少しだけ安らかになっています。

 女の子を助けに来てくれた人がいたからです。

 その事実だけで孤独な女の子にとっては十分でした。

 

「……ヴォア」

 

 女の子を助けに来たのはチェンソーマンでした。

 何処からともなく、進路上のナチス兵士とナチスデビルハンターを皆殺しにして現れたチェンソーマンは、死にかけた女の子の精神を確かに救いました。

 

 けれど命を救うことはできませんでした。

 

「ヴヴォ…………」

 

 チェンソーマンは死んでしまった女の子をじっと見降ろしています。

 何処か意気消沈した犬にも感じられる肩を落としたチェンソーマンの姿はとても悲しそうです。

 もし人間の言葉を話せるならチェンソーマンは、「何も見たくねぇ」などとまで言ったかもしれません。

 

 チェンソーマンは膝をついて右手、右チェンソーで女の子に触れようとしますがすぐに辞めました。

 チェンソーマンのチェンソーで触れたら絶対に女の子の遺体を傷つけてしまうからです。

 

 だからチェンソーマンは立ち上がると遠巻きに見る収容所の人々をよそに猛スピードで突っ走っていきました。

 文字通り目にもとまらない速さでチェンソーマンは突っ走っていきます。

 

 その先いるのはチェンソーマンが、ぶっ殺すべきでありぶっ殺したいと思う悪魔がいるはずでした。

 

 チェンソーマンはやがてある場所で足を止めます。

 

 

 

 其処は荒れ果てた荒野でした。

 少し前まで戦場に使われていたのか大砲の弾が直撃したクレーターや兵器の破片に兵士の骨が沢山残った殺伐とした場所です。

 

 立ち止まったチェンソーマンの目線の先には巨大な悪魔が居ました。

 

 黒い軍服に勲章のように無数の兵器を身に着け、ただれた皮膚の上に滑稽な髭を生やしたその悪魔の名前をナチスの悪魔と言いました。

 世界中の人々のナチスへの恐怖から生れた途轍もなく邪悪で強い悪魔です。

 

 その場所にはさらに無数の悪魔もいました。

 ナチスの悪魔の元で今か今かとその時を待ち望んでいます。

 

「──────────────―諸君らは大いなる悪を滅ぼす悪魔の正道の先鞭として、危険を知りながらこの場にはせ参じた、誠に真の悪魔である。

 例え死すとも後世の悪魔に讃えられ人間どもの脆弱な心に癒えぬ恐怖を刻み、長く二界に君臨する事であろう。

 故に死を恐れるな。どれほど多くの犠牲を払おうともチェンソーマンを殺すのだ」

 

 厳かな言葉と共に芝居がかかった仕草でナチスの悪魔はチェンソーマンを指さしました。

 色も形も様々な悪魔達は咆哮をあげ、チェンソーマンを殺しにかかります。

 

「殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!! チェンソーマンを殺せえぇっ!!」

「奴を殺せ! 人間を食うだけの無害な俺達を殺す迫害者を殺せ!! 八つ裂きにしてホットドッグにしてやれえええ!!」

「クソ野郎の頭を便器代わりにしてやらあああ!!」

 

 気色悪い姿に相応しい汚い言葉を叫びながら悪魔達は突撃していきます。

 彼らはチェンソーマンが大嫌いでした。

 

 チェンソーマンはこれまで数えきれない程の悪魔を殺してきました。

 たとえ自分が殺されてもその度に復活しまた悪魔を殺し続ける、そんな悪魔にとっての天敵ともいえるチェンソーマンが悪魔達は大嫌いでした。

 

「イチバンヤリイイィィッギャアアアアアアアアッ!!!?」

「ヴォオオアアッ」

 

 けれどチェンソーマンにはそんなことはどうでもよい事です。

 轟音と共にチェンソーを振り回して悪魔を斬って砕いて殺しまくります。

 

「悪魔でなし! 悪魔殺しいいっ! 無害な私達を殺して酷いと思わないのぉぉぉ!」

 

 青い唇をした卑怯の悪魔の首をはねて殺しました。

 

「ぎゃあああああ!!? 痛いぃぃいぃい!?」

 

 永遠の悪魔の心臓を断ち切って殺しました。

 

「ゴォォボボボボーッ!?」

 

 ガスマスクをつけた毒ガスの悪魔の脳みそをシェイクして殺しました。

 

「やめやめやめやめやめやめろチェンソーマンっ」

「ひぎゃあああああっ!!」

「アガガッガアーッ!!」

 

 その他にもたくさんの悪魔がチェンソーマンに殺されました。

 黒い体のチェンソーマンが超高速で疾走し、チェンソーがうなりを上げて振るわれるたびに悪魔達がバラバラにされていきます。

 

 けれど百を超える悪魔達はナチスの悪魔の指示通りに自分の命を顧みずチェンソーマンと戦います。

 

「行け行け悪魔達よ! その勇気をもって諸君らは永遠に地獄へ勇名を轟かせるっ。死を恐れずにチェンソーマンを殺し長く続く黄昏の時を終わらせるのだ!」

 

「そうだチェンソーマンを殺せえっ!!」

「あの偉そうなチェンソーをへし折って、腸を引きずり出してやれえっ」

 

 ナチスの悪魔の演説と共にさらに悪魔は気勢を上げていきます。

 それもそのはず。ほとんどの悪魔は知りませんがナチスの悪魔の持つ特殊能力は『憎悪を操る』物でした。

 人間も悪魔も関係なく憎しみの感情を増幅させたり、憎しみの矛先を自在に変えたりする恐ろしい能力です。

 この力を使ってナチスの悪魔は大量の悪魔を操っているのでした。

 

 故に悪魔達は命を顧みずチェンソーマンを殺そうとします。

 そのがむしゃらな反撃は少しずつチェンソーマンに傷をつけていきました。

 

「ヴァヴァヴァアッ!」

 

 チェンソーマンは両腕のチェンソーを重ねるように振り回して一気に周りの悪魔を切り捨てました。

 でもそれで一気に視界が開けてしまった事がこの場合まずかったのです。

 

「ヴァガガウ!?」

 

 チェンソーマンへ飛んできたのは肉で出来た砲弾と爆弾のコラボレーション。

 ナチスの悪魔の側近である戦闘機の悪魔と戦車の悪魔の強烈な攻撃でした。

 これまた恐れられた悪魔である2体の攻撃は強烈でチェンソーマンもかなりのダメージを受けました。

 

「終わりだなチェンソーマン。惨めに死ぬがよい」

「ヴァァ──────」

 

 溜まらず吹き飛ばされたチェンソーマンに対して追い打ちをかけるかのように来るのは、ナチスの悪魔の特殊能力である「兵器を生成し操る力」で創造し撃ちこんだ、これまた巨大なロケットでした。

 V2というロケットを模したそのロケットは何かは分からないけど悪魔にとっても悍ましい物をまき散らしながら大爆発。

 チェンソーマンすらも声すら上げられずに吹き飛ばされました。

 

 戦場跡となった荒野に響くすさまじい轟音と天を衝く砂塵。

 当たり地面に悪魔の肉片と血が飛び散っているゴアな荒野に動く者はありません。

 その中でナチスの悪魔は一人ほくそえみます。

 

「ククク……チェンソーマンもこれで終わりか。所詮は多少強いだけの駄犬という事だな。

 これで私の天下がやってくる……!」

 

 軍団の大半を犠牲にしてしまいましたが、ようやくチェンソーマンを倒す事が出来ました。

 悪魔の天敵であるチェンソーマンが消えた今、膨大な恐怖を集めている彼にかなう者はいないでしょう。

 

「だがまだ恐怖がまだ足りぬ。戦争、虐殺、征服、差別、弾圧、粛清。

 まだまだまだまだ私は人間を苦しめられる。第二次世界大戦の戦禍を広げ人間を虐げる事が出来る。

 膨大な死と恐怖の果てに、やがては超越者を目指すことができるっっ!!」

 

 ナチスの悪魔はまだ生まれて日が浅いにもかかわらず、膨大な恐怖を集めた途轍もなく強い悪魔です。

 このまま人間を苦しめ続ければそれこそ地獄にいるまだ一度も死んだ事のない根源的恐怖の悪魔達、超越者に迫ることもできるかもしれません。

 

 「まずはアメリカだ。

 あの成り上がりどもを壊滅させた上で、アジアと南米を焚きつけさらに戦禍を拡大する。

 そうして更なる惨禍の元で」

 

 

 

 

ヴヴン

 

 

 

 

 其処までナチスの悪魔が言ったところで唸るような音が聞こえました。

 その音にナチスの悪魔は目を見開きます。

 

 それは紛れもなくチェンソーマンが目覚める音だったからです。

 

「うおあおおあおあおああああ!! 装甲がっ装甲が切られぎゃあああああああっ!!!」

 

 何か凄まじい力の奔流により、砂煙が急速に晴れていく中悪魔の悲鳴が聞こえました。

 それは人の皮で作られたキャタピラを持つ戦車の悪魔がチェンソーマンのチェンソーに叩き切られる音です。

 チェンソーマンは三つのチェンソーを器用に、力強く使いまるで熟練の料理人が食材を解体するかのように、頑丈な装甲を持つはずの戦車の悪魔を切り刻んでしまいました。

 

「や、やめろオオオオォ!?」

 

 続いてチェンソーマンはノーズ部分が人の顔になっている戦闘機の悪魔に、チェンソーをひっかけ引きずり下ろします。

 戦闘機の悪魔も必死に抵抗しますが時すでに遅し。

 地面にたたきつけられて動けないところを真っ二つに切り裂かれました。

 

 チェンソーマンはそのままナチスの悪魔へ突撃します。

 恐らく半ば体を吹き飛ばされながらも、回復の為に殺した悪魔の血を啜ったのでしょう。

 口を血で真っ赤に染めたチェンソーマンはさながら悪鬼の如き有様です。

 

「貴様っふざけるなっ私はナチスの悪魔だぞ! これからの悪魔の象徴であるべき選ばれた存在、この私をっ!」

「ヴォ、アアアアアアア……!」

 

 ナチスの悪魔はその身に宿した無数の兵器を発射しチェンソーマンを叩きつぶそうとしますが、いくら傷ついてもチェンソーマンは怯まず向かっていきます。

 

 チェンソーマンが何を思い、何を考えて悪魔を殺し続けているかは本人以外誰にもわかりません。

 しかし今彼の胸の内にあるのは怒りという感情だったのかもしれません。

 チェンソーマンはチェーンをひっかけ切りながらナチスの悪魔の身体を駆けあがり、天高く飛びあがります。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 咆哮するチェンソーマンは火花を上げるチェンソーを掲げナチスの悪魔の脳天めがけて振り下ろしました。

 

 ギュイイイイイイイイイイイイイインッッ

「あぎゃぎゃぎゃぎゃああああああああっ!!?」

 

 脳天からチェンソーを突っ込まれ悲鳴を上げるナチスの悪魔! 

 チェンソーマンはさらに頭から股間まで下げるようにしてナチスの悪魔を真っ二つ! 

 その上でさらにチェンソーを振り回してナチスの悪魔をバラバラに! 

 

 砂煙が完全に晴れるともうこの場に生きている悪魔はチェンソーマンしかいません。 

 

 そうしてナチスの悪魔は今日この日死んだ多くの悪魔と同様にチェンソーマンに殺されました。

 威圧的な軍服に包まれたその体はもう二度と動くことも人間に危害を加えることはありません。

 

 ナチスの悪魔の死体にチェンソーマンは顔を近づけていきます。

 そして牙が大量の生えた口を開くとナチスの悪魔を食べ始めました。

 

 ムシャムシャバリバリゴックン。

 特に楽しくもなさそうにチェンソーマンはナチスの悪魔を食べていきます。

 機械的に食べていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 チェンソーマンは一人で、じっととある街にある一軒家を見ていました。

 その一軒家はかつて彼に花の冠をくれた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 チェンソーマンがこっそりと窓から中をのぞくと女の子はお父さんやお母さんと一緒に夕食を食べていました。

 暖かい家で家族仲良く夕ご飯を食べる。人間らしい幸せの姿でした。

 

「ヴォヴァア」

 

 チェンソーマンは呟くようにうなりました。

 

 

 

 チェンソーマンには二つ秘密があります。

 

 一つ目の秘密はなんと、チェンソーマンに食べられた悪魔の名前の存在はこの世から消えてしまうのです。

 

 チェンソーマンに喰われた悪魔はその名前も存在があった事実も、如何なる記録や記憶もすべて失われ最初からなかったことになってしまうのです。

 何とも恐ろしい能力だと思いませんか。

 

 この力を以てチェンソーマンは酷い病気や大災害、その他にも子供の精神を壊す星の光など、この世にない方が良い物を消していきました。

 あの日食べられたナチスの悪魔もその一つであり、ナチスという政治勢力の存在は最初からなかった事になっています。

 多くの人を苦しめた第二次世界大戦の悪魔も同様です。

 

 チェンソーマンによりナチスによる迫害や第二次世界大戦が消滅した結果、あの収容所で無惨に死んだはずの女の子は今も元気に幸せに生きているのです。

 そしてそれはあの子だけでなくナチスや第二次世界大戦のせいで死んだり不幸になった人の多くがそうでしょう。

 

 ああ、チェンソーマンはなんという素晴らしいヒーローなのでしょうか。

 自分の正体を決して語る事無く、悪魔を殺し人々を救い続ける地獄のヒーロー。

 黒い体にチェンソーを携えた彼は人や悪魔によっては全てを預けられる存在とまで崇拝するかもしれません。

 

 

 

 けれど私達は忘れてはなりません。

 ヒーローは往々にして孤独な存在なのです。

 

「ひっ!? 悪魔……!」

 

 チェンソーの巨体はそう長く隠せるものではありません。

 家の中の人々に彼の存在が気付かれてしまいました。

 

 女の子たちは突然自分たちの家に現れた悪魔に怯え切っています。

 お父さんは電話に飛びつきデビルハンターを呼ぼうとし、お母さんは女の子を抱いて震えています。

 女の子もチェンソーマンを怖がって泣いています。

 

 それは当然の反応です。

 ナチスが消えて確かに変わったこの世界では、この女の子はチェンソーマンに会ったことがないのですから。

 

 チェンソーマンは怯える人たちに背を向け無言で何処かへと去っていきます。

 あたりには雪が降り積もっていますが確かな足取りで、けれど力なく去っていきます。

 さみしそうに去っていきました。

 

 

 

 チェンソーマンのもう一つの秘密。

 それはチェンソーマンは寂しがり屋で、ずっと抱きしめてくれる誰かが欲しかったのです。

 

 でも、それは無理な話です。

 チェンソーマンはそうしてもらうには強すぎる存在でした。

 チェンソーマンのチェンソーはどんな悪魔だろうと切り刻むことができますが、誰かと抱き合うには不都合な物です。

 いつでもどこでもずっと一人でした。

 

「…………ヴ」

 

 だからチェンソーマンは常に一人です。

 今日も一人、悪魔と戦う為に寒い寒い雪原を歩いていきます。

 その姿は威風堂々とは真逆の萎れた様子でした。

 

 足元でバキリと凍った花が折れました。

 それは彼の心を表しているようです。

 

 もしかしたらあったかもしれない。

 あの女の子と仲良くなれる未来。

 それを消してしまったことが悲しくて心が痛かったのです。

 

 チェンソーマンはこれまでも、これからも一人でただ悪魔と戦い殺して喰い続ける事でしょう。

 悲しいけれども仕方がない、それがヒーローというものなのかもしれません。

 

 チェンソーマンは歩いていきます。

 何処までも何処までも。

 ただ一人で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……デンジの夢の話を聞くのが好きだった」

 

 しかし意外な事に、チェンソーマンは自分を抱きしめてくれる誰かと出会う事が出来ました。

 

 色々あって弱体化し、チェンソーを生やした犬のような姿になったチェンソーマンはデンジという少年と出会いました。

 チェンソーマンはデンジにポチタと呼ばれるようになり、とても貧乏な中でもデンジと一緒に暮らす日々はかけがえのない物でした。

 ポチタは特に、デンジの夢の話を聞くことが好きでした。

 

「……これは契約だ」

「私の心臓をやる。かわりに……」

 

 だからチェンソーマンとなったポチタは、デンジがゾンビの悪魔とゾンビになったヤクザに殺されてしまった時ためらわずに心臓を差し出しました。

 

「デンジの夢を私に見せてくれ」

 

 ポチタの心臓と融合したデンジは新たなチェンソーマンになりました。

 

 デンジはその後悪魔の退治を使命としている公安という組織に所属し、様々な人や悪魔と出会いました。

 銃の悪魔に家族を殺されたデビルハンターの早川アキや嘘つきで差別主義者の血の魔人パワーと暮らし、

 強力な悪魔と毎日のように戦いながらでも楽しく暮らしていました。

 

 けれどそれをチェンソーマンの厄介な信者であるマキマ、正体は黙示録の四騎士の一角に数えられる「支配の悪魔」である彼女によって台無しにされてしまいました。

 

 流石のデンジも絶望しましたが、すぐに新しい希望を見つけて少し復活したポチタと一緒にマキマを倒して、その後まあ……色々と料理をして一連の事件を終わらせました。

 

「たくさん抱きしめてあげて」

 

 その後デンジは新しい支配の悪魔のナユタと一緒に暮らしています。

 かつてポチタのように支配の悪魔の夢だった対等な関係を築いてくれる誰かになって、ナユタと一緒にいてあげる為です。

 それは支配の悪魔にも幸せになって欲しいというポチタの願いでもありました。

 

 そうしてポチタは親友デンジの人生を見続けています。

 これからも、それは続いていくでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京の街並みを巨大な異形が練り歩いていた。

 

 無数の捻じ曲がった人間の手足に生理的嫌悪感を感じさせる肉塊の尾をした全長数十メートルほどの蠍の悪魔は、逃げ纏う人々の恐怖を楽しむように東京の街を闊歩する。

 逃げ纏う人々の阿鼻叫喚、それは邪悪な悪魔にとって何よりの供物だ。

 

「ンン~これはこれはァ。ちょうど良いところに子供がいるなァ」

 

 不意に足を止めた蠍の悪魔は口吻を歪めほくそ笑む。

 すぐ近くに脚を挟まれて動けない、恐怖に顔をゆがめる子供がいたからだ。

 

「逃げる事の出来ない。弱くて惨めな子供ォ。

 たまんなぁい……素晴らしい供物だァッ!」

 

 逃げ遅れた子供を惨殺する。

 嗚呼、何と悪魔的で素晴らしい事であろうか! 

 

 死んだ子供の苦痛と絶望、そして酸鼻極まる光景を見た人々の恐怖を想像し蠍の悪魔は身を震わせる。

 脳裏で想像した快感を求め、蠍の悪魔は肉塊の尾を振り上げ子供を押しつぶそうとする。

 このままでは子供が惨殺されるのは確実だ。

 

「子供殺しィ最高ォォォ!!」

 

 涎を垂らした蠍の叫びと共に、悪魔の尾が屹立する瞬間。

 悪魔と子供の前に割り込む者がいた。

 

「ァァア? 何だ貴様はァ~~?」

「こっちは昼飯食う前なのになぁ! 胸糞悪い事してんなぁクソ悪魔がよぉ~!」

 

 それはガラの悪そうな学ラン姿の金髪の少年だった。

 デビルハンターか何かは知らないが蠍の悪魔にとっては殺して愉しむ対象でしかない。

 にもかかわらず自信満々に立ちふさがっている。

 

 蠍の悪魔は、歓喜の殺戮を邪魔されて多少鼻白みながらもまとめて潰し殺そうとする。

 巨大な尾が振り下ろされ大質量を以て少年と子供を潰そうとした。

 

「何を生意気な。

 クソになるのは貴様だァァァァ!!」

 

 轟音を上げてすさまじい勢いで振り下ろされる尾。

 対する金髪の少年は逃げるそぶりも見せず、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

ヴヴン

 

 

 

 駆動機関が唸る音。

 それと同時に何かが耳障りな音と共に閃き、蠍の悪魔の尾があらぬ方向へ飛んでいく。

 

「ギャビヤアアアアアアッ!!? そ、その音は!? その姿はァ~~~~!?」

「俺は好きだぜ~テメエみてえな極悪悪魔は、殺しても心が痛まねえしなぁ!」

 

 斬り飛ばされた尾の痛み以上に恐ろしい現実に蠍の悪魔は身を震わせる。

 それはもういなくなったはずの、全ての悪魔に対する絶望。

 幾度なく復活し、轟音を上げるチェンソーで悪魔を滅殺した地獄のヒーロー。

 その名は────―

 

「チェン、ソーマァァァァァン!!? 何でここに居やがるんだあああああっ!?」

 

 その姿はオレンジと黒の頭部と両腕からチェンソーを生やした学ラン姿の怪奇電鋸男。

 人々の間では銃の悪魔を倒した謎のヒーローチェンソーマンだ! 

 

「こちとら金をもらってデビルハンターやってるからにゃ、くそ悪魔はぶっ殺さねえとなあ~!」

「げえええええ~! く、くっ来るんじゃねえええ~っ!! 悪魔ごろしぃぃぃ!!」

「ギャア―ハッハハアッ!!」

 

 チェンソー振りかざし突撃していくチェンソーマン! 

 巨大なチェンソーを蠍の悪魔の脳天に突き刺し、引き刺しぶった切って斬殺! 

 

 巨大な悪魔が瞬く間に解体されていく衝撃光景。

 勇敢な何人かが瓦礫をどけて子供を救助していくが、恐怖よりもむしろチェンソーの音と蠍の悪魔の悲鳴で耳に異常が出そうな状況に唖然とする。

 その阿鼻叫喚悪魔解体光景を平然と見ているのは真っ黒な服を着てピーナッツバター付きの食パンを食べている少女のみだ。

 

「ギャ~ハッハアッ! 豆腐みてえに脆いぜぇ~~!!」

 

 チェンソーで蠍の悪魔を解体し笑うデンジ。

 その地に濡れた姿は実に悪魔的である。

 

 

 

 こんな風にチェンソーマンとなったデンジは血と腸に満ちた普通じゃない人生を歩んでいる。

 不幸な出来事は色々と会ったものの、今日も希望と欲望がMAXで元気に、支配の悪魔のナユタと一緒に生きている。

 デンジに抱きしめてもらえたチェンソーの悪魔のポチタを胸に宿し、共に生きている。

 

 ポチタもデンジもナユタももう一人じゃなかった。

 

 

 




チェンソーマン!最高!
チェンソーマン!最高!
そんな思いを込めて書いた小説でした


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